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ヒイヅル編
344.ちぇー。
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悩む雪乃にその時間を与えるつもりなどないのだろう。続きのカードが降ってきた。
『では魔王への進化をかい……』
「根を張ります!」
反射的に答えた雪乃の視界に、ひらりと追加のカードが落ちてくる。
『ちぇー。』
文字を目に映した雪乃は、思考が停止した。
その体が、ふるふると震えだす。
「どんな仕様ですか?! こんなこと、一々書いて落とさないでくださいっ!」
抑えきれない絶叫がほとばしる。
びくりと、ラスエルの体が跳ね、目を丸くした。
雪乃の絶叫が森に響き渡ったその直後、雪乃の体から湧き出ていた光の粒子が輝きを増し、彼女の体は眩しいまでの光に包まれた。
「ほえ?」
思わず気の抜けた声がこぼれ落ちる。
その頃、狼獣人の里に残っていたノムルは、三角座りの姿勢で地面に転がっていた。
「ユキノちゃーん……」
ぐすぐすと呟く彼の周囲は、どんよりとした湿った空気に覆われ、草色のローブや山高帽は、茸に覆われていた。その茸を、シナノが収穫している。
「まさか冗談半分で菌を撒いてみたら、見事に繁殖するとは思わなかったわ」
手に持つ籠には茶色い傘のマチボウケタケが、どっさりと入っていた。香りが良く、獣人の間では人気のある茸だ。
秋にしか収穫できないはずの茸なのだが、なぜかノムルの周囲には大量に繁殖していた。
「俺としては、お前のほうが驚きだ、シナノ」
ノムルを恐れるどころか、ちゃっかり有効活用しているシナノに、カイは困惑を隠せずにいる。
「あら、だってこの人、凄い勢いで茸を繁殖させるのよ? せっかくなら食べられる茸が良いじゃない」
もっとな意見ではあるが、どこかが大きくずれていると、カイは頭を抱えたくなった。
「ユキノちゃーん……。おとーさんはユキノちゃんのためなら、人間をやめてもいいんだよー」
ずるずると、茸栽培マシーンがスライムと化していく。有言実行するようだ。
「これ、本当に人間なのよね?」
「ああ。アラージの奴隷たちを解放したという、ノムル・クラウ殿だ」
「魔力の強さは見たけれど、いまいち信用できないのよね」
そんな会話をしているうちに、籠はマチボウケタケでいっぱいになった。
「土瓶蒸しに、マチボウケタケご飯、お吸い物、シンプルに焼いてユーズを掛けるのもいいわね」
「お前ではなく、誰か他の者に作らせてくれ」
ぎろりとシナノがカイを睨むが、カイは譲らない。目と目でしばらく戦っていた二人だが、はっと何かを察知するなり、地面を蹴ってノムルから間合いを取り身構える。
近くにいた獣人たちも危機感を抱いたのか、手を止めて警戒態勢を取っていた。
緊迫した空気の中心で、いつの間にか起き上がっていたノムルは、北の方角を睨み続けている。その先にあるのはエルフ領――雪乃がいる方角だと気付いたカイは、眉間に皺を寄せ、ノムルと同じ方角を見た。
小さな樹人に何かあったのかと、鼓動が早打ちする。
「ユキノちゃん?」
ぽつりと、ノムルの口から少女の名前がこぼれ落ちた。
「雪乃に何か」
と聞き掛けたカイは、瞠目する。そこにノムル・クラウの姿はなかった。
「ノムル殿? 雪乃は無事なのか?」
北の空を見つめ、カイは不安そうに問うた。
◇
エルフ領で、ラスエルは嬉しそうに恍惚とした笑みを浮かべていた。
目の前には小さな丘のように育った大樹がそびえ立ち、その周囲には光の玉が踊るように浮かぶ。
「嗚呼、お母様。ようやくお目覚めになるのですね」
胸の前で指を組んだラスエルは、うっとりと大樹を見上げる。そこに小さな樹人の姿はない。
ぴくりと、ラスエルが何かに気付いて目を鋭く細めた。
喜びに溢れていた表情が翳り、両掌に魔力を込める。周囲に浮かんでいた光の玉たちがラスエルを取り囲み、魔力を水の玉へと変えた。
素早く体を捻ると、すぐ後ろに向かって水の玉を放った。しかし水の玉はジュッと音を立てて消える。
ラスエルの目は驚愕に大きく見開かれた。
忽然と現れたソレは、呆然とするラスエルを一瞥することもなく、目の前にそびえる大樹を見上げている。
