試製局地戦闘機「春花」   日ノ本の宙に舞え

みにみ

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日本の技術と「死にかけの花」

ネ10型

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広海軍工廠の技術者たちがHe280の機体と
資料に潜む推力不足という根本的な問題に直面し
その解決策に頭を悩ませていたちょうどその時、
遣独潜水艦によってもたらされたもう一つの「贈り物」が、
日本の技術者たちにとってまさに福音となった。
それは、ドイツの最新鋭ジェット戦闘機Me262に搭載された、
Jumo004エンジンの詳細な技術資料だった。
膨大な設計図、材料の組成表、加工工程、そして無数の試験データが、
精密な活字と手書きのメモでびっしりと
書き込まれた分厚いファイルとして届けられたのだ。

日本でも、航空技術研究所を中心に、
ターボジェットエンジンの研究開発は細々と進められていた。
しかし、それは基礎研究の域を出ず、実用化には程遠い状況だった。
理論は理解できても、実際に高熱と高圧に耐えうる素材の選定、
精密な加工技術、そして何よりもエンジンの安定稼働を実現するための
ノウハウが決定的に不足していたのだ。まるで、
暗闇の中で手探りで道を求めているような状態だった。

だが、このJumo004の資料は、そんな暗闇に一筋の光を差し込むものだった。

「これだ…!これさえあれば、やれる!」

エンジン開発班を率いる田中総士技術中佐は
資料を前に、興奮を隠しきれない様子だった。
彼の目は、まるで少年が新しい玩具を見つけたかのように輝いていた。
田中は、類稀なる理論的思考力と、泥臭い実践力を兼ね備えた、
日本のジェットエンジン開発における第一人者だった。
彼の研究室には、すでに自力で試作した数々の不完全なジェットエンジンの模型や、
失敗の痕跡が残る部品が所狭しと置かれていた。

田中は、資料が届いたその夜から、まるで憑かれたかのように
Jumo004の資料を読み解き始めた。彼の周りには、
同じくこの夢のような技術に魅せられた、
広海軍工廠のエリート技術者たちが集まっていた。
彼らは、分厚いファイルをページをめくり、
ドイツ語で書かれた専門用語を辞書を片手に解読していった。
時には、数時間かけてたった一枚の図面を議論することもあった。

Jumo004の構造と原理は、彼らがこれまで研究してきた
日本の試作エンジンとは、細部にわたる設計思想からして根本的に異なっていた。
特に彼らを驚かせたのは、特殊合金の組成に関する記述だった。
タービンブレードや燃焼室など、ジェットエンジン内部の高温高圧に晒される部分には、
これまでの日本の航空機には使用されたことのない、
極めて特殊な耐熱合金が使われていることが分かった。

「まさか、こんな合金が存在していたとは…」
「これでは、日本で製造するのは不可能ではないのか?」

技術者たちは、資料が示す合金の組成を見て、顔を見合わせた。
当時の日本では、ニッケルやコバルトといった、
これらの合金に不可欠な希少金属の確保が極めて困難だったのだ。
しかし、田中は諦めなかった。

「不可能ではない!代替品を探すか、あるいは、
 日本の材料で最大限の性能を引き出す方法を見つけるしかない!」

彼は、冶金学の専門家を呼び寄せ、既存の日本の材料の中から、
少しでも耐熱性や強度に優れるものを探し出すよう命じた。
そして、製鉄所に直接足を運び、高熱に耐えうる新しい合金の開発を依頼した。
それは、まさに時間との戦いだった。

次に立ちはだかったのは、タービンブレードの設計と加工だった。
ジェットエンジンは、わずかな不均衡や歪みが致命的な振動を引き起こし
最悪の場合、空中分解につながる。Jumo004のタービンブレードは、
複雑な曲面を持ち、ミリ単位以下の精度で加工されていることが資料から読み取れた。
当時の日本の加工技術では、これほどの精度を出すことは困難だった。
職人たちは、資料を前に首をひねったが、田中は彼らを鼓舞し続けた。

