防空戦艦大和        太平洋の嵐で舞え

みにみ

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旭日の翳り

祥鳳散る

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1942年5月7日早朝、珊瑚海の空は
まだ戦いの真の残酷さを知らなかった。日本艦隊の別働隊
すなわち高速戦艦「比叡」「霧島」、軽空母「祥鳳」「龍驤」
そして第十七駆逐隊からなる部隊は、この海域を哨戒していた。
彼らの脳裏には、シンガポール攻略戦での輝かしい勝利がまだ鮮明に残っていた。

午前10時過ぎ、祥鳳から発進した索敵機が、水平線上に複数の艦影を捉えた。
報告は興奮気味に伝えられた。「敵艦隊らしき影、空母を含む模様!」
この一報に、祥鳳と龍驤の飛行甲板はにわかに活気づいた。

「よし、敵空母を叩く!全攻撃隊、直ちに出撃!」

司令官の命令が下ると、零式艦上戦闘機、九九式艦上爆撃機と九七式艦上攻撃機が
次々とエンジンを始動させ、けたたましい音を響かせながら発艦していった。
彼らは、初陣の興奮と、日本海軍の栄光を背負い、一路西へと向かった。
比叡と霧島は、彼らの勇姿を静かに見送っていた。

しかし、その報は致命的な誤認であった。彼らが捕捉し
全力を挙げて向かっていたのは、米軍の主力空母ではなく
給油艦「ネオショー」と駆逐艦「シムス」のわずか二隻であった。
ネオショーは、広大な海原で物資を供給する無防備な輸送艦であり、
シムスはそれを護衛する小さな盾に過ぎなかった。

日本の攻撃隊は、その誤りを知る由もなく、容赦ない猛攻を仕掛けた。
九九式艦爆が急降下し、次々と爆弾を投下。九七式艦攻が、重々しい魚雷を放った。
ネオショーの巨体には、次々と爆弾が命中し、瞬く間に炎上。
たちまちのうちに黒煙が天を衝いた。シムスもまた、集中攻撃を受け、
砲弾と魚雷によって船体は引き裂かれ、呆気なく海の藻屑と消えた。

「敵艦二隻 撃沈確認 尚艦種は母艦ではなく給油艦」

誇らしげな電報が、日本艦隊全体に響き渡った
大和の艦橋にもその報告が届いた時、対空戦闘指揮官の
井上少佐の胸には、どこか割り切れない感情が渦巻いていた。
大本営からは、強力な敵母艦の出現が予想されていた。
それは、彼らが撃沈した輸送艦とは異なる
本物の敵主力艦隊が、どこかに潜んでいるという不吉な予感を抱かせた。

一方、米軍も同様の混乱に陥っていた。彼らの索敵機もまた
日本の「機動艦隊」を発見したと誤認し
空母「レキシントン」と「ヨークタウン」から攻撃隊が発進していた。
しかし、彼らが発見したのは、日本の小型輸送船二隻と護衛艦艇に過ぎず
成果は輸送船二隻の撃沈にとどまった。
互いに主力を逃したまま、消耗戦の前哨戦が繰り広げられた。


午前10時30分。平和な珊瑚海の空気は、一変した。
米機動部隊の偵察機が、ついに日本の第三戦隊第二分隊
すなわち「祥鳳」「龍驤」「比叡」「霧島」を中心とする艦隊を正確に捕捉したのである。
そして、その情報は即座に米空母へと伝えられた。

「日本の空母を含む艦隊を発見!
 緯度120経度20!直ちに全攻撃隊発進!」

米空母「レキシントン」「ヨークタウン」の飛行甲板は
一瞬にして地獄絵図と化した。整備員とパイロットが錯綜し
戦闘機、爆撃機、雷撃機が次々とエンジンを始動させる。
F4Fワイルドキャットが発艦し、上空で護衛の編隊を組む。
その後に続くのは、SBDドーントレス急降下爆撃機と、TBDデバステーター雷撃機の
合わせて90機に及ぶ大編隊であった。彼らの目標はただ一つ
日本の航空母艦。彼らの猛烈な推進音と編隊の影が
祥鳳の艦隊へと刻一刻と迫りつつあった。

祥鳳の艦橋では、対空見張員が叫びを上げた。
「敵機、大編隊!多数来襲!方位三三〇!」
祥鳳の艦長は、顔色を変えた。
「全艦、対空戦闘用意!
 比叡、霧島、対空援護を頼む!祥鳳の護衛戦闘機を発進させろ!」

祥鳳の飛行甲板から、急遽零戦が発艦しようとするが
米軍機はすでに肉薄していた。比叡、霧島といった高速戦艦の対空兵装は
大和のそれとは比較にならないほど貧弱であった。しかし、彼らは必死であった。

