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必守防衛圏
大和沈没
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沖縄の海が夜の帳に包まれようとする中
日本海軍の象徴である戦艦大和は、その生涯で最も過酷な
そして最後の試練に直面していた。米海軍が誇る最新鋭高速戦艦
アイオワ、そしてニュージャージー。この二頭の「黒い龍」との交戦が開始されてから
わずか五分。大和の艦体は、すでに致命的な傷をいくつも負い
左舷への傾斜は八度を超えて増大し続けていた。
アイオワ級の放つ十六インチ五十口径砲弾は、大和の強固な装甲を執拗に叩き
あるいはその隙間を縫うようにして艦内へと侵入した。
多数の命中弾がバルジを貫通し、さらには最上甲板から
深く内部へと突き刺さって、大和の心臓部である機関部へと達していたのである。
大和の艦内奥深く、喧騒と硝煙が渦巻く中に、応急指揮所があった。
ここには艦内各所に繋がる無数の電話線や伝声管が集まり
艦の生死を分ける情報が秒刻みで飛び交う、いわば大和の神経節であった。
「五番罐室、応答ありません!計器の
数値から見て完全浸水、全損と判定します!」
「五番が逝ったか……。すぐ隣の六番はどうだ。まだ生きてるな?」
「六番罐室、隔壁より漏水!機関員が懸命に支えていますが、長くは持ちません!」
「無駄な死なせ方はするな。六番の機関員を直ちに退避させろ。
三分後に右舷側の注水を開始し、傾斜を相殺する。彼らを逃がすのが先だ、急げ!」
応急長の怒号が響く中、ズウゥンという
これまでとは質の異なる重苦しい衝撃が大和の艦底を揺さぶった。
船体が捻じれ、鋼鉄が悲鳴を上げる。
「艦橋より損傷報告!四番副砲付近にて
敵の両用砲弾による火災発生。炎が給弾室に迫っています!」
「伝声管、繋がるか!……よし、一二三番ビーム方向より旗甲板が大破。
応急員を直ちに回せ!副砲の火薬庫が誘爆すれば
大和は木っ端微塵だぞ。死ぬ気で火を消せ!」
地獄のような報告は、攻撃兵装にも及んでいた。
ガガガンという激しい金属音が響き、通信兵が絶叫した。
「射撃管制指揮所より入電!二番砲塔、バーベット部に命中弾を受け損傷。
旋回装置が沈黙し、射撃不能となりました!
さらに、三番砲塔天蓋への直撃弾を確認。跳弾したものの
直撃の衝撃があまりに巨大で、砲塔内の人員と通信が取れません。
おそらく、加圧と脳震盪によって全滅したものと思われます!」
大和が誇る三基の四六センチ主砲のうち、二基が沈黙した。
二番砲塔は鋼鉄の塊と化して動かず、三番砲塔は内部に沈黙の死者たちを収めたまま
あらぬ方向を向いて止まっていた。
もはや、大和に残された力は、ただ一基、一番砲塔のみであった。
しかし、大和の魂はまだ消えていなかった。一番砲塔の砲員たちは
仲間たちの無念を背負い、アイオワという
強敵を道連れにすべく、極限の集中力でその巨砲を操っていた。
「主砲、照準変わらず……。待て、艦の傾斜と浸水による喫水の低下を勘案しろ。
このままでは砲弾が海面に叩きつけられる。上げ零点四。
これでいい、これでアイオワの腹を裂ける!」 「撃てッ!」
一番砲塔から放たれた三発の九一式徹甲弾が、夕闇を切り裂いて飛んだ。
そのうちの二発が、アイオワの中央部、ちょうど煙突と
マストの中間付近に吸い込まれるように命中した。
アイオワの装甲を容易く喰い破り、一・五秒の遅延信管が作動。
砲弾はアイオワの最も深き場所、その心臓部で目覚めた。
米戦艦アイオワの艦橋では、その一瞬
すべての時間が止まったかのように感じられた。
「被弾!中央部に直撃弾二!」 報告と同時に
アイオワの巨体が大きく横に揺さぶられた。起爆までの数秒間
米海軍の将兵たちにとって、それは永遠にも等しい時間に感じられた。
鋼鉄の壁の向こう側で、死神が微笑んでいるのを知りながら、何もできない絶望。
そして、起爆。 轟音とともに、アイオワの内部から凄まじい火炎が噴き出した。
衝撃は艦全体を駆け抜け、その一分後、さらに巨大な災厄が訪れた。
全速航行中であったアイオワの機関部に、破壊された外板から
数千トンの海水が一気に流入。真っ赤に焼けたボイラーと接触した海水が
制御不能の水蒸気爆発を引き起こしたのである。
ドォォォォォォン!
