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第八章
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高級品を扱う店が並んでいたさっきの通りは人が多いと言っても人数はここと比べるとずっと少なかった。
渋谷のスクランブル交差点程ではないが、原宿通り位の人通りはある。
人より背が高いルイスレーン様を見失うことはなさそうだが、気を抜くとすぐにはぐれそうになる。
私が一歩遅れてついてくることに気がついて、ルイスレーン様は手を伸ばした。
「手を……」
さっと私の手首を掴んだ。
短くそれだけだったが、素っ気ないわけでもない。
手に触れるのは初めてではない。
邸の階段を降りたときも、王宮でエスコートしてくれてたときも、彼は手を添えてくれた。
今もはぐれないために手を差し伸べてくれたのだと言い聞かせる。
「ここだ」
ある場所にたどり着き、ルイスレーン様が足を止めた。
「ここ……ですか?」
それは私がよく通っているクレープ屋さんだった。
人気で今日も何人か並んでいる。
「ここのものが美味しいと聞いた」
なぜ彼がここのことを知っているのだろう。部下の人か誰かからの情報なのだろう。
すたすたと列の最後尾に向かおうとするルイスレーン様に驚いて慌てて呼び止めた。
「あ、あのル…旦那様。待ってください」
「どうした?もしかして……ここも駄目か?」
さっき買い物を断ったので、ここもなのかと訊ねられた。
確かにフォルトナー先生の所で食べたばかりだし、どうしても食べたいわけではないが、問題はそこではない。
「あなたが並ぶのですか?」
「列に割って入るわけがないだろう。それがどうした?」
並んでいるのはほとんどが女性。男性と言っても小さい子どもばかりの中に、何の躊躇もせず並ぼうとしている。
いくら平民の服を着ていても、背が高く体格も立派な彼がそこにいることで、すでに並んでいる人達から注目されていることに気がついていないのか。
「並ぶなら私が並びます。ルイ……旦那様は向こうで待っていてください」
通りの先にある噴水広場を指差す。
彼をクレープ屋の列に並ばせるのが忍びなくて、それなら自分が並ぶと言った。
「しかし……」
それでいいのかという顔をする。
「私のわがまま訊いていただけますか?」
躊躇う彼にそう言うと、これって初めてのわがままなんじゃないかと思い当たった。
「わがまま……わかった」
案外あっさりと引き下がってくれて、思わずほっとした。
ルイスレーン様が噴水広場に向かったのを見送り列に並んでから、彼が何を欲しいのか訊くのを忘れたことに気がついた。
「今のはあなたの恋人さん?」
私のすぐ前に並んでいた二、三歳の女の子を連れた女性が私に声をかけてきた。
「あ、はい………あの……夫です」
夫と言うのに数秒かかった。
「あら、そうなの。なら新婚さんなのかしら?」
「はい……半年程になります……なぜ新婚だと?」
「だってやり取りが初々しくて……それに夫って言うのがちょっと気恥ずかしそうですし。私もそうだったかなと……この子を産む頃にはなれましたけど」
「……やっぱり……わかりますか……」
「でも素敵な旦那様ね。ここに並ぼうとしてしてくれたのかしら……もしかして甘いものがお好きな方?」
「いえ……甘いものはあまり」
そう言って、彼が甘いものは食べないことを思い出す。
「なら、ますます素敵ね。あなたのために買おうとしてくれたのね」
もしかしてそうなのかな?
