『種族:樹人』を選んでみたら 異世界に放り出されたけれど何とかやってます

しろ卯

文字の大きさ
253 / 385
ヒイヅル編

305.俺の姿が

しおりを挟む
「んじゃあ、この町の連中に、俺の姿が人魚に見えるようにしろ。可能な範囲でいい」
「わー」
「わー」
「わー!」

 喜び勇んで飛び出したマンドラゴラたちは、ノムルを中心に外向きに円陣を組む。そして、

「「「わわわわ~」」」

 と、歌声を披露した。
 その直後、高波が町を襲う。
 町中に悲鳴が響き渡った。けれど数十秒も経つと、人々はゆっくりと目を開けて、注意深く辺りを見回した。
 倒れたり蹲ったりしている体を起こし、手で触れて生きていることを確認する。怪我も無いことを確かめると、周囲へと視線を動かし、誰も流されていないことに、ようやく気付いた。

「どういうこと?」
「濡れてもいない?」

 困惑する人間たちは、騒動の発端である妖艶な美女と、高級店、そして店の主と思われる老人を探し始める。

「今回は、この子をさらった人間だけで許してあげるわ。でも次は無いから」

 声は海の方から聞こえる。
 人々は慌てて海のほうを見た。
 海には大勢の人魚達が集まり、人間たちを睨みつけている。そして最前列で宙に浮いているのは、先ほどまで陸に居た妖艶な美女。
 人間と同じ二本足は、いつの間にか魚の尾へと変わっていた。

 人魚の怒りを買ったのだと、誰もがすぐに理解したと同時に、人魚の恐ろしさを身を持って知ったのだった。
 実際は、魔王ノムル・クラウの所業だったわけだが。



 ノムルがマンドラゴラたちと人魚救出に動いていた頃、ホテルの一室に閉じ込められた雪乃とカイは、人魚発見の報を最後にマンドラゴラ通信まで途絶えてしまったことで状況が分からず、やきもきしていた。

「だ、大丈夫でしょうか?」
「ノムル殿のことだ。たぶん……あの店の店員が、彼を怒らさないことを祈ろう」
「そうですね」
「わー?」

 違う意味でノムルのことを心配していた。
 そんな会話を交わした数分後、爆発音が耳に届く。
 二人は顔を手で覆い、ふるふると震えた。

「えーっと、聞きたくないのですが、今の爆発音の発生源は……」
「狼の耳をこれほど呪いたくなったことはないな。違うと言ってやりたいが、あの店の地下からだ」
「わー!」

 どうやら祈りは届かなかったらしい。さらには、

「雪乃、落ち着いて聞いてくれ」
「だ、大丈夫です」
「海のほうから、妙な音がする」
「わー?」

 見たくない、見たら心にダメージが加わる。そう思うのに、雪乃とカイは窓へと向かった。
 二人が窓辺に行くより先に、居残り組のマンドラゴラたちが窓にへばりついていたが。

「いったい、何があったのでしょう? 無理矢理にでも付いて行くべきでした」
「とりあえず、ここは無事だろう。あまり自分を責めるな」

 見上げるほどに高い高波を前に、雪乃はもはや驚くことさえ放棄して、平坦な声で反省を述べた。
 慰めるようにカイが頭をなでてくれたが、反応する気力も残っていない。
 ざっぱーんっと高波が町に打ち付けられる様子に、がくりと肩を落として項垂れるしかなかった。

「うう……。死傷者が出たらどうしましょう?」
「安心しろ。どうやらその心配は無いようだ」
「わー」

 カイとマンドラゴラに言われて顔を上げると、眼下には高波がぶつかる前と変わらぬ町並みが広がっていた。
 人々は驚いているようだが、波にさらわれることなく、道のあちこちに残っていた。
 だがしかし、雪乃とカイの精神的ダメージは、そこで終わることはない。

「雪乃、本当に、ノムル殿は何者なんだ?」

 カイが発したその問いに、雪乃は答えられない。
 ふるふると震えながら、そうっと視線を逸らす。目は無いはずなのに、涙がきらめく。
 海には大勢の人魚達がいて、その先頭にはなぜか、人魚姿の女ノムルがいた。

「私にも分かりません。まったくもって理解不能です」

 雪乃の小枝が窓に触れたまま、ずり落ちていく。キーっと不快な高音が鳴ったが、カイは眉根を寄せるだけで何も言わなかった。
 窓辺で四つん這いになる小さな樹人を、責められるはずがない。
 自称おとーさんがおかーさんになった挙句、人魚になってしまったのだ。数々の超常現象を見てきた雪乃といえども、瞬時に受け入れることは難しいだろう。