アイオワの艦体は、中央部から文字通り真っ二つに割れた。
鋼鉄の巨神は、断末魔の叫びを上げる間もなく
巨大な水柱と黒煙の中に姿を消した。アイオワの乗員約二千数百名のうち
生存者はわずかに六百数名。爆発に直面した機関科の兵員に至っては
生存者は文字通り一人もいなかった。
一方、相打ちとなった大和の最期も迫っていた。
アイオワを仕留めた代償は大きく、ニュージャージーからの容赦ない追撃によって
大和の傾斜はついに十八度まで増大した。注水可能な区画にはすべて水を入れ
これ以上の傾斜復旧の見込みはないという報告が、応急指揮所から艦橋へと届けられた。
大和の第一艦橋。有賀幸作艦長は、傾斜して足元も
おぼつかない甲板に踏みとどまり、静かに伊藤整一長官を見た。
伊藤は、すべてを悟ったような穏やかな表情で頷いた。
「有賀艦長、総員退艦を。もはや
大和にこれ以上の無理をさせる必要はない。皆、よく戦ってくれた」
「長官……」
「命令だ。君も脱出しろ。生きて、この戦いの真実を後世に伝える義務がある」
伊藤は、傍らにいた参謀たちを退避させると
十一水戦の旗艦大和から離れた場所で戦い続けている
軽巡大淀の高間完少将に向け、最後の命令を打電させた。
「艦隊指揮権、ならびに作戦指揮権を、第十一水雷戦隊司令官に移譲する。
大淀はこれより艦隊を率い
残存兵力をもって敵を撃滅せよ。我、大和とともにあり。貴艦の奮戦を祈る」
有賀艦長は、長官からの重ねての命令により、涙を飲んで艦橋を後にした。
伊藤は一人、静かに沈みゆく大和の艦橋に残り、押し寄せる海水を見つめていた。
大和が転覆し、巨大な渦とともに沖縄の海へと消えていったとき
伊藤長官もまた海へと飲み込まれた。本来であれば
そのまま艦とともに深海へ誘われるはずであったが
何の因果か、大和が沈没する際の巨大な爆発と
水蒸気の噴出によって、伊藤の体は海面へと弾き飛ばされた。
意識を失い、救命胴衣一つで波間に漂っていた伊藤が目を覚ましたとき
彼の隣には、一人の男が同じように流木に掴まって漂流していた。
それは、数時間前に大和の砲撃によって撃沈された
米戦艦テネシーに乗艦していた、レイモンド・スプルーアンス大将であった。
かつての宿敵同士が、今はただの
海に放り出された人間として、暗い海の上で肩を並べていた。
「……伊藤か?」
スプルーアンスが、しわがれた声で問いかけた。
伊藤は水を吐き出し、相手の顔を見て、かすかに微笑んだ。
「ああ、スプルーアンス。君も、あそこから追い出されたのか」
「全くだ。私のテネシーも、君の大和も、もういない。海戦は終わったのだな」
二人はそれから、救助が来るまでの約三時間、漂流を続けながら言葉を交わした。
それは戦いのことではなく、かつて練習艦隊で訪れた異国の港のことや
家族のこと、そして戦艦という時代の遺物が
なぜこれほどまでに美しく、そして残酷なのかという、静かな対話であった。
「我々は、古い時代の最後の住人だったのかもしれないな」
スプルーアンスの言葉に、伊藤は頷いた。
「そうかもしれない。だが、この海で消えた命たちが望むのは
新しい時代の平和だ。君も私も、生き残ったのであれば、それを見届ける責任がある」
やがて、十一水戦と米水雷戦隊の激しい夜戦が一段落した頃
空から飛来した米軍の救難機カタリナが大波の中に着水し、二人の提督を救い上げた。
伊藤は国際法に則り、捕虜収容所へ移送されるはずであった。
しかし、スプルーアンスは米軍上層部に対し、伊藤の勇気と高潔さを称え
彼を通常の捕虜としてではなく、一個の提督として遇することを強く懇願した。
その結果、伊藤はすべての武装を外し、軍刀を預ける代わりに
臨時旗艦となった米戦艦インディアナに、スプルーアンスの
「懇親役」という特別な立場で乗艦することとなったのである。
インディアナの甲板で、伊藤はスプルーアンスとともに
遠ざかる沖縄の硝煙を見つめていた。終戦後も、二人は良き友人
