274 / 385
ヒイヅル編
326以前はもう少し
しおりを挟む
ノムルも合流すると、再び雪乃の乗った輿を担いで、狼獣人たちは北上していく。
山の中に伸びる街道沿いに、狼獣人たちは疾走を続けた。
街道はどんどん細くなり、途中には崖や沢もある。街道の脇にあるのではなく、街道の中にある。狼獣人たちは崖を駆け上り、沢から顔を出している岩の上を、難なく渡っていった。
さすがに輿のままでは揺れるということで、カイが雪乃を抱っこして運ぶ。
「きいっ! ユキノちゃんを抱っこするのは、俺の役目なのにっ!」
おどろおどろしい八つ首の暗黒龍が管を巻いているが、カイも慣れたもので平然としている。他の狼獣人たちの耳や尻尾の毛は、逆立っていたが。
「雪乃、旅の間、本当に大丈夫だったのか?」
崖を駆け上りながら、カイが問うてきた。
「以前はもう少し、まともだったのです。日を追うごとに悪化していると言いましょうか」
「そうか。想像できないが、まともな時もあったのだな」
「ええ、まあ……」
二人は揃って肩を落とす。
そんな騒動を含めながら、空が赤く色付く前には、狼獣人たちの里に着いた。走っていた獣人たちは、足を緩めて歩きだす。
街道の両端には、青々とした田んぼが広がっていた。平坦な道では、雪乃は輿の中だ。
里に入る前に物見が閉じられたため、雪乃は網代の隙間から、微かに見える里の様子を窺った。
土壁に板の屋根で作られた、長屋が並んでいる。
遠足で行った歴史資料館で見た、室町時代の街並みに似ているなと雪乃は思いつつ、見物を続ける。
だが不思議なことに、人の姿はまったく見えなかった。
よくよく観察してみれば、民家の開いた戸の隙間から、じいっと覗いている目が幾つか見つけられた。
外に出ないように命じられているのか、雪乃たちを警戒しているのかは分からないが、歓迎されていないように感じた雪乃はしょんぼり萎れる。
雪乃を乗せた輿は、常磐緑の鳥居を潜り、山を登っていく。大きな神社を思わせる場所に辿り着くと、ようやく輿は地面に降ろされた。
戸が開き外へ出れば、白木作りの立派な社があった。あらゆるところに彫刻が施され、大樹とその枝葉が描かれている。
「おおー」
感嘆の声を上げる雪乃に応じるように、拝殿の戸が開いた。
跪いた姿勢の、白の小袖に若竹色の袴を履いた神職が現れ、深々と頭を垂れる。その後方には緋袴を履いた巫女たちが、やはり深く頭を垂れて控えていた。
彼らを率いるのは、純白の小袖と袴をまとった、銀色の耳と長い髪を持つ三十代ほどの女性だった。静かに立っていた彼女も、雪乃を見るなりその場に座り込み深く頭を垂れた。
いずれも狼獣人である。
「お待ちしておりました、御子様。当地をお預かりしております、ヒミコと申します。ご無事のお付き、お喜び申します」
顔を上げた銀色の獣人ヒミコは、恭しく口上を述べる。力強い金色の瞳は、雪乃をひたと捉えていた。
思わず一歩後退った雪乃がきょろきょろと辺りを見回すと、後方ではカイを始めとして狼獣人たちが跪いている。
雪乃も慌てて根を折り、正座の姿勢を取って深々と頭を下げた。その様子に、狼獣人たちはぎょっと目を見開き、慌てて雪乃に声を掛ける。
「どうかお立ちください、御子様」
とは言われても、大人達が揃って跪いている中で、最も年若い雪乃が立ったままというのは気が引ける。
雪乃は縋るような目をカイに向けた。
「大丈夫だよ、ユキノちゃん」
カイが救いの手を伸べる前に、ノムルに抱き上げられた。
「ふぬぬぬぬぬー。何ですか? いきなり。空気を読んでください。ふんにゅうーっ!」
枝を突っ張り、無精ひげと戦う。
獣人たちは突然の闖入者に、あ然とした表情を浮かべていたが、すぐに怒りの感情を滲ませていった。
「お付きの方はどうぞこちらへ」
後ろに控えていた若竹色の袴を付けた神職の一人が、ノムルを案内しようと前に出る。
