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魔王復活編
353.風よ!
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「風よ!」
右の小枝を湖に向かって、前に押し出すようにかざす。
ぴー助が、じいっと雪乃を見下ろしている。
ぱしゃりと、魚が跳ねて湖の中へと消えていった。その水音が、はっきりと聴覚に届いた。
雪乃は少しずつ紅葉していく。
前に出していた枝をすうっと引き戻すと、わざとらしく枝で額を拭う。
「今日も良い天気ですね。少々暑いくらいでしょうか?」
空を見上げた雪乃に釣られるように、ぴー助も空を見上げた。竜種のぴー助には、雪乃が何をやらかしたのか、よく分からなかったようだ。
「精霊の力を借りて魔法を使うと教わりましたが、どうやら精霊が身体に入ってきても、使える魔法は増えないようですね」
一人納得している雪乃だが、魔法を使うときは魔力を近くにいる精霊が魔法に変換するのであって、普通は精霊を体内に取り込んだりはしない。
だが彼女の勘違いを正せる者は、ここには存在しなかった。
さわりと、風が吹き抜ける。
小さな樹人の葉を揺らし、湖面に波紋を描いていく。風が去り、静かになった湖面と同じように、雪乃の心にも静寂が訪れていた。
そっと、ぴー助の鼻先に身を寄せて、抱きしめる。泣けないはずの樹人の視界が、歪んだ気がした。
「私はこれから、どうすれば良いのでしょうか? 薬草を集めるという目標は、達成してしまいました。次は何をすれば良いのでしょうか? また一人ぽっちになってしまいました」
地球にいたときの雪乃は、孤独だった。家族に疎まれ、学校でも巧くいかなかった。雪乃の性格や感性は、周囲から浮いていたようで、いつも遠巻きにされていた。
『無題』を通してやってきたこの世界で、雪乃はノムルやカイ、ムダイといったたくさんの人々と出会い、心を通わせてきた。
しかし成木になるために長く根を張っていた間に、彼らはいなくなってしまった。
顔を押し付ける雪乃に、ぴー助も鼻先を摺り寄せる。その時だった。
「わー」
「わー」
「わー?」
樹人に戻った雪乃から、次々とマンドラゴラたちが出現しては、なぐさめるように雪乃に根を寄せた。
「そうですね。一人なんかじゃありませんね。私にはまだ、あなたたちがいてくれます」
「わー!」
「わー!」
「わー!」
そうだそうだとばかりに、声を上げて跳ねるマンドラゴラたち。そこへ、不機嫌な声が割り込む。
「がううーっ!」
「ぴー助もいますね。ありがとう」
「がううー」
ぴー助とマンドラゴラたちに囲まれた雪乃の葉に、輝きが戻る。彼らに微笑みかける雪乃の頭上で、一匹のマンドラゴラが何かに気付いたように根を伸ばす。
「わー!」
他のマンドラゴラたちも、次々と湖とは反対側の、森へと根を向けていく。ぴー助も何かに気付いたようで、雪乃から顔を離し、木々の向こうを見つめた。
マンドラゴラたちの様子から、危険なものではないと認識した雪乃だが、それでも何が起こったのかと、目を凝らす。
しばらくして、茂みの中から人影が現れた。黒いローブを着た、黒髪の少年。頭には狼の耳が生えている。
「ん?」
雪乃はぽてりと幹を傾げた。
いるはずのない相手だ。もうとっくに寿命が尽きたか、生きていても年老いているのだろうと思っていたはずの相手。
「もしや、お孫さんでしょうか?」
息子という説は、すっ飛ばしていた。
「雪乃、か?」
ためらいがちに、彼は雪乃の名を呼ぶ。大きく開いた目は、驚愕に染まっていた。
雪乃もまた、きょとんと瞬いて彼を見つめる。
その声は、見知った声だった。
「カイ、さん?」
名前を呼ぶと、彼の顔がくしゃりと歪んだ。地を蹴った直後には、雪乃の目の前まで移動していた。手を伸ばし、雪乃を抱きしめる。
「良かった。無事だったんだな」
突然の行動に、雪乃は対応できずに固まった。視界はカイのお腹で覆われている。
もう会えないと思っていた人の出現に、雪乃はひしとカイの狩衣にしがみ付く。こぼれないはずの涙がぽろぽろと、こぼれ落ちた。そう、こぼれ落ちていた。
気付いてしまった雪乃は、一瞬にして感情が吹き飛んだ。
いったいどういう変化が起きたのかと、自分の体を確かめようとしたとき、聞きなれた声が聴覚に飛び込んできた。
