『種族:樹人』を選んでみたら 異世界に放り出されたけれど何とかやってます

しろ卯

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ヒイヅル編

330.普通の相手であれば

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 普通の相手であれば、別に雪乃を見ていなくとも問題はないのだが、相手はノムルである。雪乃の視線を受けて、反応しないということは滅多にない。
 力なく立ち尽くすノムルの姿に、雪乃は不安を覚える。

「ノムルさん?」

 呼びかけても、上の空で応えない。
 雪乃は根を引っこ抜くと、ノムルに向かってぽてぽてと近付いていく。瑞垣の隙間から、ノムルの顔を見上げた。
 ここまで近付いても、ノムルは雪乃を見ない。枝を振ってもみたが、反応はなかった。

「ノムルさーん? おとーさーん?」

 声を張って、ようやく茶色い瞳が雪乃へと動いた。

「大丈夫ですか?」

 不安げに言葉を紡ぐと、ふっとノムルの口元が緩んだ。しゃがみ込むと、瑞垣の間から腕を伸ばす。それから、大きな手で雪乃の頭を優しく撫でた。

「大丈夫だよ。うっかり徹夜しちゃったから、眠いだけ」

 へらりと、ノムルは力なく笑む。
 土に魅了されてしまった雪乃に嘆いているうちに、朝を迎えてしまったことは事実だ。
 けれどノムルの様子がいつもと違うことは、一目瞭然である。ぽてりと幹を傾げながら、雪乃はじいっとノムルの真意を探そうと見続けた。
 ノムルはもう一度笑むと、手を引っ込めて立ち上がる。ぐっと背伸びをしてから、雪乃に顔を向けた。

「ユキノちゃんに危害を加えるつもりはないみたいだし、安心したら眠くなっちゃったよ。ちょっと寝てくるね。一人で大丈夫? おとーさんと添い寝する?」
「一人で問題ありません。添い寝はお断りします」
「えー?」

 口を尖らせたノムルだが、ふっと表情を和らげると、拝殿脇の門を潜りどこかへ行ってしまった。
 雪乃はその姿が見えなくなっても、しばらく見つめていた。
 心配したカイが、雪乃に近付いてくる。

「雪乃?」

 声を掛けられて、ようやく雪乃は我に返った。

「あ、すみません。お話の途中でしたね」

 カイへと向き直った雪乃は、ヒミコへと顔を動かす。

「いえ、お伝えすることは済みましたので。他に何かお聞きになりたいことはございますでしょうか?」

 問われて雪乃は考える。最も気になったのは、やはりこの点だろう。

「魔王というのは、人間なのですか?」

 ヒミコの話を聞く限り、樹人の御子と魔王は、別の存在だと考えられる。
 しかし雪乃は魔王になるように打診され続けている。
 では雪乃は樹人の御子ではないのではないかという考えるが、ヒミコの話はもちろん、グレーム森林で出会った古老の樹人の反応を見ても、雪乃が樹人の御子であることは間違いないだろう。

「人間の中から生まれたと伝えられていますが、詳細は伝わってはおりませぬ。本当に人間なのかと問われますと、答えに窮するところです」

 つまり、どのような存在かは分からずとも、樹人の御子とは別の存在であることは確かなようだ。
 『ファーストキッスはルモン味』のシナリオでも、魔王はゴリン国出身の令嬢という、この世界の人間が担うことになっていた。
 かつて暮らしていた世界の知識から、魔王は魔物の王であり、魔物の中から現れると思い込んでいた雪乃だったが、その前提から覆されている。
 ふむうっと、雪乃は幹を傾げるが、答えは出てこない。

 天から魔王に勧誘するカードが降ってきていることを聞いてしまいたい気もしたが、さすがに墓穴を掘りそうで聞きづらかった。
 考え込む雪乃を見つめていたヒミコは、口を開く。

「急ぐ必要はありませぬ。何かございましたら、いつなりとお声掛けくださりませ。また御子様のご都合のよろしいときに、エルフ領にもご案内いたします」

 エルフ領には、世界中の薬草が集められているという。雪乃のヒイヅルまでやってきた、最大の目的である。

「よろしくお願いします」

 慌てて思考の海から現実へと戻った雪乃は、ぺこりと頭を下げる。

「御子様のお世話は、こちらに控えております巫女たちと、暫定的にカイに行せますが、よろしいでしょうか?」
「はい。ありがとうございます」

 再び雪乃がぺこりと幹を曲げてお礼を述べると、巫女たちは微笑ましいものを見るように相好を崩した。
 ヒミコと巫女達は深く一礼すると立ち上がる。その際ヒミコは雪乃に聞こえないように、小さな小声でカイに囁いた。

「王たちは私が押さえておきます。御子様の御心をお慰めなさい」

 頭を垂れたカイに目でうなずくと、ヒミコは拝殿の方に向かう。
 残されたのは雪乃とカイだけだ。カイは雪乃を抱き上げると土俵の真ん中に戻し、正面に座った。雪乃が意識するより早く、根は肥沃な土を求めて地中へと伸びていく。

「ゴリンで再会したときには、私のことをどこまで知っていたのでしょう?」

 聞いたところで意味はないのだが、雪乃は考えるより先に問うていた。

「我が君は何も教えてはくださらなかった。下手に意識して、他の同胞たちのように得体の知れぬ力で排除されぬようにという、お心遣いだったようだ」

 得体の知れぬ力の正体は、十中八九ノムルだったのだろうが。
 下心に気付かれて排除されていたと考えると、ヒミコの対応は正解だったのかもしれない。

「ノムルさんは私のことを知って、嫌ってしまったのでしょうか?」

 ぽつりと、雪乃はこぼす。
 先ほどのノムルの対応が、重く雪乃の心を落ち込ませていた。

「それはないだろう。ノムル殿が雪乃を嫌えるとは思えない。おそらく、雪乃を傷付けぬように、考えをまとめようとしているのだろう。少し待っていれば、落ち着くさ」

 慰めるように、カイは雪乃の頭を優しく叩く。
 度を超した親ばかっぷりに苦労を強いられている雪乃だが、根っこの部分では信頼しあっているのだと、カイも気付いている。

「そうですね。とりあえず、リバウンドが激しくないことを祈ります」
「あ、ああ。そうだな」

 カイは口角を引きつらせる。
 何度か雪乃から距離を取ろうとしたノムルの結果を見てきたカイは、雪乃の呟きを軽く聞き流すことはできなかった。

「シナノの所にでも行ってみるか? あいつも会いたがっていた」

 その言葉は本心からなのだろうが、落ち込む雪乃の気をそらせる算段もあったのだろう。カイの思惑通り、懐かしい名前を聞いて雪乃は葉を煌かせた。
 根を引っこ抜いた雪乃は、カイと共に回廊を通り拝殿へと向かう。

「御子様、お出掛けですか?」

 控えていた巫女がすぐに気付き声を掛けた。

「シナノのところに行ってくる」

 カイが答えると、巫女は頷いて白木の盆を差し出す。上には白い衣が置かれていた。巫女たちが儀式などで小袖の上に羽織る、千早(ちはや)だ。
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