草色のローブをまとう人間の姿を映していたラスエルの目が、怒りの色で染められていく。ぎりりと歯が鳴いた。
「人間? またお母様を奪うつもりかっ?!」
端整な顔立ちを苦く歪めると、間合いをとり、再び魔力を両の掌に集める。今度はどんぐりのような先が尖った水の弾を無数に作り出し、それぞれに風をまとわせて回転させながら放った。
数多の水弾が、一斉に至近距離から襲う。逃れられる量でも、距離でもない。
だがその攻撃も、目の前の人間――ノムルに傷を負わせることはなかった。一瞥されることさえなく、風を纏った水弾は全て蒸発して消える。
「そんな……」
瞳を左右に揺らし、うろたえるラスエルの足が数歩後ろに下がる。踵が大樹の根に触れると、はっと息を飲んで大樹に目を向けた。
守るべき存在を視界に入れたことで、ラスエルは気を取り戻し、草色のローブを纏った人間を睨みつけた。
「お母様に近付くことは許さぬ!」
ラスエルは持てる魔力の全てを込め、風と水の刃を放つ。
「邪魔すんな」
静かな声が、地を這うようにラスエルへと届く。ようやく向けられたノムルの目に光はなく、奈落のそこのように暗かった。
ラスエルはヘビに睨まれた蛙のように立ちすくみ、息を飲む。憤怒に燃えていたラスエルの表情が抜け落ち、絶対的な力の差を感じて恐怖に震えだす。
ノムルの左手が軽く上がっただけで、ラスエルの渾身の攻撃も霧散した。
「あ、駄目。お母様を奪わないで!」
頭を抱えて髪を振り乱し、ラスエルは悲鳴を上げる。
もう彼女に、攻撃するだけの魔力は残っていなかった。それでも彼女は怖気づく体を叱咤して大樹に駆け寄ると、ノムルの前に立ちふさがり両手を広げた。
自分の力では守りきれないと理解してもなお、何もせずにはいられなかった。それはエルフである彼女の、本能だったのだろうか。
「どけ」
ノムルは冷たく言い放つ。
暗く鋭い眼差しと目が合った瞬間、ラスエルは背後から死神の鎌を咽元に宛がわれた気がして、全身からの血の気が引いた。恐怖でおこりのように体が震える。
咽は裂けそうなほどに乾き、声を発することさえできない。目尻を熱いものが濡らす。
それでもラスエルは拒絶の意志を示すため、必死に首を左右に振った。
『では魔王への進化をかい……』
「根を張ります!」
反射的に答えた雪乃の視界に、ひらりと追加のカードが落ちてくる。
『ちぇー。』
文字を目に映した雪乃は、思考が停止した。
その体が、ふるふると震えだす。
「どんな仕様ですか?! こんなこと、一々書いて落とさないでくださいっ!」
抑えきれない絶叫がほとばしる。
びくりと、ラスエルの体が跳ね、目を丸くした。
雪乃の絶叫が森に響き渡ったその直後、雪乃の体から湧き出ていた光の粒子が輝きを増し、彼女の体は眩しいまでの光に包まれた。
「ほえ?」
思わず気の抜けた声がこぼれ落ちる。
その頃、狼獣人の里に残っていたノムルは、三角座りの姿勢で地面に転がっていた。
「ユキノちゃーん……」
ぐすぐすと呟く彼の周囲は、どんよりとした湿った空気に覆われ、草色のローブや山高帽は、茸に覆われていた。その茸を、シナノが収穫している。
「まさか冗談半分で菌を撒いてみたら、見事に繁殖するとは思わなかったわ」
手に持つ籠には茶色い傘のマチボウケタケが、どっさりと入っていた。香りが良く、獣人の間では人気のある茸だ。
秋にしか収穫できないはずの茸なのだが、なぜかノムルの周囲には大量に繁殖していた。
「俺としては、お前のほうが驚きだ、シナノ」
ノムルを恐れるどころか、ちゃっかり有効活用しているシナノに、カイは困惑を隠せずにいる。
「あら、だってこの人、凄い勢いで茸を繁殖させるのよ? せっかくなら食べられる茸が良いじゃない」
もっとな意見ではあるが、どこかが大きくずれていると、カイは頭を抱えたくなった。
「ユキノちゃーん……。おとーさんはユキノちゃんのためなら、人間をやめてもいいんだよー」
ずるずると、茸栽培マシーンがスライムと化していく。有言実行するようだ。
「これ、本当に人間なのよね?」
「ああ。アラージの奴隷たちを解放したという、ノムル・クラウ殿だ」
「魔力の強さは見たけれど、いまいち信用できないのよね」
