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第十二章
8★
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その日はいつものように朝早く訓練場で汗を流したが、少し早めに切り上げ執務室へ向かった。訓練場にいる時に侍従から朝一番に会いたいと面会の申し出があったと聞いたからだ。
面会の申し出をしてきたのは財務長官だった。
一年前に陛下からの抜擢で長官に就任したラウール・ティリエなる人物は、縁故でも身分でもなく叩き上げの実力でその座に就いた傑出の人材だった。
文字より先に数式を覚えたと噂されるほど数字に長けていて、彼が就任してから国庫は更に潤った。
一部の者は厳しすぎる彼の査定に難色を示していたが、締め付けばかりが彼の方針ではない。無駄なものはとことん切り捨て、有益…国や国民にとっていいと思うことには大々的にお金を廻すので、ルイスレーンからすれば逆に小気味良いくらいだ。
しかし軍のお金に関してはルイスレーンの直接采配するところではないので、自分に用とは一体何だろうと思いながら身支度をして執務室へ戻った。
「待たせて申し訳ありません」
約束の時間にはまだ間があったが、長官はすでに一人の部下を連れて待っていた。
「いえ、急に予定も確認せず面談を申し込んだのはこちらですから……少し待つくらいの心づもりでおりました」
財務長官は位はルイスレーンと同じだが、本人は男爵家の三男なので、この場合侯爵家の当主であるルイスレーンが目上になるため、椅子に座らず立って待っていた。
もう一人の若い部下は両手いっぱいに書類を抱え、腕がプルプル震えている。
「お座りください。君も……重いだろう」
二人に着座を促すと青年が驚いて長官を見た。
「彼はまだ役職にも就いていない平民です。閣下と同席するわけには……」
青年の立場を長官が説明する。
「私は気にしない。それよりそんな重そうに書類を抱えて側で立っていられる方が気になる。長官が構わなければ座ってください」
「わかりました。ルース、閣下の命令だ。お前も座りなさい」
先に一人用の椅子にルイスレーンが座り、向かいの長椅子に二人が座る。ルースと呼ばれた青年は緊張のあまり震えている。
「それで、私に用とは……軍の財政についてではないようだな」
軍の財政については別に責任者がいる。長官がそのことについて来たのではないことは様子を見てわかった。
「はい。本日伺ったのは昨日閣下が提出されたこの書類についてです」
長官がルースから受け取り見せたのは昨日の朝、財務局に提出したモンドリオール子爵家の財政についての調査依頼書だった。
「なぜこれを提出されたのか、真意をお聞かせください」
「モンドリオール子爵家は、私の妻の実家だ。妻の一任を受けて私が提出しても問題はないはずだが」
「閣下に資格がないと言っているのではないのです。奥方がどういう血筋であるかは、世情に疎い私でも存じ上げております。私がお訊ねしたいのは何故今なのかと言うことです。前子爵が亡くなって既に何年も経っております」
「九年だ」
「年数は関係ございません。本来ならこれは前子爵が亡くなってすぐに出されるべきもの」
「卿は何が言いたい?もう時効だと言うことか?今さら九年前に出されてもよかったものを出してきて、そちらの仕事を増やすことはするな、それを撤回しろと言いに来たのか?」
切れ者と買っていた長官の遠回しな言い方に苛つき、凄みを利かせて言うと、長官は動じなかったが隣の青年は一気に青ざめた。
「そうではありません。閣下はモンドリオール子爵家の内情について何か思うところがおありだから今回のことに至ったわけですね。その何かをお聞かせ頂きたいのです。もちろん、奥様が発端であるとは思いますが」
「単なる好奇心……貰えるなら一ダルでも多くと思ったというのでは駄目か」
「まさか、閣下の財政状況は把握しております。今さらモンドリオール子爵家のお金を充てにしなくても、潤沢な資金があるはず。加えて今回の戦の褒賞もかなりのものです。決裁したのは私ですから」
長官の言うことは当たらずも遠からずだった。お金はないよりあった方がいいが、リンドバルク侯爵家の収入は子爵家のそれの何十倍。広大な王都の屋敷の維持費や領地の維持費、そこに勤める使用人全員の給料を払っても、毎月余剰金が溜まりにたまっている。子爵家から貰えるお金など、ダレク一人の年間の給金を払えば殆ど残らないと見ている。
