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第六章
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支度を終えるとマディソンたちに時間が来たら降りてきてくださいと言われて、暫く部屋で待機していた。
そろそろかなと思い部屋を出ると、ちょうど目の前の扉からルイスレーン様も出てきたところだった。
白いシャツの襟にグリーンのスカーフを差し込み、明るいグレーのベストに紺色の細身のズボン。
白い軍服姿も決まっていたが、ゆったりとした姿も様になっている。
ダークブロンドの髪は後ろへ撫で付けられ、顔の輪郭がはっきり見える。
「偶然だな。一緒に行こうか」
そう言って先に廊下を歩いて階段へと向かう。
先に歩く後ろ姿を見ながら、前の夫もそうやっていつも前を歩いて付いていくのがやっとだったことを思い出す。
どうして男の人は一般的に女の歩く幅が自分より狭いことに気づかないのだろう。
そんなことを思いながら廊下を歩いていくと、階段を二段程降りたところでルイスレーン様がこちらを向いて立っていた。
「どうかされたのですか?」
不思議に思って訊ねると、すっと片手を私の方に差し出して手のひらを上に向けた。
「転ぶといけない」
まるで階段を一人で降りたことのない小さな子に言うような口振りだった。
まさか、手を握れと?
「あの……」
「大丈夫だ。ほら」
戸惑ってその手を見てまごついていると、更に手を伸ばしてくる。
「子どもではないのですから、毎日この階段を利用しているので大丈夫です」
いくら今日彼の目の前で気を失ったからと言って、ここまでしてもらう資格はない。
さっさと私を置いて行ってしまったと少し恨みがましく思ったことが恥ずかしい。
「だが夕食前でお腹も空いているだろう。またふらついたらどうする」
「そ、そこまでお腹は空いていません」
まるで大食漢のように言われて少し憤慨する。
「お腹が減っても階段をふらついて落ちるようなばかはしません」
「そうなのか?まだ顔が赤いが大丈夫なのか?」
「食いしん坊のように言われて怒っているんです」
「それは悪かった。そんな風には思っていない。むしろさっき抱き抱えた感じではまだまだ太り足りないのではないか?」
お姫様抱っこされたことを思い出さされ、顔から火が出そうになった。
憧れのお姫様抱っこだが、気を失ったことからの展開で感動する間もなかった。
「それより早く…せっかくの食事が冷めてしまう」
ますます手を前に伸ばして催促してくる。
確かに、ようやく自分の邸に戻ってきたのに、帰る早々私が呼吸困難で倒れ、バタバタしてしまったので少しもゆっくりできていないのではないだろうか。
そんな風にエスコートされた経験がないので、おずおずと差し出された手に自分の手を乗せる。
背が高いので二段下に居てもまだルイスレーン様の顔は少し上にあった。
乗せた手をきゅっと握られ引き寄せられた。
大きくて温かい手に驚き、あまりにも至近距離に顔があって、恥ずかしさにまたもや顔が赤くなる。
「青くなったり赤くなったり、そなたの表情を見ていると退屈しないな」
握られていない側の手でワンピースのスカート部分を持ち上げ、裾を踏まないように一段ずつ降りる。
私が一段降りれば彼もその後もう一段降りる。
その間彼は一度も自分の足元を見ずに、私の顔を食い入るように見ながら誘導してくれる。
緑とオレンジの混じった瞳で見つめられ、宝物のように優しく扱われると、これが政略結婚だと言うことを忘れてしまう。
それともこの世界のこの国の男性は皆こんな風に女性をエスコートするのかも知れない。
あの人だって父が亡くなるまでは優しかった。変わったのは父が亡くなってからだった。
ルイスレーン様にはもう親はいない。この侯爵家の事実上の当主だ。誰に遠慮することもおもねる必要もない。
なら何故彼は私にこんなにも親切にしてくれるのだろう。信じたいのに、どこかに落とし穴があるような気がして素直に受け止めることができない。
彼が親切にするのはクリスティアーヌだからであって、愛理の記憶を持つクリスティアーヌとしても、この状況は戸惑いの連続だ。
期待すればするだけ、裏切られたときのショックは大きくなる。
階段を降りきり、食事が用意されたダイニングへと向かった。
階段を降りたのだからそろそろ手を離してもいいのに、まだ彼は手を離さない。
軽く握っているだけなので無理に振り払えば出来ないことはないが、私からそれをやってもいいのかわからないまま目的の部屋に着いた。
愛理として目覚めてから始め食事を取っていたのは朝食室と呼ばれる部屋だった。
それも途中から一人では味気無いからと厨房横の談話室で皆と一緒に取っていた。
初めて入ったそこには十人くらいが一度に座ることができる大きなテーブルと、背中をすっぽり預けることができる大きな背もたれのビロード張りの椅子が置かれていた。
当然一番奥がルイスレーン様で、私の席はその向かい側に用意されていた。
そちらへ向かおうとしたが、彼はまだ手を離さず反対方向へと引っ張って行く。
「ルイスレーン様?私の席は……」
「ここに彼女の席を」
「畏まりました」
自分のと直角にある椅子を指差して彼が言うと、使用人たちがさっと言われたとおり、向こうにあった食器類を動かした。
「あの、ルイスレーン様………私は」
「あんなに離れていては会話もできない。さあここへ」
見上げる私の顔を見下ろしそう言うと、彼は椅子を動かして私に座るように指し示した。
そろそろかなと思い部屋を出ると、ちょうど目の前の扉からルイスレーン様も出てきたところだった。
白いシャツの襟にグリーンのスカーフを差し込み、明るいグレーのベストに紺色の細身のズボン。
白い軍服姿も決まっていたが、ゆったりとした姿も様になっている。
ダークブロンドの髪は後ろへ撫で付けられ、顔の輪郭がはっきり見える。
「偶然だな。一緒に行こうか」
そう言って先に廊下を歩いて階段へと向かう。
先に歩く後ろ姿を見ながら、前の夫もそうやっていつも前を歩いて付いていくのがやっとだったことを思い出す。
どうして男の人は一般的に女の歩く幅が自分より狭いことに気づかないのだろう。
そんなことを思いながら廊下を歩いていくと、階段を二段程降りたところでルイスレーン様がこちらを向いて立っていた。
「どうかされたのですか?」
不思議に思って訊ねると、すっと片手を私の方に差し出して手のひらを上に向けた。
「転ぶといけない」
まるで階段を一人で降りたことのない小さな子に言うような口振りだった。
まさか、手を握れと?
