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ヒイヅル編
315.タンゴムシを
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「タンゴムシだ。ルグでは一般的な、移動用の魔物だ。魔物にしては人懐こい」
そう言うと、カイは一匹のタンゴムシを借りた。
馬車のようなものを牽かせるのかと想像した雪乃だが、それらしきものはなく、タンゴムシ単体を借りる。
では上に乗るのかとタンゴムシの背を見上げるが、鞍は付いていない。
ツルツルとした体表と、滑らかなドーム状の形は、とてもよく滑りそうだ。落ちやしないかと、雪乃は心配になってくる。
しかし雪乃の懸念は、すぐに一掃される。
タンゴムシはカイに頭を軽く叩かれると、くるりと丸くなった。カイが脇の辺りに手を伸ばし引っ張ると、扉が開く。
「え?」
雪乃はあ然として硬直した。
別に変な扉が開いたわけではない。いや、変な扉だが。
丸まったタンゴムシの脇には突起があり、それを引っ張ると、扉のように開くのだ。
中を覗くと、半球形の空洞が広がっていた。直径二メートルほどの床には椅子などもなく、ただ平らである。
「どういう仕組みなのでしょう? 彼の内臓はいずこに?」
呆然と覗き込んでいる雪乃の耳に、聞きなれぬ声が届いた。
『あらぁーん、ひどいわぁ。わたし、メスよぅ?』
視界を体内から外へと移すと、タンゴムシがくねくねと動く。どうやら話しかけてきたのは、このタンゴムシらしい。
「それは失礼しました。しばらくお世話になります」
どこが顔なのか分からないが、雪乃はぺこりと幹を曲げて、丁寧にお辞儀した。
『うふふ。お話できるなんて、嬉しいわぁ。言葉が通じない人ばかりで、独り言を喋っているような気になっちゃうのよねぇ』
嬉しそうなタンゴムシの様子を見て、雪乃もほんわり嬉しくなる。虫は苦手な雪乃だが、タンゴムシは大丈夫なようだ。
「私でよければ、旅の間、お話し相手にならせていただきます」
『よろしくねぇん』
ふふっと笑いあう雪乃とタンゴムシを、カイとタンゴムシ貸しのおじさんは、不思議そうに見ていた。
彼らにタンゴムシの言葉はわからない。ただくねくねと不気味に揺れているだけだ。
借り賃を支払うと、雪乃とカイはタンゴムシの体内に乗り込む。床はウォーターベッドのように柔らかく、長く座っていても疲れにくそうだ。
窓が無いことが難点だが、行き先を告げればタンゴムシが連れていってくれるそうで、任すしかなかった。
タンゴムシが動き出す際に、わずかにブランコのように揺れたが、その後は走っているのか止まっているのか分からないほど静かだった。
「今更かもしれないが、雪乃は魔物と話せるのだな」
「きちんと話せる魔物は少ないですが、感情を受け取るだけでしたら、ほとんどの魔物と可能です」
カイは気の毒そうに眉を下げた。
大陸では、魔物は討伐対象とされている。ヒイヅルやルグでも、魔物を狩って食べることがある。
言葉の通じる相手が仕留められる状況は、気分の良いものではないだろう。そう考えたカイは、雪乃と出会ったときのことを思い出す。
魔物を捕らえて捌くカイたちを、雪乃はひどく怖がっていた。
知らなかったとはいえ酷なことをしてしまったと、カイは罪悪感に目を閉じる。
「どうしましたか? タンゴムシに酔いましたか? それともお疲れでしょうか?」
心配そうに覗き込んでくる、小さな樹人の子供。
カイは小さく首を左右に振ると、彼女の頭を優しく撫でる。
「大丈夫だ。少し考え事をしていただけだ」
そう言って笑いかけると、雪乃はほっと胸を撫で下ろした。
「え? これに乗るの?」
ノムルの元へ戻ると、珍しく驚き瞬いていた。
「ノムルさんも、タンゴムシを知らなかったんですか?」
世界中を旅している物知りのノムルが知らなかったことに、雪乃は驚きを隠せない。
「大陸にこんな魔物はいなかったからね。どういう構造なのさ?」
タンゴムシの不思議構造に興味を抱いたらしいノムルは、色々な角度から観察したり、魔力を流したりしている。
『ぁんっ! ビリってしたわ』
艶やかな声がタンゴムシの口から発せられ、雪乃は思わずびくりと震えて硬直した。
