358 / 385
真相編
410.『GAME OVER』
しおりを挟む『GAME OVER』
赤い視界に、白抜きのゴシック体だけが浮かぶ。
ゴーグルを外すと見覚えのある景色が現れた。以前は毎日見ていたはずの、自分の部屋。
雪乃は視線を落として自分の手を見た。柔らかな肉を皮膚で覆った、人間の手だ。髪は、黒い。着ている服は、緑色のパジャマ。
「嘘、ですよね?」
慌てて雪乃はゴーグルを被り直し、再度『無題』の世界に入ろうとした。けれど、あの世界には行けなかった。
『無題』はサービスを終了していて、ログインさえできない。運営に問い合わせようにも、連絡先はどこにも見当たらなかった。
「そんな……」
雪乃は目の前が真っ白になった。頭の中がぐらぐらと揺れて、世界もぐるぐると回っているようだ。
「ふっ」
と、声が漏れる。知らぬうちに、双眸から涙があふれていた。
雪乃を娘と呼んでくれたノムルは、NPCでしかなかったのか。ぴー助も、カイも、マンドラゴラたちも、実際には存在しなかったのか。
全ては『無題』が見せてくれた夢。現実と錯覚するほどの、リアルな幻想。
涙はとめどなく流れ落ちる。
夢を見てしまったから、幸せな世界を垣間見てしまったから、目を逸らしていた痛みに気付いてしまった。
「おとーさん」
雪乃は顔を両手で覆うと、声を殺して泣き続けた。
時の流れは雪乃があの世界に行った日――中学校の入学式のまま止まっていた。母親と『普通の』親子を演じなければならなくて、制服を着ようと何度も手を伸ばしたのに触れることもできず、倒れてしまった日。
気が付いたときには、家の中には誰もいなかった。母はどうしたのだろうと考えると、体が震えだし、現実から逃げるように『無題』の世界に逃げ込んだ。
そして、ノムルたちに出会った。
涙も枯れたころ、玄関の戸が開き母の声が聞こえた。雪乃はびくりと体を震わせると、すぐに息を殺して気配を消す。
母親はそのまま夫婦の部屋に入っていった。彼女は雪乃が家にいることに気付かず、入学式に参加していたようだ。
さぼったと気付かれなかったことに安心した直後、自分はいなくても本当に構わないのではないかと、雪乃の世界は真っ暗になった。
あの世界に帰りたいと、雪乃はゴーグルに手を伸ばす。
「そうだ、ムダイさんなら……」
あの世界にいた、雪乃と同じプレイヤー。彼ならばこの世界に存在しているかもしれない。
雪乃は急ぎ、ゴーグルを被ってVR世界へとダイブした。けれどそこで思考が止まる。
「どうやって探せばいいの?」
『無題』の関連サイトを探し、『ムダイ』という名前のプレイヤーを知らないか尋ねたが、その日は彼を見つけることはできなかった。
虚無感に襲われながらも、雪乃は日常に戻る。
翌日、登校した雪乃は担任から入学式を無断で休んだ理由を聞かれたが、風邪をひいてしまったと当たり障りのない答えでやり過ごした。
現実感を持てない日常の中をふわふわと過ごしている内に、いつの間にか半月ほどが経過していた。
「昨日の見た?」
「見た! エン君、格好良過ぎ!」
いつの間にか休憩時間になり女子生徒たちの声が耳に届いて、雪乃ははたと振り向く。
「エン君……」
ムダイのもう一つの名前だ。
(そうだ、ムダイさんはアイドルなのでした)
帰ったらエン君で検索してみようと、雪乃は光明を得た気がした。アイドルに会えるかどうかは分からないが、どこにいるか分からない一般人を探すよりも、ずっと会える可能性は高いだろう。
少し元気を取り戻した雪乃は、授業が終わると急いで四角い校舎を出る。
校門の辺りで女子生徒たちが騒いでいる姿が目に入った。
「ちょっと、あの人格好よくない?」
「誰? モデル? 外国人だよね? 観光?」
「こっち見てるよ? 声掛けてみる?」
だがそんな話、雪乃は興味がない。気にせず校門を出て家路を急ごうとしたのだが、
「ユキノちゃん!」
と、声を掛けられた。考えるよりも先に、身体が反応する。
まさかと思うより早く首が回り、その姿を映した途端に安心して崩れかけた雪乃を、彼の手が支える。
「なん、で?」
疑問に満ちた雪乃の視線を受けて優しげな茶色の瞳が細まり、彼は困ったように笑う。
「大丈夫? 具合が悪そうだけど」
「だ、大丈夫です」
慌てて彼から離れて立つ。周囲から注目を浴びていたが、雪乃の頭の中はそれどころではなかった。
なぜ彼がここにいるのか、どうやってここにきたのか、あの世界は本当にあったのか――。
様々な疑問が渦巻いて思考が定まらず、問いかけることさえできない。ただ一つ、雪乃は確かめるために口を動かし声を出す。