「撃ち続けろ!祥鳳を守るんだ!」

比叡の副砲や対空機銃が、一斉に火を噴いた。
砲弾の炸裂が空に白い煙の輪を描き、曳光弾が赤い光の筋となって敵機へと向かっていく。
第十七駆逐隊の磯風、浦風、浜風、谷風もまた
その12.7cm砲を天に向けて乱射し、自らの身を呈して祥鳳を守ろうとした。
彼らの対空射撃は、空を覆うかのような弾幕を形成したが
米軍機の数はあまりにも多く、その攻撃は執拗であった。
米軍のパイロットたちは、祥鳳に集中攻撃を仕掛けるべく
対空砲火の弾幕をくぐり抜け、決死の覚悟で突入してきた。

祥鳳の対空砲座からも、必死の反撃が開始された。
高角砲と機銃が唸りを上げ、迫り来る敵機を迎え撃つ。
しかし、その防御網を次々と米軍機が突破していった。

「魚雷!右舷、魚雷!」

見張り員の絶叫が、祥鳳の艦橋に響き渡った。
11時10分、デバステーター雷撃機から放たれた魚雷が
立て続けに祥鳳の右舷に3本被雷した。 ドォン!ドォン!ドォン!と
重く腹に響く炸裂音が、祥鳳の船体を激しく揺さぶった。
最初の衝撃で艦内は照明が消え、通路には悲鳴が響き渡る。
祥鳳は大きく傾き、航行能力を喪失した。

その直後、上空から殺到するSBDドーントレス急降下爆撃機の群れが
祥鳳を狙って爆弾を投下し始めた。
「来ます!爆弾!」
「左舷後方、爆弾!」

ヒュォォォォ……という不気味な落下音が聞こえたかと思うと
ドォン!と凄まじい衝撃が立て続けに祥鳳を襲った。
500ポンド爆弾が、わずか数分の間に9発も飛行甲板に直撃した。 
爆弾は、分厚い鋼鉄の飛行甲板を容易く貫通し、格納庫内部で炸裂した。
格納庫に搭載されていた予備機体や燃料に引火し、あっという間に火災が発生した。

艦内は、爆発と炎、そして煙に包まれた。
通路は高温の蒸気と黒煙で視界を奪われ、消火活動は困難を極めた。
飛行甲板は大きくえぐられ、鋼鉄の骨組みがむき出しになり
火の粉を撒き散らしながら炎上した。祥鳳は、すでに原型を留めないほどに燃え盛り
黒い煙の柱が空高く立ち上り、周囲の艦艇からもその悲劇的な光景がはっきりと見えた。

「祥鳳、大破炎上!艦内、火災拡大!操舵不能!機関停止!」

比叡の艦橋に、祥鳳からの最後の通信が、途切れ途切れに届いた。
その声は、既に絶望に満ちていた。司令官は
断腸の思いで祥鳳の放棄を命じざるを得なかった。

「総員退艦!総員退艦!」

艦内に、絶望的な命令が響き渡った。
乗員たちは、燃え盛る艦から飛び降り、次々と海に身を投げた。
油にまみれた海には、助けを求める声が響き渡る。
第十七駆逐隊の各艦が、必死に生存者の救助活動にあたった。

11時18分。 軽空母「祥鳳」は、米軍機の猛攻を受け
わずか8分間の集中攻撃によって、その巨体を大きく傾かせ
ゆっくりと、しかし確実に、珊瑚海の深淵へと戦没した。
「空母、沈没!」という米軍パイロットの歓喜の声が、空にこだました。

祥鳳の最期は、日本艦隊全体に大きな衝撃を与えた。
大和の艦橋にもその報が届けられた時、司令長官は静かに目を閉じた。
井上少佐は、祥鳳を守りきれなかったことに、自らの無力さを感じ
唇を噛みしめた。戦艦の対空砲火がいかに強力であっても、
航空機の物量と集中攻撃の前には、単独では限界があることを
この悲劇的な事実はまざまざと突きつけたのである。

「祥鳳の仇は、必ず討つ……!」

比叡の艦長は、燃え盛る祥鳳の残骸を睨みつけ、静かにそう呟いた。
彼らは、この屈辱を忘れることはなかった。珊瑚海の波間には
祥鳳の残骸と、その艦載機が発した最後の炎が、いつまでも燻り続けていた。
この祥鳳の沈没は、太平洋戦争において、航空機が海戦の主役であることを決定づける、
最初の明確な証拠となったのである。そして、日本艦隊は
この痛ましい経験を胸に、翌日の主力空母同士の激突へと向かうことになる。
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