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魔王復活編
378.相手の意思も確かめずに無理強いすれば
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カイは視線を落として黙り込んでいたが、一度顔を上げたかと思うと、跪き頭を垂れた。
「申し訳ありません。エルフや獣人たちは、あなたを保護し、守ろうと考えたのだと思います。けれどダルク様の事情を聞かず一方的に意思を押し付けようとして、ダルク様と母君を苦しめてしまいました。獣人の一人として、深く謝罪させてください」
例え善意からの行動であっても、相手の意思も確かめずに無理強いすればそれは善行ではなく悪行だろう。
真摯に謝罪するカイを見つめていたダルクは、ふうっと息を吐き出した。
「今更だ」
カイから視線を逸らし、ダルクは母の墓を見つめる。どれほどカイが謝罪したところで、彼の母は戻っては来ないのだから。
ぐっと、カイは強く拳を握り締めた。
「それに、母上を一番傷付けたのは、たぶん俺だ」
抑揚も無い、寂しくも悲しくもある声に、カイは顔を上げてダルクの横顔を見る。雪乃もまた、ダルクを見つめた。
「母上は人を傷付けることをとても嫌っていた。俺と最初に出会った頃の母上の魔力であれば、人間たちを支配するなり滅ぼすなり、できたはずなんだ。だが母上はそれを選ばなかった」
人を傷付けることを嫌い、逃げることを選んだダルクの母だったが、ダルクを守るために襲ってくる人々に反撃した。
そうして血が流れるたびに、悪意に侵食されていったのだという。
ダルクが薬草を集め終える頃には彼女が寝込む日も多くなっていたが、それでも正気を保てていた。
「だが根を張って成木となった後、目覚めてみれば母上は失われていた。勇者と名乗る人間が神官の作った聖剣とやらで母上の魔力を奪い、母上を――。残されていたのは母上が肌身離さず大切に持っていた父上の剣と、俺と共に作った城と町だけだった」
雪乃ははっとして視界を大きくする。
ダルクも雪乃と同じように成木となって眠っている間に親代わりとなってくれた人を失ったと知り、恐怖が襲ってきた。
だがノムルはまだ生きている。きっとすぐにまた会えるはずだと、雪乃は拳を握り締め、嫌な予感を振り払う。
「後悔した。もっと早くに成木となっていれば、――成木になったりせずに幼木のままお側に付いていれば、失うことはなかったのかもしれないと。せめて、看取ってさしあげられたのに、と」
ダルクの視線は彼の母親が大切にしていた、彼女の墓代わりの剣へと向かっていた。
雪乃とカイは、何も言うことができない。ふと、カイの温かな手が雪乃の頭を包むように撫でた。見上げた雪乃に、狼獣人は優しく微笑む。お前は一人ではないと。
きらめき返した雪乃に頷くと、カイはダルクへと向き直る。
「母君を探すと仰いますが、すでにお亡くなりになっているのであれば、僭越ながらそれは叶わぬ願いなのではないでしょうか?」
一度死んだ人間が生き返ることはない。それは魔法の存在するこの世界でも同じことだ。
剣からカイへと顔を動かしたダルクは、探るようにカイの目を覗く。カイは真っ直ぐにその視線を受け止めた。
「確かに母上の肉体は滅びた。だが魂が滅びることはない。俺が探しているのは、母上の魂を持つ者だ」
雪乃とカイは沈黙した。目の前をゆっくりと飛んでいく黒い鳥の幻が見えた気がしたが、頭を振って現実に戻る。戻ってきても、常識が追いつかないが。
「つまり、輪廻転生というやつでしょうか? 魂となってあの世に行き、再びこの世に戻ってくるという」
雪乃も異世界から来たのだから、そういうこともあるのかもしれないと、なんとか納得してみる。
「よく分からんが、おそらくそんな感じだ」
「ほう」
相槌を打って、話を続けてもらう。
「すでに甦っていおられるはずなのだ。だが母上の魂は未だに見つからない」
それはそうだろうなと、雪乃は上の空で考える。
肉体が変わり、記憶もなくなっていれば、それが誰なのか分かることは現実としてありえないだろう。そう考えた雪乃だったが、ちらりと視線を上げる。
