278 / 385
ヒイヅル編
330.普通の相手であれば
しおりを挟む
普通の相手であれば、別に雪乃を見ていなくとも問題はないのだが、相手はノムルである。雪乃の視線を受けて、反応しないということは滅多にない。
力なく立ち尽くすノムルの姿に、雪乃は不安を覚える。
「ノムルさん?」
呼びかけても、上の空で応えない。
雪乃は根を引っこ抜くと、ノムルに向かってぽてぽてと近付いていく。瑞垣の隙間から、ノムルの顔を見上げた。
ここまで近付いても、ノムルは雪乃を見ない。枝を振ってもみたが、反応はなかった。
「ノムルさーん? おとーさーん?」
声を張って、ようやく茶色い瞳が雪乃へと動いた。
「大丈夫ですか?」
不安げに言葉を紡ぐと、ふっとノムルの口元が緩んだ。しゃがみ込むと、瑞垣の間から腕を伸ばす。それから、大きな手で雪乃の頭を優しく撫でた。
「大丈夫だよ。うっかり徹夜しちゃったから、眠いだけ」
へらりと、ノムルは力なく笑む。
土に魅了されてしまった雪乃に嘆いているうちに、朝を迎えてしまったことは事実だ。
けれどノムルの様子がいつもと違うことは、一目瞭然である。ぽてりと幹を傾げながら、雪乃はじいっとノムルの真意を探そうと見続けた。
ノムルはもう一度笑むと、手を引っ込めて立ち上がる。ぐっと背伸びをしてから、雪乃に顔を向けた。
「ユキノちゃんに危害を加えるつもりはないみたいだし、安心したら眠くなっちゃったよ。ちょっと寝てくるね。一人で大丈夫? おとーさんと添い寝する?」
「一人で問題ありません。添い寝はお断りします」
「えー?」
口を尖らせたノムルだが、ふっと表情を和らげると、拝殿脇の門を潜りどこかへ行ってしまった。
雪乃はその姿が見えなくなっても、しばらく見つめていた。
心配したカイが、雪乃に近付いてくる。
「雪乃?」
声を掛けられて、ようやく雪乃は我に返った。
「あ、すみません。お話の途中でしたね」
カイへと向き直った雪乃は、ヒミコへと顔を動かす。
「いえ、お伝えすることは済みましたので。他に何かお聞きになりたいことはございますでしょうか?」
問われて雪乃は考える。最も気になったのは、やはりこの点だろう。
「魔王というのは、人間なのですか?」
ヒミコの話を聞く限り、樹人の御子と魔王は、別の存在だと考えられる。
しかし雪乃は魔王になるように打診され続けている。
では雪乃は樹人の御子ではないのではないかという考えるが、ヒミコの話はもちろん、グレーム森林で出会った古老の樹人の反応を見ても、雪乃が樹人の御子であることは間違いないだろう。
「人間の中から生まれたと伝えられていますが、詳細は伝わってはおりませぬ。本当に人間なのかと問われますと、答えに窮するところです」
つまり、どのような存在かは分からずとも、樹人の御子とは別の存在であることは確かなようだ。
『ファーストキッスはルモン味』のシナリオでも、魔王はゴリン国出身の令嬢という、この世界の人間が担うことになっていた。
かつて暮らしていた世界の知識から、魔王は魔物の王であり、魔物の中から現れると思い込んでいた雪乃だったが、その前提から覆されている。
ふむうっと、雪乃は幹を傾げるが、答えは出てこない。
天から魔王に勧誘するカードが降ってきていることを聞いてしまいたい気もしたが、さすがに墓穴を掘りそうで聞きづらかった。
考え込む雪乃を見つめていたヒミコは、口を開く。
「急ぐ必要はありませぬ。何かございましたら、いつなりとお声掛けくださりませ。また御子様のご都合のよろしいときに、エルフ領にもご案内いたします」
エルフ領には、世界中の薬草が集められているという。雪乃のヒイヅルまでやってきた、最大の目的である。
「よろしくお願いします」
慌てて思考の海から現実へと戻った雪乃は、ぺこりと頭を下げる。
「御子様のお世話は、こちらに控えております巫女たちと、暫定的にカイに行せますが、よろしいでしょうか?」
