『種族:樹人』を選んでみたら 異世界に放り出されたけれど何とかやってます

しろ卯

文字の大きさ
357 / 385
真相編

409.私が行きます

しおりを挟む
「危険すぎる」
「分かっています。だから――私が行きます」

 と、雪乃はカイたちに向かって、葉をきらめかせた。
 男たちは息を飲む。

「駄目だ、雪乃。ムダイ殿に任せろ」

 カイが止めようとするが、雪乃は幹を左右に振り、これを断った。そして幹をぐるりと回して、周囲を見回す。
 すでに部屋を囲んでいた壁はなく、外との境界は消えている。しかし見える範囲はギルドの内外問わず、嵐に襲われていた。

「このままでは、世界が滅びてしまうかもしれません。これ以上、ノムルさん一人に背負わせるわけにはいきませんから」

 無意識に暴走し、人々を消してしまったアラージの悲劇。ノムルはどれほど傷付き、苦しんだことだろう?
 彼は雪乃が傍にいれば良いと言っていたが、それが真実だとは雪乃には思えなかった。
 失う苦しみを知っているからこそ、ノムルは人を想う心を封印してしまった。そしてその全てを、雪乃に注ぎ込んでしまった。

「大丈夫です。ノムルさんが私に危害を加えるはずがありません」

 フードを取った雪乃は、カイたちに向かって笑うように葉をきらめかす。そして向きを変えると、強い眼差しでノムルを見つめた。

「この世界を失いたくなんてありません。ノムルさんの暴走を、止めてみせます!」

 決意に満ちた樹人の子供の声を聞いて、それ以上は止められなかった。
 三人の男たちは言葉を発することなく雪乃を見つめ続ける。張り詰めた空気が、ふっと和らいだ。

「分かった。一緒に行こう」
「ああ」
「仕方ありません」

 微笑を浮かべる男たちに、雪乃は慌てて振り返る。

「それは駄目です!」

 止めようとする雪乃の頭を、カイが柔らかく叩いた。優しいほほ笑みを浮かべて雪乃を見つめるが、雪乃は幹を横に振り、受け入れない。
 だからと言って、男たちも引き下がるわけにはいかない。表情を引き締めて口を開こうとしたが、先に雪乃の方が言葉を発した。

「大丈夫です。私はノムルさんを信じます。カイさん、ナルツさん、マグレーンさんも、ノムルさんを信じてください」

 雪乃は笑う。そして、するりと水の膜から抜け出した。


 外は思っていた以上の嵐だった。突風に雪乃の葉が数枚抜け落ち、踏ん張っていないと飛ばされそうだ。

「おや? 雪乃ちゃんも参戦ですか?」

 気付いたムダイが眉を跳ねる。

「ヴィヴィさんの誘惑は解けていたんですね。ノムルさんを止めます。もしもの時は――」
「いいですよ。こうも相手にやる気がないと、さすがに面白くないですからね。引き受けましょう」

 ムダイはちろりと舌なめずりする。

「お、お願いします」

 風や水の刃で葉を落とされながら、雪乃はどん引いた。
 そんな雪乃を、ムダイはひょいっと抱え上げる。

「突っ立っていたら、幹まで切り刻まれますよ?」
「かたじけないです」

 雪乃の葉は、ほとんど落ち切っていた。枝も短くなっている。

「ノムルさんの所までお願いします」
「お安い御用です」

 勇者雪乃は赤い戦闘狂の力を借りて、魔王ノムルの下へと向かった。
 風や水の刃が容赦なく斬りつけ、雷や炎が襲う。それら全てをムダイが薙ぎ払い、雪乃をノムルの下へと届ける。

「ノムルさん! 今度は私が、おとーさんを助けますからね!」

 雪乃はノムルに向かって、枝を伸ばす。
 風の刃に傷付けられ、小枝が切り落とされた。樹人ゆえに痛みはあまりないが、それでもわずかに痛む。
 障壁の中から様子を見ていた男たちの表情が歪む。
 
「やはり俺も雪乃の下へ行く」

 カイは駆け出そうとしたが、その腕をナルツに掴まれた。怒気を顕わに睨みつけるが、ナルツは悲しげに眉尻を下げる。

「ユキノちゃんとノムルさんを信じよう」

 そう言ったナルツも握り締めた拳に血をにじませ、必死に自分を押さえつけて成り行きを見届けようとしていた。自分の無力さに、憤りを抱えながら。
 マグレーンは唇を噛みしめ下唇を赤く染めながらも、水の壁に魔力を込め続ける。
 自分たちにできることは雪乃の邪魔をしないことだと、二人は理解していた。

