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魔王復活編
407.ストーカー魂
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「性格の問題でしょうか? それとも戦闘狂だからでしょうか?」
雪乃の呟きに、男たちはムダイを見つめ、何かを納得した。
それはともかく、ムダイである。本気でヴィヴィを落としに掛かり、ヴィヴィも落とされかけている。勝敗が決まるのは時間の問題だろうが、その後で戻ってくるかはわからない。
「仕方ありません。ムダイさんのストーカー魂に賭けましょう」
「ストーカー魂……」
マグレーンが引きつりながら呟いたが、気にせず雪乃はムダイに声をかける。
「ムダイさーん、ノムルさんと戦いたかったら、遊んでないでヴィヴィさんにノムルさんの居場所を聞いてください」
ナルツとマグレーンから戸惑いの視線を受けるが、ノムルはすぐ近くにいるのだ。偽物の感情で繰り広げられている三文芝居などを観ているより、雪乃は早くノムルの下へ行きたかった。
雪乃たちの話など聞いていないと思われていたムダイだったが、ノムルの名前にはぴくりと反応した。
「ヴィヴィ、ノムルさんはどこにいるんだい?」
「お、奥にあるハートマークの部屋から」
恋愛よりも強敵との戦いのほうが、優先度は高いらしい。頬を染めてうっとりとした瞳で見つめているヴィヴィを籠絡し、あっさりと聞きだしてしまった。
「では参りましょう。ノムルさんも待っているでしょうから」
雪乃の声に従うように、カイはすたすたと歩いていく。その後ろを、呆れながらもナルツとマグレーンが付いていく。魔王との決戦を前にして、緊張感は欠片もない。
「僕も行きます!」
「え? ムダイ?!」
ヴィヴィが驚いて目を丸くしているが、ムダイは振り返らないどころか足も止めない。
「ちょっと! どういうことよ、これは?!」
ムダイの背中に向かって、正気に戻ったヴィヴィが地団駄を踏みながら叫んでいる。
「ノムルさんが常識を超えているんだと思っていたけど、ユキノちゃんの周りが常識外れなのかもしれない」
「それ言うと、俺たちも常識から外れていることになるから」
ナルツが出した結論にマグレーンはツッコミを入れたが、自分の行動を顧みて顔をしかめた。
ルモン屈指の魔法使いの家柄に生まれたからこそ嫌でも分かる。自分やナルツが使っている魔法は、すでに常識の枠から外れていると。
「俺も仲間入りしちゃったみたいだ」
「わー? わー」
虚ろな瞳で現実から逃げ出そうとするマグレーンを、マーちゃんは優しく根を摺り寄せて慰めた。
ヴィヴィが言ったハートマークの部屋に、勇者一行は入っていった。中には転移装置が設置されている。
魔力を込めて移動した部屋から出てさらに廊下を進み、辿り着いた先で勇者一行は沈黙した。
魔王の部屋には天井がなく、青い空が覗いている。魔王が支配してからラジン国上空は厚い雲に覆われていたというのに、その空間だけは晴れ渡っていた。
そして視線を下げれば、樹高一メートルほどの木が溢れ返っているではないか。樹人ではなく、普通の木だ。
シンプルな素焼きや木製の植木鉢から、絵付けの施された磁器の植木鉢、魔石がはめ込まれた豪華な植木鉢、埴輪の形をした植木鉢など、統一性の欠片もない植木鉢に、様々な種類の樹木が植えられている。
勇者一行は虚ろになりそうな目を正面奥に動かすが、据えられている玉座に人影はない。
「おとーさんだよー? さあ、おいでー」
頭痛を覚えながらも声のする方へと嫌々ながら視線を動かすと、これまた樹高一メートル前後の樹人の苗たちが、隅に固まって怯えていた。
両手を広げて樹人の苗たちに迫る、変態魔王。
「樹人の子供なら誰でも良いのか?」
カイは蔑むような視線を向ける。
「樹人どころか、ただの木もあるね。ある意味ハーレム?」
呆れたようにムダイが部屋の中の木を見回せば、
「ノムル様……」
と、マグレーンは痛々しいものを見るように顔をゆがめた。そして、
「あ、カンミーが生ってる」
ナルツは部屋を埋め尽くす樹木の一つに反応した。
