『種族:樹人』を選んでみたら 異世界に放り出されたけれど何とかやってます

しろ卯

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ヒイヅル編

322.私が乗ると……

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 気になった雪乃だが、物見は小さくて覗き込むことができない。ふうむと悩んだ後、マンドラゴラを一匹だけ出して、覗いてもらった。

「わー?!」
「しー、です」

 根をきらめかせて声を上げるマンドラゴラを、雪乃は慌てて静かにさせる。
 カイからは、ヒイヅル国では樹人の雪乃も受け入れられるだろうと告げられていたが、まだカイたち以外の狼獣人たちが、樹人に理解があるかわからないのだ。
 覗き見たマンドラゴラと葉をあわせて意識を共有すると、車輪のないスケートボードのような板に乗っていることが分かった。形状だけならばスノーボードに似ているだろうか。

「ゴリン国の車に使われていた魔術式を参考に作ってみたんだよ」
「おお! さすがですね」

 賞賛する雪乃に、ノムルはでれでれと表情を緩め、頭を掻いている。
 何度か車に乗せてもらったが、それだけで技術を盗んで形にするとは、やはりこの男は規格外のようだ。

「これはもしや、私が乗ると……」

 雪乃は考える。
 見た目は小さな子供。しかし中身は……。

「著作権に触れそうなので、ここまでにしておきましょう」
「うん?」

 輿から漏れ出てきた独り言に、ノムルとカイは不思議そうな顔をした。

 宿を取るにはまだ早い時間だったが、雪乃を担いだ狼獣人たちは辿り着いた村で速度を落とす。茅葺屋根の大きく立派な邸の前で、輿は止まった。
 戸が開かれると、同行していた狼獣人たち以外にも、猫獣人たちが跪いて雪乃を出迎えていた。猫獣人たちはスリムな二足歩行の猫といった姿をしている。
 下りようとしていた雪乃は、きょとんと瞬き、不安そうにカイを探す。

「さ、ユキノちゃん。抱っこしてあげるねー」

 雪乃の視線に気付いたカイが動き出すより先に、ノムルが颯爽と雪乃を抱き上げた。

「ご遠慮いたし……ってふぬぬぬぬー。聞く気はありませんね」

 確かめるまでもないが、ノムルに雪乃の拒否は効かなかった。
 二人とカイには慣れたやり取りだったが、獣人たちは刺々しい目をノムルに向ける。
 跪きながらもちらりと雪乃を盗み見た猫獣人たちは、にやりと口元に笑みを浮かべた。
 今日の雪乃は薄手のにゃんこローブだ。同族意識が芽生えたのか、はたまた自分たちを模した服を着ていることに、優越感を抱いたのかは知らないが。

 猫獣人たちに案内されるまま、雪乃たちは邸の中に入っていく。天井は高く、太い梁がむき出しである。
 八畳四間を仕切る襖を取り払った大部屋には、宴席が設けられていた。
 最奥の上座にはふかふかの座布団が一枚だけ置かれ、左右には座布団が一列ずつ並ぶ。

「ささ、どうぞ」

 雪乃は最奥の上座へと誘われる。

「あの、私は下座で……」

 などと遠慮するより早く、ノムルが雪乃を抱きかかえたまま上座に腰を下ろすと、獣人たちから醸し出される空気が刺々しいものへと変わった。

「人間、お前は下座に移れ」

 眉間に幾つもの皺を寄せた狼獣人が、怒気を顕わにノムルに唸る。

「は? ここに座れって言ったのは、そっちだろ?」
「そこは御子の御席だ。人間が我等より上座に座るなど、おこがましい」

 獣人たち対ノムルの睨み合いが始まる。
 雪乃はわたわたと周囲を見回しながら、ノムルの表情を窺う。カイも額に手を当てて、大きく息を吐き出した。

「ビゼン、やめろ。お前たちの敵う相手ではない。それに彼も我が君の客人だ」

 獣人たちの集中が、カイへと移る。

「お言葉ですが、あの人間は御子から離れぬゆえ、仕方なくと伺っております。望んで迎えたわけではありません」

 ビゼンと呼びかけられた濃い紫色の狩衣を着た狼獣人が、冷たい声で反論する。

「だとしても客人であることに変わりは無い。種族で差別するのは、我が君の御心に反する」

 穏やかながらはっきりとカイは言い切る。
 獣人たちは歯噛みするように呻き、顔を背けた。

「で、終わり?」

 マイペースな魔法使いの呑気な声に、カイは危機は去ったようだと安堵すると共に、一気に疲れが出てきた。

「ああ」

 力なく答えたカイは、左側の上座に腰を下ろした。
 不承不承といった様子で、ビゼンが雪乃の前に足を組んで座り、拳を膝の横に突く。

「改めまして御子様、ヒイヅルへの御来訪、心よりお喜び申し上げます。港では誰が聞いているとも知れぬゆえ挨拶が遅れましたこと、どうかお許しくださいませ。某はビゼンと申すもので、御子様の道中を御守りするよう我が君より仰せつかってまいりました。ご尊顔を拝見できましたこと、恐悦至極に存じます」

 奏上し終えると、ビゼンは深々と頭を下げた。他の獣人たちも、彼に倣うように頭を垂れている。
 力者は同席しておらず、猫獣人は年嵩の白猫と若く体格の良い黒猫が下座に着席していた。
 上座に据えられた雪乃は、ぽかーんっとビゼンの頭頂を見つめることしかできない。しばらくして幹を捻り、そのまま傾げる。
 自分の身に起こっていることが、さっぱり理解できなかった。

「雪乃、『許す』と」

 少し離れた位置から、カイが囁いた。獣人たちは未だに頭を下げたままだ。

「許す」

 戸惑いながらも雪乃がアドバイスどおりに一言発すると、一斉に面を上げた。だがその顔は、困惑や怒りに染まっている。
 彼らの視線の先では、

「ご尊顔って、ちゃんと視覚阻害の魔法を掛けといたよね? あれ? 獣人には効かないのか?」

 と、膝の上に座っていた雪乃を向き合うように抱き上げたノムルが、フードの中をしげしげと観察していた。

「心配しなくても充分効いている。常套句だ。気にしないでくれ」

 目元を覆うように左手を添えたカイは、力なく言った。

 挨拶が終わると、料理が運ばれてきた。
 奉書紙を敷いた三方に乗せられた尾頭付きの鯛らしき魚の塩焼きや、刺身、煮しめや赤飯らしきコンメ料理などが、雪乃の前に次々と運ばれてくる。
 中には酒や塩、丸のままの果物や野菜なども並ぶ。
 料理というよりも、神仏へのお供え物に近いかもしれない。

 初めは懐かしさを覚える料理の数々に葉をきらめかせていた雪乃だが、次第にきらめきは消え、なんだか遠くを見はじめた。
 カイも怪訝な顔で雪乃の前に並ぶ料理を見ては、対面に座るビゼンに伺うような視線を投げている。
 雪乃の前に料理が出尽くすと、今度は獣人たちの前に膳が運ばれた。そちらは全て調理済みの、食べられる物だけのようだ。
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