そして戦後の日米関係を繋ぐ架け橋として
行動を共にすることになるのだが、それはまだ少し先の物語である。
その頃、大和から指揮権を継承した第十一水雷戦隊。
軽巡大淀の艦橋では、高間完少将が、夜の闇を睨みつけていた。
「大和、沈没……。伊藤長官、有賀艦長、申し訳ありません。
ですが、我々にはまだ、やるべきことが残っています」
大淀の周囲には、満身創痍ながらも闘志を失っていない
軽巡洋艦、駆逐艦たちが一糸乱れぬ陣形で続いていた。
戦艦大和、武蔵、長門、陸奥、日向、扶桑、山城、金剛、榛名、比叡、霧島
空母赤城、加賀、飛龍、蒼龍、翔鶴、大鳳、千年、千代田、隼鷹、飛鷹
そして多くの巡洋艦、駆逐艦、潜水艦、航空機たち
彼らがその命を賭して切り拓いてきたこの戦争の海図。
その最後を締めくくるのはこの戦争で幾度となく
米艦隊とぶつかって来た自分たち水雷戦隊の仕事なのだ。
戦って沈むことはもう怖くない 戦わずして沈む方がよっぽどか嫌だ
せめて散るなら差し違えよう 我ら大日本帝国海軍水雷戦隊
水雷屋魂ここにありと
「全艦、合図を待て。目標は、残存する米巡洋艦群、および輸送船団。
これより我ら、夜戦へ突入する。全艦、必死の働きをもって、敵艦隊を撃滅せよ!」
高間少将の鋭い号令が、各艦のスピーカーから響き渡った。
大淀は全速力で加速し、暗い海の中に潜む敵へと牙を剥いた。
大和が沈み、一つの時代が終わったその夜。
沖縄の海は、最後にして最も激しい、水雷戦隊による
血みどろの夜戦の火蓋が切られようとしていた。
それは、日本海軍が誇る伝統の、最後の輝きでもあった。
高間少将は、大淀の双眼鏡を覗き込み
前方に現れた敵の艦影を捉えた。 「撃ち始め!」
大淀の主砲が閃光を放ち、十一水戦の反撃が開始された。
大和の、いや日本海軍の意志は、まだこの海から消えてはいなかった。
日本海軍の象徴である戦艦大和は、その生涯で最も過酷な
そして最後の試練に直面していた。米海軍が誇る最新鋭高速戦艦
アイオワ、そしてニュージャージー。この二頭の「黒い龍」との交戦が開始されてから
わずか五分。大和の艦体は、すでに致命的な傷をいくつも負い
左舷への傾斜は八度を超えて増大し続けていた。
アイオワ級の放つ十六インチ五十口径砲弾は、大和の強固な装甲を執拗に叩き
あるいはその隙間を縫うようにして艦内へと侵入した。
多数の命中弾がバルジを貫通し、さらには最上甲板から
深く内部へと突き刺さって、大和の心臓部である機関部へと達していたのである。
大和の艦内奥深く、喧騒と硝煙が渦巻く中に、応急指揮所があった。
ここには艦内各所に繋がる無数の電話線や伝声管が集まり
艦の生死を分ける情報が秒刻みで飛び交う、いわば大和の神経節であった。
「五番罐室、応答ありません!計器の
数値から見て完全浸水、全損と判定します!」
「五番が逝ったか……。すぐ隣の六番はどうだ。まだ生きてるな?」
「六番罐室、隔壁より漏水!機関員が懸命に支えていますが、長くは持ちません!」
「無駄な死なせ方はするな。六番の機関員を直ちに退避させろ。
三分後に右舷側の注水を開始し、傾斜を相殺する。彼らを逃がすのが先だ、急げ!」
応急長の怒号が響く中、ズウゥンという
これまでとは質の異なる重苦しい衝撃が大和の艦底を揺さぶった。
船体が捻じれ、鋼鉄が悲鳴を上げる。
「艦橋より損傷報告!四番副砲付近にて
敵の両用砲弾による火災発生。炎が給弾室に迫っています!」
「伝声管、繋がるか!……よし、一二三番ビーム方向より旗甲板が大破。
応急員を直ちに回せ!副砲の火薬庫が誘爆すれば
大和は木っ端微塵だぞ。死ぬ気で火を消せ!」
地獄のような報告は、攻撃兵装にも及んでいた。
ガガガンという激しい金属音が響き、通信兵が絶叫した。
「射撃管制指揮所より入電!二番砲塔、バーベット部に命中弾を受け損傷。
旋回装置が沈黙し、射撃不能となりました!
