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28.なぜ大陸に来た?
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「なぜ大陸に来た?」
正確性を高めるために、問いを重ねる。
少年は考えるように視線を泳がせたが、結局口を開いた。
「獣人が人間に隷属させられているとの情報を得たので、救い出すために」
「怪我をしたのはその奴隷か?」
「情報が古かったようで、既にいなかった。けれど仲間が罠に掛かり深手を負った」
愚かだ、とノムルは思った。
獣人は仲間意識が強く、隷属させられている獣人の情報が流れると、取り返すためにやってくるという迷信のような噂がある。
そのため本当に獣人を飼っている人間は、決して情報を外には漏らさないよう細心の注意をする。
逆に獣人を望む人間はその世迷いごとを逆手にとって、獣人を飼っていると故意に噂を流し、獣人が自ら現れるのを待つ。
目の前にいる年若い獣人は、そのことに気付いていないようだ。
「で、お前は何をやっているんだ?」
思考に沈みそうになる意識をそらすために、ノムルはあえて話題を変えた。
左手に視線を落とすと、樹人の幼木が揺れている。ぴたりと止まった樹人の幹が、気のせいかローブ越しに湿ってきた。
じっと見下ろしていると、幹をひねって顔をノムルと反対側に回し、視線を合わせようとしない。
「何をやっていたんだ?」
顔の高さまで持ち上げて、にっこりと笑んでやる。
葉に浮かぶ露が、汗のように見える。
「何もしていませんよ?」
澄ました声が返ってきたが、そのままじいっと見つめ続けていると、今度は草笛を吹きだした。あくまでも誤魔化す気らしい。
特に害もないので無理に聞き出す必要もないかと、ノムルは腕を下げる。
ほっと安堵したような声が耳に届くと、再びユキノは揺れ出した。どうやら揺れが気に入ったらしい。
思いっきり振ってみようかと意地悪い気持ちが芽生えたが、出会った当初のように怯えられたらと思うと、腕が動かなかった。
「まあいい。条件を飲むなら手を貸してやってもいい」
「あなたは治癒魔法を使えるのですか?」
当然の問いだが、ノムルは苦く顔を歪めた。
この大陸に住む魔法使いたちが使う魔法で、ノムルに使えない魔法など無いに等しい。当然だが治癒魔法も使える。
けれどノムルには大きな欠点があった。莫大な魔力は、その威力もまた大きすぎる。
傷を癒す治癒魔法は、繊細な魔法だ。彼の魔力を使うと治癒を超えて異形へと姿を変えてしまうことも多く、破裂したこともある。
「使えることは使えるが、俺の魔法は乱暴だ。患者の体が持つかどうかの保証はできないぞ」
正直に答えれば、獣人は強張っていた表情を和らげた。
「それで構わない。どちらにせよこのままでは死を待つだけだ。俺にできることならどんな条件も飲もう」
条件を聞く前から承諾するというあまりに青く拙い姿に、ノムルは苛立つ。
言質を取られてしまえば、どんな無理難題を突き付けられるか分からない。それこそ仲間を助けることと引き換えに、隷属させられる可能性だってあるのだ。
奴隷となることがどういうことか、救いのない世界があるなどと、彼は想像はできでも本当には理解できないのだろう。
隷属は契約であり、体に刻まれる。どれほどの力を持つ者も、一度結んでしまえは主が解除しない限り解放されることはない。
どんな理不尽な命令も逆らうことは許されず、それこそ自らの命も、主の気分一つで簡単に奪われるのだ。
ノムルの感情が昏く変化したことに気付いたのか、獣人は慌てて言葉を繕う。
「軽い気持ちで言っているわけではない。俺たちは家族を大切にする。仲間の命を救えるならば、どんな苦難であろうと耐える覚悟はある」