「却下。ユキノちゃんとおとーさんを引き離すなんて、駄目に決まってるだろ? お前らが敵か味方かも分からないのに」
オブラードに包むこともなく、ずけずけと言い放つおっさん魔法使い。
「雪乃の安全は俺が保証する。言うとおりに」
「断る!」
カイが間に入ろうとしたが、にべもなく即答されてしまった。
神職たちは憤りを高めていくが、猫獣人の里でノムルの魔法を見てしまったビゼンたちは、嫌悪感を抱きながらも強く出ることができない。
波立つ場にあって、ヒミコは静かにノムルを見極めようとしていた。
「拝殿までならば良かろう。御子様をこのような場にお待たせしたままのほうが失礼というもの」
ヒミコの言葉に、獣人たちは一様に頭を下げる。しかし、
「獣人ならば構いませんでしょうが、その者は人間です。ヒミコ様のご指示とあれど、社に入れる訳には参りませぬ」
と、神官の一人が苦言を呈した。
「なんでだよ?」
雪乃を抱きしめたまま、ノムルは不満に満ちた声を出す。
「ノムル殿」
カイが慌ててノムルを止めるが、獣人たちの怒りはどんどん膨らんでいく。
面を伏せたままなので目にすることはないが、鼻の付け根から額にかけて皺を寄せ、憤怒を顕わにしていた。
「無礼だぞ! 人間は我等獣人の誇りを傷付け、仲間たちを虐げている。我が君の御前を許しただけでも、破格の待遇。身を弁えよ」
今にも噛み付きそうなほどの怒気をこめて、神職の獣人たちが鋭い声で咎めた。
「そんなの俺、関係ないじゃん? そもそも俺だって、ガキの頃は奴隷だったんだもの。獣人も人間も変わらないだろう?」
獣人たちの怒りが少しばかり引き、代わりに驚愕に染まる目を向けてきた。
「ノムル殿が、奴隷? 隷属できるのか?」
なんだか違う意味で驚いているのはカイだ。驚愕と猜疑を含んだ眼差しで、ノムルを上から下まで観察する。
「俺だって生まれたときからこんな規格外じゃないからな?」
不機嫌そうにノムルは眉をひそめた。
その様子を、銀色の獣人はじいっと観察するように見つめている。
「では拝殿には入れず、脇から奥へ案内せよ。御子様の御姿が見えておれば問題はあるまい?」
神職たちは眉をひそめているが、そこが落としどころだろうと理解したのか、渋々承知した。
ノムルも不満そうだが、空が赤く染まり始めたことを考慮すると、そろそろ雪乃を寝床に就かせるべきだと理解したのだろう。嫌々といった様子をありありと面に出して、了承した。
山の中に伸びる街道沿いに、狼獣人たちは疾走を続けた。
街道はどんどん細くなり、途中には崖や沢もある。街道の脇にあるのではなく、街道の中にある。狼獣人たちは崖を駆け上り、沢から顔を出している岩の上を、難なく渡っていった。
さすがに輿のままでは揺れるということで、カイが雪乃を抱っこして運ぶ。
「きいっ! ユキノちゃんを抱っこするのは、俺の役目なのにっ!」
おどろおどろしい八つ首の暗黒龍が管を巻いているが、カイも慣れたもので平然としている。他の狼獣人たちの耳や尻尾の毛は、逆立っていたが。
「雪乃、旅の間、本当に大丈夫だったのか?」
崖を駆け上りながら、カイが問うてきた。
「以前はもう少し、まともだったのです。日を追うごとに悪化していると言いましょうか」
「そうか。想像できないが、まともな時もあったのだな」
「ええ、まあ……」
二人は揃って肩を落とす。
そんな騒動を含めながら、空が赤く色付く前には、狼獣人たちの里に着いた。走っていた獣人たちは、足を緩めて歩きだす。
街道の両端には、青々とした田んぼが広がっていた。平坦な道では、雪乃は輿の中だ。
里に入る前に物見が閉じられたため、雪乃は網代の隙間から、微かに見える里の様子を窺った。
土壁に板の屋根で作られた、長屋が並んでいる。
遠足で行った歴史資料館で見た、室町時代の街並みに似ているなと雪乃は思いつつ、見物を続ける。