「あの……」
「大丈夫だ。ほら」
戸惑ってその手を見てまごついていると、更に手を伸ばしてくる。
「子どもではないのですから、毎日この階段を利用しているので大丈夫です」
いくら今日彼の目の前で気を失ったからと言って、ここまでしてもらう資格はない。
さっさと私を置いて行ってしまったと少し恨みがましく思ったことが恥ずかしい。
「だが夕食前でお腹も空いているだろう。またふらついたらどうする」
「そ、そこまでお腹は空いていません」
まるで大食漢のように言われて少し憤慨する。
「お腹が減っても階段をふらついて落ちるようなばかはしません」
「そうなのか?まだ顔が赤いが大丈夫なのか?」
「食いしん坊のように言われて怒っているんです」
「それは悪かった。そんな風には思っていない。むしろさっき抱き抱えた感じではまだまだ太り足りないのではないか?」
お姫様抱っこされたことを思い出さされ、顔から火が出そうになった。
憧れのお姫様抱っこだが、気を失ったことからの展開で感動する間もなかった。
「それより早く…せっかくの食事が冷めてしまう」
ますます手を前に伸ばして催促してくる。
確かに、ようやく自分の邸に戻ってきたのに、帰る早々私が呼吸困難で倒れ、バタバタしてしまったので少しもゆっくりできていないのではないだろうか。
そんな風にエスコートされた経験がないので、おずおずと差し出された手に自分の手を乗せる。
背が高いので二段下に居てもまだルイスレーン様の顔は少し上にあった。
乗せた手をきゅっと握られ引き寄せられた。
大きくて温かい手に驚き、あまりにも至近距離に顔があって、恥ずかしさにまたもや顔が赤くなる。
「青くなったり赤くなったり、そなたの表情を見ていると退屈しないな」
握られていない側の手でワンピースのスカート部分を持ち上げ、裾を踏まないように一段ずつ降りる。
私が一段降りれば彼もその後もう一段降りる。
その間彼は一度も自分の足元を見ずに、私の顔を食い入るように見ながら誘導してくれる。
緑とオレンジの混じった瞳で見つめられ、宝物のように優しく扱われると、これが政略結婚だと言うことを忘れてしまう。
それともこの世界のこの国の男性は皆こんな風に女性をエスコートするのかも知れない。
あの人だって父が亡くなるまでは優しかった。変わったのは父が亡くなってからだった。
ルイスレーン様にはもう親はいない。この侯爵家の事実上の当主だ。誰に遠慮することもおもねる必要もない。
なら何故彼は私にこんなにも親切にしてくれるのだろう。信じたいのに、どこかに落とし穴があるような気がして素直に受け止めることができない。
彼が親切にするのはクリスティアーヌだからであって、愛理の記憶を持つクリスティアーヌとしても、この状況は戸惑いの連続だ。
期待すればするだけ、裏切られたときのショックは大きくなる。
階段を降りきり、食事が用意されたダイニングへと向かった。
階段を降りたのだからそろそろ手を離してもいいのに、まだ彼は手を離さない。
軽く握っているだけなので無理に振り払えば出来ないことはないが、私からそれをやってもいいのかわからないまま目的の部屋に着いた。
愛理として目覚めてから始め食事を取っていたのは朝食室と呼ばれる部屋だった。
それも途中から一人では味気無いからと厨房横の談話室で皆と一緒に取っていた。
初めて入ったそこには十人くらいが一度に座ることができる大きなテーブルと、背中をすっぽり預けることができる大きな背もたれのビロード張りの椅子が置かれていた。
当然一番奥がルイスレーン様で、私の席はその向かい側に用意されていた。
そちらへ向かおうとしたが、彼はまだ手を離さず反対方向へと引っ張って行く。
「ルイスレーン様?私の席は……」
「ここに彼女の席を」
「畏まりました」
自分のと直角にある椅子を指差して彼が言うと、使用人たちがさっと言われたとおり、向こうにあった食器類を動かした。
「あの、ルイスレーン様………私は」
「あんなに離れていては会話もできない。さあここへ」
見上げる私の顔を見下ろしそう言うと、彼は椅子を動かして私に座るように指し示した。
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