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ヒイヅル編
316.温泉と聞き
しおりを挟む三日掛けてルグ国を横断し、ヒイヅル国行きの船が出る港へと到着する。船が出るのは五日後とのことで、雪乃たちはルグ国を観光することにした。
港からすぐのところに、火山の見える小島がある。時折、火山が噴火して、噴煙が上がった。
「あの火山の麓は、温泉が多い。筋や骨を痛めた時は、ヒイヅルから入りに来る者がいるほど人気だ」
「おお!」
温泉と聞き、雪乃が食いつく。
「ただあの島の温泉は時折爆発するので、子供だけで入ることは禁止されているが」
「おぉ?」
それは火山が爆発するのか、温泉自体が爆発するのか、雪乃は気になった。どちらにせよ、危険な温泉であることは確かだろう。
「渡ってみるか? 渡し舟で売っているドウンは、美味いと評判だぞ」
雪乃の葉がキラキラと輝く。食べることはできないのに、食べ物への欲求は止められないらしい。
「くっ。またユキノちゃんの関心を……。いい気になるなよ?」
怒っているが、特に害は無いようなので、雪乃とカイは適当に相槌を打って歩きだす。
渡し舟は日に何度か往復しているようだ。櫓で漕ぐ小舟に、次々と人が乗り込んでいく。
雪乃たちも舟に乗り込んだ。
舟が動き出すと、物売りの舟が近付いてくる。ドウンの他に、具入りのコンメも売っていた。
カイとノムルは、さっそく噂のドウンを頼む。言わずもがな、饂飩のような麺類だ。
「あそこまですぐだろう? なんで舟で食うのさ?」
たしかに島までの距離は近い。ドウンを食べ終えるためには、乗船と同時に注文しなければ、下船までに間に合わないかもしれない。のんびりと味わう余裕はないだろう。
「そりゃあ、島でうどん屋をやってたら、噴火した時に全部なくなっちまうからな」
ノムルの疑問を耳にした船頭が、素っ気なく答える。
その通りかもしれないが、舟も安全とは言い切れないだろうと、雪乃はこっそり思った。
火山の噴火は逃れられても、海難事故という危険がある。
「ところでユキノちゃん。これって飛竜討伐の時に、ユキノちゃんが作ってくれたやつに似てる気がするんだけど?」
ノムルが示したのは、ドウンに乗せられた大きな天ぷらだ。ルモン大帝国で飛竜に遭遇した後、雪乃はノムルの要望に応えて、天ぷらを作ったのだった。
じいっと見つめた雪乃は、
「そうですね。具はなんでしょう?」
と、聞いてみた。
「ネギタマだねえ。甘くて美味しいよ。というか、これが本物なんだね?」
雪乃はそうっと、ノムルから視線を逸らす。
コンメの粉と水だけで衣を作り、適当な素材を揚げて塩で食べさせたのだ。
「もしかして本物のカレーも、もっと美味しいのかなあ?」
「……。黙秘権を行使します」
「えー?」
にやにやと笑っているノムルに、雪乃はくうっと呻く。
島に着くと、空は暗く灰が降っていた。舟から降りた人たちは皆、湯治客らしく、同じ方向に歩いていく。
向かう先から、ズシン、ズシンと、地響きが聞こえてきた。
「火山の爆発ですか?」
雪乃は警戒するが、ノムルもカイも平然としている。
ノムルにとっては火山さえ、大した問題ではないのだろう。一方のカイは、
「いや、火竜のハヤト殿だろう」
「「は?」」
さらりと地元の人がやって来たかのように言われて、雪乃とノムルは、驚いてカイを見た。
カイの言ったとおり、火山の向こうから、赤い竜が現れた。小さな羽が生えているが、あまり飛ぶのは得意ではないのか、地面を二本足で歩いている。
「珍しいな。普段は火山の中にいるのに」
竜種を前にして平然としているカイに、雪乃もノムルも困惑する。今まで旅してきた地域であれば、竜種が現れれば大騒動になったはずだ。
「誰かが飼ってるのか?」
「いいや? 野生の火竜だが?」
辺りを見回してみると、一緒の舟から下りてきた人たちも、カイと同じような反応だ。
警戒しているのは、雪乃とノムルだけらしい。
ただし、二人の意識は少し異なる。
ノムルは竜種という巨大な力を持つ魔物に、雪乃が傷付けられないよう、警戒していた。
一方の雪乃は、火竜が出てきた理由を知り、どうするべきかと考えていた。
火竜ハヤトが出迎えに来た理由、それは、
「ぴー?!」
「ごおおう」
竜種の雛である、ぴー助を愛でるためだった。
がしっと火竜に掴まれ、舐められたり、頬を摺り寄せられたり、腹の下に入れられたりと、がっつり愛情を示されている。
「ぴーっ?!」
愛情を押し付けられたぴー助は、軽く混乱しているようだ。
助けなければと動き出した雪乃だったが、次の瞬間、ぴたりと固まった。
「うわっ。親ばかすぎるだろ? 自重しろよ」
硬直した雪乃とカイの体の中で、首だけが糸で引っ張られるように動き、呆然としたままノムルを凝視した。
火竜ハヤトも、この男にだけは言われたくないだろう。
ひとしきり愛でて落ち着いたのか、ハヤトはぴー助を抱え込んで座ると、ぺろぺろと舐めている。
取り返すのは難しそうだ。
「これは、どうすれば良いのでしょう?」
雪乃はぴー助とハヤトを眺めることしかできない。危害を加えないことは分かるが、このままというわけにもいかないだろう。
ふむうっと考えた雪乃は、とりあえず、ハヤトと話してみることにした。
「すみません」
声を掛けるてみると、ハヤトはのそりと顔を上げた。どうやら聞く気はあるようだ。
「えっと、その子竜を返してほしいのですが」
そう雪乃が言った途端、ハヤトはぴー助を抱え込み、雪乃をじとりと睨む。
ぴー助は必死に、雪乃に向けて前足を伸ばしている。
引くわけにはいかないと、雪乃は大きく息を吸い込んでハヤトに対峙する。
「ユキノちゃん、放っておきなよ。竜は竜の下へ帰るのが、一番なんだよ」
雪乃は振り仰いだ。
訳知り顔で、おっさん魔法使いがしきりに頷いている。
「どうしてノムルさんはそう、ぴー助を邪険にするんですか?!」
「えー? だって、ユキノちゃんを俺から奪おうとするやつなんて、要らないもの」
ノムルの独占欲は、どこまでも果てしないようだ。
くっと唸った雪乃は、今一度、ハヤトに向き合う。
「ハヤトさん……って、あれ?」
先ほどまで火竜が座っていた場所から、その姿は消えていた。
視線を前に向けると、ハヤトはぴー助を抱いたまま、地響きを立てながら火山に向かって去っていっていた。
「ぴーぃぃ……」
子竜の悲しげな声が遠ざかっていく。
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