だが不思議なことに、人の姿はまったく見えなかった。
よくよく観察してみれば、民家の開いた戸の隙間から、じいっと覗いている目が幾つか見つけられた。
外に出ないように命じられているのか、雪乃たちを警戒しているのかは分からないが、歓迎されていないように感じた雪乃はしょんぼり萎れる。
雪乃を乗せた輿は、常磐緑の鳥居を潜り、山を登っていく。大きな神社を思わせる場所に辿り着くと、ようやく輿は地面に降ろされた。
戸が開き外へ出れば、白木作りの立派な社があった。あらゆるところに彫刻が施され、大樹とその枝葉が描かれている。
「おおー」
感嘆の声を上げる雪乃に応じるように、拝殿の戸が開いた。
跪いた姿勢の、白の小袖に若竹色の袴を履いた神職が現れ、深々と頭を垂れる。その後方には緋袴を履いた巫女たちが、やはり深く頭を垂れて控えていた。
彼らを率いるのは、純白の小袖と袴をまとった、銀色の耳と長い髪を持つ三十代ほどの女性だった。静かに立っていた彼女も、雪乃を見るなりその場に座り込み深く頭を垂れた。
いずれも狼獣人である。
「お待ちしておりました、御子様。当地をお預かりしております、ヒミコと申します。ご無事のお付き、お喜び申します」
顔を上げた銀色の獣人ヒミコは、恭しく口上を述べる。力強い金色の瞳は、雪乃をひたと捉えていた。
思わず一歩後退った雪乃がきょろきょろと辺りを見回すと、後方ではカイを始めとして狼獣人たちが跪いている。
雪乃も慌てて根を折り、正座の姿勢を取って深々と頭を下げた。その様子に、狼獣人たちはぎょっと目を見開き、慌てて雪乃に声を掛ける。
「どうかお立ちください、御子様」
とは言われても、大人達が揃って跪いている中で、最も年若い雪乃が立ったままというのは気が引ける。
雪乃は縋るような目をカイに向けた。
「大丈夫だよ、ユキノちゃん」
カイが救いの手を伸べる前に、ノムルに抱き上げられた。
「ふぬぬぬぬぬー。何ですか? いきなり。空気を読んでください。ふんにゅうーっ!」
枝を突っ張り、無精ひげと戦う。
獣人たちは突然の闖入者に、あ然とした表情を浮かべていたが、すぐに怒りの感情を滲ませていった。
「お付きの方はどうぞこちらへ」
後ろに控えていた若竹色の袴を付けた神職の一人が、ノムルを案内しようと前に出る。
「却下。ユキノちゃんとおとーさんを引き離すなんて、駄目に決まってるだろ? お前らが敵か味方かも分からないのに」
オブラードに包むこともなく、ずけずけと言い放つおっさん魔法使い。
「雪乃の安全は俺が保証する。言うとおりに」
「断る!」
カイが間に入ろうとしたが、にべもなく即答されてしまった。
神職たちは憤りを高めていくが、猫獣人の里でノムルの魔法を見てしまったビゼンたちは、嫌悪感を抱きながらも強く出ることができない。
波立つ場にあって、ヒミコは静かにノムルを見極めようとしていた。
「拝殿までならば良かろう。御子様をこのような場にお待たせしたままのほうが失礼というもの」
ヒミコの言葉に、獣人たちは一様に頭を下げる。しかし、
「獣人ならば構いませんでしょうが、その者は人間です。ヒミコ様のご指示とあれど、社に入れる訳には参りませぬ」
と、神官の一人が苦言を呈した。
「なんでだよ?」
雪乃を抱きしめたまま、ノムルは不満に満ちた声を出す。
「ノムル殿」
カイが慌ててノムルを止めるが、獣人たちの怒りはどんどん膨らんでいく。
面を伏せたままなので目にすることはないが、鼻の付け根から額にかけて皺を寄せ、憤怒を顕わにしていた。
「無礼だぞ! 人間は我等獣人の誇りを傷付け、仲間たちを虐げている。我が君の御前を許しただけでも、破格の待遇。身を弁えよ」
今にも噛み付きそうなほどの怒気をこめて、神職の獣人たちが鋭い声で咎めた。