「我々日本には、世界に誇る職人の技がある!
 機械でできないなら、手作業ででも実現するのだ!」

技術者と職人たちは、昼夜を問わず作業を続けた。
顕微鏡を覗き込みながら、わずかな歪みを修正し、
精密なやすりでブレードの表面を磨き上げた。
彼らの手は、油と金属の粉で汚れ、爪は割れ、指先は常に傷だらけだった。
それでも、彼らは黙々と作業を続けた。それは、単なる部品加工ではなく、
日本の技術の粋を集めた、まさに芸術品を作り出すような作業だった。

燃焼室の構造もまた、大きな課題だった。燃料を効率よく燃焼させ、
最大限の推力を得るためには、燃焼室内の空気の流れと、
燃料の噴射パターンを緻密に制御する必要があった。
資料には、ドイツが長年の研究で培った、
燃焼に関する詳細なデータとノウハウが記されていた。
田中たちは、そのデータを参考に、何度もシミュレーションを繰り返し、
試作と改良を重ねた。燃焼試験では、制御不能な炎が噴き出したり、
異常な振動が発生したりと、度重なる失敗に見舞われた。
火傷を負う者も少なくなかった。しかし、そのたびに彼らはデータを分析し、
改善策を練り、再び試験に臨んだ。

彼らは、まるでパズルのピースを一つずつ埋めていくように、
Jumo004の構造と原理を貪欲に吸収していった。それは、単なるコピーではない。
ドイツの技術を学び、それを日本の材料と加工技術でいかに実現するか、
そしていかに日本の環境に適応させるかという、
持ち前の探求心と創意工夫の連続だった。食事は簡単な握り飯と味噌汁、
睡眠は研究室の隅で数時間。彼らは家族との時間も顧みず、
来るべき本土決戦に間に合わせるためだけに、ひたすら作業に没頭した。

そして、1944年5月。幾度もの試行錯誤と
度重なる失敗の末、ついに記念すべき「試製ネ10型エンジン」が完成する。
それは、Jumo004のライセンス生産版でありながら、
日本の材料と加工技術で最大限の性能を引き出した、
まさに日本の技術者たちの執念の結晶だった。
初めて単体での運転試験が成功したとき、研究室には、
静かな、しかし確かな歓声が沸き起こった。轟音を上げて燃焼するエンジンは、
彼らの苦労が報われた証であり、日本の未来に希望をもたらす、力強い脈動のように思えた。

ネ10型エンジンは、Jumo004と寸分違わぬ性能とはいかなかった。
特に、耐久性や連続稼働時間にはまだ課題が残っていた。
希少金属の不足から代替材料を使用せざるを得なかった部分は、
エンジンの寿命を短くする原因となることも明らかだった。
しかし、その推力は、He280が抱えていた推力不足の問題を十分に補い、
日本のジェット戦闘機開発に確かな一歩を刻んだのだ。

田中は、完成したネ10型エンジンを見つめながら、
深く息を吐いた。彼の顔には、疲労と達成感が入り混じった複雑な表情が浮かんでいた。

「これで、本土防空の切り札ができる…」

彼の言葉には、単なる技術的な成功以上の意味が込められていた。
それは、このエンジンが、多くの国民の命を守る盾となるという、
強い使命感の表れでもあった。この「ネ10型エンジン」の誕生は、
単なる工業製品の完成にとどまらず、日本の技術者たちが絶望的な戦況の中で見出した
一縷の希望そのものだったのだ。彼らは、ドイツで不採用となった
「死にかけの花」に、日本の技術で、新たな命を吹き込む道を切り開いた。
このエンジンを搭載した「十八試局地戦闘機」が
日本の空に舞い上がる日も、そう遠くないように思えた。
それは、日本の技術の未来を拓く、まさに歴史的な瞬間だった。
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