『種族:樹人』を選んでみたら 異世界に放り出されたけれど何とかやってます

しろ卯

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魔王復活編

408.答えてください

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「雪乃? 大丈夫か?」

 言い知れぬ不安がカイの胸中を襲い、雪乃を撫でようと手を伸ばす。けれど雪乃はその手を枝で払うとカイの腕から飛び降り、歩きだした。
 フードを取り、魔王ノムルに向かって一歩、また一歩と、ゆっくりと進んでいく。彼女がまとう空気の異様さに、男たちは息を飲んで雪乃を見守る。

「ノムルさん、答えてください」

 真っ直ぐに、雪乃はノムルを見据える。
 捕まえた樹人の苗を抱きしめて頬擦りしていた魔王ノムルが、ゆっくりと振り返る。

「新しい苗か?」

 抱き上げていた樹人の苗を下ろして立ち上がった魔王ノムルは、雪乃へと近付いてくる。
 ナルツたちが間に入ろうとしたが、カイがそれを制した。戸惑うナルツたちだが真剣な表情で雪乃を見つめているカイに、いつでも攻撃できる態勢を維持しながら待機する。
 雪乃はノムルから視線を逸らすと、樹人の苗たちを見る。

「その子たちは、ノムルさんの子供ですか?」
「ああ、そうだ。俺の可愛い娘たちだ」

 耳鳴りが、雪乃を襲う。

『私の家族に近付かないで!』

 かつて生まれたばかりの弟に触れようとしたときに、母から放たれた言葉。それ以来、雪乃は家族と同じ空間に入ることを許されず、食事さえ忘れられる日が増えていった。
 頭の中に響く声に、全身が震え視界が歪むのを、雪乃は葉を食いしばって押さえつける。
 逃げ出したくなる心を奮い立たせて、雪乃は問う。

「私はもう、必要ないのですか? おとーさんの娘じゃなくなったのですか?」

 振り絞って出した声は、震えていた。言い終わるとすぐに視界は暗く閉じ、ノムルの姿を隠した。
 魔王ノムルは動きを止めると、光を失った瞳に雪乃の姿を映し続ける。瞳孔が縮小と拡大を繰り返し、唇が開いては閉じる。

「ユキ、ノ……?」

 魔王の手が、雪乃へと伸びた。だがその直後、

「うあぁぁーーっ?!」

 悲鳴を上げながら頭を抱えて仰け反ると、膝から崩れ落ちた。

「う、ぐぁっ?! ああ、ああぁ――!」
「ノムルさん?!」

 苦しみ出した魔王ノムルの姿に、考えるより前に根が動き出す。

「来るなっ!」

 切り付けるように叫んだノムルの声を聞き、カイが雪乃を抱き上げて距離を取った。

「ノムルさん、大丈夫ですか? カイさん離してください。ノムルさんがっ!」
「落ち着くんだ、雪乃!」

 暴れて腕から逃れようとする雪乃を、カイは必死に抱きしめる。

「マグレーン!」
「分かってるっ! マーちゃんっ!」
「わー!」

 カイが雪乃を回収して戻るなり、マーちゃんの援護を受けたマグレーンが、水の障壁を作り出した。
 水の壁の向こうでは魔王ノムルの魔力が暴走し、雷やら突風やら発火現象やらが起こり、集められた樹木がなぎ倒され、燃えていく。
 ムダイとナルツによって回収されていた樹人の苗たちは、身を寄せ合って震えていた。

「ノムルさん、落ち着いてください! おとーさんっ!」

 雪乃は力の限り叫ぶ。
 枝を突っ張って腕から逃げようとする雪乃の小枝が、カイの腕や顔に引っかき傷を作るが、カイは決して離そうとはしない。
 外に出れば、雪乃まで巻き込まれてしまうことは目に見えていた。

「落ち着くんだ、雪乃」
「でも、だって、ノムルさんが」

 パニックを起こしている雪乃を、カイはぎゅっと抱きしめる。

「雪乃、よく聞くんだ。ノムル殿を抑えられるのは、お前しかいない。だが今のお前では無理だ。冷静になれ」
「――っ!」

 葉を食いしばり、小枝を握り締め、雪乃は視界を閉じる。カイは包み込むように雪乃を抱きしめて、彼女が落ち着くのを待った。
 待っていたのだが、耳に届いた場違いな声に、思わず体から力が抜けた。腕の中にいる樹人の子供からもまた、力が抜けていく。
 くつくつと、それはもう、嬉しくて仕方がないのを必死に我慢しているような、笑い声が聞こえてくる。
 顔を上げた二人の視線の先に映るのは、赤い男。ナルツも眉をひそめ、マグレーンも障壁に魔力を注ぎながら片方の口の端を引きつらせて俯いた。

「マグレーン君、僕を出してください。この暴虐な嵐! 嗚呼、なんと素晴らしい」

 勇者たち一行は事前に打ち合わせていたかのように、揃って肩を落とした。

「ムダイさん、落ち着いてください! あなたまで加わったらって、マーちゃああーん!」
「わーっ!」

 制止する言葉など足止めにもならず、ムダイは障壁を抜け嵐の中へと飛び出していった。
 マーちゃんとマグレーンは必死に障壁を強化し、残り三人は呆然として靡く赤い髪を見送った。

「え、えっと、頭は冷え切りました。ご迷惑をおかけしました」
「気にするな」

 冷えすぎた雪乃の言葉を聞いても、カイに安堵する余裕は残っていなかった。
 水の壁の向こうでは、赤い戦闘狂が魔王に一方的な攻撃を続けている。とはいえ、決して蹂躙しているわけではない。
 頭を抱えて悲鳴を上げ続けるノムルは、反撃どころかムダイを一瞥することさえなかった。
 そのためムダイが一方的に攻撃を仕掛ける状況になっているのだが、ノムルに傷一つ負わせることができずにいる。それどころか荒れ狂う風や水の刃で、体中に浅い傷を負っていた。

「これだけの魔力暴走の中にあって軽い切り傷だけとは。さすがと言うべきなのか?」
「レベルの違いをまざまざと見せ付けられるね。俺たち、必要あったのかな?」
「言わないで。帰りたくなるから」

 呆れながらも状況を見つめるカイの言葉に、ナルツは困ったように頬を掻き、マグレーンはげんなりと項垂れている。雪乃も呆れつつも、ノムルへと視線を向ける。

 悲鳴を上げて苦しむ姿に、罪悪感が雪乃の胸を焦がす。
 本来ならば、ノムルが魔王になる必要はなかったのだ。雪乃と共にいたために、勘違いとはいえノムルは魔王を引き受けてしまった。
 大量の悪意を流し込まれ、心を引き裂かれているのだろう。それなのに……と、雪乃の胸がつきりと痛む。

 苦しんでいるノムルに、雪乃は何と言ったか?
 彼の心に寄り添うのではなく、自分の傷を刃に変えてノムルへと突きつけてしまった。ノムルと『あの人』は違うのに――。

 きゅっと視界を閉じた雪乃は、静かに呼吸を調える。そして再び視界を開いた時、雪乃の心は決まっていた。
 雪乃はカイに床に下ろしてもらうと、一歩、前に進む。

「雪乃?」

 怪訝なカイの声に、ナルツも雪乃へと視線を落とす。

「マグレーンさん、私も出してください」

 三人の男は、ぎょっと目を瞠って雪乃を凝視した。

「カイさんの仰ったとおりです。きっと私しか、ノムルさんを止めることはできません」

 悪意の塊と戦おうとしているノムル。彼が戦う理由は、決まっている。
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