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第八章
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先生はレジーナさんを呼びに奥へ行き、私が一人玄関先で待っていた。
「待たせな」
「いいえ、それほどでもありません」
「突然の訪問で申し訳ありませんでした」
彼が私の背後の先生たちにお礼を言う。
「うちはいつでも構わないよ。また来てくれ」
「そうね。私も夫だけでは料理のしがいがありませんもの。侯爵様のようにたくさん食べていただくのを見ると気持ちがいいものですわ」
「年を取ると少ない量で事足りるようになるからね」
「今度は是非我が家にもお越しください。では行こうか」
「はい。お邪魔しました」
ルイスレーン様とともに先生夫妻に手を振って別れた。
「馬は大丈夫でしたか?次はどちらへ?」
二人で歩きだし、次の行き先について訊ねた。
「もう少し預かってもらう。腹ごなしに歩こう」
「わかりました」
ルイスレーン様は私に合わせた歩幅でゆっくりと、まるでモデルがランウェイを歩くように弛みなく歩く。
周りの人達と同じような服装をして帽子を被って顔を隠していても、放つ気品と力強さは隠せない。
すれ違う人達がその長身と醸し出す雰囲気に一度は振り返る。
東京の人混みの中を歩いてきたので首都の人の多さには慣れているが、彼の側を歩いてると人とぶつかる前に周りが道を作ってくれる。
商業地域まで来て、鞄や靴、洋服に帽子などが表に立ち並んでいるのを見て、唐突にルイスレーン様が振り返った。
「何か……欲しいものはあるか?」
「え、欲しいもの……ですか」
「この辺りはいい品物を置いている店が多い。気になる店があったら遠慮せず言いなさい」
見渡すと確かにそこは5番街かロデオ・ドライブ、銀座通りのような高級品が目白押しで、貴族の方たちがこぞって品物を買い求めるような店ばかりだった。
中流家庭や庶民派の店はもっと市街地にある。
「どれも立派なお店ばかりで……今すぐ思いつきません」
「そうか……ではもう少し歩いてみるか」
言ってルイスレーン様は「ここは?」「あちらはどうだ?」と角に差し掛かる度に訊ねてくる。
「あの……今は特に欲しいものはありません。必要なものは全部ありますし」
やんわりと私が言うと、彼は欲しいものがないという選択肢に思い至らなかったようで、「そうか……」と呟いた。
「本当は何かあなたに贈り物をと思ったのだが、好みがわからなくて」
「もしかして、そのために今日は?」
まさかとは思いながら訊ねると、黙ったまま彼はこくりと頷く。
冗談で言ったつもりが本当にそうだったとわかり驚いた。
「どうして……」
なぜ彼が急に私に贈り物をしたいと思ったのか訊ねる。
「女性というのは、そういうのが好きなのではないのか?その……宝石やドレスが……」
「確かに……そういう物が好きな女性もおりますが……私がお訊きしたいのは、なぜ今なのですか?誕生日でも何かの記念日でもありませんし」
「特別な理由がなければだめなのか?」
私の反応が思ったのと違ったのか、ルイスレーン様も戸惑っている様子だ。
「おかしいな……聞いていた話と違う」
「誰に何をお聞きになったのですか?私が何かを欲しがっているとどなたかにお聞きになったのでしょうか?」
「そうではない……前に軍の仲間が言っていたのだ。女性は服や宝石、身につける物を贈ると喜ぶと。こっそり何か買って驚かせたかったが、あなたが何が好きかわからなかった。別の者が買い物が好きだから、喜ばせたいときは買い物に連れていってあげるのだと言っていたのを思い出したんだ」
観念したようにため息と共に彼が白状した。
「情けないだろう?あなたを喜ばすことも出来ず、人の受け売りばかりで。だが、私は女性が何が好きで何をすれば喜んでくれるのか、皆目検討がつかなかった」
「ルイスレーン様は、私を喜ばせたかったのですか?」
「夫として妻を喜ばせたかった……それでは納得できないか?」
被っていた帽子のつばを少し上に上げて見えた彼の瞳は嘘を言っているようには見えなかった。
「………」
私は言葉が詰まってすぐには何も返せなかった。
夫として妻を喜ばせたいと言う彼の言葉に嘘はないとわかる。
彼は邸の使用人も軍の上司や同僚、部下など、自分の周りにいる人達を大切にできる人だ。
妻という存在もその一部。夫としてどうすれば妻を喜ばせられるか、真面目に考え行動に移しただけだ。
誤解してはいけない。自惚れてはいけない。
まだ私は彼に全てのことを伝えていない。
「今日はお気持ちだけ頂いておきます。何がいいか、次の時までに考えておきます」
「本当に……いいのか?」
「はい」
「わかった。では、今度の時までに考えておいてくれ」
今日のところは諦めてくれたようだ。
気持ちは嬉しいが、自分のために不必要なお金を使って欲しくなかった。
今は彼も夫という立場に慣れていないこともあり、一生懸命現状に馴染もうとして色々気を遣ってくれているだけ。
期待してはいけない。
「もしここに用がないなら、別の場所に移動しても構わないか?」
