『種族:樹人』を選んでみたら 異世界に放り出されたけれど何とかやってます

しろ卯

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真相編

410.『GAME OVER』

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『GAME OVER』

 赤い視界に、白抜きのゴシック体だけが浮かぶ。
 ゴーグルを外すと見覚えのある景色が現れた。以前は毎日見ていたはずの、自分の部屋。
 雪乃は視線を落として自分の手を見た。柔らかな肉を皮膚で覆った、人間の手だ。髪は、黒い。着ている服は、緑色のパジャマ。

「嘘、ですよね?」

 慌てて雪乃はゴーグルを被り直し、再度『無題』の世界に入ろうとした。けれど、あの世界には行けなかった。
 『無題』はサービスを終了していて、ログインさえできない。運営に問い合わせようにも、連絡先はどこにも見当たらなかった。

「そんな……」

 雪乃は目の前が真っ白になった。頭の中がぐらぐらと揺れて、世界もぐるぐると回っているようだ。

「ふっ」

 と、声が漏れる。知らぬうちに、双眸から涙があふれていた。
 雪乃を娘と呼んでくれたノムルは、NPCでしかなかったのか。ぴー助も、カイも、マンドラゴラたちも、実際には存在しなかったのか。
 全ては『無題』が見せてくれた夢。現実と錯覚するほどの、リアルな幻想。

 涙はとめどなく流れ落ちる。
 夢を見てしまったから、幸せな世界を垣間見てしまったから、目を逸らしていた痛みに気付いてしまった。

「おとーさん」

 雪乃は顔を両手で覆うと、声を殺して泣き続けた。

 時の流れは雪乃があの世界に行った日――中学校の入学式のまま止まっていた。母親と『普通の』親子を演じなければならなくて、制服を着ようと何度も手を伸ばしたのに触れることもできず、倒れてしまった日。
 気が付いたときには、家の中には誰もいなかった。母はどうしたのだろうと考えると、体が震えだし、現実から逃げるように『無題』の世界に逃げ込んだ。
 そして、ノムルたちに出会った。

 涙も枯れたころ、玄関の戸が開き母の声が聞こえた。雪乃はびくりと体を震わせると、すぐに息を殺して気配を消す。
 母親はそのまま夫婦の部屋に入っていった。彼女は雪乃が家にいることに気付かず、入学式に参加していたようだ。
 さぼったと気付かれなかったことに安心した直後、自分はいなくても本当に構わないのではないかと、雪乃の世界は真っ暗になった。
 あの世界に帰りたいと、雪乃はゴーグルに手を伸ばす。

「そうだ、ムダイさんなら……」

 あの世界にいた、雪乃と同じプレイヤー。彼ならばこの世界に存在しているかもしれない。
 雪乃は急ぎ、ゴーグルを被ってVR世界へとダイブした。けれどそこで思考が止まる。

「どうやって探せばいいの?」

 『無題』の関連サイトを探し、『ムダイ』という名前のプレイヤーを知らないか尋ねたが、その日は彼を見つけることはできなかった。
 虚無感に襲われながらも、雪乃は日常に戻る。

 翌日、登校した雪乃は担任から入学式を無断で休んだ理由を聞かれたが、風邪をひいてしまったと当たり障りのない答えでやり過ごした。
 現実感を持てない日常の中をふわふわと過ごしている内に、いつの間にか半月ほどが経過していた。

「昨日の見た?」
「見た! エン君、格好良過ぎ!」

 いつの間にか休憩時間になり女子生徒たちの声が耳に届いて、雪乃ははたと振り向く。

「エン君……」

 ムダイのもう一つの名前だ。

(そうだ、ムダイさんはアイドルなのでした)

 帰ったらエン君で検索してみようと、雪乃は光明を得た気がした。アイドルに会えるかどうかは分からないが、どこにいるか分からない一般人を探すよりも、ずっと会える可能性は高いだろう。
 少し元気を取り戻した雪乃は、授業が終わると急いで四角い校舎を出る。
 校門の辺りで女子生徒たちが騒いでいる姿が目に入った。

「ちょっと、あの人格好よくない?」
「誰? モデル? 外国人だよね? 観光?」
「こっち見てるよ? 声掛けてみる?」

 だがそんな話、雪乃は興味がない。気にせず校門を出て家路を急ごうとしたのだが、

「ユキノちゃん!」

 と、声を掛けられた。考えるよりも先に、身体が反応する。
 まさかと思うより早く首が回り、その姿を映した途端に安心して崩れかけた雪乃を、彼の手が支える。

「なん、で?」

 疑問に満ちた雪乃の視線を受けて優しげな茶色の瞳が細まり、彼は困ったように笑う。

「大丈夫? 具合が悪そうだけど」
「だ、大丈夫です」

 慌てて彼から離れて立つ。周囲から注目を浴びていたが、雪乃の頭の中はそれどころではなかった。
 なぜ彼がここにいるのか、どうやってここにきたのか、あの世界は本当にあったのか――。
 様々な疑問が渦巻いて思考が定まらず、問いかけることさえできない。ただ一つ、雪乃は確かめるために口を動かし声を出す。

「ナルツさん、ですよね? なぜここに?」

 彼はふわりとほほ笑んだ。

「ユキノちゃんを探しにきたんだよ。ムダイさんもいる。一緒に来てくれるかな?」

 雪乃に迷いなどなかった。すぐに頷くと、彼と共に歩きだした。後ろで生徒たちが騒いでいるが耳には届かない。
 ナルツは学校から少し離れた場所にある喫茶店に、雪乃を案内した。扉の前で雪乃は急にどきどきし始める。

 この扉をくぐれば、再びあの世界とつながる方法が手に入るかもしれないのだ。そして、雪乃は喫茶店に入るのは初めてだった。
 大人への一歩を踏み出すようで、雪乃は期待と緊張で体が強張る。
 そんな雪乃の緊張など気にせず、ナルツはガラス戸を押した。からりと鈴の音がして、雪乃は促がされるまま中に入りナルツと共に一人の男が座る席に向かう。

「お待たせしました」
「ああ。ということは、その子が雪乃ちゃん?」

 雪乃はきょとんと瞬き、コーヒーを飲んでいた男をしげしげと上から下まで観察する。
 白いシャツに藍色のジーンズを履き、茶色のベストというシンプルな服装の上には、帽子とサングラスでは隠せない整った顔が乗っかっている。そしてこの国では一般的な黒い髪は、首の後ろでちょこんと拳ほどの長さだけが括られていた。

「赤くありません」

 思わず雪乃は呟いた。
 ひくりと、男の口元が歪む。

「君たちさ、僕を色で判断していたの?」

 どうやらナルツも同じ感想を口にしたようだ。雪乃とナルツはそっと彩りを手に入れた男から顔をそらす。
 口の端がひくひくと震えていたムダイだが、二人が席に座るとメニューを勧めた。

「どれでも自由に選びなよ。食べ物好きでしょう?」

 食べることのできない樹人になっても、雪乃の食への感心は貪欲だったことをムダイは知っている。
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