「えっと、ノムルさん、魔力を流すのはやめてあげてください」
仄かに紅葉しながら、雪乃はノムルに頼んだ。
タンゴムシに乗り込んだ雪乃たちは、ルグ国を北上していく。
日本育ちの雪乃は、平らな床にそのまま座ることに抵抗は無い。ノムルは椅子がないことに対して、怠慢だと文句を言っていたが、口ほど不満は無いようだ。
なにせ普段から地べたに直接座っているような男なのだから。むしろなぜ文句を言ったのか、疑問に感じるレベルだ。
途中でタンゴムシを休ませているとき、カイが細い竹のようなものを、地元の人から購入した。
「なにそれ?」
一本渡されたノムルは、訝しげに竹らしき物を観察する。
カイは竹の皮を歯で剥くと、ぼりぼりと齧り出した。もっしゃもっしゃと噛むと、ぺっと茂みに吐き捨てる。
雪乃とノムルの目が点になる。
『シュガーキビね。甘くて美味しいわよぉ』
タンゴムシが教えてくれた。
雪乃は閃く。実際に見たことはないだろうが、きっとサトウキビに似た植物なのだろうと。
竹に似た外見だが、味や食感はどんなものなのかと、雪乃の好奇心がうずき出す。
疑わしそうにカイを見ていたノムルだが、雪乃がカイの食べる姿をじいっと見ていることに気付くと、慌てて齧り始めた。
「ぐぬぬぬ」
力むだけで、シュガーキビが口の中に入っていく気配は無い。サトウキビよりも硬いようだ。
諦めたのか一度口から離して、じいっとシュガーキビを見つめる。それからカイを棘のある目で見た。
「お前、どんな歯だよ? 甘いけどさ、硬いだろう?」
悪態を吐くノムルに、カイはぽきりと噛み砕いた欠片を手の上に乗せて差し出した。
「これなら」
「食うかっ!」
即座にノムルは拒否する。
不思議そうにノムルを見つめていたカイだが、手の上の欠片に視線を移す。ぱくりと、ぴー助がそれを食べた。
ぽりごりと、いい音がしている。
「ぴー」
目をキラキラと輝かせて、カイを見つめるぴー助。カイは適当に齧って小さくした欠片を、ぴー助に与えてやる。
狼は子供に、軽く消化した肉を与える。きっとそういう意識なのだろう。
ノムルは不機嫌になりながらも、魔法で一口サイズに裁断したシュガーキビを口に放り込んで、飴のように舐めていた。
味は気に入ったらしい。
そう言うと、カイは一匹のタンゴムシを借りた。
馬車のようなものを牽かせるのかと想像した雪乃だが、それらしきものはなく、タンゴムシ単体を借りる。
では上に乗るのかとタンゴムシの背を見上げるが、鞍は付いていない。
ツルツルとした体表と、滑らかなドーム状の形は、とてもよく滑りそうだ。落ちやしないかと、雪乃は心配になってくる。
しかし雪乃の懸念は、すぐに一掃される。
タンゴムシはカイに頭を軽く叩かれると、くるりと丸くなった。カイが脇の辺りに手を伸ばし引っ張ると、扉が開く。
「え?」
雪乃はあ然として硬直した。
別に変な扉が開いたわけではない。いや、変な扉だが。
丸まったタンゴムシの脇には突起があり、それを引っ張ると、扉のように開くのだ。
中を覗くと、半球形の空洞が広がっていた。直径二メートルほどの床には椅子などもなく、ただ平らである。
「どういう仕組みなのでしょう? 彼の内臓はいずこに?」
呆然と覗き込んでいる雪乃の耳に、聞きなれぬ声が届いた。
『あらぁーん、ひどいわぁ。わたし、メスよぅ?』
視界を体内から外へと移すと、タンゴムシがくねくねと動く。どうやら話しかけてきたのは、このタンゴムシらしい。
「それは失礼しました。しばらくお世話になります」
どこが顔なのか分からないが、雪乃はぺこりと幹を曲げて、丁寧にお辞儀した。
『うふふ。お話できるなんて、嬉しいわぁ。言葉が通じない人ばかりで、独り言を喋っているような気になっちゃうのよねぇ』
嬉しそうなタンゴムシの様子を見て、雪乃もほんわり嬉しくなる。虫は苦手な雪乃だが、タンゴムシは大丈夫なようだ。
「私でよければ、旅の間、お話し相手にならせていただきます」
『よろしくねぇん』
ふふっと笑いあう雪乃とタンゴムシを、カイとタンゴムシ貸しのおじさんは、不思議そうに見ていた。
彼らにタンゴムシの言葉はわからない。ただくねくねと不気味に揺れているだけだ。
