【本編完結】政略結婚から逃げたいのに旦那様から逃げられません

七夜かなた

文字の大きさ
66 / 266
第六章

3

しおりを挟む
リックがイチゴのタルトを私の前に置いた。

一人分に切り分け生クリームとミントが添えられている。

「美味しい!」

ひと口頬張って目を閉じてそう呟く。

「そんなに美味しいか?」

「はい。生のイチゴの甘酸っぱいのとカスタードクリームの甘さが絶妙で。タルト生地のサクサク感もちょうどいいです。ここの料理は何でも美味しいですが」

「そうか……厨房の者に取っては最高の褒め言葉だな」

「こんなに美味しいのに甘いものがお嫌いなんて勿体ないです。男の方は甘いものがお嫌いな方が多いですね。お酒を召し上がるからでしょうか。中には美味しそうに召し上がる方もいますけど」

トムやルーティアスさんは甘いものを喜んで食べていた。

「好き嫌いはするなと教えられた。嫌いと言うよりは、食べる必要性を感じない。生きるためなら普通に食事を食べていれば事足りる。もちろん味や見た目は大事だから腕のいい料理人は必要だが」

無駄なものは削ぎ落とす。それがルイスレーン様の生き方なんだろうか。美味しいものを楽しまれることはできるのに、何だか味気無いと思うのは私の勝手な思い込みだろうか。

「だからと言ってあなたが遠慮する必要はない。料理長も私が食べないからせっかくの腕を奮う機会がなくて残念がっていた。彼も喜んでいるだろう」

「それが本当なら、役に立てて嬉しいです」

生クリームを少し付けて再び口に運ぶ。

「そんなに美味しいか」

顔に出ていたのだろう。私の方を見てルイスレーン様が訪ねる。

「はい」

三口目フォークに取り口に入れようとした時、横から手が伸びフォークを持った私の手首を掴むと、顔を近付けてきたルイスレーン様が自分の方に私の手を向け、パクリと私が食べようとしたタルトを口に入れた。

「あの………ルイスレーン様………」

「……まあ、思ったほど甘くない」

呆然とする私の手首を掴んだまま口に入れたタルトの感想を呟く。
な、なんてことをしてくれるんだ、この人は!
そんな恋人同士みたいな……私たちは夫婦だけど……普通の夫婦とは違うし。
魚のようにパクパクと口を閉じたり開けたりしている私に首を傾げて、ルイスレーン様が訪ねる。

「どうした?あなたの分を食べて怒っているのか?あなたがあまりに美味しそうに食べるから興味がわいた。もうひとつ頼むか?」

「いえ……大丈夫です。その……人目もありますし、こんなこと」

「人目?誰もいないが」

「え!」

言われて周りを見渡すと広い部屋に二人だけになっていた。
リックたちが側に控えていた筈なのに、いつの間にか消えている。
ルイスレーン様は気づいていたみたいだが、音もなくいなくなるなんて、優秀過ぎる。

「本当にお代わりはいいのか?」
「はい。ひとつで大丈夫です」

びっくりしてすっかり食欲は失せていた。
手を放してくれたので残りのタルトを慌てて食べきったが、ドキドキし過ぎて味わうどころではなかった。

「ところで……」

そんな私の様子を眺めながらワインを飲み干したルイスレーン様が話しかけてきた。

「ひ、ひゃい!」

返事をする声が裏返った。
それを見てルイスレーン様の口角が微かに上がる。
完全に面白がっている。

「習い事の中にダンスもあったみたいだが、腕前の方はどうだ?」
「だ……ダンスですか……」
「明日の王宮での宴ではダンスもある。夫婦になって初めての公式な宴への出席になる。当然私たちは夫婦なのだから、二人で踊ることになるが」

それを聞いて頭の中が真っ白になった。

もちろんダンスの授業は受けた。受けたが、全てのステップを覚えているわけではない。

「良ければ少し踊ってみるのはどうだ?」

返答に詰まる私を見て自信がないのがわかったのか彼が提案してきた。

「今から……ですか。でも、お疲れでは……」

ダンスということはさっきみたいに密着することになると怖じ気づく。
今日帰還したばかりなのに疲れているのでは、とも思った。

「砦からここまでかなりゆっくりの行軍だったので、それほど疲れてはいない。それより、私もあまり夜会に慣れていないので、できれば練習しておきたいと思っていた」

そんな風に言われると断る理由が失くなった。

「少しなら……でも、まだまだお墨付きは頂いていないので、足を踏むかも……」
「そのための練習だから」

足を踏まれるのを嫌がってやっぱり止めるとならないかと言ってみたが、無駄だった。

「音楽室の用意を」

「畏まりました」

ルイスレーン様が立ち上がって声を出すと、すかさずダレクが奥から現れた。

こんなにすぐ声が届くところで控えていたのかと驚く。
いつの間にか姿を消していたリックたち。すぐに現れたダレク。
壁に耳あり障子に目あり……そんな言葉が脳裏に浮かんだ。
しおりを挟む
感想 139

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

処理中です...