If太平洋戦争        日本が懸命な判断をしていたら

みにみ

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決戦 対ソ邀撃作戦

不沈の黒鉄の城

一九四五年、八月二十九日。北の海は
嵐の前触れのような不気味な静寂に包まれていた。 
青森の大湊を出撃し、津軽海峡を突破した古賀峯一司令長官率いる
連合艦隊直属第一艦隊は、北海道の西海岸を北上していた。
その艦隊の視界に、南から近づく複数の船影が捉えられた。

それは、日本海軍が誇る快速輸送艦
第一号型および第百一号型輸送艦の群れであった。
その狭い甲板には、これまでの日本軍の常識を覆す巨大な砲塔を備えた戦車が
ひしめき合うように固定されていた。三式中戦車「チヌ」
本土決戦の切り札として秘匿されていた
七十五ミリ野戦砲を車載用に改修して搭載した最新鋭戦車である。
装甲貫徹能力は徹甲榴弾である一式徹甲弾で
100mの距離からアメリカのM4の正面装甲を貫徹できる

輸送艦の艦橋では、戦車第一連隊の連隊長が
波しぶきを浴びながら横を並走する重巡洋艦「妙高」を見上げていた。 
「……ついに合流したか。海軍さんも
 これだけの艦隊をよくぞ残していたものだ。
 あの中には、これから俺たちが命を預ける鋼鉄の城もいるんだろう?」

傍らに立つ近衛歩兵第八連隊の指揮官が、深く頷いた。 
「ええ。我々近衛の任務は、あのチヌの火力を
 最大限に活かすための盾となることです。音威子府で
 第七師団が血みどろの戦いを続けている今、我々が一日遅れれば
 それだけ北海道の土が赤く染まる。
 海軍の輸送艦には、無理を言って全速力を出してもらっています」

二十九日の午後。第一艦隊の護衛を受けながら
輸送艦隊は北海道北部の天塩町海岸へと滑り込んだ。
そこはまだソ連軍の支配が及んでいない、日本軍にとっての
貴重な揚陸拠点であった。 ビーチングを開始した第百一号型輸送艦の
バウ・ドアが開き、スロープが砂浜へと下ろされる。
そこから、重厚なエンジン音を響かせてチヌが次々と大地へと降り立った。

これまで、ソ連軍のT-34-85やIS-2に対し
九七式中戦車の四十七ミリ砲で苦戦を強いられていた陸軍にとって
チヌの七十五ミリ砲はまさに救世主の輝きを放っていた。 
「いいか、野郎ども! 訓練通りにやれば、露助の戦車など恐るるに足りん! 
 この七十五ミリの一撃は、あいつらの自慢の装甲を正面からぶち抜ける
 唯一の鍵だ。戦車第一連隊、これより東進を開始する。
 目標、音威子府。第七師団を救い出し、北の防波堤を盤石なものとするぞ!」

連隊長の咆哮に、戦車兵たちは力強い歓声で応えた。
チヌの車列は、支援に回る近衛歩兵第八連隊と共に
泥濘を蹴散らしながら内陸へと突き進んでいった。

一方、古賀長官率いる第一艦隊の本隊は、さらに北へと舵を取っていた。
目標は、最北の要衝、稚内。 
九月一日。第一艦隊は稚内西海岸の沖合に到達した。
そこには、ソ連軍の揚陸部隊が築き上げた橋頭堡と
背後の山々に展開する敵司令部があった。

古賀は、戦艦「伊勢」の艦橋で、隣に立つ中瀬艦長を見つめた。 
「中瀬、準備はいいか。これから行うことは
 海軍の常識では狂気の沙汰と言われるだろう。
 だが、動けぬ艦が最強の要塞となる。
 それが、今の日本に残された唯一の勝利への方程式だ」

中瀬艦長は、静かに、しかし決然とした表情で答えた。 
「分かっております、長官。伊勢はこれより、日本の土となります。
 もはや海へ戻ることは叶いませんが、この最北の地で
 敵が二度と越えられぬ絶望の壁となって見せましょう。
 全乗員、すでに覚悟は完了しております」

「よし……。全速、前進。浅瀬へ突入せよ」
「艦内防水扉全閉鎖!」

古賀の号令が下された。戦艦伊勢は、その巨大な三万トンを超える巨躯を揺らし
稚内の海岸へと向かって突き進んだ。
「機関火落とせ!」
波が砕け、艦底が海底の岩礁に接触する不気味な振動が艦全体を襲う。
「総員衝撃備え! 停止後即時艤装点検を行え」

ガガガガッ! ズズズズズッ!

凄まじい金属音と衝撃が、伊勢を揺さぶった。
船体は大きく傾き、艦底が岩礁を深く噛み締める。
推進機が停止し、伊勢は完全に停止した。 
「着底完了! 船体、安定しました! 
 伊勢、これより『鋼鉄の要塞』として機能を開始します!」

報告を受けた中瀬は、即座に全砲塔へ命令を飛ばした。 
「射撃開始! 目標、陸上のソ連軍司令部キャンプ! 
 瑞雲からの情報を待つまでもない、第一射、放てッ!」

伊勢の三十五・六センチ主砲が、八門同時に咆哮を上げた。
その衝撃波は周辺の海面を白く泡立たせ、稚内の大地を激しく震わせた。
一発が数百キログラムにも及ぶ巨大な砲弾が、音速を超えて空を切り裂いていく。

上空では、伊勢から発進した水上偵察機「瑞雲」が全速で煙を吐きながら旋回していた。 
「こちら瑞雲、弾着確認! 第一射、目標の左五百!
  第二射、修正。……来るぞ、第三射だ!」

観測員の叫び通り、三回目の斉射が放たれた。
八発の巨弾が、ソ連軍が呑気に
焚き火を囲んでいた司令部キャンプへと正確に降り注いだ。

ドォォォォォォォン!