借り賃を支払うと、雪乃とカイはタンゴムシの体内に乗り込む。床はウォーターベッドのように柔らかく、長く座っていても疲れにくそうだ。
窓が無いことが難点だが、行き先を告げればタンゴムシが連れていってくれるそうで、任すしかなかった。
タンゴムシが動き出す際に、わずかにブランコのように揺れたが、その後は走っているのか止まっているのか分からないほど静かだった。
「今更かもしれないが、雪乃は魔物と話せるのだな」
「きちんと話せる魔物は少ないですが、感情を受け取るだけでしたら、ほとんどの魔物と可能です」
カイは気の毒そうに眉を下げた。
大陸では、魔物は討伐対象とされている。ヒイヅルやルグでも、魔物を狩って食べることがある。
言葉の通じる相手が仕留められる状況は、気分の良いものではないだろう。そう考えたカイは、雪乃と出会ったときのことを思い出す。
魔物を捕らえて捌くカイたちを、雪乃はひどく怖がっていた。
知らなかったとはいえ酷なことをしてしまったと、カイは罪悪感に目を閉じる。
「どうしましたか? タンゴムシに酔いましたか? それともお疲れでしょうか?」
心配そうに覗き込んでくる、小さな樹人の子供。
カイは小さく首を左右に振ると、彼女の頭を優しく撫でる。
「大丈夫だ。少し考え事をしていただけだ」
そう言って笑いかけると、雪乃はほっと胸を撫で下ろした。
「え? これに乗るの?」
ノムルの元へ戻ると、珍しく驚き瞬いていた。
「ノムルさんも、タンゴムシを知らなかったんですか?」
世界中を旅している物知りのノムルが知らなかったことに、雪乃は驚きを隠せない。
「大陸にこんな魔物はいなかったからね。どういう構造なのさ?」
タンゴムシの不思議構造に興味を抱いたらしいノムルは、色々な角度から観察したり、魔力を流したりしている。
『ぁんっ! ビリってしたわ』
艶やかな声がタンゴムシの口から発せられ、雪乃は思わずびくりと震えて硬直した。
「えっと、ノムルさん、魔力を流すのはやめてあげてください」
仄かに紅葉しながら、雪乃はノムルに頼んだ。
タンゴムシに乗り込んだ雪乃たちは、ルグ国を北上していく。
日本育ちの雪乃は、平らな床にそのまま座ることに抵抗は無い。ノムルは椅子がないことに対して、怠慢だと文句を言っていたが、口ほど不満は無いようだ。
なにせ普段から地べたに直接座っているような男なのだから。むしろなぜ文句を言ったのか、疑問に感じるレベルだ。
途中でタンゴムシを休ませているとき、カイが細い竹のようなものを、地元の人から購入した。
「なにそれ?」
一本渡されたノムルは、訝しげに竹らしき物を観察する。
カイは竹の皮を歯で剥くと、ぼりぼりと齧り出した。もっしゃもっしゃと噛むと、ぺっと茂みに吐き捨てる。
雪乃とノムルの目が点になる。
『シュガーキビね。甘くて美味しいわよぉ』
タンゴムシが教えてくれた。
雪乃は閃く。実際に見たことはないだろうが、きっとサトウキビに似た植物なのだろうと。
竹に似た外見だが、味や食感はどんなものなのかと、雪乃の好奇心がうずき出す。
疑わしそうにカイを見ていたノムルだが、雪乃がカイの食べる姿をじいっと見ていることに気付くと、慌てて齧り始めた。
「ぐぬぬぬ」
力むだけで、シュガーキビが口の中に入っていく気配は無い。サトウキビよりも硬いようだ。
諦めたのか一度口から離して、じいっとシュガーキビを見つめる。それからカイを棘のある目で見た。
「お前、どんな歯だよ? 甘いけどさ、硬いだろう?」
悪態を吐くノムルに、カイはぽきりと噛み砕いた欠片を手の上に乗せて差し出した。
「これなら」
「食うかっ!」
即座にノムルは拒否する。
不思議そうにノムルを見つめていたカイだが、手の上の欠片に視線を移す。ぱくりと、ぴー助がそれを食べた。
ぽりごりと、いい音がしている。
「ぴー」
目をキラキラと輝かせて、カイを見つめるぴー助。カイは適当に齧って小さくした欠片を、ぴー助に与えてやる。
狼は子供に、軽く消化した肉を与える。きっとそういう意識なのだろう。
ノムルは不機嫌になりながらも、魔法で一口サイズに裁断したシュガーキビを口に放り込んで、飴のように舐めていた。
味は気に入ったらしい。
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