でも私だけが買うのもどうなのだろう。
日本ではハムやソーセージ、卵や野菜を具材にした惣菜風のものもあったが、今のところここは甘い系ばかりだ。
そうこうしている内に前の人達が注文し、私の番がやってきた。
「いらっしゃい、あ、いつもありがとう」
すっかり常連の私に店主のおじさんが営業スマイルで対応してくれる。
「いつものかな?」
「いえ、今日は砂糖とシナモン味のを……それと、ハムとチーズなどはありますか?」
「ハムとチーズ?あーそういう味のはないんだけど」
「お金は少しかかってもいいので、何かそういったものを具材にしてもらえますか?」
「うーん……常連さんに言われたらねぇ」
「あら、そういうものも出来るのなら、私も作ってもらおうかしら」
私の後ろで待っていた中年の女性が話を聞いて入ってくる。
「うちの主人も甘いものは嫌がるんだけど、それなら食べるかも」
「私らの昼用に少しならありますが……」
初めは渋っていた店主も、商売の勘が働いたのか奥へと引っ込みいくつかハムやチーズを持ってきた。
「味付けはどうしますか?」
「ハムやチーズに塩味があるので……」
マヨネーズやケチャップがあればいいが、こっちの世界にはないので、仕方がない。
「焼いたばかりの生地ならチーズも溶けるので美味しいと思います」
「あ、なるほどね。普通は冷ましてから使うんだが、それなら焼いてすぐのやつが使えるな」
砂糖とシナモンのクレープを先につくり、ハムとチーズをつくる。
「茹でた卵や野菜もいいかと思いますよ」
「なるほどね……お嬢さん、商品の開発に協力して欲しいくらいだ」
もうひとつのクレープを渡しながら店主がかなり本気で言ってきた。
「ああ、今日はいいよ。いいことを教えてもらったから」
お金を渡そうとすると、おじさんに断られた。
「え、でも……」
「お言葉に甘えておきなさい、滅多にないことなんだから、店長、私の分もまけてくれないかしら」
「お客さんには敵わないな……お客さんのも今日だけハムの方はまけさせてもらうよ」
「あらありがとう。そういうのが新しく商品になるなら、またご贔屓にさせていただくわ。他の人にも宣伝しておくわね」
「よろしく頼みますよ。ありがとうございました」
「お嬢さんありがとうね」
「いえこちらこそ……店長、ありがとうございました」
ちゃっかりものの奥さんと商売上手な店主のおかげでタダでクレープを手に入れてしまった。
「他にもいい話があったら教えておくれよ」
「はい。ありがとうございます」
予定より遅くなったけど、甘いものを好まないルイスレーン様にお土産が出来たのは嬉しかった。
少し小走りになって噴水広場へ向かった。
渋谷のスクランブル交差点程ではないが、原宿通り位の人通りはある。
人より背が高いルイスレーン様を見失うことはなさそうだが、気を抜くとすぐにはぐれそうになる。
私が一歩遅れてついてくることに気がついて、ルイスレーン様は手を伸ばした。
「手を……」
さっと私の手首を掴んだ。
短くそれだけだったが、素っ気ないわけでもない。
手に触れるのは初めてではない。
邸の階段を降りたときも、王宮でエスコートしてくれてたときも、彼は手を添えてくれた。
今もはぐれないために手を差し伸べてくれたのだと言い聞かせる。
「ここだ」
ある場所にたどり着き、ルイスレーン様が足を止めた。
「ここ……ですか?」
それは私がよく通っているクレープ屋さんだった。
人気で今日も何人か並んでいる。
「ここのものが美味しいと聞いた」
なぜ彼がここのことを知っているのだろう。部下の人か誰かからの情報なのだろう。
すたすたと列の最後尾に向かおうとするルイスレーン様に驚いて慌てて呼び止めた。
「あ、あのル…旦那様。待ってください」
「どうした?もしかして……ここも駄目か?」
さっき買い物を断ったので、ここもなのかと訊ねられた。
確かにフォルトナー先生の所で食べたばかりだし、どうしても食べたいわけではないが、問題はそこではない。
「あなたが並ぶのですか?」
「列に割って入るわけがないだろう。それがどうした?」
並んでいるのはほとんどが女性。男性と言っても小さい子どもばかりの中に、何の躊躇もせず並ぼうとしている。
いくら平民の服を着ていても、背が高く体格も立派な彼がそこにいることで、すでに並んでいる人達から注目されていることに気がついていないのか。