「わー」
樹人の子供の目の辺りには、マンドラゴラの葉が混じっていた。どうやら水を調達してきて、涙を再現してくれたらしい。
雪乃は何とも言いがたい感情に、ふるふると震えた。
シリアスな場面が台無しだ。
雪乃の異変に気付いて体を離したカイもまた、どう対応すれば良いのか考え付かないようだ。少し困ったような、ちょっと歪んだ笑みを浮かべる。
「うちのマンドラゴラが、すみません」
「いや、気にするな」
とりあえず謝罪した雪乃を、カイは気の毒そうに見つめた。しばらく気まずい雰囲気が流れたが、カイは表情を引き締める。
「雪乃」
「なんでしょう?」
「いったい何があったんだ?」
眉をひそめて困ったように、カイは問うた。
「それが……」
と、雪乃はエルフ領で薬草を全てそろえた後に自分が光り出し、気付けば大樹に成長していたことを語り出した。
カードのことは話さなかった。
「つまり、気付くと花の中にいて、羽の生えた人間の姿になっていたと?」
こくりと、雪乃は頷く。
「そしてぴー助が成獣になっていたので、長い歳月が経ってしまったと思い、一人で枝を落として挿し木をし、樹人の姿に戻ったと?」
やっぱりこくりと雪乃は頷いた。
事情を確認したカイは沈思していたが、しばらくして脱力したように肩の力を抜いた。
「信じられない部分もあるが、なんと言うか、大変だったな」
カイの視線はぴー助へと向かっている。
雪乃の身に起こった出来事もだが、子竜だったはずのぴー助が一気に成長したことも、竜種の知識がある彼には理解し辛い現象だった。
ぽふぽふと頭を叩かれて、雪乃は嬉しそうに葉を揺らす。
失ったのかもしれないと思っていた幸せが、きちんと残っていたことを実感していた。
雪乃側の事情を理解したカイは、今度は雪乃が眠っている間に起こった出来事を教えてくれた。
エルフ領に雪乃を残して狼獣人の里に戻ったカイは、普段と変わらぬ生活をしていた。ノムルが暴走しないかと気にしていたそうだが、落ち込んではいても騒動を起こすことはなかったという。
けれど数日後、ノムルが突然エルフ領の方角を見つめていたかと思うと、忽然と姿を消した。
異変を感じたカイの進言により、カイを含む狼獣人たちが急ぎエルフ領に向かったが、森は障壁に覆われていて入ることができなくなっていた。
右の小枝を湖に向かって、前に押し出すようにかざす。
ぴー助が、じいっと雪乃を見下ろしている。
ぱしゃりと、魚が跳ねて湖の中へと消えていった。その水音が、はっきりと聴覚に届いた。
雪乃は少しずつ紅葉していく。
前に出していた枝をすうっと引き戻すと、わざとらしく枝で額を拭う。
「今日も良い天気ですね。少々暑いくらいでしょうか?」
空を見上げた雪乃に釣られるように、ぴー助も空を見上げた。竜種のぴー助には、雪乃が何をやらかしたのか、よく分からなかったようだ。
「精霊の力を借りて魔法を使うと教わりましたが、どうやら精霊が身体に入ってきても、使える魔法は増えないようですね」
一人納得している雪乃だが、魔法を使うときは魔力を近くにいる精霊が魔法に変換するのであって、普通は精霊を体内に取り込んだりはしない。
だが彼女の勘違いを正せる者は、ここには存在しなかった。
さわりと、風が吹き抜ける。
小さな樹人の葉を揺らし、湖面に波紋を描いていく。風が去り、静かになった湖面と同じように、雪乃の心にも静寂が訪れていた。
そっと、ぴー助の鼻先に身を寄せて、抱きしめる。泣けないはずの樹人の視界が、歪んだ気がした。
「私はこれから、どうすれば良いのでしょうか? 薬草を集めるという目標は、達成してしまいました。次は何をすれば良いのでしょうか? また一人ぽっちになってしまいました」
地球にいたときの雪乃は、孤独だった。家族に疎まれ、学校でも巧くいかなかった。雪乃の性格や感性は、周囲から浮いていたようで、いつも遠巻きにされていた。
『無題』を通してやってきたこの世界で、雪乃はノムルやカイ、ムダイといったたくさんの人々と出会い、心を通わせてきた。
しかし成木になるために長く根を張っていた間に、彼らはいなくなってしまった。
顔を押し付ける雪乃に、ぴー助も鼻先を摺り寄せる。その時だった。
「わー」
「わー」
「わー?」
樹人に戻った雪乃から、次々とマンドラゴラたちが出現しては、なぐさめるように雪乃に根を寄せた。