 ナルツとマグレーンの意志を感じ取ったカイは、奥歯を食いしばり気持ちを押さえ込んだ。鋭い狼の目はひたと小さな樹人を追いかける。
 彼らの視線の先で、ムダイはノムルの正面へと回り込む。伸ばした小さな樹人の枝先が、魔王へと届いた。

「ノムルさんっ!」

 その瞬間、ノムルの目が、愛する娘へと動く。

「――ユキ、ノ?」

 開いた瞳孔はすぐに歪んで、泣きそうな笑顔を作って、たった一人の娘へと手を伸ばした。

「ノムルさん」

 雪乃の表情も緩む。ムダイの胸を蹴ってノムルの下へと飛び込んだ。その体が、炎に飲まれた。

「――え?」

 全員が、がく然とした声を漏らす。
 ムダイに抱えられていた時にすでに燃え始めていた火が、火への耐性を持つムダイから離れたことで一気に燃え上がったのだ。

「ユキ、ノ?」

 炎に包まれた樹人の子供を、ノムルは受け止める。

「ノムルさ、約束、守れなくてごめ、なさい。でも一人じゃありませんからね? ムダイさんも、カイさんも、ナルツさんも、マグレーンさんも、そばにいてくれますから。他にも、ローズマリナさんや、ドインさん、ナイオネルさん、たくさんの人が傍にいるんですよ? ちゃんと周りを見てください」

 灰となって崩れていく枝を、雪乃は伸ばす。

「おとーさん、おとーさんにまた会えて、雪乃は幸せでした。ありがと、ござ、ま――」

 短くなった枝がノムルの頬に触れた。

「ま、おうに、なり、ま、す」

 最後の言葉で、雪乃はそれを引き受けた。
 途切れ途切れに発せられた声に引き寄せられるように、黒い霧が魔王ノムルから小さな樹人の体へと流れ込む。
 全ての霧――悪意をその身に移すと、樹人の子供は静かに視界を閉じた。
 からり、と、彼女のポシェットに入っていたはずの聖剣が床を転がり、ノムルに当たる。

「ユキノちゃん?」

 親ばか魔法使いの瞳孔が縮まり、戸惑いに満ちた声がこぼれ落ちた。全ての存在を傷付ける魔力の刃たちは消え、空は青く晴れ渡る。

「ねえ、ユキノちゃん? 起きてよ」

 触れていた枝は、白い灰となって風に飛ばされていく。真っ黒になった幹だけの小さな樹人に、ノムルは訴えた。

「お願いだから、起きてよ」

 何度も何度も叫ぶ彼の瞳からは、透明な雫がこぼれる。

「すぐに治すから、だから――」

 けれど、小さな樹人が再び動き出すことはなかった。
しおりを挟む
感想 933

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界に召喚されたが勇者ではなかったために放り出された夫婦は拾った赤ちゃんを守り育てる。そして3人の孤児を弟子にする。

お小遣い月3万
ファンタジー
 異世界に召喚された夫婦。だけど2人は勇者の資質を持っていなかった。ステータス画面を出現させることはできなかったのだ。ステータス画面が出現できない2人はレベルが上がらなかった。  夫の淳は初級魔法は使えるけど、それ以上の魔法は使えなかった。  妻の美子は魔法すら使えなかった。だけど、のちにユニークスキルを持っていることがわかる。彼女が作った料理を食べるとHPが回復するというユニークスキルである。  勇者になれなかった夫婦は城から放り出され、見知らぬ土地である異世界で暮らし始めた。  ある日、妻は川に洗濯に、夫はゴブリンの討伐に森に出かけた。  夫は竹のような植物が光っているのを見つける。光の正体を確認するために植物を切ると、そこに現れたのは赤ちゃんだった。  夫婦は赤ちゃんを育てることになった。赤ちゃんは女の子だった。  その子を大切に育てる。  女の子が5歳の時に、彼女がステータス画面を発現させることができるのに気づいてしまう。  2人は王様に子どもが奪われないようにステータス画面が発現することを隠した。  だけど子どもはどんどんと強くなって行く。    大切な我が子が魔王討伐に向かうまでの物語。世界で一番大切なモノを守るために夫婦は奮闘する。世界で一番愛しているモノの幸せのために夫婦は奮闘する。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

処理中です...