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ヒイヅル編
337.ノムルを威圧する
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「人間如きが、御子様に気安く近付くな!」
「え?」
「はあ?」
雪乃を庇うように前に立ちはだかり、ノムルを威圧するムサシ皇子。
「えーっと、あの、ムサシ皇子様? その、ノムルさんは」
戸惑いながらも止めようと雪乃が声を掛けるが、
「すぐにヒイヅルを出て、大陸に戻れ!」
吼えるように張り上げたムサシの声に、掻き消された。地声なのか、意識しているのかは分からないが、大きな声の持ち主である。
しかし、そんなこけおどしが通じる相手ではない。
ノムルの表情は、引きつった笑みへと変わっていく。素直に怒りを浮かべてくれたほうが、恐怖も和らぐというものだろう。
「ああ? なんで俺が娘を置いて出て行かなきゃならないんだ? 人攫いか? ふざけんな」
「駄目ですよ、ノムルさん。相手は一応、皇子様ですから!」
慌てて雪乃は止めに入る。正真正銘の皇子に対し、「一応」と付ける雪乃も充分不敬だが、気にする余裕などない。
だが雪乃の制止も虚しく、落雷が第二皇子ムサシを直撃した。黒い直毛はちりちりパーマとなり、ムサシは地面に倒れてぴくぴくと痙攣している。
「おやおや、兄上がお役目を果たせなくなったようなので、僕がお相手しますね」
代わって現れたのは、金色の毛色をした第四皇子スオウだ。ムサシと違い、引き締まった細身の体つきで、爽やかな笑みを浮かべている。なんだかフレックを連想させるイケメン皇子だった。
「御子様、どうぞよろしくお願いします」
跪いて雪乃の小枝を取ると、唇を落とした。
和風なヒイヅルにおいて、違和感を覚えざるを得ない光景に、雪乃はあ然として言葉を失う。その間に、
「うちの娘に何しやがるんだーっ!」
親ばか魔王様がぶちきれた。
第四皇子スオウは竜巻に巻き込まれて、どこかに飛んでいった。
「ノムルさんっ! あんなに飛ばしたら生命の危機です! 外交問題になります! ……そもそも私はどの国に所属しているのでしょう? はっ、ラジンでした」
混乱していたのか、雪乃は一人で自問自答してしまう。
「大丈夫だよ、ユキノちゃん。死なないように、ちゃんと強化魔法は掛けておいたから。外交問題に関しては、始めからヒイヅルとは国交を結んでいない。仮に問題が起きたとしても、俺への暴言を伝えれば、ラジンのやつらは納得するよ」
苦言に対して、ノムルから明確な回答があった。
雪乃は、
「ソウデスネ」
と、平坦な声で答えるしかない。
あのノムル教信者が集まるカオス教団ラジンならば、ノムルの言うとおり、ノムルの暴挙を責めはしないだろう。むしろノムルが暴言を吐かれたと聞けば、国を挙げてヒイヅルに攻め込みかねない。
思わず想像してしまった雪乃は、悪寒を感じてふるふると震えた。
そんなわけの分からぬままに、次々と皇子やら令息やらが雪乃の前に現れては、ノムルの怒りを買っていく。
重傷者九名、行方不明者五名を出し、結局雪乃の護衛兼世話係は、カイに収まったのだった。
「こいつら、何がしたかったんだ?」
不思議そうにぼやくノムルに、雪乃は呆れた眼差しを向け、カイは顔を逸らし、巫女たちは怯えきって身を寄せていた。
だがノムルの言にも一理あるだろう。
始めからカイに任せておけば、前途ある若者の心を折ることなどなかったのだから。
「一応、止めはしたのだ。しかし俺の地位はあまり高くなく、止められなかった。すまない」
雪乃の知らないところで苦労していたらしいカイに、雪乃は慰労の気持ちを込めて見上げることしかできなかった。
とりあえず怪我をした獣人たちの怪我を癒し、行方不明者が戻ってきたときに使ってほしいとツワキフの葉を巫女に渡してから、雪乃はノムルとカイと手をつなぎ、山を下りた。
「それは災難だったわね」
話を聞いたシナノは、きゃらきゃらと笑う。
カイは少しばかり不機嫌そうに、顔を明後日の方向に向けている。
雪乃たちはシナノの家にいた。昨日は集落の獣人たちに捕まって外で宴会となってしまったが、二日目の今日は昨日のような騒ぎになることもなく、シナノの家に入れた。