「はい。ありがとうございます」
再び雪乃がぺこりと幹を曲げてお礼を述べると、巫女たちは微笑ましいものを見るように相好を崩した。
ヒミコと巫女達は深く一礼すると立ち上がる。その際ヒミコは雪乃に聞こえないように、小さな小声でカイに囁いた。
「王たちは私が押さえておきます。御子様の御心をお慰めなさい」
頭を垂れたカイに目でうなずくと、ヒミコは拝殿の方に向かう。
残されたのは雪乃とカイだけだ。カイは雪乃を抱き上げると土俵の真ん中に戻し、正面に座った。雪乃が意識するより早く、根は肥沃な土を求めて地中へと伸びていく。
「ゴリンで再会したときには、私のことをどこまで知っていたのでしょう?」
聞いたところで意味はないのだが、雪乃は考えるより先に問うていた。
「我が君は何も教えてはくださらなかった。下手に意識して、他の同胞たちのように得体の知れぬ力で排除されぬようにという、お心遣いだったようだ」
得体の知れぬ力の正体は、十中八九ノムルだったのだろうが。
下心に気付かれて排除されていたと考えると、ヒミコの対応は正解だったのかもしれない。
「ノムルさんは私のことを知って、嫌ってしまったのでしょうか?」
ぽつりと、雪乃はこぼす。
先ほどのノムルの対応が、重く雪乃の心を落ち込ませていた。
「それはないだろう。ノムル殿が雪乃を嫌えるとは思えない。おそらく、雪乃を傷付けぬように、考えをまとめようとしているのだろう。少し待っていれば、落ち着くさ」
慰めるように、カイは雪乃の頭を優しく叩く。
度を超した親ばかっぷりに苦労を強いられている雪乃だが、根っこの部分では信頼しあっているのだと、カイも気付いている。
「そうですね。とりあえず、リバウンドが激しくないことを祈ります」
「あ、ああ。そうだな」
カイは口角を引きつらせる。
何度か雪乃から距離を取ろうとしたノムルの結果を見てきたカイは、雪乃の呟きを軽く聞き流すことはできなかった。
「シナノの所にでも行ってみるか? あいつも会いたがっていた」
その言葉は本心からなのだろうが、落ち込む雪乃の気をそらせる算段もあったのだろう。カイの思惑通り、懐かしい名前を聞いて雪乃は葉を煌かせた。
根を引っこ抜いた雪乃は、カイと共に回廊を通り拝殿へと向かう。
「御子様、お出掛けですか?」
控えていた巫女がすぐに気付き声を掛けた。
「シナノのところに行ってくる」
カイが答えると、巫女は頷いて白木の盆を差し出す。上には白い衣が置かれていた。巫女たちが儀式などで小袖の上に羽織る、千早(ちはや)だ。
力なく立ち尽くすノムルの姿に、雪乃は不安を覚える。
「ノムルさん?」
呼びかけても、上の空で応えない。
雪乃は根を引っこ抜くと、ノムルに向かってぽてぽてと近付いていく。瑞垣の隙間から、ノムルの顔を見上げた。
ここまで近付いても、ノムルは雪乃を見ない。枝を振ってもみたが、反応はなかった。
「ノムルさーん? おとーさーん?」
声を張って、ようやく茶色い瞳が雪乃へと動いた。
「大丈夫ですか?」
不安げに言葉を紡ぐと、ふっとノムルの口元が緩んだ。しゃがみ込むと、瑞垣の間から腕を伸ばす。それから、大きな手で雪乃の頭を優しく撫でた。
「大丈夫だよ。うっかり徹夜しちゃったから、眠いだけ」
へらりと、ノムルは力なく笑む。
土に魅了されてしまった雪乃に嘆いているうちに、朝を迎えてしまったことは事実だ。
けれどノムルの様子がいつもと違うことは、一目瞭然である。ぽてりと幹を傾げながら、雪乃はじいっとノムルの真意を探そうと見続けた。
ノムルはもう一度笑むと、手を引っ込めて立ち上がる。ぐっと背伸びをしてから、雪乃に顔を向けた。
「ユキノちゃんに危害を加えるつもりはないみたいだし、安心したら眠くなっちゃったよ。ちょっと寝てくるね。一人で大丈夫? おとーさんと添い寝する?」
「一人で問題ありません。添い寝はお断りします」