 そんな訳の分からない状況に、現実逃避するしか道は残されていないであろう雪乃とカイの下に、元凶が帰ってきた。

「ただいまーユキノちゃん。人魚を解放してきたよー?」

 部屋の戸が開き、明るい声が投げかけられる。
 雪乃とカイは、びくりと肩を震わせてから、視界を閉じる。
 見たくない、しかし振り向いて迎えなければならないと、心の中で凄まじい葛藤が激戦を繰り広げていた。
 それでもなんとかゆっくりと、振り向く。

「お、おかえりなさ、い?」

 声を掛けた雪乃は、固まった。
 ノムルおかーさんに関しては、もう気にするのも面倒くさくなっていたので、どうでも良いのだが、なぜかおかーさんには、般若が降臨していた。
 美人が怒ると怖いというが、確かにそのとおりだと、雪乃とカイは目の前に立つ、目の笑っていない笑顔の貴婦人を見て納得する。

「どーしてユキノちゃんが落ち込んでいるのかなー?」

 その原因が、問うてきた。
 雪乃もカイも顔をしかめ、同じことを思う。

「「ノムルさん(殿)の暴走のせいです」」

 心の中から飛び出して、思いっきり口に出ていたが。

「どーいうこと? ちゃんと人魚は助けて海に戻したよ? 人間も傷付けてないよ? ユキノちゃんの嫌がることはしてないよ?」

 困惑して首を捻る貴婦人ノムル・クラウ。
 彼(彼女?)に、一般人の概念は通用しないのだと、もはや何十回目かも分からないが、改めて思い知った雪乃だった。

「まあいいや。それよりさー」

((それより?!))

 雪乃とカイは驚愕に目を丸くする。
 先程起こした暴走について説明する気の無いノムルに、雪乃もカイも呆然とするしかない。

「人魚たちがシーマー国まで送ってくれるってー。船を待つのも面倒だし、行こーよー」

 へらりと笑う貴婦人ノムルの足を、雪乃はじいっと見てしまう。きちんと二本の足が生えている。
 視線に気付いたノムルも、自分の足を見下ろす。

「ユキノちゃんも見てくれたんだー? おとーさん、人魚に見えてたー?」

 地殻変動のようにゆっくりと、雪乃は首肯した。

「似合ってたー?」

 雪乃はそうっと視線を逸らす。

「ええー? 似合ってなかったの? マンドラゴラどもめ! ぬかったな?!」
「わー?」
「わー?」
「わーっ!」

 ノムルのドレスから出てきて、雪乃に戻ろうとしていたマンドラゴラたちが、不満そうに根を傾げたり、とび跳ねて抗議したりしている。

「マンドラゴラたちも共犯ですか……。なぜ通信が途絶えたのかと思っていたら、そんなことをして遊んでいたのですね」
「わー?」
「わー」
「わー」

 再び四つん這いになった雪乃に登頂するマンドラゴラたち。彼らもいつもどおり、自由すぎた。
 雪乃はもう、抵抗することも常識を伝えることも諦めて、ノムルに流されることにした。

しおりを挟む
感想 933

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界に召喚されたが勇者ではなかったために放り出された夫婦は拾った赤ちゃんを守り育てる。そして3人の孤児を弟子にする。

お小遣い月3万
ファンタジー
 異世界に召喚された夫婦。だけど2人は勇者の資質を持っていなかった。ステータス画面を出現させることはできなかったのだ。ステータス画面が出現できない2人はレベルが上がらなかった。  夫の淳は初級魔法は使えるけど、それ以上の魔法は使えなかった。  妻の美子は魔法すら使えなかった。だけど、のちにユニークスキルを持っていることがわかる。彼女が作った料理を食べるとHPが回復するというユニークスキルである。  勇者になれなかった夫婦は城から放り出され、見知らぬ土地である異世界で暮らし始めた。  ある日、妻は川に洗濯に、夫はゴブリンの討伐に森に出かけた。  夫は竹のような植物が光っているのを見つける。光の正体を確認するために植物を切ると、そこに現れたのは赤ちゃんだった。  夫婦は赤ちゃんを育てることになった。赤ちゃんは女の子だった。  その子を大切に育てる。  女の子が5歳の時に、彼女がステータス画面を発現させることができるのに気づいてしまう。  2人は王様に子どもが奪われないようにステータス画面が発現することを隠した。  だけど子どもはどんどんと強くなって行く。    大切な我が子が魔王討伐に向かうまでの物語。世界で一番大切なモノを守るために夫婦は奮闘する。世界で一番愛しているモノの幸せのために夫婦は奮闘する。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

処理中です...