次にどこに行くのだろうとついて行くと、今度は診療所に通う時に通っていた大通りに出た。
「待たせな」
「いいえ、それほどでもありません」
「突然の訪問で申し訳ありませんでした」
彼が私の背後の先生たちにお礼を言う。
「うちはいつでも構わないよ。また来てくれ」
「そうね。私も夫だけでは料理のしがいがありませんもの。侯爵様のようにたくさん食べていただくのを見ると気持ちがいいものですわ」
「年を取ると少ない量で事足りるようになるからね」
「今度は是非我が家にもお越しください。では行こうか」
「はい。お邪魔しました」
ルイスレーン様とともに先生夫妻に手を振って別れた。
「馬は大丈夫でしたか?次はどちらへ?」
二人で歩きだし、次の行き先について訊ねた。
「もう少し預かってもらう。腹ごなしに歩こう」
「わかりました」
ルイスレーン様は私に合わせた歩幅でゆっくりと、まるでモデルがランウェイを歩くように弛みなく歩く。
周りの人達と同じような服装をして帽子を被って顔を隠していても、放つ気品と力強さは隠せない。
すれ違う人達がその長身と醸し出す雰囲気に一度は振り返る。
東京の人混みの中を歩いてきたので首都の人の多さには慣れているが、彼の側を歩いてると人とぶつかる前に周りが道を作ってくれる。
商業地域まで来て、鞄や靴、洋服に帽子などが表に立ち並んでいるのを見て、唐突にルイスレーン様が振り返った。
「何か……欲しいものはあるか?」
「え、欲しいもの……ですか」
「この辺りはいい品物を置いている店が多い。気になる店があったら遠慮せず言いなさい」
見渡すと確かにそこは5番街かロデオ・ドライブ、銀座通りのような高級品が目白押しで、貴族の方たちがこぞって品物を買い求めるような店ばかりだった。
中流家庭や庶民派の店はもっと市街地にある。
「どれも立派なお店ばかりで……今すぐ思いつきません」
「そうか……ではもう少し歩いてみるか」
言ってルイスレーン様は「ここは?」「あちらはどうだ?」と角に差し掛かる度に訊ねてくる。
「あの……今は特に欲しいものはありません。必要なものは全部ありますし」
やんわりと私が言うと、彼は欲しいものがないという選択肢に思い至らなかったようで、「そうか……」と呟いた。
「本当は何かあなたに贈り物をと思ったのだが、好みがわからなくて」
「もしかして、そのために今日は?」
まさかとは思いながら訊ねると、黙ったまま彼はこくりと頷く。
冗談で言ったつもりが本当にそうだったとわかり驚いた。
「どうして……」
なぜ彼が急に私に贈り物をしたいと思ったのか訊ねる。
「女性というのは、そういうのが好きなのではないのか?その……宝石やドレスが……」
「確かに……そういう物が好きな女性もおりますが……私がお訊きしたいのは、なぜ今なのですか?誕生日でも何かの記念日でもありませんし」
「特別な理由がなければだめなのか?」
私の反応が思ったのと違ったのか、ルイスレーン様も戸惑っている様子だ。
「おかしいな……聞いていた話と違う」
「誰に何をお聞きになったのですか?私が何かを欲しがっているとどなたかにお聞きになったのでしょうか?」
「そうではない……前に軍の仲間が言っていたのだ。女性は服や宝石、身につける物を贈ると喜ぶと。こっそり何か買って驚かせたかったが、あなたが何が好きかわからなかった。別の者が買い物が好きだから、喜ばせたいときは買い物に連れていってあげるのだと言っていたのを思い出したんだ」
観念したようにため息と共に彼が白状した。
「情けないだろう?あなたを喜ばすことも出来ず、人の受け売りばかりで。だが、私は女性が何が好きで何をすれば喜んでくれるのか、皆目検討がつかなかった」
「ルイスレーン様は、私を喜ばせたかったのですか?」
「夫として妻を喜ばせたかった……それでは納得できないか?」
被っていた帽子のつばを少し上に上げて見えた彼の瞳は嘘を言っているようには見えなかった。
「………」
私は言葉が詰まってすぐには何も返せなかった。
夫として妻を喜ばせたいと言う彼の言葉に嘘はないとわかる。
彼は邸の使用人も軍の上司や同僚、部下など、自分の周りにいる人達を大切にできる人だ。
妻という存在もその一部。夫としてどうすれば妻を喜ばせられるか、真面目に考え行動に移しただけだ。
誤解してはいけない。自惚れてはいけない。
まだ私は彼に全てのことを伝えていない。
「今日はお気持ちだけ頂いておきます。何がいいか、次の時までに考えておきます」
「本当に……いいのか?」
「はい」
「わかった。では、今度の時までに考えておいてくれ」
今日のところは諦めてくれたようだ。
気持ちは嬉しいが、自分のために不必要なお金を使って欲しくなかった。
今は彼も夫という立場に慣れていないこともあり、一生懸命現状に馴染もうとして色々気を遣ってくれているだけ。
期待してはいけない。
「もしここに用がないなら、別の場所に移動しても構わないか?」
次にどこに行くのだろうとついて行くと、今度は診療所に通う時に通っていた大通りに出た。
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