「ナルツさん、ですよね? なぜここに?」
彼はふわりとほほ笑んだ。
「ユキノちゃんを探しにきたんだよ。ムダイさんもいる。一緒に来てくれるかな?」
雪乃に迷いなどなかった。すぐに頷くと、彼と共に歩きだした。後ろで生徒たちが騒いでいるが耳には届かない。
ナルツは学校から少し離れた場所にある喫茶店に、雪乃を案内した。扉の前で雪乃は急にどきどきし始める。
この扉をくぐれば、再びあの世界とつながる方法が手に入るかもしれないのだ。そして、雪乃は喫茶店に入るのは初めてだった。
大人への一歩を踏み出すようで、雪乃は期待と緊張で体が強張る。
そんな雪乃の緊張など気にせず、ナルツはガラス戸を押した。からりと鈴の音がして、雪乃は促がされるまま中に入りナルツと共に一人の男が座る席に向かう。
「お待たせしました」
「ああ。ということは、その子が雪乃ちゃん?」
雪乃はきょとんと瞬き、コーヒーを飲んでいた男をしげしげと上から下まで観察する。
白いシャツに藍色のジーンズを履き、茶色のベストというシンプルな服装の上には、帽子とサングラスでは隠せない整った顔が乗っかっている。そしてこの国では一般的な黒い髪は、首の後ろでちょこんと拳ほどの長さだけが括られていた。
「赤くありません」
思わず雪乃は呟いた。
ひくりと、男の口元が歪む。
「君たちさ、僕を色で判断していたの?」
どうやらナルツも同じ感想を口にしたようだ。雪乃とナルツはそっと彩りを手に入れた男から顔をそらす。
口の端がひくひくと震えていたムダイだが、二人が席に座るとメニューを勧めた。
「どれでも自由に選びなよ。食べ物好きでしょう?」
食べることのできない樹人になっても、雪乃の食への感心は貪欲だったことをムダイは知っている。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界に召喚されたが勇者ではなかったために放り出された夫婦は拾った赤ちゃんを守り育てる。そして3人の孤児を弟子にする。
お小遣い月3万
ファンタジー
異世界に召喚された夫婦。だけど2人は勇者の資質を持っていなかった。ステータス画面を出現させることはできなかったのだ。ステータス画面が出現できない2人はレベルが上がらなかった。
夫の淳は初級魔法は使えるけど、それ以上の魔法は使えなかった。
妻の美子は魔法すら使えなかった。だけど、のちにユニークスキルを持っていることがわかる。彼女が作った料理を食べるとHPが回復するというユニークスキルである。
勇者になれなかった夫婦は城から放り出され、見知らぬ土地である異世界で暮らし始めた。
ある日、妻は川に洗濯に、夫はゴブリンの討伐に森に出かけた。
夫は竹のような植物が光っているのを見つける。光の正体を確認するために植物を切ると、そこに現れたのは赤ちゃんだった。
夫婦は赤ちゃんを育てることになった。赤ちゃんは女の子だった。
その子を大切に育てる。
女の子が5歳の時に、彼女がステータス画面を発現させることができるのに気づいてしまう。
2人は王様に子どもが奪われないようにステータス画面が発現することを隠した。
だけど子どもはどんどんと強くなって行く。
大切な我が子が魔王討伐に向かうまでの物語。世界で一番大切なモノを守るために夫婦は奮闘する。世界で一番愛しているモノの幸せのために夫婦は奮闘する。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ
ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。
間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。
多分不具合だとおもう。
召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。
そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます
◇
四巻が販売されました!
今日から四巻の範囲がレンタルとなります
書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます
追加場面もあります
よろしくお願いします!
一応191話で終わりとなります
最後まで見ていただきありがとうございました
コミカライズもスタートしています
毎月最初の金曜日に更新です
お楽しみください!
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる