上 下
14 / 110

14.一番可能性として高いのは

しおりを挟む
 一番可能性として高いのは、親に連れられてヨルド山脈まで行ったが、魔物に親が食われたというパターンだろうか。
 けれどヨルド山脈の麓にあるルドンからサゾンまで、五歳かそこらの子供が魔物から身を護りながら辿り着くなど、説明が付かない。
 
 ――いや、魔物除けの香を焚いていたのなら、もしかすると。

 魔物除けの香は高価な上に、使い方を誤れば却って魔物を引き寄せてしまうこともあるため、あまり使われない代物だ。
 だが薬草の知識があり、貴重と思われる薬をためらわずに使っている彼女ならば、ふんだんに香を使ってしのいだとしても不思議ではないだろう。

 そこまで考えたノムルだったが、すぐに打ち消した。
 仮に魔物と遭遇しなくても、大人の足でも三日は掛かる道程を、幼い少女が一人で踏破したとは考えづらい。

「この町の子?」
「いえ……」

 冒険者の男に、幼女を困らせようなどという気持ちはないのだろう。だが引き下がらない男は無自覚に、彼女を追い込んでいく。
 とうとう彼女は治療を切り上げて立ち上がった。けれど逃げるにはすでに遅過ぎた。とうに彼女の周りには冒険者や兵士たちが集まり、包囲網が出来上がっている。

 そこでノムルは考えるのをやめて動いた。優しげな笑顔を貼り付け、人だかりの後ろから声を掛ける。

「こんな所にいたのー? 勝手にうろついたら、危ないでしょう?」
「え?」

 幼女から戸惑いの声が零れたが、ノムルは動揺など欠片も見せることなく、振り返った冒険者や兵士たちが譲った道を進む。
 まるで彼女とは長年の付き合いであり、彼女の側にいるのが当然であるかのように、自然な動作で幼女のもとに辿り着いた。

「あんたがこの子の親か?」

 幼女に詰め寄っていた男も振り返り、ノムルを帽子の天辺から靴先まで、探るように視線を動かす。
 人を疑い観察するのは、厄介ごとに巻き込まれやすい冒険者なら、自然と身に付けてしまう技能だ。そしてまた、そんな視線に慣れているものである。
 だからノムルも特に不快感など覚えない。向けられた視線を軽く流し、男に体を向ける。

「ああ。うちの娘に何か用?」

 道化は平然と嘘を吐く。それが真実だと、周囲に錯覚させるように。
 幼い少女が一人で行動しているはずがない。近くに保護者がいるはずだ――。そんな人間たちの心理が、嘘を見抜く力を鈍らせているのを利用して、彼女の親を演じる。

「実は――」

 男は腹部に深手を負ったが、幼女の手当てで一命を取り留めたのだと、感謝の気持ちを込めて熱く語った。
 面倒だと思う本音を笑顔の下に隠して、ノムルは男の説明に耳を貸すふりをする。彼の意識は目の前で喋り続ける男ではなく、足下で困惑している幼女に集中していた。
 演技の邪魔をさせるわけにはいかない。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

悪の組織の一番の嫌われ者のパートだ

青春 / 連載中 24h.ポイント:710pt お気に入り:17

川と海をまたにかけて

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:71pt お気に入り:0

ホロボロイド

SF / 連載中 24h.ポイント:191pt お気に入り:0

アンバー・カレッジ奇譚

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:92pt お気に入り:0

喧嘩やめたカップル 愛犬の死

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

melt(ML)

BL / 連載中 24h.ポイント:142pt お気に入り:13

蝶の羽ばたき

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:3

処理中です...