そんな会話をしているうちに、籠はマチボウケタケでいっぱいになった。
「土瓶蒸しに、マチボウケタケご飯、お吸い物、シンプルに焼いてユーズを掛けるのもいいわね」
「お前ではなく、誰か他の者に作らせてくれ」
ぎろりとシナノがカイを睨むが、カイは譲らない。目と目でしばらく戦っていた二人だが、はっと何かを察知するなり、地面を蹴ってノムルから間合いを取り身構える。
近くにいた獣人たちも危機感を抱いたのか、手を止めて警戒態勢を取っていた。
緊迫した空気の中心で、いつの間にか起き上がっていたノムルは、北の方角を睨み続けている。その先にあるのはエルフ領――雪乃がいる方角だと気付いたカイは、眉間に皺を寄せ、ノムルと同じ方角を見た。
小さな樹人に何かあったのかと、鼓動が早打ちする。
「ユキノちゃん?」
ぽつりと、ノムルの口から少女の名前がこぼれ落ちた。
「雪乃に何か」
と聞き掛けたカイは、瞠目する。そこにノムル・クラウの姿はなかった。
「ノムル殿? 雪乃は無事なのか?」
北の空を見つめ、カイは不安そうに問うた。
◇
エルフ領で、ラスエルは嬉しそうに恍惚とした笑みを浮かべていた。
目の前には小さな丘のように育った大樹がそびえ立ち、その周囲には光の玉が踊るように浮かぶ。
「嗚呼、お母様。ようやくお目覚めになるのですね」
胸の前で指を組んだラスエルは、うっとりと大樹を見上げる。そこに小さな樹人の姿はない。
ぴくりと、ラスエルが何かに気付いて目を鋭く細めた。
喜びに溢れていた表情が翳り、両掌に魔力を込める。周囲に浮かんでいた光の玉たちがラスエルを取り囲み、魔力を水の玉へと変えた。
素早く体を捻ると、すぐ後ろに向かって水の玉を放った。しかし水の玉はジュッと音を立てて消える。
ラスエルの目は驚愕に大きく見開かれた。
忽然と現れたソレは、呆然とするラスエルを一瞥することもなく、目の前にそびえる大樹を見上げている。
草色のローブをまとう人間の姿を映していたラスエルの目が、怒りの色で染められていく。ぎりりと歯が鳴いた。
「人間? またお母様を奪うつもりかっ?!」
端整な顔立ちを苦く歪めると、間合いをとり、再び魔力を両の掌に集める。今度はどんぐりのような先が尖った水の弾を無数に作り出し、それぞれに風をまとわせて回転させながら放った。
数多の水弾が、一斉に至近距離から襲う。逃れられる量でも、距離でもない。
だがその攻撃も、目の前の人間――ノムルに傷を負わせることはなかった。一瞥されることさえなく、風を纏った水弾は全て蒸発して消える。
「そんな……」
瞳を左右に揺らし、うろたえるラスエルの足が数歩後ろに下がる。踵が大樹の根に触れると、はっと息を飲んで大樹に目を向けた。
守るべき存在を視界に入れたことで、ラスエルは気を取り戻し、草色のローブを纏った人間を睨みつけた。
「お母様に近付くことは許さぬ!」
ラスエルは持てる魔力の全てを込め、風と水の刃を放つ。
「邪魔すんな」
静かな声が、地を這うようにラスエルへと届く。ようやく向けられたノムルの目に光はなく、奈落のそこのように暗かった。
ラスエルはヘビに睨まれた蛙のように立ちすくみ、息を飲む。憤怒に燃えていたラスエルの表情が抜け落ち、絶対的な力の差を感じて恐怖に震えだす。
ノムルの左手が軽く上がっただけで、ラスエルの渾身の攻撃も霧散した。
「あ、駄目。お母様を奪わないで!」
頭を抱えて髪を振り乱し、ラスエルは悲鳴を上げる。
もう彼女に、攻撃するだけの魔力は残っていなかった。それでも彼女は怖気づく体を叱咤して大樹に駆け寄ると、ノムルの前に立ちふさがり両手を広げた。
自分の力では守りきれないと理解してもなお、何もせずにはいられなかった。それはエルフである彼女の、本能だったのだろうか。
「どけ」
ノムルは冷たく言い放つ。
暗く鋭い眼差しと目が合った瞬間、ラスエルは背後から死神の鎌を咽元に宛がわれた気がして、全身からの血の気が引いた。恐怖でおこりのように体が震える。
咽は裂けそうなほどに乾き、声を発することさえできない。目尻を熱いものが濡らす。
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