『種族:樹人』を選んでみたら 異世界に放り出されたけれど何とかやってます

しろ卯

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ヒイヅル編

326以前はもう少し

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 ノムルも合流すると、再び雪乃の乗った輿を担いで、狼獣人たちは北上していく。
 山の中に伸びる街道沿いに、狼獣人たちは疾走を続けた。
 街道はどんどん細くなり、途中には崖や沢もある。街道の脇にあるのではなく、街道の中にある。狼獣人たちは崖を駆け上り、沢から顔を出している岩の上を、難なく渡っていった。
 さすがに輿のままでは揺れるということで、カイが雪乃を抱っこして運ぶ。

「きいっ! ユキノちゃんを抱っこするのは、俺の役目なのにっ!」

 おどろおどろしい八つ首の暗黒龍が管を巻いているが、カイも慣れたもので平然としている。他の狼獣人たちの耳や尻尾の毛は、逆立っていたが。

「雪乃、旅の間、本当に大丈夫だったのか?」

 崖を駆け上りながら、カイが問うてきた。

「以前はもう少し、まともだったのです。日を追うごとに悪化していると言いましょうか」
「そうか。想像できないが、まともな時もあったのだな」
「ええ、まあ……」

 二人は揃って肩を落とす。
 そんな騒動を含めながら、空が赤く色付く前には、狼獣人たちの里に着いた。走っていた獣人たちは、足を緩めて歩きだす。
 街道の両端には、青々とした田んぼが広がっていた。平坦な道では、雪乃は輿の中だ。

 里に入る前に物見が閉じられたため、雪乃は網代の隙間から、微かに見える里の様子を窺った。
 土壁に板の屋根で作られた、長屋が並んでいる。
 遠足で行った歴史資料館で見た、室町時代の街並みに似ているなと雪乃は思いつつ、見物を続ける。

 だが不思議なことに、人の姿はまったく見えなかった。
 よくよく観察してみれば、民家の開いた戸の隙間から、じいっと覗いている目が幾つか見つけられた。
 外に出ないように命じられているのか、雪乃たちを警戒しているのかは分からないが、歓迎されていないように感じた雪乃はしょんぼり萎れる。

 雪乃を乗せた輿は、常磐緑の鳥居を潜り、山を登っていく。大きな神社を思わせる場所に辿り着くと、ようやく輿は地面に降ろされた。
 戸が開き外へ出れば、白木作りの立派な社があった。あらゆるところに彫刻が施され、大樹とその枝葉が描かれている。

「おおー」

 感嘆の声を上げる雪乃に応じるように、拝殿の戸が開いた。
 跪いた姿勢の、白の小袖に若竹色の袴を履いた神職が現れ、深々と頭を垂れる。その後方には緋袴を履いた巫女たちが、やはり深く頭を垂れて控えていた。
 彼らを率いるのは、純白の小袖と袴をまとった、銀色の耳と長い髪を持つ三十代ほどの女性だった。静かに立っていた彼女も、雪乃を見るなりその場に座り込み深く頭を垂れた。
 いずれも狼獣人である。

「お待ちしておりました、御子様。当地をお預かりしております、ヒミコと申します。ご無事のお付き、お喜び申します」

 顔を上げた銀色の獣人ヒミコは、恭しく口上を述べる。力強い金色の瞳は、雪乃をひたと捉えていた。
 思わず一歩後退った雪乃がきょろきょろと辺りを見回すと、後方ではカイを始めとして狼獣人たちが跪いている。
 雪乃も慌てて根を折り、正座の姿勢を取って深々と頭を下げた。その様子に、狼獣人たちはぎょっと目を見開き、慌てて雪乃に声を掛ける。

「どうかお立ちください、御子様」

 とは言われても、大人達が揃って跪いている中で、最も年若い雪乃が立ったままというのは気が引ける。
 雪乃は縋るような目をカイに向けた。

「大丈夫だよ、ユキノちゃん」

 カイが救いの手を伸べる前に、ノムルに抱き上げられた。

「ふぬぬぬぬぬー。何ですか? いきなり。空気を読んでください。ふんにゅうーっ!」

 枝を突っ張り、無精ひげと戦う。
 獣人たちは突然の闖入者に、あ然とした表情を浮かべていたが、すぐに怒りの感情を滲ませていった。

「お付きの方はどうぞこちらへ」

 後ろに控えていた若竹色の袴を付けた神職の一人が、ノムルを案内しようと前に出る。

「却下。ユキノちゃんとおとーさんを引き離すなんて、駄目に決まってるだろ? お前らが敵か味方かも分からないのに」

 オブラードに包むこともなく、ずけずけと言い放つおっさん魔法使い。

「雪乃の安全は俺が保証する。言うとおりに」
「断る!」

 カイが間に入ろうとしたが、にべもなく即答されてしまった。
 神職たちは憤りを高めていくが、猫獣人の里でノムルの魔法を見てしまったビゼンたちは、嫌悪感を抱きながらも強く出ることができない。
 波立つ場にあって、ヒミコは静かにノムルを見極めようとしていた。

「拝殿までならば良かろう。御子様をこのような場にお待たせしたままのほうが失礼というもの」

 ヒミコの言葉に、獣人たちは一様に頭を下げる。しかし、 

「獣人ならば構いませんでしょうが、その者は人間です。ヒミコ様のご指示とあれど、社に入れる訳には参りませぬ」

 と、神官の一人が苦言を呈した。

「なんでだよ?」

 雪乃を抱きしめたまま、ノムルは不満に満ちた声を出す。

「ノムル殿」

 カイが慌ててノムルを止めるが、獣人たちの怒りはどんどん膨らんでいく。
 面を伏せたままなので目にすることはないが、鼻の付け根から額にかけて皺を寄せ、憤怒を顕わにしていた。

「無礼だぞ! 人間は我等獣人の誇りを傷付け、仲間たちを虐げている。我が君の御前を許しただけでも、破格の待遇。身を弁えよ」

 今にも噛み付きそうなほどの怒気をこめて、神職の獣人たちが鋭い声で咎めた。

「そんなの俺、関係ないじゃん? そもそも俺だって、ガキの頃は奴隷だったんだもの。獣人も人間も変わらないだろう?」

 獣人たちの怒りが少しばかり引き、代わりに驚愕に染まる目を向けてきた。

「ノムル殿が、奴隷? 隷属できるのか?」

 なんだか違う意味で驚いているのはカイだ。驚愕と猜疑を含んだ眼差しで、ノムルを上から下まで観察する。

「俺だって生まれたときからこんな規格外じゃないからな?」

 不機嫌そうにノムルは眉をひそめた。
 その様子を、銀色の獣人はじいっと観察するように見つめている。

「では拝殿には入れず、脇から奥へ案内せよ。御子様の御姿が見えておれば問題はあるまい?」

 神職たちは眉をひそめているが、そこが落としどころだろうと理解したのか、渋々承知した。
 ノムルも不満そうだが、空が赤く染まり始めたことを考慮すると、そろそろ雪乃を寝床に就かせるべきだと理解したのだろう。嫌々といった様子をありありと面に出して、了承した。
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