さらに、三番砲塔天蓋への直撃弾を確認。跳弾したものの
直撃の衝撃があまりに巨大で、砲塔内の人員と通信が取れません。
おそらく、加圧と脳震盪によって全滅したものと思われます!」
大和が誇る三基の四六センチ主砲のうち、二基が沈黙した。
二番砲塔は鋼鉄の塊と化して動かず、三番砲塔は内部に沈黙の死者たちを収めたまま
あらぬ方向を向いて止まっていた。
もはや、大和に残された力は、ただ一基、一番砲塔のみであった。
しかし、大和の魂はまだ消えていなかった。一番砲塔の砲員たちは
仲間たちの無念を背負い、アイオワという
強敵を道連れにすべく、極限の集中力でその巨砲を操っていた。
「主砲、照準変わらず……。待て、艦の傾斜と浸水による喫水の低下を勘案しろ。
このままでは砲弾が海面に叩きつけられる。上げ零点四。
これでいい、これでアイオワの腹を裂ける!」 「撃てッ!」
一番砲塔から放たれた三発の九一式徹甲弾が、夕闇を切り裂いて飛んだ。
そのうちの二発が、アイオワの中央部、ちょうど煙突と
マストの中間付近に吸い込まれるように命中した。
アイオワの装甲を容易く喰い破り、一・五秒の遅延信管が作動。
砲弾はアイオワの最も深き場所、その心臓部で目覚めた。
米戦艦アイオワの艦橋では、その一瞬
すべての時間が止まったかのように感じられた。
「被弾!中央部に直撃弾二!」 報告と同時に
アイオワの巨体が大きく横に揺さぶられた。起爆までの数秒間
米海軍の将兵たちにとって、それは永遠にも等しい時間に感じられた。
鋼鉄の壁の向こう側で、死神が微笑んでいるのを知りながら、何もできない絶望。
そして、起爆。 轟音とともに、アイオワの内部から凄まじい火炎が噴き出した。
衝撃は艦全体を駆け抜け、その一分後、さらに巨大な災厄が訪れた。
全速航行中であったアイオワの機関部に、破壊された外板から
数千トンの海水が一気に流入。真っ赤に焼けたボイラーと接触した海水が
制御不能の水蒸気爆発を引き起こしたのである。
ドォォォォォォン!
アイオワの艦体は、中央部から文字通り真っ二つに割れた。
鋼鉄の巨神は、断末魔の叫びを上げる間もなく
巨大な水柱と黒煙の中に姿を消した。アイオワの乗員約二千数百名のうち
生存者はわずかに六百数名。爆発に直面した機関科の兵員に至っては
生存者は文字通り一人もいなかった。
一方、相打ちとなった大和の最期も迫っていた。
アイオワを仕留めた代償は大きく、ニュージャージーからの容赦ない追撃によって
大和の傾斜はついに十八度まで増大した。注水可能な区画にはすべて水を入れ
これ以上の傾斜復旧の見込みはないという報告が、応急指揮所から艦橋へと届けられた。
大和の第一艦橋。有賀幸作艦長は、傾斜して足元も
おぼつかない甲板に踏みとどまり、静かに伊藤整一長官を見た。
伊藤は、すべてを悟ったような穏やかな表情で頷いた。
「有賀艦長、総員退艦を。もはや
大和にこれ以上の無理をさせる必要はない。皆、よく戦ってくれた」
「長官……」
「命令だ。君も脱出しろ。生きて、この戦いの真実を後世に伝える義務がある」
伊藤は、傍らにいた参謀たちを退避させると
十一水戦の旗艦大和から離れた場所で戦い続けている
軽巡大淀の高間完少将に向け、最後の命令を打電させた。
「艦隊指揮権、ならびに作戦指揮権を、第十一水雷戦隊司令官に移譲する。
大淀はこれより艦隊を率い
残存兵力をもって敵を撃滅せよ。我、大和とともにあり。貴艦の奮戦を祈る」
有賀艦長は、長官からの重ねての命令により、涙を飲んで艦橋を後にした。
伊藤は一人、静かに沈みゆく大和の艦橋に残り、押し寄せる海水を見つめていた。
大和が転覆し、巨大な渦とともに沖縄の海へと消えていったとき
伊藤長官もまた海へと飲み込まれた。本来であれば
そのまま艦とともに深海へ誘われるはずであったが
何の因果か、大和が沈没する際の巨大な爆発と
水蒸気の噴出によって、伊藤の体は海面へと弾き飛ばされた。
意識を失い、救命胴衣一つで波間に漂っていた伊藤が目を覚ましたとき