シナノの家は集落よりも少し奥にある一軒家だ。
茅葺の家は玄関を入ると土間になっており、奥に台所があった。部屋は四畳半が一間に、六畳間が二間という造りをしている。
「笑い事ではない。まったく、兄上たちは何をお考えなのか」
畳の上で胡坐を組んだカイは、膝の上に雪乃を乗せて頭を撫で続けている。
「だからお前はなんでユキノちゃんを膝の上に座らせるんだ! おとーさんは認めてないぞ」
ノムルが文句を言い続けているが、すでに慣れ切ってしまったカイが気にする様子はない。
「確かにカイの言うことにも一理あるわね。番(つがい)は本能で決めるものであって、政に組み込むべきじゃないわ。心に嘘を吐けば、待ち受けているのは不幸だもの」
眉間に皺を刻むシナノを、ちらりとカイは睨む。機嫌を損ねたらしいカイは、尻尾で畳を叩いていた。
「埃が舞うから止めてちょうだい」
「ちゃんと掃除はしているのだろう?」
「畳が傷むから止めてちょうだい」
言い負かされて、カイは尻尾を抑える。変わりに小さな樹人をぴったりと抱き寄せて、枝葉の上に顎を乗せた。
「ユキノちゃん、顎だよ? お髭だよ?」
意気揚々と指摘するノムルだが、雪乃は反応しない。
カイに無精髭はない。そしてすりすりもしない。
「くうっ! どうしてだ? おとーさんとは嫌がるのに、なんで狼はいいんだ?!」
ローブの裾を噛みしめて騒ぐ親ばか魔法使いに、シナノは白けた目を向ける。
「娘なんてそんなものよ? ある程度の年齢になったら、父親とべったりなんてしないわ」
「そうなのか? 親離れか? なんでだ?」
シナノの言葉に、ノムルは真顔を向けた。
「親離れと言えばそうなのかもしれないけど、父親と娘ってそんなものよ? いつまでも甘えているわけないでしょう? 親なら子供の自立を喜びなさいよ」
がくりと両手を突き、ノムルは打ちのめされている。湿度が徐々に増してきた。
「部屋の湿度を上げるのは止めてちょうだいね。畳が傷むから」
現実的に容赦なく、シナノはノムルを止める。雪乃とカイは、ちょっぴりノムルがかわいそうになってきた。
「おとーさんはユキノちゃんのことが、ずっと好きなのに。なんでだ? 嫌われるのか?」
ぶつぶつと呟くノムルから、茸が生え始める。
「え?」
「はあ?」
雪乃を庇うように前に立ちはだかり、ノムルを威圧するムサシ皇子。
「えーっと、あの、ムサシ皇子様? その、ノムルさんは」
戸惑いながらも止めようと雪乃が声を掛けるが、
「すぐにヒイヅルを出て、大陸に戻れ!」
吼えるように張り上げたムサシの声に、掻き消された。地声なのか、意識しているのかは分からないが、大きな声の持ち主である。
しかし、そんなこけおどしが通じる相手ではない。
ノムルの表情は、引きつった笑みへと変わっていく。素直に怒りを浮かべてくれたほうが、恐怖も和らぐというものだろう。
「ああ? なんで俺が娘を置いて出て行かなきゃならないんだ? 人攫いか? ふざけんな」
「駄目ですよ、ノムルさん。相手は一応、皇子様ですから!」
慌てて雪乃は止めに入る。正真正銘の皇子に対し、「一応」と付ける雪乃も充分不敬だが、気にする余裕などない。
だが雪乃の制止も虚しく、落雷が第二皇子ムサシを直撃した。黒い直毛はちりちりパーマとなり、ムサシは地面に倒れてぴくぴくと痙攣している。
「おやおや、兄上がお役目を果たせなくなったようなので、僕がお相手しますね」
代わって現れたのは、金色の毛色をした第四皇子スオウだ。ムサシと違い、引き締まった細身の体つきで、爽やかな笑みを浮かべている。なんだかフレックを連想させるイケメン皇子だった。
「御子様、どうぞよろしくお願いします」
跪いて雪乃の小枝を取ると、唇を落とした。
和風なヒイヅルにおいて、違和感を覚えざるを得ない光景に、雪乃はあ然として言葉を失う。その間に、
「うちの娘に何しやがるんだーっ!」
親ばか魔王様がぶちきれた。
第四皇子スオウは竜巻に巻き込まれて、どこかに飛んでいった。
「ノムルさんっ! あんなに飛ばしたら生命の危機です! 外交問題になります! ……そもそも私はどの国に所属しているのでしょう? はっ、ラジンでした」
混乱していたのか、雪乃は一人で自問自答してしまう。
