『種族:樹人』を選んでみたら 異世界に放り出されたけれど何とかやってます

しろ卯

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ヒイヅル編

331.獣人たちの目は

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 常盤色の胸紐がついた千早を、巫女たちは雪乃に着せる。
 雪乃は初めての衣装に、枝を上げたり幹を捻ったりして自分の姿を確認した。

「よくお似合いですよ」

 巫女たちの言葉に照れながら、雪乃がカイと手をつないで拝殿を出れば、いつのまにやら輿が用意されていた。

「ええっと……」

 この世界に来て色々経験してきたとはいえ、輿に乗って移動するのはさすがに恥ずかしい。

「歩いていきますので大丈夫です」

 やんわりとお断りすると、獣人たちの目は雪乃の根へと向かった。
 旅をして歩き慣れているとはいえ、小さな樹人の短い根だ。歩く速度は予測が付くだろう。

「くっ」

 羞恥と屈辱に思わず葉噛みする雪乃を、カイが抱き上げる。

「俺が連れていくから、下がって良いぞ」
「しかし……」

 不満気に顔を見合わせた獣人たちだが、困ったように眉を下げたカイに、

「御子は今まで、普通の子供として暮らしていたんだ。突然環境が変われば戸惑う。我が君も御子の過ごしやすいようにせよと仰っておられただろう?」

 と、諭すように言われ、渋々引いた。
 雪乃はカイに抱きかかえられたまま、山を下り常磐緑の鳥居を潜る。道なりに歩いていくと、青々と茂る田や畑が目に入ってきた。
 来たときに見た景色とは異なる風景だ。どうやら逆方向に向かっているらしい。

「あ、カイ皇子だ」

 カイを見かけた狼獣人の子供が声を上げる。

「おうじ?」

 子供たちが発した単語に、雪乃は目を瞠りカイを見た。間近にあるカイの顔はちらりと雪乃を見たが、なんでもないことのように答える。

「皇子といっても、人間のように特別扱いされる存在ではない。上に兄が五人いるし、姉も七人いる」

 そうは言うが、田畑にいる獣人たちとカイには、やはり差がある。
 黒一色の狩衣を着たカイに比べて、目に映る獣人たちは服装も貧相だ。継ぎはぎやほつれのある筒袖に、男は小袴、女は腰巻といった姿の者が多い。
 色も茶や緑、藍や桜色など様々ではあるが、どれも薄い色をしていた。
 繰り返し染めることで色は濃くなっていくという手間を考えれば、濃い色の衣を身にまとうことで、地位の高さや裕福さを示しているとも考えられる。

「カイさんが仰っていた『我が君』というお方は、ヒミコさんのことですよね?」

 今さらではあるが、雪乃は問うてみる。

「ああ。ヒイヅルを治める巫女であり女皇であらせられる。政に関しては、我が君の夫である大王(おおきみ)が執り行う」

 名前からイメージしていたような存在のようだと、雪乃はヒミコの立ち位置を素早く理解した。それと同時に、胸に疑念が込み上げてくる。
 あの世界とこの世界は違う世界だと思っていても、所々でなぜかニアミスしている。いったいどういう関係なのだろうと、思考に潜りかける頭を振って、カイの話に戻る。

「ということは、カイさんはヒミコさんの息子さんなのでしょうか?」

 口に出してから、雪乃は畑仕事をしていた狼獣人の姿をちらりと見る。
 兄や姉が十二人もいるとなると、人間の女性一人が産むには、中々難しい。
 狼ならば多産もあるから珍しくないのだろうかとも思ったが、狼獣人の姿は人間に近く、やはり人間に似た生殖器を持っていると考えられる。
 ふむうっと幹を傾げている雪乃は気付けなかったが、カイは視線を落として表情を暗くしていた。