「えー?」
口を尖らせたノムルだが、ふっと表情を和らげると、拝殿脇の門を潜りどこかへ行ってしまった。
雪乃はその姿が見えなくなっても、しばらく見つめていた。
心配したカイが、雪乃に近付いてくる。
「雪乃?」
声を掛けられて、ようやく雪乃は我に返った。
「あ、すみません。お話の途中でしたね」
カイへと向き直った雪乃は、ヒミコへと顔を動かす。
「いえ、お伝えすることは済みましたので。他に何かお聞きになりたいことはございますでしょうか?」
問われて雪乃は考える。最も気になったのは、やはりこの点だろう。
「魔王というのは、人間なのですか?」
ヒミコの話を聞く限り、樹人の御子と魔王は、別の存在だと考えられる。
しかし雪乃は魔王になるように打診され続けている。
では雪乃は樹人の御子ではないのではないかという考えるが、ヒミコの話はもちろん、グレーム森林で出会った古老の樹人の反応を見ても、雪乃が樹人の御子であることは間違いないだろう。
「人間の中から生まれたと伝えられていますが、詳細は伝わってはおりませぬ。本当に人間なのかと問われますと、答えに窮するところです」
つまり、どのような存在かは分からずとも、樹人の御子とは別の存在であることは確かなようだ。
『ファーストキッスはルモン味』のシナリオでも、魔王はゴリン国出身の令嬢という、この世界の人間が担うことになっていた。
かつて暮らしていた世界の知識から、魔王は魔物の王であり、魔物の中から現れると思い込んでいた雪乃だったが、その前提から覆されている。
ふむうっと、雪乃は幹を傾げるが、答えは出てこない。
天から魔王に勧誘するカードが降ってきていることを聞いてしまいたい気もしたが、さすがに墓穴を掘りそうで聞きづらかった。
考え込む雪乃を見つめていたヒミコは、口を開く。
「急ぐ必要はありませぬ。何かございましたら、いつなりとお声掛けくださりませ。また御子様のご都合のよろしいときに、エルフ領にもご案内いたします」
エルフ領には、世界中の薬草が集められているという。雪乃のヒイヅルまでやってきた、最大の目的である。
「よろしくお願いします」
慌てて思考の海から現実へと戻った雪乃は、ぺこりと頭を下げる。
「御子様のお世話は、こちらに控えております巫女たちと、暫定的にカイに行せますが、よろしいでしょうか?」
「はい。ありがとうございます」
再び雪乃がぺこりと幹を曲げてお礼を述べると、巫女たちは微笑ましいものを見るように相好を崩した。
ヒミコと巫女達は深く一礼すると立ち上がる。その際ヒミコは雪乃に聞こえないように、小さな小声でカイに囁いた。
「王たちは私が押さえておきます。御子様の御心をお慰めなさい」
頭を垂れたカイに目でうなずくと、ヒミコは拝殿の方に向かう。
残されたのは雪乃とカイだけだ。カイは雪乃を抱き上げると土俵の真ん中に戻し、正面に座った。雪乃が意識するより早く、根は肥沃な土を求めて地中へと伸びていく。
「ゴリンで再会したときには、私のことをどこまで知っていたのでしょう?」
聞いたところで意味はないのだが、雪乃は考えるより先に問うていた。
「我が君は何も教えてはくださらなかった。下手に意識して、他の同胞たちのように得体の知れぬ力で排除されぬようにという、お心遣いだったようだ」
得体の知れぬ力の正体は、十中八九ノムルだったのだろうが。
下心に気付かれて排除されていたと考えると、ヒミコの対応は正解だったのかもしれない。
「ノムルさんは私のことを知って、嫌ってしまったのでしょうか?」
ぽつりと、雪乃はこぼす。
先ほどのノムルの対応が、重く雪乃の心を落ち込ませていた。
「それはないだろう。ノムル殿が雪乃を嫌えるとは思えない。おそらく、雪乃を傷付けぬように、考えをまとめようとしているのだろう。少し待っていれば、落ち着くさ」
慰めるように、カイは雪乃の頭を優しく叩く。