普段は常識のある優秀な騎士であるはずなのだが、時々食糧に反応する。国外追放の際に放浪したトラウマなのか、それとも冒険者として野宿を繰り返した結果なのか、あるいは騎士の野営訓練の賜物なのかは知らないが。
それはさておき、魔王ノムルである。樹人の苗たちに夢中で、こっちを振り向きもしない。彼の実力を考えれば気付いていないということはないだろう。
脅威ではないと放置されることは実力の差を考えれば仕方ないとしても、あれほど溺愛していた雪乃に反応しないのはと、男たちは魔王から雪乃へと視線を移す。
きゅっと握り締めた小枝が、ふるふると震えていた。
「雪乃……」
カイが労わるように声を掛けるが、雪乃は顔を向けない。じっと、樹人の苗と戯れるノムルを見つめ続けている。実際には襲っているようなものだが。
彼女の心情を察して、男たちは視線を交わす。
何だかんだと言いながら、この小さな樹人の子供は、ノムルに懐き、父娘として共に旅を続けていたのだ。心を許した父親が、自分以外の子供を可愛がっている姿を見ることは、気分の良いものではないだろう。
「えーっと、弟か妹だと考えてみたら?」
樹人に兄弟感情があるのか分からないが、マグレーンが提案した。
びくりと、雪乃の体が揺れて震えが止まる。
「おと、う、と?」
途切れ途切れに漏れ出た声には力がない。
「雪乃?」
カイとナルツは異変に気付いて眉をひそめたが、ムダイとマグレーンは気付かない。
「マグレーンの言うことも一理あるね。雪乃ちゃんとしては違和感もあるかもしれないけど、同じ樹人だし? 樹人の弟……」
雪乃が元人間だと知るムダイは、首を傾げながらもマグレーンの提案に乗る。
「そうだよ。ノムル様を説得すれば、彼らがユキノちゃんの弟や妹になるかもしれないね」
マグレーンは明るい声で語る。
握り締められていた雪乃の小枝から、力が抜けていく。弛緩したように枝が力なく垂れ、小枝も解けていた。
その変化にカイは顔をしかめ、ナルツはなおも楽しげに話すムダイとマグレーンに鋭い視線を向けて、やめるように小さく首を横に動かした。
不思議そうに眉根を寄せるムダイとマグレーンだったが、ナルツに再び強く睨まれて口を噤む。
「そう、ですか」
ひやりと、冷たい声が雪乃からこぼれ出る。今まで彼女からは聞いたことのない、感情を落としきった声だった。
雪乃の呟きに、男たちはムダイを見つめ、何かを納得した。
それはともかく、ムダイである。本気でヴィヴィを落としに掛かり、ヴィヴィも落とされかけている。勝敗が決まるのは時間の問題だろうが、その後で戻ってくるかはわからない。
「仕方ありません。ムダイさんのストーカー魂に賭けましょう」
「ストーカー魂……」
マグレーンが引きつりながら呟いたが、気にせず雪乃はムダイに声をかける。
「ムダイさーん、ノムルさんと戦いたかったら、遊んでないでヴィヴィさんにノムルさんの居場所を聞いてください」
ナルツとマグレーンから戸惑いの視線を受けるが、ノムルはすぐ近くにいるのだ。偽物の感情で繰り広げられている三文芝居などを観ているより、雪乃は早くノムルの下へ行きたかった。
雪乃たちの話など聞いていないと思われていたムダイだったが、ノムルの名前にはぴくりと反応した。
「ヴィヴィ、ノムルさんはどこにいるんだい?」
「お、奥にあるハートマークの部屋から」
恋愛よりも強敵との戦いのほうが、優先度は高いらしい。頬を染めてうっとりとした瞳で見つめているヴィヴィを籠絡し、あっさりと聞きだしてしまった。
「では参りましょう。ノムルさんも待っているでしょうから」
雪乃の声に従うように、カイはすたすたと歩いていく。その後ろを、呆れながらもナルツとマグレーンが付いていく。魔王との決戦を前にして、緊張感は欠片もない。
「僕も行きます!」
「え? ムダイ?!」
ヴィヴィが驚いて目を丸くしているが、ムダイは振り返らないどころか足も止めない。
「ちょっと! どういうことよ、これは?!」
ムダイの背中に向かって、正気に戻ったヴィヴィが地団駄を踏みながら叫んでいる。
「ノムルさんが常識を超えているんだと思っていたけど、ユキノちゃんの周りが常識外れなのかもしれない」
「それ言うと、俺たちも常識から外れていることになるから」
ナルツが出した結論にマグレーンはツッコミを入れたが、自分の行動を顧みて顔をしかめた。
