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第十二章
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閉じ込められ三日が過ぎた。その間、食事をロゼが運んでくる時以外は扉は開かれず、一日中まんじりともせず過ごしていた。
最初の頃は皆から色々と話を聞いた。皆、それぞれに複雑な事情を抱えてここにいるようだ。
それからデニス・ウェスト。私を拐った男の名前がわかった。ライラも彼に拐われたようだ。人拐いに恐喝、盗みの手引き。汚れ仕事なら何でも引き受ける男で、裏の世界では有名だと聞かされた。
『あのお嬢さん』とデニスは言った。そして複数の人間が私を排除しようとしているようなことを仄めかしていた。そしてあの男……ここがモーシャスという男の持ち物だと言うことも聞いた。モーシャスというのが名前なのか姓なのかわからない。彼が運営する秘密クラブがあって、そこでは大金を賭けた賭博と売春、そして拳闘が行われているらしい。ライラたちはそのクラブの中でも再奥にあるモーシャスに認められた特別な客が入ることを許された所で待機し、求めに応じて個室に呼ばれて客の相手をさせられている。
モーシャスも私がルイスレーンの妻だからこんな目に遭うのだと言っていた。デニスが言った人物の内の一人が彼なのだろうか。
考える時間だけは十分にあったので、色々な可能性を考えた。
ミシェルやナタリーは大丈夫だろうか。ルイスレーンに私のことがどんな風に伝わったのだろうか。今頃必死に探してくれているのだろうか。クリスティアーヌの周りはまだまだきな臭い解決しなければならない問題はあったが、あの邸でルイスレーンに護られ愛され、愛理の時には味あうことの出来なかった幸せを味わった。
これが今回の生の絶頂期なのかもしれない。こんな隠された場所で、特定の者しか出入りできないクラブで働かされ、いくら彼でも簡単には見つけることができないのではないか。
もし万が一、見つけられたとしても、どれ程時間がかかるか。私が見つかるまでルイスレーンは何日何週間、何ヵ月、何年探し続けてくれるだろう。
途中で諦めてしまうかもしれない。そしてその時には私は……クリスティアーヌは複数の男たちに抱かれ、もう彼の妻には戻れないに違いない。
陵辱された私を再び妻に迎えるなど、いくら彼でも無理だろう。一%の確率で彼が許しても世間はそんなわけにはいかない。
「ねえ、あんた……クリスティアーヌ……大丈夫?」
私のすぐ隣のベッドを使っているリアが心配して声を掛けてくれた。
「うなされてたよ。悪い夢でも見てた?」
今も悪い夢を見ているみたいだ。リアにもそれはわかっているようだ。
「大丈夫……実は私……昔のことで憶えていないことがあって……時々夢に見るの。失くした記憶を……」
「そうなんだ……あんたも色々大変なんだね」
ここに来てからクリスティアーヌの失った記憶がかなり思い出されていた。辛かったことばかりでなく、父や母と幸せに暮らしていた頃を。
ただ、ルイスレーンと結婚が決まった辺りのことがまだ抜けたままだった。
「起こしてしまってごめんなさい。もう大丈夫だからあなたも休んで」
起き上がってリアに微笑んだ。
「わかった……」
自分のベッドに戻っていくリアの背中を見つめながら、ほうっとため息を吐く。
ふと視線を感じて向かいを見ると、ケイトリンが起き上がってこっちに顔を向けていた。
「ケイトリン……騒がしかった?ごめんなさい」
盲目の彼女が見ている筈がない。私たちの会話で目が覚めたのだろう。
ケイトリンは軽く首を振って、おやすみなさいと再び横になった。
ここは地下なのでいつも薄暗く、時間がわかりにくい。食事を運ぶロゼが決まった時間に来るから何とか朝なんだとか、もう夜なんだとわかる程度だ。
今日でここに来て丸三日。後二日で私は客を取らされる。皆の話では、私たちは着飾らされ窓のない馬車でどこかへ連れていかれるそうだ。そこはどこか深い森に囲まれた一軒家で、そこへ至る道も上手く隠されていて、客ですら簡単には辿り着けないらしい。彼女達の客がそう話していたのを教えてくれた。
モーシャスは既に私を買いたいと言う客がいると言っていた。デニスが話した複数の人物が一体何人いるのかわからない。私がクリスティアーヌだと知って買おうとしているのだろうか。
浅い眠りを繰り返しながら、私はただひたすらルイスレーンと過ごした幸せな時をよすがに、この気の狂いそうな日々をやり過ごすしかなかった。
