『種族:樹人』を選んでみたら 異世界に放り出されたけれど何とかやってます

しろ卯

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ヒイヅル編

310.食後のデザートは

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「危ないよー?」
「面目ないです。ありがとうございます」

 カイの手が雪乃に触れるより先に、ノムルが雪乃を膝の上へと回収した。
 海に落ちかけてドキドキしている脈を落ち着かせるため、雪乃はゆっくりと深呼吸をする。落ち着いてくると、魔力を込めた。
 きらりーんと目元を光らせた雪乃の左枝の下に、オレンジや黄色の果物が実を結ぶ。

「食後のデザートは如何でしょう?」
「おおー!」
「ぴー!」
「もらおう」

 シーマー国に着いてから採取した果物を、さっそく披露したのだった。

「お味はどうでしょう?」
「うーん、凄く甘くて美味しいよ」
「ああ、露店の果物より美味いな。それに疲れも取れる」
「ぴー!」

 どうやら樹人の魔力も混じって、味覚も栄養もアップしたようだ。
 雪乃は満足そうに葉をきらめかせる。

 枝に生った果物がなくなると、雪乃はノムルの膝の上に乗せられながらも、再び海を覗き込もうと幹を伸ばす。
 小さな熱帯魚に混じって、時々マンタのような大きな魚も、舟の下を泳いでいく。中にはマグロも吃驚な、大きな向日葵色の魚の尻尾も見えた。

「ん?」

 雪乃は幹を伸ばして覗き込む。

「ユキノちゃん、そんなに海が好きなのー? おとーさんのお膝よりもー?」

 がっしりと雪乃の腰をホールドしたノムルが、不貞腐れた顔で尋ねた。

「おとーさんのお膝はともかく、今何か、見覚えのある魚が……」

 雪乃がよく見ようと、舟の下を覗きこんだ瞬間、

「はっはっはー! 君たちだったのか」

 と、暑苦しい笑顔のマッチョ人魚コイワシが、海面に飛び出してきた。

「ふみゃあっ?! コイワシさん、驚かさないでください」
「はっはっはー、凄いスピードで泳いでいたから、ついつい追いかけてきてしまったよ。惨敗だったけどね」

 爽やかに笑っているコイワシは、楽しそうだ。
 周囲に他の人魚の姿は無い。どうやら小舟に追いついてこられたのは、コイワシだけらしい。
 笑っていたコイワシの視線が、雪乃へと注がれる。同時にノムルとカイの目が細まった。

 カイの目には警戒が宿り、ノムルの眼には殺気まで混じっている。
 フードを被せられた雪乃は、身をすくめるようにノムルの腹に体を寄せる。
 探るような視線だったコイワシの手が、舟の縁へと掛かったその時、ピシャーンっと雷光が閃いた。

「俺の娘に何をする気だ?」

 親ばか魔王様降臨である。
 小舟の縁に足を掛けて、白目を剥いてぷかぷか浮かぶコイワシを見下ろしていた。



「はっはっはー。いやあ、驚いた」

 ムキムキな御胸にロープを括りつけられたコイワシは、現在一人で小舟を牽引していた。
 他にも小舟を追いかけてきた人魚はいたそうなのだが、雷を恐れて離れていってしまったようだ。

「なるほどなるほど。どうして人間をヒイヅルに運んでいるのか気になってはいたんだけど、そんな時期だったんだねえ」

 感慨深そうに、コイワシは青い空を見上げる。
 向日葵色の尾びれが力強くしなり、ノムルの魔法や人魚の集団には負けるものの、エンジン付きのボート並の速度で進んでいた。
 含みのありそうなコイワシの言葉に、雪乃たちは顔を見合わせる。

「どういう意味だ?」

 代表するように、ノムルが問うた。
 するとコイワシは泳ぎながらも振り返り、真剣な眼差しでノムルの本性を探ろうと、じいっと見つめる。
 見つめられたノムルは、目を細めて見つめ返す。光を消した暗い瞳。背後には八つ首の龍が蠢く。
 引き締まったコイワシの表情筋に瘤ができ、ひくひくと波打つ。だらだらと汗が流れては、海水に混じっていった。

「コイワシ、ノムル殿は雪乃の味方だ。正確には、雪乃だけの味方かもしれないが」

 二人の間を取り持つように、カイが口を挟む。後半はなぜが死んだ魚のような目になっていたが。
 ちらりとカイと雪乃へと視線を向けたコイワシは、緊張を解く。同時にノムルから魔王様が抜けていった。

「そうだねえ。人魚たちは彼女の敵にはならないとだけ伝えておくよ」

 何か知っている様子のコイワシだが、それ以上の話はする気が無いようだ。気になった雪乃だが、

「ふぬぬぬぬーっ! お、お髭が……」

 魔王様が撤退した途端に、無精ひげの猛攻を受け、戦いに身を投じたのだった。
 その日はそのままコイワシに牽引してもらい、日が傾き出すと、夜を越すために適当な島に上陸した。

「明日の朝、また迎えにこよう」

 ロープを外したコイワシは体を解すように、鳩尾の前で拳を合わて胸の筋肉を強調するポーズや、腕を直角に曲げた力瘤ポーズを繰り出している。

「ありがたいが良いのか?」
「はっはっはー。カイは何も聞いていないのか?」

 申し訳なさそうに眉を下げたカイに、コイワシは探るように真剣な眼差しを向けた。
 にわかに動揺するカイを、窺うように見上げていたコイワシは、ふっと力を抜く。

「まだ若いからな。だが任せられたのならば、それだけ認められているということだ。胸を張れ」

 コイワシは鍛え上げられた胸の筋肉を強調するように体をそらし、ぴくぴくと動かして見せた。

「ありがとう」

 カイは礼を言ったが、

「いやお前、そんなの見せられて礼を言うとか、どんな趣味だよ? ユキノちゃん、やっぱりこの狼、危険だよ? 近付いちゃ駄目だよ」

 と、ノムルから呆れと軽蔑を向けられ、半目で地平線を眺めた。
 諭すように注意されている雪乃の視界もまた、細くなっていた。
 海中に潜っていくコイワシを見送ってから、雪乃たちは内陸にある密林に入って夜を越した。

 翌日は、コイワシの他にも人魚達がやってきて、小舟を牽引してくれた。
 海の中を見たがる雪乃がすぐに身を乗り出そうとするため、カイはしっかり雪乃を膝の上に固定している。
 日の光を受けて輝く海原の向こうに、大きなシルエットが飛びだした。その姿を捉えた雪乃は、興奮して立ち上がりかけてカイに抑えられた。

「イルカさんです! 角が生えていますよ!」

 一角クジラとは違い、ユニコーンのように、額に一本の角が生えるイルカに似た海獣だ。
 群は海面を飛ぶように跳ねていく。次々と飛び出す姿は、美しく幻想的な光景だった。白く滑らかな水に濡れた体は、日の光を受けて輝いている。
 優しそうな黒い瞳が、悪戯っぽく雪乃を見ていた。
 人魚たちは速度を落とし、イルカたちと戯れるように泳ぐ。

「イルカ? あれは一角カイトンというのだよ?」

 コイワシから訂正が入った。感動していた雪乃は、わずかに落ち着きを取り戻す。ちなみにイルカを漢字で書くと、『海豚』となる。
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