「そんなの俺、関係ないじゃん? そもそも俺だって、ガキの頃は奴隷だったんだもの。獣人も人間も変わらないだろう?」
獣人たちの怒りが少しばかり引き、代わりに驚愕に染まる目を向けてきた。
「ノムル殿が、奴隷? 隷属できるのか?」
なんだか違う意味で驚いているのはカイだ。驚愕と猜疑を含んだ眼差しで、ノムルを上から下まで観察する。
「俺だって生まれたときからこんな規格外じゃないからな?」
不機嫌そうにノムルは眉をひそめた。
その様子を、銀色の獣人はじいっと観察するように見つめている。
「では拝殿には入れず、脇から奥へ案内せよ。御子様の御姿が見えておれば問題はあるまい?」
神職たちは眉をひそめているが、そこが落としどころだろうと理解したのか、渋々承知した。
ノムルも不満そうだが、空が赤く染まり始めたことを考慮すると、そろそろ雪乃を寝床に就かせるべきだと理解したのだろう。嫌々といった様子をありありと面に出して、了承した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界に召喚されたが勇者ではなかったために放り出された夫婦は拾った赤ちゃんを守り育てる。そして3人の孤児を弟子にする。
お小遣い月3万
ファンタジー
異世界に召喚された夫婦。だけど2人は勇者の資質を持っていなかった。ステータス画面を出現させることはできなかったのだ。ステータス画面が出現できない2人はレベルが上がらなかった。
夫の淳は初級魔法は使えるけど、それ以上の魔法は使えなかった。
妻の美子は魔法すら使えなかった。だけど、のちにユニークスキルを持っていることがわかる。彼女が作った料理を食べるとHPが回復するというユニークスキルである。
勇者になれなかった夫婦は城から放り出され、見知らぬ土地である異世界で暮らし始めた。
ある日、妻は川に洗濯に、夫はゴブリンの討伐に森に出かけた。
夫は竹のような植物が光っているのを見つける。光の正体を確認するために植物を切ると、そこに現れたのは赤ちゃんだった。
夫婦は赤ちゃんを育てることになった。赤ちゃんは女の子だった。
その子を大切に育てる。
女の子が5歳の時に、彼女がステータス画面を発現させることができるのに気づいてしまう。
2人は王様に子どもが奪われないようにステータス画面が発現することを隠した。
だけど子どもはどんどんと強くなって行く。
大切な我が子が魔王討伐に向かうまでの物語。世界で一番大切なモノを守るために夫婦は奮闘する。世界で一番愛しているモノの幸せのために夫婦は奮闘する。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ
ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。
間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。
多分不具合だとおもう。
召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。
そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます
◇
四巻が販売されました!
今日から四巻の範囲がレンタルとなります
書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます
追加場面もあります
よろしくお願いします!
一応191話で終わりとなります
最後まで見ていただきありがとうございました
コミカライズもスタートしています
毎月最初の金曜日に更新です
お楽しみください!
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる