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85.飛竜は俺が対処する
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「さっきの話だが」
防音障壁を解除したノムルは、冒険者たちに声を掛ける。何を言い出すのかと、彼らが緊張したのが分かる。
「飛竜は俺が対処する。お前らは当初の予定通り、この馬車の護衛を続けてオーレンに向かってくれ」
「わ、私も手伝います」
「いらない」
拝むように手を組んで目を輝かせるサドナを、間髪入れずにばっさりと拒否した。
ノムルとサドナでは、圧倒的に力が違いすぎる。それは大人と子供どころか、ゾウとテントウムシほども違う。
サドナが残れば彼を守らねばならなくなり、使う魔法も広範囲に被害が及ばないよう、制限されてしまう。邪魔にはなっても手助けにはならない。
それに、ユキノの存在を知られかねないというリスクまで出てくるのだから。
しょんぼりと肩を落とすサドナは放っておいて、ノムルは冒険者たちのリーダー的立場にいる、ガラサに承諾を求めるため視線を向けた。
「相手は飛竜だぞ? 気付かれれば集中攻撃を受け、逃げ道はない」
「問題ないね。竜種くらい、一人で屠れる」
ガラサとエイザンの表情が陰る。
剣が折れることもある頑丈な皮膚を持つ巨体の魔物だ。討伐するとなれば、軍が派遣されることも珍しくはない。
ノムルが噂に聞く最強の魔法使いだとしても、一人で対処できるとは思えなかったのだろう。強がっていると思われたのかもしれない。
「いざというときに敵意を逸らさせるために、せめてもう一人は連れて行ったほうがいい」
「必要ない。ブレス一発で命を落としかねないような奴、足手まといでしかない」
「おいおい」
食い下がるガラサに容赦なく答えれば、エイザンが呆れたように顔をしかめた。サドナはうっとりとした顔でノムルの言動を観賞している。
気色の悪い視線に眉をひそめて一瞥したが、その瞬間にサドナの頬が紅潮したので、視界から押しだした。見てはいけなかったようだ。
御者台で腕を組み、ガラサが唸る。
「分かった。ではノムルさんに任せよう。お嬢ちゃんはちゃんと俺たちがオーレンまで送り届けておくよ」
「は? 何言ってんだ? なんでこいつをお前に預けないといけないんだ?」
苦悶の表情で声を絞り出したガラサに対して、苛立ちのこもるノムルの声が返される。
「いやいや、最強の魔法使いサマはとにかくとして、そんなチビを連れていくのは駄目だろ?」
すかさずエイザンがつっかかってきた。
「本気で何言ってるわけ? 俺が飛竜ごときに後れを取るとでも思ってるの?」
ノムルの口角が吊り上がり、額に青筋が浮かぶ。立て掛けていた杖に、手が伸びた。
「あのな、竜種なんて人間が相手できる存在じゃないんだよ。あんたの暴走に、そんな小さいガキを巻き込む、な?」
視界が真っ白に染まり、地響きを伴う雷鳴が轟く。直近に十も二十もまとめて落ちたような衝撃と轟音に、危険に身を置く者たちはとっさに伏せた。
「おとーさん、どーどーですよ。落ち着いてください」
隣に座っていたユキノが、ノムルの背中を優しく撫でる。
まぶたを落としたノムルは、深くゆっくりと呼吸を繰り返した。
「大丈夫ですよ。おとーさんが強いことも優しいことも、ユキノは知っています。だから、悲しまないでください」
細い幹がノムルの腕にくっ付き、枝は彼を包むように広がる。短い枝では背中と腹に何とか届いた程度だったが。
ぽんぽんと優しく背中を叩かれるにつれて、心を染める苛立ちが、頭を叩くような耳鳴りが、消えていく。
枝の中から腕を抜き出すと、ノムルはその手を樹人の背中に回して引き寄せた。
「もう大丈夫だ」
「はい、おとーさん」
きらきらと輝く葉を見て、きつくなっていたノムルの表情が和らぐ。
防音障壁を解除したノムルは、冒険者たちに声を掛ける。何を言い出すのかと、彼らが緊張したのが分かる。
「飛竜は俺が対処する。お前らは当初の予定通り、この馬車の護衛を続けてオーレンに向かってくれ」
「わ、私も手伝います」
「いらない」
拝むように手を組んで目を輝かせるサドナを、間髪入れずにばっさりと拒否した。
ノムルとサドナでは、圧倒的に力が違いすぎる。それは大人と子供どころか、ゾウとテントウムシほども違う。
サドナが残れば彼を守らねばならなくなり、使う魔法も広範囲に被害が及ばないよう、制限されてしまう。邪魔にはなっても手助けにはならない。
それに、ユキノの存在を知られかねないというリスクまで出てくるのだから。
しょんぼりと肩を落とすサドナは放っておいて、ノムルは冒険者たちのリーダー的立場にいる、ガラサに承諾を求めるため視線を向けた。
「相手は飛竜だぞ? 気付かれれば集中攻撃を受け、逃げ道はない」
「問題ないね。竜種くらい、一人で屠れる」
ガラサとエイザンの表情が陰る。
剣が折れることもある頑丈な皮膚を持つ巨体の魔物だ。討伐するとなれば、軍が派遣されることも珍しくはない。
ノムルが噂に聞く最強の魔法使いだとしても、一人で対処できるとは思えなかったのだろう。強がっていると思われたのかもしれない。
「いざというときに敵意を逸らさせるために、せめてもう一人は連れて行ったほうがいい」
「必要ない。ブレス一発で命を落としかねないような奴、足手まといでしかない」
「おいおい」
食い下がるガラサに容赦なく答えれば、エイザンが呆れたように顔をしかめた。サドナはうっとりとした顔でノムルの言動を観賞している。
気色の悪い視線に眉をひそめて一瞥したが、その瞬間にサドナの頬が紅潮したので、視界から押しだした。見てはいけなかったようだ。
御者台で腕を組み、ガラサが唸る。
「分かった。ではノムルさんに任せよう。お嬢ちゃんはちゃんと俺たちがオーレンまで送り届けておくよ」
「は? 何言ってんだ? なんでこいつをお前に預けないといけないんだ?」
苦悶の表情で声を絞り出したガラサに対して、苛立ちのこもるノムルの声が返される。
「いやいや、最強の魔法使いサマはとにかくとして、そんなチビを連れていくのは駄目だろ?」
すかさずエイザンがつっかかってきた。
「本気で何言ってるわけ? 俺が飛竜ごときに後れを取るとでも思ってるの?」
ノムルの口角が吊り上がり、額に青筋が浮かぶ。立て掛けていた杖に、手が伸びた。
「あのな、竜種なんて人間が相手できる存在じゃないんだよ。あんたの暴走に、そんな小さいガキを巻き込む、な?」
視界が真っ白に染まり、地響きを伴う雷鳴が轟く。直近に十も二十もまとめて落ちたような衝撃と轟音に、危険に身を置く者たちはとっさに伏せた。
「おとーさん、どーどーですよ。落ち着いてください」
隣に座っていたユキノが、ノムルの背中を優しく撫でる。
まぶたを落としたノムルは、深くゆっくりと呼吸を繰り返した。
「大丈夫ですよ。おとーさんが強いことも優しいことも、ユキノは知っています。だから、悲しまないでください」
細い幹がノムルの腕にくっ付き、枝は彼を包むように広がる。短い枝では背中と腹に何とか届いた程度だったが。
ぽんぽんと優しく背中を叩かれるにつれて、心を染める苛立ちが、頭を叩くような耳鳴りが、消えていく。
枝の中から腕を抜き出すと、ノムルはその手を樹人の背中に回して引き寄せた。
「もう大丈夫だ」
「はい、おとーさん」
きらきらと輝く葉を見て、きつくなっていたノムルの表情が和らぐ。
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