『種族:樹人』を選んでみたら 異世界に放り出されたけれど何とかやってます

しろ卯

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ヒイヅル編

332.木に隠れる草色の

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 カイはまぶたを伏せて俯き、ぷるぷると震えている。
 シナノの指摘を受けた雪乃は振り返り、しばし沈黙する。カイと違い、雪乃は指摘されるまで後ろの存在に気付いていなかったようだ。
 すでに見慣れた光景となっているが、だからといって素直に受け入れられる事象でもない。
 木に隠れる草色のスライム。雪乃は額に枝をあてて地面へと視線を逃がした。

「気にしないでください。でも怒らせると危険なので、突付かないほうがいいと思います」
「分かったわ」

 よく分からないながらも頷いたシナノは、他の獣人たちに目配せし、ちょっかいをかけている子供たちをスライムから遠ざけた。
 再会を喜び合った雪乃とシナノは、集落の中に入っていく。

「ヒュウガさんはお仕事ですか?」

 何気なく聞いた雪乃の言葉に、シナノとカイは苦笑をこぼす。

「そうね。カイより先に戻って来るはずだったんだけど」

 ぽてりと不思議そうに幹を傾げた雪乃に、シナノは説明してくれた。
 雪乃を探すため、カイとヒュウガは別々に大陸に渡ったらしい。
 カイは先行していた獣人たちから送られてきた情報を基に大陸を横断し、ヒュウガは雪乃が向かったはずのムツゴロー湿原から、彼女の足跡を辿ることになった。
 雪乃とカイが再会を果たした時点では、ヒュウガのほうが東にいたはずなのだが、どこかで追い越してしまったようだ。

「戻ってくるのは秋を過ぎるって聞いていたのに、どうやったのよ? まさか大陸で走ったわけじゃないわよね?」

 まだ夏の盛りと言うにも少し早い。
 狼獣人の健脚は秀でているので、陸を掛ければそれだけ旅程を短くすることはできる。しかしその力を大陸で行使すれば目立ち、人間たちに捕まる危険を冒すことになる。
 じとりと、シナノはカイを睨む。

「いや、大陸は馬車と機関車で移動した。雪乃の薬草のお蔭で、馬が走り続けてくれたのと、シーマー国で人魚たちが運んでくれたお蔭だろう」

 カイの説明を聞いたシナノの口が、ぽかんと半開きになっていた。

「あの人魚が協力したの? 気分屋で人の頼みどころか、話さえまともに聞きはしない人魚が?」

 驚きに声が大きくなったシナノに、獣人たちの視線が集まる。

「俺も驚いたが、頼まずとも人魚たち自ら運んでくれた」

 先ほどよりも更に驚愕して、シナノは目を見開く。「信じられない」と、小さな声がこぼれていた。
 二人と手をつないで歩いていた雪乃の周りを、いつの間にか子供たちが囲んでいる。
 人が集まってきたため家の中には入らず、長屋の前に置かれていた長椅子に座って、雪乃は獣人たちと話をすることにした。

「木の獣人なのか?」
「なんで巫女様みたいな服着てるんだ?」
「どこから来たんだ?」

 樹人の子供が珍しいのだろう、口々に質問を放つ。

「獣人ではなく、樹人の雪乃と申します。服は巫女さんが着せてくださいました。大陸から来ました」

 雪乃は一つ一つの質問に答えていく。子供たちの目が更に輝き、大人たちも興味を強めた。

「大陸? 人間って種族が支配してるんだろ? 人間以外はひどい扱いをされるって聞いてるぞ。大丈夫だったのか?」

 子供たちの中でも少し大柄な男の子が、雪乃に問うた。

「そうですね、人間がほとんどでした。私はローブを着て姿を隠していたので、それほどひどい扱いは受けていません。それに、私の正体を知っても親切にしてくれる、優しい人間もいましたよ」

 雪乃の言葉に子供たちはざわざわと騒ぎ出す。
 大人たちも子供と同じように好奇心をくすぐられているようだが、中には苦々しげに渋面を作る者もいた。

「はいはい、何度も言っているでしょう? 無闇に興味本位で行こうなんて思っちゃ駄目よ? 本当に危険なんだから。大陸から戻ってきた同胞たちの姿を見たことはあるでしょう?」

 手を叩いて子供たちを諭すシナノの言葉に、雪乃はしまったと表情をゆがめる。
 子供は未知の世界に憧れやすい。危険があると話に聞いていても、真剣に捉えずに行動を起こしてしまうことは多い。それどころか、自ら危険に向かおうとすることもある。
 雪乃は慌てて言葉を足した。

「えっと、最初に人間と出会ったときは何も知らなくて、この姿を隠さないまま声を掛けてしまったんです」

 獣人たちの視線が雪乃へと集まる。
 冒険談を聞けると、わくわくしている気持ちが雪乃にまで伝わってくるようだ。大人の中には、警戒するような視線もある。
 わずかな罪悪感を抱きながら、雪乃は続けた。

「挨拶をしただけだったのですが、魔物が現れたと悲鳴を上げられてしまい、武器を持った大勢の人間たちに追いかけられました。森に逃げ込んで、じいっと木に擬態していたので、なんとか無事でしたが、凄く怖かったです」

 爛々と輝いていた子供たちや若い男たちの表情が、曇っていく。
 蟻人の話もしようかとわずかに考えた雪乃だが、大陸は危険なところだと認識してくれたようなので、やめておいた。
 あまり人間の嫌なところばかり話して、憎しみなどの感情を抱いては争いの種になってしまう。
 良い人もいれば悪い人もいる。先入観はよくないだろう。
 彼らが人間に会ったときに、自分の目で確かめれば良いことだ。

「じゃあさあ、あれ何?」

 誰もが気になりつつも雪乃の注意を受けて遠巻きにしていた存在を、小さな男の子がびしりと指差した。
 子供は正直である。全員の視線も、そちらへと向かった。
 仕方なく、雪乃は目を逸らしていた物体をそっと見る。
 草色のスライムは雪乃の視線を感じ、すーっと物陰に隠れた。しかし目らしき部分は出ていて、じっと雪乃を覗いている。

「なんなのでしょうね。私も謎です」

 青いお空を見上げながら、雪乃はぽつりと呟いた。
 スライム化はともかく、雪乃の視線から隠れようとするノムルの奇行の意味が、いまいち分からない。
 ヒミコの話が影響しているのだとは思うも、雪乃の知るノムルは、雪乃を独占するためならば手段を選ばない、親ばか魔王様である。
 行き過ぎて雪乃が機嫌を損ねることによってスライム化することはあったが、それでも雪乃から距離を取ろうとはしなかったと、雪乃は認識している。
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