一点の曇りも見えない真っ直ぐな瞳をぶつけてくる少年は、本心から言っているのだろう。まぶたを伏せたノムルの脳裏は、赤く焼けただれていくようだった。
正確性を高めるために、問いを重ねる。
少年は考えるように視線を泳がせたが、結局口を開いた。
「獣人が人間に隷属させられているとの情報を得たので、救い出すために」
「怪我をしたのはその奴隷か?」
「情報が古かったようで、既にいなかった。けれど仲間が罠に掛かり深手を負った」
愚かだ、とノムルは思った。
獣人は仲間意識が強く、隷属させられている獣人の情報が流れると、取り返すためにやってくるという迷信のような噂がある。
そのため本当に獣人を飼っている人間は、決して情報を外には漏らさないよう細心の注意をする。
逆に獣人を望む人間はその世迷いごとを逆手にとって、獣人を飼っていると故意に噂を流し、獣人が自ら現れるのを待つ。
目の前にいる年若い獣人は、そのことに気付いていないようだ。
「で、お前は何をやっているんだ?」
思考に沈みそうになる意識をそらすために、ノムルはあえて話題を変えた。
左手に視線を落とすと、樹人の幼木が揺れている。ぴたりと止まった樹人の幹が、気のせいかローブ越しに湿ってきた。
じっと見下ろしていると、幹をひねって顔をノムルと反対側に回し、視線を合わせようとしない。
「何をやっていたんだ?」
顔の高さまで持ち上げて、にっこりと笑んでやる。
葉に浮かぶ露が、汗のように見える。
「何もしていませんよ?」
澄ました声が返ってきたが、そのままじいっと見つめ続けていると、今度は草笛を吹きだした。あくまでも誤魔化す気らしい。
特に害もないので無理に聞き出す必要もないかと、ノムルは腕を下げる。
ほっと安堵したような声が耳に届くと、再びユキノは揺れ出した。どうやら揺れが気に入ったらしい。
思いっきり振ってみようかと意地悪い気持ちが芽生えたが、出会った当初のように怯えられたらと思うと、腕が動かなかった。
「まあいい。条件を飲むなら手を貸してやってもいい」
「あなたは治癒魔法を使えるのですか?」
当然の問いだが、ノムルは苦く顔を歪めた。
この大陸に住む魔法使いたちが使う魔法で、ノムルに使えない魔法など無いに等しい。当然だが治癒魔法も使える。
けれどノムルには大きな欠点があった。莫大な魔力は、その威力もまた大きすぎる。
傷を癒す治癒魔法は、繊細な魔法だ。彼の魔力を使うと治癒を超えて異形へと姿を変えてしまうことも多く、破裂したこともある。
「使えることは使えるが、俺の魔法は乱暴だ。患者の体が持つかどうかの保証はできないぞ」
正直に答えれば、獣人は強張っていた表情を和らげた。
「それで構わない。どちらにせよこのままでは死を待つだけだ。俺にできることならどんな条件も飲もう」
条件を聞く前から承諾するというあまりに青く拙い姿に、ノムルは苛立つ。
言質を取られてしまえば、どんな無理難題を突き付けられるか分からない。それこそ仲間を助けることと引き換えに、隷属させられる可能性だってあるのだ。
奴隷となることがどういうことか、救いのない世界があるなどと、彼は想像はできでも本当には理解できないのだろう。
隷属は契約であり、体に刻まれる。どれほどの力を持つ者も、一度結んでしまえは主が解除しない限り解放されることはない。
どんな理不尽な命令も逆らうことは許されず、それこそ自らの命も、主の気分一つで簡単に奪われるのだ。
ノムルの感情が昏く変化したことに気付いたのか、獣人は慌てて言葉を繕う。
「軽い気持ちで言っているわけではない。俺たちは家族を大切にする。仲間の命を救えるならば、どんな苦難であろうと耐える覚悟はある」
一点の曇りも見えない真っ直ぐな瞳をぶつけてくる少年は、本心から言っているのだろう。まぶたを伏せたノムルの脳裏は、赤く焼けただれていくようだった。
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