「並ぶなら私が並びます。ルイ……旦那様は向こうで待っていてください」
通りの先にある噴水広場を指差す。
彼をクレープ屋の列に並ばせるのが忍びなくて、それなら自分が並ぶと言った。
「しかし……」
それでいいのかという顔をする。
「私のわがまま訊いていただけますか?」
躊躇う彼にそう言うと、これって初めてのわがままなんじゃないかと思い当たった。
「わがまま……わかった」
案外あっさりと引き下がってくれて、思わずほっとした。
ルイスレーン様が噴水広場に向かったのを見送り列に並んでから、彼が何を欲しいのか訊くのを忘れたことに気がついた。
「今のはあなたの恋人さん?」
私のすぐ前に並んでいた二、三歳の女の子を連れた女性が私に声をかけてきた。
「あ、はい………あの……夫です」
夫と言うのに数秒かかった。
「あら、そうなの。なら新婚さんなのかしら?」
「はい……半年程になります……なぜ新婚だと?」
「だってやり取りが初々しくて……それに夫って言うのがちょっと気恥ずかしそうですし。私もそうだったかなと……この子を産む頃にはなれましたけど」
「……やっぱり……わかりますか……」
「でも素敵な旦那様ね。ここに並ぼうとしてしてくれたのかしら……もしかして甘いものがお好きな方?」
「いえ……甘いものはあまり」
そう言って、彼が甘いものは食べないことを思い出す。
「なら、ますます素敵ね。あなたのために買おうとしてくれたのね」
もしかしてそうなのかな?
でも私だけが買うのもどうなのだろう。
日本ではハムやソーセージ、卵や野菜を具材にした惣菜風のものもあったが、今のところここは甘い系ばかりだ。
そうこうしている内に前の人達が注文し、私の番がやってきた。
「いらっしゃい、あ、いつもありがとう」
すっかり常連の私に店主のおじさんが営業スマイルで対応してくれる。
「いつものかな?」
「いえ、今日は砂糖とシナモン味のを……それと、ハムとチーズなどはありますか?」
「ハムとチーズ?あーそういう味のはないんだけど」
「お金は少しかかってもいいので、何かそういったものを具材にしてもらえますか?」
「うーん……常連さんに言われたらねぇ」
「あら、そういうものも出来るのなら、私も作ってもらおうかしら」
私の後ろで待っていた中年の女性が話を聞いて入ってくる。
「うちの主人も甘いものは嫌がるんだけど、それなら食べるかも」
「私らの昼用に少しならありますが……」
初めは渋っていた店主も、商売の勘が働いたのか奥へと引っ込みいくつかハムやチーズを持ってきた。
「味付けはどうしますか?」
「ハムやチーズに塩味があるので……」
マヨネーズやケチャップがあればいいが、こっちの世界にはないので、仕方がない。
「焼いたばかりの生地ならチーズも溶けるので美味しいと思います」
「あ、なるほどね。普通は冷ましてから使うんだが、それなら焼いてすぐのやつが使えるな」
砂糖とシナモンのクレープを先につくり、ハムとチーズをつくる。
「茹でた卵や野菜もいいかと思いますよ」
「なるほどね……お嬢さん、商品の開発に協力して欲しいくらいだ」
もうひとつのクレープを渡しながら店主がかなり本気で言ってきた。
「ああ、今日はいいよ。いいことを教えてもらったから」
お金を渡そうとすると、おじさんに断られた。
「え、でも……」
「お言葉に甘えておきなさい、滅多にないことなんだから、店長、私の分もまけてくれないかしら」
「お客さんには敵わないな……お客さんのも今日だけハムの方はまけさせてもらうよ」
「あらありがとう。そういうのが新しく商品になるなら、またご贔屓にさせていただくわ。他の人にも宣伝しておくわね」
「よろしく頼みますよ。ありがとうございました」
「お嬢さんありがとうね」
「いえこちらこそ……店長、ありがとうございました」
ちゃっかりものの奥さんと商売上手な店主のおかげでタダでクレープを手に入れてしまった。
「他にもいい話があったら教えておくれよ」
「はい。ありがとうございます」
予定より遅くなったけど、甘いものを好まないルイスレーン様にお土産が出来たのは嬉しかった。
少し小走りになって噴水広場へ向かった。
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