「単なる調査だ。卿がそこにこだわるのはなぜだ」
「私の質問に先にお答えください」
頑として譲らない長官の頑固さに、これが噂に聞く彼の仕事振りかと深いため息を吐いた。
面会の申し出をしてきたのは財務長官だった。
一年前に陛下からの抜擢で長官に就任したラウール・ティリエなる人物は、縁故でも身分でもなく叩き上げの実力でその座に就いた傑出の人材だった。
文字より先に数式を覚えたと噂されるほど数字に長けていて、彼が就任してから国庫は更に潤った。
一部の者は厳しすぎる彼の査定に難色を示していたが、締め付けばかりが彼の方針ではない。無駄なものはとことん切り捨て、有益…国や国民にとっていいと思うことには大々的にお金を廻すので、ルイスレーンからすれば逆に小気味良いくらいだ。
しかし軍のお金に関してはルイスレーンの直接采配するところではないので、自分に用とは一体何だろうと思いながら身支度をして執務室へ戻った。
「待たせて申し訳ありません」
約束の時間にはまだ間があったが、長官はすでに一人の部下を連れて待っていた。
「いえ、急に予定も確認せず面談を申し込んだのはこちらですから……少し待つくらいの心づもりでおりました」
財務長官は位はルイスレーンと同じだが、本人は男爵家の三男なので、この場合侯爵家の当主であるルイスレーンが目上になるため、椅子に座らず立って待っていた。
もう一人の若い部下は両手いっぱいに書類を抱え、腕がプルプル震えている。
「お座りください。君も……重いだろう」
二人に着座を促すと青年が驚いて長官を見た。
「彼はまだ役職にも就いていない平民です。閣下と同席するわけには……」
青年の立場を長官が説明する。
「私は気にしない。それよりそんな重そうに書類を抱えて側で立っていられる方が気になる。長官が構わなければ座ってください」
「わかりました。ルース、閣下の命令だ。お前も座りなさい」
先に一人用の椅子にルイスレーンが座り、向かいの長椅子に二人が座る。ルースと呼ばれた青年は緊張のあまり震えている。
「それで、私に用とは……軍の財政についてではないようだな」
軍の財政については別に責任者がいる。長官がそのことについて来たのではないことは様子を見てわかった。
「はい。本日伺ったのは昨日閣下が提出されたこの書類についてです」
長官がルースから受け取り見せたのは昨日の朝、財務局に提出したモンドリオール子爵家の財政についての調査依頼書だった。
「なぜこれを提出されたのか、真意をお聞かせください」
「モンドリオール子爵家は、私の妻の実家だ。妻の一任を受けて私が提出しても問題はないはずだが」
「閣下に資格がないと言っているのではないのです。奥方がどういう血筋であるかは、世情に疎い私でも存じ上げております。私がお訊ねしたいのは何故今なのかと言うことです。前子爵が亡くなって既に何年も経っております」
「九年だ」
「年数は関係ございません。本来ならこれは前子爵が亡くなってすぐに出されるべきもの」
「卿は何が言いたい?もう時効だと言うことか?今さら九年前に出されてもよかったものを出してきて、そちらの仕事を増やすことはするな、それを撤回しろと言いに来たのか?」
切れ者と買っていた長官の遠回しな言い方に苛つき、凄みを利かせて言うと、長官は動じなかったが隣の青年は一気に青ざめた。
「そうではありません。閣下はモンドリオール子爵家の内情について何か思うところがおありだから今回のことに至ったわけですね。その何かをお聞かせ頂きたいのです。もちろん、奥様が発端であるとは思いますが」
「単なる好奇心……貰えるなら一ダルでも多くと思ったというのでは駄目か」
「まさか、閣下の財政状況は把握しております。今さらモンドリオール子爵家のお金を充てにしなくても、潤沢な資金があるはず。加えて今回の戦の褒賞もかなりのものです。決裁したのは私ですから」
長官の言うことは当たらずも遠からずだった。お金はないよりあった方がいいが、リンドバルク侯爵家の収入は子爵家のそれの何十倍。広大な王都の屋敷の維持費や領地の維持費、そこに勤める使用人全員の給料を払っても、毎月余剰金が溜まりにたまっている。子爵家から貰えるお金など、ダレク一人の年間の給金を払えば殆ど残らないと見ている。
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「私の質問に先にお答えください」
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