『種族:樹人』を選んでみたら 異世界に放り出されたけれど何とかやってます

しろ卯

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ヒイヅル編

323.おっさんの料理が食えるわけだ

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 獣人たちの前に膳が並び終わる前に、ノムルはさっさと箸を付けていた。

「味付けがシンプルだな。生の魚とか、デーコンがそのままとか、獣人の食事ってのは獣みたいだな。おっさんの料理が食えるわけだ」

 どうでも良いところで感心している。
 しかし郷土の料理を馬鹿にされて、不快に思わない者はいない。獣人たちの目が鋭く光り、ビゼンが口を開いた。

「身の程をわき」
「刺身は人気料理ですよ? スーシーだって、野菜ではなく刺身を使ったもののほうが人気でした。生の魚を提供できるということは、それだけ鮮度の良い状態の魚が手に入り、適切に調理できるということです。デーコンが丸のままなのは、私にも説明できません」

 きりりとした表情で、雪乃は言い切った。最後に残念な発言があったが、分からないのだから仕方ない。
 獣人たちは驚きに目を丸くした後、わっと笑みを浮かべた。

「えー? まあユキノちゃんがそう言うなら、おとーさんは食べてみるけど」

 と、嫌そうに顔をしかめながら、ノムルは刺身を一切れ取り、口に運んだ。舌に乗せた直後から顔が歪んでいき、もぐもぐしている間にもどんどん険しくなっていく。

「ユキノちゃん、これは駄目だよ。ユキノちゃんに情報を与えたやつは、味音痴だったみたいだ」

 ぴしりと空気が固まり、再び険悪な空気が広間を支配する。

「醤油をつけないからですよ。ほら、この小皿に入れられた黒い液体を……って、うん?」

 小さな小皿に注がれた、黒い液体。摩り下ろしたビーサの根も添えてある。
 雪乃は小皿を両の小枝でそっと取り、じいっと見つめる。角度を変えて、灯りを反射させて。

「ユキノちゃん?」

 突然に始まった小さな子供の奇行に、ノムルが堪らず問いかけるが、獣人たちも困惑気味だ。

「カイさん」
「どうした?」

 急に名前を呼ばれて、カイの口からわずかに上ずった声が出る。

「これはどのようにして作るのでしょう?」

 真剣そのものの口調だが、聞いている内容はそこまで深刻なものではない。

「オオメマとギムを海水で漬け込み、熟成させて絞り出したものだ」

 望みどおりの答えに、雪乃の葉はきらきらと輝く。

「醤油です! やっと見つけました!」

 両手で醤油らしき液体の入った小皿を掲げる小さな子供。ノムルもカイも獣人たちも、まったく付いていけずに取り残されていた。

「ユキノちゃん、戻っておいでー」

 ノムルが声をかけるが、雪乃は中々戻ってきそうにない。
 仕方なく、ノムルは食べれそうなコンメ料理や煮しめに箸を伸ばした。

「醤油を塗って焼いたコンメは美味しいですよー。餅コンメに塗るときは砂糖も加えましょう。ああ、カレーに隠し味として入れるのも美味しいですね」

 感動の世界から戻ってきた雪乃は、焼き魚を解しながら醤油の偉大さを語る。解した魚の身は、当然だが雪乃の口に入ることはなく、ノムルの口へと消えていく。

「デーコンも細切りにして、少し垂らして和えれば食べられますよ。個人的には卸したデーコンに掛けて、焼いた青魚と食べるのがお勧めですね」

 醤油の有用性を唱える雪乃に笑顔で賛同していた獣人たちだが、次第に困惑に変わっていった。

「雪乃、食べられないはずなのに、なぜそんなに詳しい? それと、これはショウユではなく、ミソだ」
「……」

 興奮していた雪乃が、一瞬で冷めた。

「今、なんと?」
「ミソだ」

 無言になった雪乃は、ふむうっと考える。それから、

「ではショウユとは、どのようなものなのでしょうか?」

 と、一縷の望みにすがるように、おもむろに問うてみた。

「すまないが、そういった名前のものは知らない」

 一縷の望みは露となって消えていった。味噌と醤油が逆というわけではなかったようだ。
 落ち込んだ雪乃を心配するカイの一方、ノムルはデーコンを細切りにしたものと、卸したものを作り出していた。
 それぞれにミソを垂らすと、細切りのデーコンはそのまま、卸したデーコンは雪乃が解した焼き魚の身と混ぜて食べる。

「デーコンの細切りに垂らしたのは、悪くはないけどいまいちかな。魚のほうはさっぱりとして美味しいね。あ、生魚のねっとり感はやっぱり嫌だけど、ミソを付けると味はいいかも」

 感想を述べながら、もっしゃもっしゃと食べ切った。
 その姿を、カイ以外の獣人は不快感を隠すことなく睨んでいたのだが、ノムルが気にすることは当然だがなかった。
 獣人たちには酒も振舞われていたのだが、どんちゃん騒ぎの宴会となることはなく、静かに飲んでいた。そして日が暮れ始めるとお開きとなった。

「どうぞこちらへ」

 年嵩の白猫獣人と若い黒猫獣人が、雪乃を外へと案内する。狼獣人たちも付いてきた。もちろんノムルとカイも同行している。
 獣人たちは雪乃とノムルを引き離そうとしたのだが、ノムルが頑として受け入れなかった。
 強硬手段に出ようとした獣人たちを止めたのは、大魔王様降臨の恐ろしさを知っているカイだった。
 しぶしぶといった様子だったが、なんとか獣人たちも了承してくれたことで、ノムルの暴走は回避できた。

 邸を出て輿に乗せられた雪乃が連れて行かれたのは、小さな丘だった。こんもりと緑が生い茂る中を、獣人たちは登っていく。
 頂には白木で作られた祠のようなものがあり、その手前には、麻縄で囲んだ大きな土俵のような空間があった。
 硬い相撲の土俵とは違い、土は柔らかく耕されている。腐葉土や空気をたっぷりと含んだ、ふかふかで栄養豊富な土である。

「どうぞこちらをお使いください。聖域ですので、無闇に近付くものはおりません。下には信頼できる者を見張に立てておりますので、ご安心を」
「私の正体をご存知なのですか?」

 不思議に思って問うた雪乃に、案内してくれた白猫の獣人は、相好を崩して柔らかく笑む。

「もちろんです。他の者にはまだ明かしておりませんが。お会いできて光栄です、御子様」

 深々とその場で頭を垂れた猫獣人を、ビゼンがちらと睨む。年嵩の猫獣人の口元が、わずかに弧を描いたが、雪乃からは見えなかった。 
 雪乃は困惑する視線を猫獣人からノムルへと移した。ノムルもまた、分からないといった様子で首を振った。
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