肉体が変わっても、雪乃に気付いた獣人がいた。とはいえ転生ではなく、元の身体から挿し木した、いわば分身体であるのだから違う気もするが。
「ええっと、手掛かりなどはあるのでしょうか?」
ついつい胡乱な目になりつつも、乗りかかった舟だ。まだ下りるには早いだろうと、雪乃はドロ沼に浮かぶ舟に乗り続ける。
「悪意は聖女の魂に流れ込む仕組みになっている。あんなもの母上に近づけたくはないが、母上を見つけるためには必要だ。だがようやく反応したと思い向かってみれば、別の人間だった。そして次はなぜかお前だ」
上から目線で迷惑そうに見下ろされ、雪乃はくうっと口葉を山型にする。雪乃だって好き好んで悪意に気に入られたわけではないのだ。
「私とて迷惑を被っているというのに、この扱い。これは誰に怒りを向けるべきなのでしょう?」
きっとダルクを睨みつけてみたが、彼の事情を知ると、彼を怒る気にはなれない。
「悪意め、はた迷惑な」
とりあえず、諸悪の根源らしき悪意に怒りの矛先を向けておいた。
雪乃が落ち着いたところで、ダルクは続きを話しだす。
「だが悪意を封じている赤玉が、少し前に消失した。魔力痕を追ってみれば、あのふざけた魔法使いに奪われていたのだ。取り返そうにも」
言葉を切ったダルクは、苦く顔をしかめる。身体がぷるぷると震えているのは、ノムルにやられたことを思い出して怯えているからだろう。
雪乃とカイも、魔王の遺跡で起こったことを思い出し、苦い顔だ。雪乃はあの悪意の海によって、魔王に変えられかけていたのだ。
それはともかく、ダルクの話の内容によると、悪意に狙われた雪乃は魔王ではなく聖女だということになる。
「どういうことでしょう?」
理解が追いつかず、しきりに幹を傾げる。
そんな雪乃の様子を気遣ってか、単に最後まで話したかったのか、ダルクは更にぶち込んできた。
「あれは人間が作りだした魔法道具らしい。争いしか生まぬ愚かな人間どもの悪意を吸収し、戦を収めた。だが吸収した悪意が限界を超えると一度に悪意が世界に拡散され、世界中で争いが起こり世界は荒れる」
その事態を防ぐために、集めた悪意を聖女の心に注ぎ込み、彼女を討伐することで悪意を消滅させることになったのだという。
「申し訳ありません。エルフや獣人たちは、あなたを保護し、守ろうと考えたのだと思います。けれどダルク様の事情を聞かず一方的に意思を押し付けようとして、ダルク様と母君を苦しめてしまいました。獣人の一人として、深く謝罪させてください」
例え善意からの行動であっても、相手の意思も確かめずに無理強いすればそれは善行ではなく悪行だろう。
真摯に謝罪するカイを見つめていたダルクは、ふうっと息を吐き出した。
「今更だ」
カイから視線を逸らし、ダルクは母の墓を見つめる。どれほどカイが謝罪したところで、彼の母は戻っては来ないのだから。
ぐっと、カイは強く拳を握り締めた。
「それに、母上を一番傷付けたのは、たぶん俺だ」
抑揚も無い、寂しくも悲しくもある声に、カイは顔を上げてダルクの横顔を見る。雪乃もまた、ダルクを見つめた。
「母上は人を傷付けることをとても嫌っていた。俺と最初に出会った頃の母上の魔力であれば、人間たちを支配するなり滅ぼすなり、できたはずなんだ。だが母上はそれを選ばなかった」
人を傷付けることを嫌い、逃げることを選んだダルクの母だったが、ダルクを守るために襲ってくる人々に反撃した。
そうして血が流れるたびに、悪意に侵食されていったのだという。
ダルクが薬草を集め終える頃には彼女が寝込む日も多くなっていたが、それでも正気を保てていた。
「だが根を張って成木となった後、目覚めてみれば母上は失われていた。勇者と名乗る人間が神官の作った聖剣とやらで母上の魔力を奪い、母上を――。残されていたのは母上が肌身離さず大切に持っていた父上の剣と、俺と共に作った城と町だけだった」
雪乃ははっとして視界を大きくする。
ダルクも雪乃と同じように成木となって眠っている間に親代わりとなってくれた人を失ったと知り、恐怖が襲ってきた。
だがノムルはまだ生きている。きっとすぐにまた会えるはずだと、雪乃は拳を握り締め、嫌な予感を振り払う。