「俺は我が君の血は継いでいない。だから俺が皇子と呼ばれているのは、我が君の慈悲によるものだ」

 苦々しく呻くような口調に、雪乃は驚いて顔を上げる。いつもの冷静で穏やかなカイには、珍しいことだ。
 苛立ちを抑えるように、カイは雪乃の頭をいつもより速度を上げて撫でる。

「狼獣人は、生涯を一人の伴侶と過ごす。死に別れた場合には別の伴侶を娶ることもあるが、一人で生きることを望む者が多い」

 日本でも狼は夫婦の仲が良いと言われるが、狼獣人たちも純愛を貫く者が多いようだ。
 そこまで話してカイは、苦々しく顔をしかめた。

「だが我が父である大王は、我が君以外の女性とも関係を持ち、子を生したのだ。政と武に優れているゆえその座に留まっているが、評判は良くないな」

 吐き捨てるようにカイは言った。
 嫌なことを話させてしまったと、雪乃は萎れながら反省する。

「ごめんなさい。余計なことを聞いてしまいました」

 雪乃もまた、人間であったときは家族の話題を振られることを恐れていた。嘘は吐きたくなかったが、本当のことも言えなかった。
 だから曖昧に誤魔化し、その度に淀んだ重いものが心に溜まっていった。
 嫌悪の感情に厳しくなっていたカイの表情が緩み、腕の中の雪乃に微笑む。

「気にしなくて良い。ここでは皆が知っていることだ」

 柔らかく、何度もカイは雪乃を撫でる。
 すれ違った獣人たちが、カイを見て会釈していたが、その目が雪乃へと移っては眉を跳ねた。幾人かとすれ違ったところで、一人が思いきったように声をかけてきた。

「あの、植木、じゃないですよね? 樹人ですか?」

 大きく開いた目で雪乃を凝視する。
 御子ではなく樹人という呼称を用いている辺り、どうやら雪乃の話は、一部の獣人にしか伝えられていないようだ。

「ああ、樹人だな」

 カイは問われて答えるが、獣人たちは訝しげに雪乃とカイを見比べている。
 彼らが知りたいことは、雪乃が樹人であるかどうかではなく、なぜ樹人の子をカイが抱えて歩いているのかということだろう。
 そのことに気付いているのかいないのか、カイは素っ気なく答えながら歩いていく。
 道の先に、柵に囲われた集落が見える。板葺きの屋根と土壁で造られた長屋が、幾つも並んでいた。

 柵の前に、見覚えのある人影が立っている。
 雪乃は幹を乗り出し、その人物を見た。蜂蜜色のふわふわとした髪の女性だ。灰桜色の小袖に、ツツジ色の腰巻を巻いている。
 雪乃に向かって手を振る彼女を確認すると、雪乃は葉を煌かせる。

「シナノさん!」

 雪乃も大きく枝を振って再会の喜びを表した。

「久しぶりね、雪乃ちゃん。元気そうで良かったわ」

 カイから下りた雪乃がぽてぽてと近付いていくと、シナノはしゃがんで雪乃を抱きしめてくれた。

「お久しぶりです、シナノさん。またお会いできて嬉しいです」

 きらきらと葉を輝かせる雪乃に、シナノはふふっと笑いながら、腕の中の雪乃を何度も撫でまわす。

「変わっていないのね。すぐに会いに行きたかったんだけど、皇子たちが面会するまでは駄目だって言われちゃって。それなのにカイに決まるなんて、いい気味だわ」

 良い笑顔で言われたが、雪乃は意味が分からずぽてりと幹を傾げた。カイはなんだか困ったように視線を逃がしている。

「いや、まだだ。延期になった」
「そうなの? 昨日は外出禁止令まで出したっていうのに。ところで」

 シナノは顔をカイからそらし、冷めた視線を雪乃たちの後ろへと向ける。

「あれは何?」

 他の獣人たちも、怪訝な視線を向けている。子供たちに至っては、面白そうに観察したり、棒で突っついたりしていた。
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