防空戦艦大和        太平洋の嵐で舞え

みにみ

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大東亜の快進

揺れる巨艦

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1941年12月8日、太平洋の夜明けは
突然の咆哮と共に訪れた。ハワイ真珠湾への奇襲攻撃を皮切りに
大日本帝国陸海軍はイギリス、アメリカ、オランダといった列強に対し
宣戦を布告したのである。ここに、太平洋戦争が勃発した。
その激動の渦中、日本海軍の秘匿兵器として建造されてきた一号艦
「大和」と命名された巨艦は、その公試運転を終え
まさにその日、連合艦隊旗艦として就役した。

大和の就役は、極秘裡に進められた建造の完了を意味していた。
しかし、その存在は依然として国民に知らされることはなく
限られた海軍上層部、そして建造に携わった一部の技術者や工廠関係者のみが
その全容を把握していた。彼らの間では、この未曽有の巨艦が
来るべき戦いをどのように彩るのか、大きな期待と
同時に拭い切れない懐疑的な視線が交錯していたのである。



就役したばかりの「大和」は、その威容を艦隊司令部に知らしめた。
全長270メートル、全幅38メートルという巨体は
これまでのいかなる戦艦をも凌駕する規模であり、
その喫水線下には、幾重にも張り巡らされた分厚い装甲が、
まるで鋼鉄の城壁のようにそびえ立っていた。そして
甲板上には、三基九門の46cm三連装主砲が威圧的にその巨砲を天に向け
まさに「世界最強の矛」としての存在感を誇示していた。

しかし、その「矛」の傍らには、もう一つの顔があった。
九八式10cm高角砲が12基、そして九六式25mm三連装機銃が40基120門という、
従来の戦艦では考えられないほど多数の対空火器が
艦の各所に隙間なく配置されていたのである。これらの対空兵装は、
主砲に匹敵するほどの存在感を放ち、大和が単なる巨砲を搭載した戦艦ではない、
「究極の防空艦」としての側面をも有していることを物語っていた。

大和が連合艦隊旗艦に選ばれたのは、
その巨大な艦体が十分な居住スペースと司令部施設を提供できたこと、
そして何よりも、日本海軍がこの艦に寄せる絶対的な信頼の証であった。
しかし、その信頼の中にも、ある種の矛盾がはらまれていた。
海軍内部の大艦巨砲主義者たちは、大和をあくまで艦隊決戦の主役、
敵艦隊を粉砕する「決戦兵器」として認識していた。
彼らにとって、多数の対空火器は、巨砲を守るための「盾」に過ぎず、
その真の価値は46cm主砲の威力にこそあると考えていたのである。

一方で、航空主兵論者たちは、その対空兵装こそが大和の真価であると考えていた。
彼らは、航空機の脅威が日増しに高まる中で、
これほど大量かつ高性能な対空火器を備えた艦の存在こそが、
将来の海戦の行方を左右すると信じていた。彼らは、大和を単独で運用するよりも、
空母機動部隊に随伴させ、その防空能力によって艦隊全体を守る
「防空の要」として活用すべきだと主張した。

このように、大和は就役の時点から、
海軍内部の二つの異なる戦略思想の象徴であり、
その真の役割と運用方針を巡っては、様々な議論が繰り広げられていたのである。
そして、その存在は、開戦の咆哮が響き渡る中、
依然として秘匿され続けていた。国民に知らされれば、
その巨大さに熱狂し、希望を抱くだろう。だが、同時にその脆弱性や
運用上の課題も浮上しかねない。何よりも、その究極の性能を
仮想敵国に悟られることは、日本の戦略的優位性を損なうことに繋がりかねなかった。
大和は、日本の切り札として、その真の力を隠し持ったまま、
歴史の表舞台に登場することになる。



大和の艦内では、就役直後から乗員たちによる
苛烈な訓練が開始された。彼らにとって、この艦は従来のいかなる軍艦とも異なる、
未知の存在であった。特に、多数の対空火器とそれらを制御する
複雑な射撃管制システムは、多くの乗員にとって初めて触れる技術であり、
その習熟には膨大な時間と労力を要した。

対空戦闘指揮官である井上少佐は、
この艦の対空能力に並々ならぬ期待を抱いていた。
彼は、航空主兵論の信奉者であり、将来の海戦においては
航空機が主役となることを確信していた。大和に搭載された
九八式10cm高角砲の性能の高さ、そして理論上では圧倒的な弾幕を形成しうる
25mm機銃の数を前に、彼はこの艦こそが、将来の航空攻撃から
日本艦隊を守る最後の砦となると信じていた。
彼は、訓練中、各砲員やレーダー員、測的員たちに、
従来の対空戦闘の常識を覆すような、より高速で、より正確な射撃を求めた。
シミュレーション上では、大和は想像を絶する数の航空機を撃墜しうる能力を示していた。

「この艦は、単なる戦艦ではない。空飛ぶ敵を焼き払う、まさに『空の要塞』なのだ」

井上少佐は、部下たちにそう言い聞かせ、彼らの士気を鼓舞した。
しかし、同時に彼の中には、拭い切れない不安も存在した。
シミュレーション上の成果はあくまで机上の計算であり、
実戦において、果たしてこれほど複雑なシステムが、
激しい航空攻撃の最中に完璧に機能し続けるのか、という懸念である。
そして、何よりも、これだけの対空兵装を搭載していながら、
もし敵機を撃墜しきれず、艦が被弾した場合に、
その巨体がいかほどの損害を被るのか、という不安も彼を悩ませていた。

一方、主砲射撃を司る砲術長 田辺中佐のような、
大艦巨砲主義に傾倒する将校たちは、大和の真価は、
その46cm主砲による決戦能力にあると信じて疑わなかった。
彼らにとって、対空火器は主砲を守るための「おまけ」のようなものであり、
その運用に多大な時間と労力を割くことには懐疑的であった。

「この大和は、敵の戦艦を一撃で沈めるために造られたものだ。
 小賢しい飛行機ごときに、我々の貴重な砲弾を無駄に使う必要はない」

田辺中佐は、訓練中にそう漏らすこともあった。
彼は、来るべき戦艦同士の「砲雷撃戦」こそが、海軍の真髄であり、
大和はその中で絶対的な優位性を確立する存在だと考えていた。
彼の部下である主砲員たちもまた、46cm主砲の圧倒的な威力に魅了されており、
その運用に全力を注いでいた。彼らにとって、上空を飛び交う航空機は、
遠くから攻撃してくる厄介な存在であり、
その対抗は、艦上対空砲員や航空隊の役割であるという意識が強かった。

このように、大和の乗員たちの中にも、艦の真の役割と、
その運用方針を巡る意識の乖離が存在していた。彼らは皆、
自らの艦に絶対的な自信と誇りを抱いていたが、その自信の源が、
それぞれ異なる部分にあったのである
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