地響きと共に、巨大な火柱が上がった。一発の着弾で
半径数百メートル以内のあらゆる構造物が消滅した。
ソ連軍の指揮官たちが集まっていた建物も、並べられていた通信車両も
まるで神の鉄槌を受けたかのように、一瞬にして地図から消え去った。

海岸線で戦っていた日本の守備兵たちは
背後の海から放たれたこの圧倒的な援護射撃を目にし、狂喜乱舞した。 
「見たか! 戦艦だ! 俺たちの戦艦が来てくれたぞ! 
 伊勢が、海の上から敵の頭を叩き潰してくれた!」

「露助ども、逃げるなら今のうちだぞ! 
 本物の海軍の力がどんなものか、その身に刻んで地獄へ行け!」

兵士たちの戦意は最高潮に達した。海の上に突き刺さった伊勢は
もはやただの船ではなかった。
それは、日本の不屈の意志が形となった、巨大な守護神であった。

しかし、伊勢の役割は主砲の援護だけではなかった。 
艦の後部に増設された航空機甲板には、迷彩服に身を包んだ男たちが整列していた。
東京から来た義烈空挺隊。
彼らは、伊勢が要塞となった今こそ、自分たちの出番だと確信していた。

隊長の奥山大尉が、隊員たちを前にして最後の訓示を行った。 
「諸君、ついにこの時が来た。我々の足下にあるこの鋼鉄の島は
 もう動かない。だが、我々の足は動く。これから我々は
 敵の防空網を掻いくぐり、ソ連軍の後方へと飛び込む。
 生還など考えるな。我々が、ソ連軍の喉元に刺さった
 一本の毒針となり、奴らの進撃を内部から崩壊させるのだ」

「隊長、お供します! 日本の空挺魂
 赤軍の連中にたっぷりと味合わせてやりましょう!」 
若い隊員が、手にした短機関銃を高く掲げた。

「よし。号令と共に、一人ずつ飛び出せ! 
 目標は敵の第二弾揚陸地点の弾薬集積所だ。日本はまだ死んでいない。
 それを、我々の命をもって証明するのだ!」

次々と、航空甲板から男たちが飛び出していく。
艦から直接陸地へと駆け下り、あるいは小型のボートに乗り換えて
ソ連軍の背後にある暗い森の中へと消えていった。
それは、生還を辞さない必死の出撃であった。

伊勢の艦橋でその様子を見送っていた古賀は、静かに目を閉じた。
 「……高倉君。君が見せたかった景色は、これだったのか。
 絶望の淵に立たされてもなお、立ち上がることをやめない日本人の姿か。
 ……君の遺した時間は、今、この稚内の地で、最も激しく燃え上がっているぞ」

伊勢の主砲は、その後も一晩中、ソ連軍の重要拠点を叩き続けた。 
ソ連軍は、突如として現れた「動かぬ巨艦」に恐怖した。
航空攻撃を仕掛けようにも、伊勢の周囲を固める山々に配置された
高射機関砲の弾幕が、それを許さない。

海からの巨弾。 陸での最新鋭戦車の反撃。 
そして、闇の中から襲いかかる空挺隊のゲリラ戦。

稚内の戦場は、日本軍がこれまで見せたことのない
立体的かつ組織的な抵抗へと変貌していた。
ソ連軍の指揮官たちは、ワシントンで何が起きているのか
なぜこれほどの戦力がこの最北の地に集結しているのか
その理由を知る由もなかった。

九月一日、夜。 伊勢の艦内では、発電機が唸りを上げ
サーチライトが海面を白く照らし出していた。 
中瀬艦長は、傾いた艦橋の椅子に深く腰掛け、部下が持ってきた
冷めた茶を一口飲んだ。 
「……いい月だ。艦長、我々は今、日本で
 一番広い領土を持つ城の主になった気分ですよ」

副長が冗談めかして言うと、中瀬も微かに笑った。 
「ああ。この城は沈まない。そして、ここを抜かせるわけにもいかない。
 夜が明けたら、また主砲の出番だ。弾薬がある限り、一発たりとも無駄にするな」

外では、遠く音威子府の方角から、砲声が風に乗って聞こえてきた。
 そこでは、戦車第一連隊のチヌが、ソ連軍のT-34と死闘を繰り広げているはずだった。

「日本はまだ、死んでいない」

その言葉は、伊勢の全乗員の、そして北海道で戦う全ての将兵の合言葉となっていた。 
高倉義人がワシントンで繋いだ一本の細い糸は
今や鋼鉄の索となり、日本という国を最北の地でしっかりと繋ぎ止めていた。

鋼鉄の島となった伊勢。 その砲塔は、闇を切り裂く火花を散らしながら
次なる標的を狙って静かに旋回を続けていた。
 戦いは、これからが本当の正念場であった。
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