彼の隣には、一人の男が同じように流木に掴まって漂流していた。
それは、数時間前に大和の砲撃によって撃沈された
米戦艦テネシーに乗艦していた、レイモンド・スプルーアンス大将であった。
かつての宿敵同士が、今はただの
海に放り出された人間として、暗い海の上で肩を並べていた。
「……伊藤か?」
スプルーアンスが、しわがれた声で問いかけた。
伊藤は水を吐き出し、相手の顔を見て、かすかに微笑んだ。
「ああ、スプルーアンス。君も、あそこから追い出されたのか」
「全くだ。私のテネシーも、君の大和も、もういない。海戦は終わったのだな」
二人はそれから、救助が来るまでの約三時間、漂流を続けながら言葉を交わした。
それは戦いのことではなく、かつて練習艦隊で訪れた異国の港のことや
家族のこと、そして戦艦という時代の遺物が
なぜこれほどまでに美しく、そして残酷なのかという、静かな対話であった。
「我々は、古い時代の最後の住人だったのかもしれないな」
スプルーアンスの言葉に、伊藤は頷いた。
「そうかもしれない。だが、この海で消えた命たちが望むのは
新しい時代の平和だ。君も私も、生き残ったのであれば、それを見届ける責任がある」
やがて、十一水戦と米水雷戦隊の激しい夜戦が一段落した頃
空から飛来した米軍の救難機カタリナが大波の中に着水し、二人の提督を救い上げた。
伊藤は国際法に則り、捕虜収容所へ移送されるはずであった。
しかし、スプルーアンスは米軍上層部に対し、伊藤の勇気と高潔さを称え
彼を通常の捕虜としてではなく、一個の提督として遇することを強く懇願した。
その結果、伊藤はすべての武装を外し、軍刀を預ける代わりに
臨時旗艦となった米戦艦インディアナに、スプルーアンスの
「懇親役」という特別な立場で乗艦することとなったのである。
インディアナの甲板で、伊藤はスプルーアンスとともに
遠ざかる沖縄の硝煙を見つめていた。終戦後も、二人は良き友人
そして戦後の日米関係を繋ぐ架け橋として
行動を共にすることになるのだが、それはまだ少し先の物語である。
その頃、大和から指揮権を継承した第十一水雷戦隊。
軽巡大淀の艦橋では、高間完少将が、夜の闇を睨みつけていた。
「大和、沈没……。伊藤長官、有賀艦長、申し訳ありません。
ですが、我々にはまだ、やるべきことが残っています」
大淀の周囲には、満身創痍ながらも闘志を失っていない
軽巡洋艦、駆逐艦たちが一糸乱れぬ陣形で続いていた。
戦艦大和、武蔵、長門、陸奥、日向、扶桑、山城、金剛、榛名、比叡、霧島
空母赤城、加賀、飛龍、蒼龍、翔鶴、大鳳、千年、千代田、隼鷹、飛鷹
そして多くの巡洋艦、駆逐艦、潜水艦、航空機たち
彼らがその命を賭して切り拓いてきたこの戦争の海図。
その最後を締めくくるのはこの戦争で幾度となく
米艦隊とぶつかって来た自分たち水雷戦隊の仕事なのだ。
戦って沈むことはもう怖くない 戦わずして沈む方がよっぽどか嫌だ
せめて散るなら差し違えよう 我ら大日本帝国海軍水雷戦隊
水雷屋魂ここにありと
「全艦、合図を待て。目標は、残存する米巡洋艦群、および輸送船団。
これより我ら、夜戦へ突入する。全艦、必死の働きをもって、敵艦隊を撃滅せよ!」
高間少将の鋭い号令が、各艦のスピーカーから響き渡った。
大淀は全速力で加速し、暗い海の中に潜む敵へと牙を剥いた。
大和が沈み、一つの時代が終わったその夜。
沖縄の海は、最後にして最も激しい、水雷戦隊による
血みどろの夜戦の火蓋が切られようとしていた。
それは、日本海軍が誇る伝統の、最後の輝きでもあった。
高間少将は、大淀の双眼鏡を覗き込み
前方に現れた敵の艦影を捉えた。 「撃ち始め!」
大淀の主砲が閃光を放ち、十一水戦の反撃が開始された。
大和の、いや日本海軍の意志は、まだこの海から消えてはいなかった。
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