「大丈夫だよ、ユキノちゃん。死なないように、ちゃんと強化魔法は掛けておいたから。外交問題に関しては、始めからヒイヅルとは国交を結んでいない。仮に問題が起きたとしても、俺への暴言を伝えれば、ラジンのやつらは納得するよ」
苦言に対して、ノムルから明確な回答があった。
雪乃は、
「ソウデスネ」
と、平坦な声で答えるしかない。
あのノムル教信者が集まるカオス教団ラジンならば、ノムルの言うとおり、ノムルの暴挙を責めはしないだろう。むしろノムルが暴言を吐かれたと聞けば、国を挙げてヒイヅルに攻め込みかねない。
思わず想像してしまった雪乃は、悪寒を感じてふるふると震えた。
そんなわけの分からぬままに、次々と皇子やら令息やらが雪乃の前に現れては、ノムルの怒りを買っていく。
重傷者九名、行方不明者五名を出し、結局雪乃の護衛兼世話係は、カイに収まったのだった。
「こいつら、何がしたかったんだ?」
不思議そうにぼやくノムルに、雪乃は呆れた眼差しを向け、カイは顔を逸らし、巫女たちは怯えきって身を寄せていた。
だがノムルの言にも一理あるだろう。
始めからカイに任せておけば、前途ある若者の心を折ることなどなかったのだから。
「一応、止めはしたのだ。しかし俺の地位はあまり高くなく、止められなかった。すまない」
雪乃の知らないところで苦労していたらしいカイに、雪乃は慰労の気持ちを込めて見上げることしかできなかった。
とりあえず怪我をした獣人たちの怪我を癒し、行方不明者が戻ってきたときに使ってほしいとツワキフの葉を巫女に渡してから、雪乃はノムルとカイと手をつなぎ、山を下りた。
「それは災難だったわね」
話を聞いたシナノは、きゃらきゃらと笑う。
カイは少しばかり不機嫌そうに、顔を明後日の方向に向けている。
雪乃たちはシナノの家にいた。昨日は集落の獣人たちに捕まって外で宴会となってしまったが、二日目の今日は昨日のような騒ぎになることもなく、シナノの家に入れた。
シナノの家は集落よりも少し奥にある一軒家だ。
茅葺の家は玄関を入ると土間になっており、奥に台所があった。部屋は四畳半が一間に、六畳間が二間という造りをしている。
「笑い事ではない。まったく、兄上たちは何をお考えなのか」
畳の上で胡坐を組んだカイは、膝の上に雪乃を乗せて頭を撫で続けている。
「だからお前はなんでユキノちゃんを膝の上に座らせるんだ! おとーさんは認めてないぞ」
ノムルが文句を言い続けているが、すでに慣れ切ってしまったカイが気にする様子はない。
「確かにカイの言うことにも一理あるわね。番(つがい)は本能で決めるものであって、政に組み込むべきじゃないわ。心に嘘を吐けば、待ち受けているのは不幸だもの」
眉間に皺を刻むシナノを、ちらりとカイは睨む。機嫌を損ねたらしいカイは、尻尾で畳を叩いていた。
「埃が舞うから止めてちょうだい」
「ちゃんと掃除はしているのだろう?」
「畳が傷むから止めてちょうだい」
言い負かされて、カイは尻尾を抑える。変わりに小さな樹人をぴったりと抱き寄せて、枝葉の上に顎を乗せた。
「ユキノちゃん、顎だよ? お髭だよ?」
意気揚々と指摘するノムルだが、雪乃は反応しない。
カイに無精髭はない。そしてすりすりもしない。
「くうっ! どうしてだ? おとーさんとは嫌がるのに、なんで狼はいいんだ?!」
ローブの裾を噛みしめて騒ぐ親ばか魔法使いに、シナノは白けた目を向ける。
「娘なんてそんなものよ? ある程度の年齢になったら、父親とべったりなんてしないわ」
「そうなのか? 親離れか? なんでだ?」
シナノの言葉に、ノムルは真顔を向けた。
「親離れと言えばそうなのかもしれないけど、父親と娘ってそんなものよ? いつまでも甘えているわけないでしょう? 親なら子供の自立を喜びなさいよ」
がくりと両手を突き、ノムルは打ちのめされている。湿度が徐々に増してきた。
「部屋の湿度を上げるのは止めてちょうだいね。畳が傷むから」
現実的に容赦なく、シナノはノムルを止める。雪乃とカイは、ちょっぴりノムルがかわいそうになってきた。
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ぶつぶつと呟くノムルから、茸が生え始める。
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