「そうですね。一人なんかじゃありませんね。私にはまだ、あなたたちがいてくれます」
「わー!」
「わー!」
「わー!」
そうだそうだとばかりに、声を上げて跳ねるマンドラゴラたち。そこへ、不機嫌な声が割り込む。
「がううーっ!」
「ぴー助もいますね。ありがとう」
「がううー」
ぴー助とマンドラゴラたちに囲まれた雪乃の葉に、輝きが戻る。彼らに微笑みかける雪乃の頭上で、一匹のマンドラゴラが何かに気付いたように根を伸ばす。
「わー!」
他のマンドラゴラたちも、次々と湖とは反対側の、森へと根を向けていく。ぴー助も何かに気付いたようで、雪乃から顔を離し、木々の向こうを見つめた。
マンドラゴラたちの様子から、危険なものではないと認識した雪乃だが、それでも何が起こったのかと、目を凝らす。
しばらくして、茂みの中から人影が現れた。黒いローブを着た、黒髪の少年。頭には狼の耳が生えている。
「ん?」
雪乃はぽてりと幹を傾げた。
いるはずのない相手だ。もうとっくに寿命が尽きたか、生きていても年老いているのだろうと思っていたはずの相手。
「もしや、お孫さんでしょうか?」
息子という説は、すっ飛ばしていた。
「雪乃、か?」
ためらいがちに、彼は雪乃の名を呼ぶ。大きく開いた目は、驚愕に染まっていた。
雪乃もまた、きょとんと瞬いて彼を見つめる。
その声は、見知った声だった。
「カイ、さん?」
名前を呼ぶと、彼の顔がくしゃりと歪んだ。地を蹴った直後には、雪乃の目の前まで移動していた。手を伸ばし、雪乃を抱きしめる。
「良かった。無事だったんだな」
突然の行動に、雪乃は対応できずに固まった。視界はカイのお腹で覆われている。
もう会えないと思っていた人の出現に、雪乃はひしとカイの狩衣にしがみ付く。こぼれないはずの涙がぽろぽろと、こぼれ落ちた。そう、こぼれ落ちていた。
気付いてしまった雪乃は、一瞬にして感情が吹き飛んだ。
いったいどういう変化が起きたのかと、自分の体を確かめようとしたとき、聞きなれた声が聴覚に飛び込んできた。
「わー」
樹人の子供の目の辺りには、マンドラゴラの葉が混じっていた。どうやら水を調達してきて、涙を再現してくれたらしい。
雪乃は何とも言いがたい感情に、ふるふると震えた。
シリアスな場面が台無しだ。
雪乃の異変に気付いて体を離したカイもまた、どう対応すれば良いのか考え付かないようだ。少し困ったような、ちょっと歪んだ笑みを浮かべる。
「うちのマンドラゴラが、すみません」
「いや、気にするな」
とりあえず謝罪した雪乃を、カイは気の毒そうに見つめた。しばらく気まずい雰囲気が流れたが、カイは表情を引き締める。
「雪乃」
「なんでしょう?」
「いったい何があったんだ?」
眉をひそめて困ったように、カイは問うた。
「それが……」
と、雪乃はエルフ領で薬草を全てそろえた後に自分が光り出し、気付けば大樹に成長していたことを語り出した。
カードのことは話さなかった。
「つまり、気付くと花の中にいて、羽の生えた人間の姿になっていたと?」
こくりと、雪乃は頷く。
「そしてぴー助が成獣になっていたので、長い歳月が経ってしまったと思い、一人で枝を落として挿し木をし、樹人の姿に戻ったと?」
やっぱりこくりと雪乃は頷いた。
事情を確認したカイは沈思していたが、しばらくして脱力したように肩の力を抜いた。
「信じられない部分もあるが、なんと言うか、大変だったな」
カイの視線はぴー助へと向かっている。
雪乃の身に起こった出来事もだが、子竜だったはずのぴー助が一気に成長したことも、竜種の知識がある彼には理解し辛い現象だった。
ぽふぽふと頭を叩かれて、雪乃は嬉しそうに葉を揺らす。
失ったのかもしれないと思っていた幸せが、きちんと残っていたことを実感していた。
雪乃側の事情を理解したカイは、今度は雪乃が眠っている間に起こった出来事を教えてくれた。
エルフ領に雪乃を残して狼獣人の里に戻ったカイは、普段と変わらぬ生活をしていた。ノムルが暴走しないかと気にしていたそうだが、落ち込んではいても騒動を起こすことはなかったという。
けれど数日後、ノムルが突然エルフ領の方角を見つめていたかと思うと、忽然と姿を消した。
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