「後悔した。もっと早くに成木となっていれば、――成木になったりせずに幼木のままお側に付いていれば、失うことはなかったのかもしれないと。せめて、看取ってさしあげられたのに、と」
ダルクの視線は彼の母親が大切にしていた、彼女の墓代わりの剣へと向かっていた。
雪乃とカイは、何も言うことができない。ふと、カイの温かな手が雪乃の頭を包むように撫でた。見上げた雪乃に、狼獣人は優しく微笑む。お前は一人ではないと。
きらめき返した雪乃に頷くと、カイはダルクへと向き直る。
「母君を探すと仰いますが、すでにお亡くなりになっているのであれば、僭越ながらそれは叶わぬ願いなのではないでしょうか?」
一度死んだ人間が生き返ることはない。それは魔法の存在するこの世界でも同じことだ。
剣からカイへと顔を動かしたダルクは、探るようにカイの目を覗く。カイは真っ直ぐにその視線を受け止めた。
「確かに母上の肉体は滅びた。だが魂が滅びることはない。俺が探しているのは、母上の魂を持つ者だ」
雪乃とカイは沈黙した。目の前をゆっくりと飛んでいく黒い鳥の幻が見えた気がしたが、頭を振って現実に戻る。戻ってきても、常識が追いつかないが。
「つまり、輪廻転生というやつでしょうか? 魂となってあの世に行き、再びこの世に戻ってくるという」
雪乃も異世界から来たのだから、そういうこともあるのかもしれないと、なんとか納得してみる。
「よく分からんが、おそらくそんな感じだ」
「ほう」
相槌を打って、話を続けてもらう。
「すでに甦っていおられるはずなのだ。だが母上の魂は未だに見つからない」
それはそうだろうなと、雪乃は上の空で考える。
肉体が変わり、記憶もなくなっていれば、それが誰なのか分かることは現実としてありえないだろう。そう考えた雪乃だったが、ちらりと視線を上げる。
肉体が変わっても、雪乃に気付いた獣人がいた。とはいえ転生ではなく、元の身体から挿し木した、いわば分身体であるのだから違う気もするが。
「ええっと、手掛かりなどはあるのでしょうか?」
ついつい胡乱な目になりつつも、乗りかかった舟だ。まだ下りるには早いだろうと、雪乃はドロ沼に浮かぶ舟に乗り続ける。
「悪意は聖女の魂に流れ込む仕組みになっている。あんなもの母上に近づけたくはないが、母上を見つけるためには必要だ。だがようやく反応したと思い向かってみれば、別の人間だった。そして次はなぜかお前だ」
上から目線で迷惑そうに見下ろされ、雪乃はくうっと口葉を山型にする。雪乃だって好き好んで悪意に気に入られたわけではないのだ。
「私とて迷惑を被っているというのに、この扱い。これは誰に怒りを向けるべきなのでしょう?」
きっとダルクを睨みつけてみたが、彼の事情を知ると、彼を怒る気にはなれない。
「悪意め、はた迷惑な」
とりあえず、諸悪の根源らしき悪意に怒りの矛先を向けておいた。
雪乃が落ち着いたところで、ダルクは続きを話しだす。
「だが悪意を封じている赤玉が、少し前に消失した。魔力痕を追ってみれば、あのふざけた魔法使いに奪われていたのだ。取り返そうにも」
言葉を切ったダルクは、苦く顔をしかめる。身体がぷるぷると震えているのは、ノムルにやられたことを思い出して怯えているからだろう。
雪乃とカイも、魔王の遺跡で起こったことを思い出し、苦い顔だ。雪乃はあの悪意の海によって、魔王に変えられかけていたのだ。
それはともかく、ダルクの話の内容によると、悪意に狙われた雪乃は魔王ではなく聖女だということになる。
「どういうことでしょう?」
理解が追いつかず、しきりに幹を傾げる。
そんな雪乃の様子を気遣ってか、単に最後まで話したかったのか、ダルクは更にぶち込んできた。
「あれは人間が作りだした魔法道具らしい。争いしか生まぬ愚かな人間どもの悪意を吸収し、戦を収めた。だが吸収した悪意が限界を超えると一度に悪意が世界に拡散され、世界中で争いが起こり世界は荒れる」
その事態を防ぐために、集めた悪意を聖女の心に注ぎ込み、彼女を討伐することで悪意を消滅させることになったのだという。
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