「ルイスレーン……愛してる」
私はここにいるの。早く迎えに来て
彼が見つけてくれるまで、私は正気でいられるだろうか。
最初の頃は皆から色々と話を聞いた。皆、それぞれに複雑な事情を抱えてここにいるようだ。
それからデニス・ウェスト。私を拐った男の名前がわかった。ライラも彼に拐われたようだ。人拐いに恐喝、盗みの手引き。汚れ仕事なら何でも引き受ける男で、裏の世界では有名だと聞かされた。
『あのお嬢さん』とデニスは言った。そして複数の人間が私を排除しようとしているようなことを仄めかしていた。そしてあの男……ここがモーシャスという男の持ち物だと言うことも聞いた。モーシャスというのが名前なのか姓なのかわからない。彼が運営する秘密クラブがあって、そこでは大金を賭けた賭博と売春、そして拳闘が行われているらしい。ライラたちはそのクラブの中でも再奥にあるモーシャスに認められた特別な客が入ることを許された所で待機し、求めに応じて個室に呼ばれて客の相手をさせられている。
モーシャスも私がルイスレーンの妻だからこんな目に遭うのだと言っていた。デニスが言った人物の内の一人が彼なのだろうか。
考える時間だけは十分にあったので、色々な可能性を考えた。
ミシェルやナタリーは大丈夫だろうか。ルイスレーンに私のことがどんな風に伝わったのだろうか。今頃必死に探してくれているのだろうか。クリスティアーヌの周りはまだまだきな臭い解決しなければならない問題はあったが、あの邸でルイスレーンに護られ愛され、愛理の時には味あうことの出来なかった幸せを味わった。
これが今回の生の絶頂期なのかもしれない。こんな隠された場所で、特定の者しか出入りできないクラブで働かされ、いくら彼でも簡単には見つけることができないのではないか。
もし万が一、見つけられたとしても、どれ程時間がかかるか。私が見つかるまでルイスレーンは何日何週間、何ヵ月、何年探し続けてくれるだろう。
途中で諦めてしまうかもしれない。そしてその時には私は……クリスティアーヌは複数の男たちに抱かれ、もう彼の妻には戻れないに違いない。
陵辱された私を再び妻に迎えるなど、いくら彼でも無理だろう。一%の確率で彼が許しても世間はそんなわけにはいかない。
「ねえ、あんた……クリスティアーヌ……大丈夫?」
私のすぐ隣のベッドを使っているリアが心配して声を掛けてくれた。
「うなされてたよ。悪い夢でも見てた?」
今も悪い夢を見ているみたいだ。リアにもそれはわかっているようだ。
「大丈夫……実は私……昔のことで憶えていないことがあって……時々夢に見るの。失くした記憶を……」
「そうなんだ……あんたも色々大変なんだね」
ここに来てからクリスティアーヌの失った記憶がかなり思い出されていた。辛かったことばかりでなく、父や母と幸せに暮らしていた頃を。
ただ、ルイスレーンと結婚が決まった辺りのことがまだ抜けたままだった。
「起こしてしまってごめんなさい。もう大丈夫だからあなたも休んで」
起き上がってリアに微笑んだ。
「わかった……」
自分のベッドに戻っていくリアの背中を見つめながら、ほうっとため息を吐く。
ふと視線を感じて向かいを見ると、ケイトリンが起き上がってこっちに顔を向けていた。
「ケイトリン……騒がしかった?ごめんなさい」
盲目の彼女が見ている筈がない。私たちの会話で目が覚めたのだろう。
ケイトリンは軽く首を振って、おやすみなさいと再び横になった。
ここは地下なのでいつも薄暗く、時間がわかりにくい。食事を運ぶロゼが決まった時間に来るから何とか朝なんだとか、もう夜なんだとわかる程度だ。
今日でここに来て丸三日。後二日で私は客を取らされる。皆の話では、私たちは着飾らされ窓のない馬車でどこかへ連れていかれるそうだ。そこはどこか深い森に囲まれた一軒家で、そこへ至る道も上手く隠されていて、客ですら簡単には辿り着けないらしい。彼女達の客がそう話していたのを教えてくれた。
モーシャスは既に私を買いたいと言う客がいると言っていた。デニスが話した複数の人物が一体何人いるのかわからない。私がクリスティアーヌだと知って買おうとしているのだろうか。
浅い眠りを繰り返しながら、私はただひたすらルイスレーンと過ごした幸せな時をよすがに、この気の狂いそうな日々をやり過ごすしかなかった。
「ルイスレーン……愛してる」
私はここにいるの。早く迎えに来て
彼が見つけてくれるまで、私は正気でいられるだろうか。
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