ルモン屈指の魔法使いの家柄に生まれたからこそ嫌でも分かる。自分やナルツが使っている魔法は、すでに常識の枠から外れていると。
「俺も仲間入りしちゃったみたいだ」
「わー? わー」
虚ろな瞳で現実から逃げ出そうとするマグレーンを、マーちゃんは優しく根を摺り寄せて慰めた。
ヴィヴィが言ったハートマークの部屋に、勇者一行は入っていった。中には転移装置が設置されている。
魔力を込めて移動した部屋から出てさらに廊下を進み、辿り着いた先で勇者一行は沈黙した。
魔王の部屋には天井がなく、青い空が覗いている。魔王が支配してからラジン国上空は厚い雲に覆われていたというのに、その空間だけは晴れ渡っていた。
そして視線を下げれば、樹高一メートルほどの木が溢れ返っているではないか。樹人ではなく、普通の木だ。
シンプルな素焼きや木製の植木鉢から、絵付けの施された磁器の植木鉢、魔石がはめ込まれた豪華な植木鉢、埴輪の形をした植木鉢など、統一性の欠片もない植木鉢に、様々な種類の樹木が植えられている。
勇者一行は虚ろになりそうな目を正面奥に動かすが、据えられている玉座に人影はない。
「おとーさんだよー? さあ、おいでー」
頭痛を覚えながらも声のする方へと嫌々ながら視線を動かすと、これまた樹高一メートル前後の樹人の苗たちが、隅に固まって怯えていた。
両手を広げて樹人の苗たちに迫る、変態魔王。
「樹人の子供なら誰でも良いのか?」
カイは蔑むような視線を向ける。
「樹人どころか、ただの木もあるね。ある意味ハーレム?」
呆れたようにムダイが部屋の中の木を見回せば、
「ノムル様……」
と、マグレーンは痛々しいものを見るように顔をゆがめた。そして、
「あ、カンミーが生ってる」
ナルツは部屋を埋め尽くす樹木の一つに反応した。
普段は常識のある優秀な騎士であるはずなのだが、時々食糧に反応する。国外追放の際に放浪したトラウマなのか、それとも冒険者として野宿を繰り返した結果なのか、あるいは騎士の野営訓練の賜物なのかは知らないが。
それはさておき、魔王ノムルである。樹人の苗たちに夢中で、こっちを振り向きもしない。彼の実力を考えれば気付いていないということはないだろう。
脅威ではないと放置されることは実力の差を考えれば仕方ないとしても、あれほど溺愛していた雪乃に反応しないのはと、男たちは魔王から雪乃へと視線を移す。
きゅっと握り締めた小枝が、ふるふると震えていた。
「雪乃……」
カイが労わるように声を掛けるが、雪乃は顔を向けない。じっと、樹人の苗と戯れるノムルを見つめ続けている。実際には襲っているようなものだが。
彼女の心情を察して、男たちは視線を交わす。
何だかんだと言いながら、この小さな樹人の子供は、ノムルに懐き、父娘として共に旅を続けていたのだ。心を許した父親が、自分以外の子供を可愛がっている姿を見ることは、気分の良いものではないだろう。
「えーっと、弟か妹だと考えてみたら?」
樹人に兄弟感情があるのか分からないが、マグレーンが提案した。
びくりと、雪乃の体が揺れて震えが止まる。
「おと、う、と?」
途切れ途切れに漏れ出た声には力がない。
「雪乃?」
カイとナルツは異変に気付いて眉をひそめたが、ムダイとマグレーンは気付かない。
「マグレーンの言うことも一理あるね。雪乃ちゃんとしては違和感もあるかもしれないけど、同じ樹人だし? 樹人の弟……」
雪乃が元人間だと知るムダイは、首を傾げながらもマグレーンの提案に乗る。
「そうだよ。ノムル様を説得すれば、彼らがユキノちゃんの弟や妹になるかもしれないね」
マグレーンは明るい声で語る。
握り締められていた雪乃の小枝から、力が抜けていく。弛緩したように枝が力なく垂れ、小枝も解けていた。
その変化にカイは顔をしかめ、ナルツはなおも楽しげに話すムダイとマグレーンに鋭い視線を向けて、やめるように小さく首を横に動かした。
不思議そうに眉根を寄せるムダイとマグレーンだったが、ナルツに再び強く睨まれて口を噤む。
「そう、ですか」
ひやりと、冷たい声が雪乃からこぼれ出る。今まで彼女からは聞いたことのない、感情を落としきった声だった。
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