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第一章
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「大変良くできていますね」
フォルトナー先生は目の前の紙に書かれた内容を読み終えると、私の方を向いて誉めてくれた。
「ありがとうございます。綴りはちゃんと合っていましたか?」
「綴りは完璧です。この短い間によく勉強されています。それよりもこの文章が素晴らしい。それにとても美しい字を書かれますね。読みやすく奥様の人柄が滲み出ているようです」
「誉めすぎです。先生」
初老のフォルトナー先生に宿題である詩を誉められ、気分は満更ではない。
ダレクさんが探してくれた家庭教師の一人、フォルトナー先生は主に座学を教えてくれる。
最初はアルファベットから。文字の一つ一つを紙に書き、次に自分の名前や夫の名前、それから国の名前や都市の名前、物の名前などを丁寧に教えてもらった。
もともと外国語は好きだった。
英語は小学生の頃からネイティブの先生に教えてもらい、フランス語と中国語を大学で勉強した。
文字以外には国の歴史や風土、世界地理など、書き取りは小学生レベルだが、それらは口頭で高校生レベルにまで達する。
他にマナーやダンス、ピアノの家庭教師もいたが、私はこのフォルトナー先生の授業が一番楽しかった。知らなかったことを知ることができるからだ。
宿題は詩を書くこと。
綺麗に手入れされた庭を見て、思ったことを短くてもいいから書きなさいと言われていた。
「知っている単語がまだあまりないため、とても拙い文章になってしまいました」
「いえいえ、逆に心情が伝わってきて、とても素直に読めました。それに添えられたこの絵も素朴で素敵です」
季節は春。庭には色とりどりの花が咲き乱れ、とても美しい。
庭師が綺麗に手入れしているだけあって侯爵邸の庭はイングリッシュガーデンのようだ。
花の蜜を求めて蝶や蜂も飛び交い、木々の枝には小鳥たちが囀ずる。
そんな様子を詩に書いて、ついでに挿し絵風に花の絵も足してみた。
「どうです?次はもっと実用的に手紙でも書いてみますか?」
「手紙?」
「そうです。実際に出すつもりで……そうですね。戦場にいるルイスレーン様に宛てたつもりで。私もかつて彼に父上に宛てた手紙を書かせたことがあります」
フォルトナー先生はかつて、夫であるルイスレーン様の家庭教師をされていた。そのことが縁で私を教えに来てくれている。
日本でも父の日や母の日に手紙を書いていた。
結婚式では今までありがとう、お父さん。と手紙を書いて読んだ。
ズキッと胸が痛んだ。
「私……夫のことを覚えておりません。会ったことのない方に手紙など……」
「実際に出すのではないのです。本当のルイスレーン様ではなく、ただ戦場にいる夫を想像し、今のご自分やこちらでの生活の様子を報告して、そちらはどうです?と。綴りの練習なのですから」
「練習……そうですね。書いてみます」
覚えたばかりの文字を並べ、それを文章として構成していく。単なる宿題。そう思って私は気軽に手紙を書くことにした。
戦場にいる夫。記憶にない夫ではなく。空想の愛しい夫に向けて書いてみよう。
そんなことを考えていた私は、目の前のフォルトナー先生がしたり顔で頷いていることに全く気づかなかった。
フォルトナー先生は目の前の紙に書かれた内容を読み終えると、私の方を向いて誉めてくれた。
「ありがとうございます。綴りはちゃんと合っていましたか?」
「綴りは完璧です。この短い間によく勉強されています。それよりもこの文章が素晴らしい。それにとても美しい字を書かれますね。読みやすく奥様の人柄が滲み出ているようです」
「誉めすぎです。先生」
初老のフォルトナー先生に宿題である詩を誉められ、気分は満更ではない。
ダレクさんが探してくれた家庭教師の一人、フォルトナー先生は主に座学を教えてくれる。
最初はアルファベットから。文字の一つ一つを紙に書き、次に自分の名前や夫の名前、それから国の名前や都市の名前、物の名前などを丁寧に教えてもらった。
もともと外国語は好きだった。
英語は小学生の頃からネイティブの先生に教えてもらい、フランス語と中国語を大学で勉強した。
文字以外には国の歴史や風土、世界地理など、書き取りは小学生レベルだが、それらは口頭で高校生レベルにまで達する。
他にマナーやダンス、ピアノの家庭教師もいたが、私はこのフォルトナー先生の授業が一番楽しかった。知らなかったことを知ることができるからだ。
宿題は詩を書くこと。
綺麗に手入れされた庭を見て、思ったことを短くてもいいから書きなさいと言われていた。
「知っている単語がまだあまりないため、とても拙い文章になってしまいました」
「いえいえ、逆に心情が伝わってきて、とても素直に読めました。それに添えられたこの絵も素朴で素敵です」
季節は春。庭には色とりどりの花が咲き乱れ、とても美しい。
庭師が綺麗に手入れしているだけあって侯爵邸の庭はイングリッシュガーデンのようだ。
花の蜜を求めて蝶や蜂も飛び交い、木々の枝には小鳥たちが囀ずる。
そんな様子を詩に書いて、ついでに挿し絵風に花の絵も足してみた。
「どうです?次はもっと実用的に手紙でも書いてみますか?」
「手紙?」
「そうです。実際に出すつもりで……そうですね。戦場にいるルイスレーン様に宛てたつもりで。私もかつて彼に父上に宛てた手紙を書かせたことがあります」
フォルトナー先生はかつて、夫であるルイスレーン様の家庭教師をされていた。そのことが縁で私を教えに来てくれている。
日本でも父の日や母の日に手紙を書いていた。
結婚式では今までありがとう、お父さん。と手紙を書いて読んだ。
ズキッと胸が痛んだ。
「私……夫のことを覚えておりません。会ったことのない方に手紙など……」
「実際に出すのではないのです。本当のルイスレーン様ではなく、ただ戦場にいる夫を想像し、今のご自分やこちらでの生活の様子を報告して、そちらはどうです?と。綴りの練習なのですから」
「練習……そうですね。書いてみます」
覚えたばかりの文字を並べ、それを文章として構成していく。単なる宿題。そう思って私は気軽に手紙を書くことにした。
戦場にいる夫。記憶にない夫ではなく。空想の愛しい夫に向けて書いてみよう。
そんなことを考えていた私は、目の前のフォルトナー先生がしたり顔で頷いていることに全く気づかなかった。
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