度を超した親ばかっぷりに苦労を強いられている雪乃だが、根っこの部分では信頼しあっているのだと、カイも気付いている。
「そうですね。とりあえず、リバウンドが激しくないことを祈ります」
「あ、ああ。そうだな」
カイは口角を引きつらせる。
何度か雪乃から距離を取ろうとしたノムルの結果を見てきたカイは、雪乃の呟きを軽く聞き流すことはできなかった。
「シナノの所にでも行ってみるか? あいつも会いたがっていた」
その言葉は本心からなのだろうが、落ち込む雪乃の気をそらせる算段もあったのだろう。カイの思惑通り、懐かしい名前を聞いて雪乃は葉を煌かせた。
根を引っこ抜いた雪乃は、カイと共に回廊を通り拝殿へと向かう。
「御子様、お出掛けですか?」
控えていた巫女がすぐに気付き声を掛けた。
「シナノのところに行ってくる」
カイが答えると、巫女は頷いて白木の盆を差し出す。上には白い衣が置かれていた。巫女たちが儀式などで小袖の上に羽織る、千早(ちはや)だ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界に召喚されたが勇者ではなかったために放り出された夫婦は拾った赤ちゃんを守り育てる。そして3人の孤児を弟子にする。
お小遣い月3万
ファンタジー
異世界に召喚された夫婦。だけど2人は勇者の資質を持っていなかった。ステータス画面を出現させることはできなかったのだ。ステータス画面が出現できない2人はレベルが上がらなかった。
夫の淳は初級魔法は使えるけど、それ以上の魔法は使えなかった。
妻の美子は魔法すら使えなかった。だけど、のちにユニークスキルを持っていることがわかる。彼女が作った料理を食べるとHPが回復するというユニークスキルである。
勇者になれなかった夫婦は城から放り出され、見知らぬ土地である異世界で暮らし始めた。
ある日、妻は川に洗濯に、夫はゴブリンの討伐に森に出かけた。
夫は竹のような植物が光っているのを見つける。光の正体を確認するために植物を切ると、そこに現れたのは赤ちゃんだった。
夫婦は赤ちゃんを育てることになった。赤ちゃんは女の子だった。
その子を大切に育てる。
女の子が5歳の時に、彼女がステータス画面を発現させることができるのに気づいてしまう。
2人は王様に子どもが奪われないようにステータス画面が発現することを隠した。
だけど子どもはどんどんと強くなって行く。
大切な我が子が魔王討伐に向かうまでの物語。世界で一番大切なモノを守るために夫婦は奮闘する。世界で一番愛しているモノの幸せのために夫婦は奮闘する。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ
ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。
間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。
多分不具合だとおもう。
召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。
そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます
◇
四巻が販売されました!
今日から四巻の範囲がレンタルとなります
書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます
追加場面もあります
よろしくお願いします!
一応191話で終わりとなります
最後まで見ていただきありがとうございました
コミカライズもスタートしています
毎月最初の金曜日に更新です
お楽しみください!
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる