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第十二章
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「一万……これまでの最高額ですね。他には?」
モーシャスの声が興奮で上ずったのがわかった。
自分に決まったと思った男が忌々しげに舌打ちする。
「い、一万五百」
「一万五千」
狐面の男が更に上を言う。
「一万五千……よろしいですか?」
既に他の者は両手を挙げて降参の意を示した。残りは二人。
「一万……五千五百」
絞り出すように男が言う。既に予算オーバーなのだろう。
「二万」
つまりは二百万円。ひと晩の金額にしては破格だ。
小太りの男も青ざめているが、狐面の男は余裕があるのか腕を軽く組んで長い足も交差させて優雅に腰かけている。
「に、二万……五」
「三万」
必死で絞り出した金額を更に高額で上書きされ、そこで男は力尽きてその場にへたりこんだ。
「では三万ダルでそちらの旦那に決まりだ」
周りから拍手が送られる。狐面の男が袋に入った金貨を赤仮面の男に渡し、代わりに部屋の鍵を受け取り私に近づいた。
「行こうか」
呆然とする私を男は軽々と抱き上げて、力尽きて座り込む男の前を通る。
「悪いが、こちらは五万でも十万でも出すつもりだった」
男と私にだけ聞こえる声だった。
十万?たったひと晩の相手に?
驚いて男の仮面の奥を覗こうとすると、なぜか男は目を反らした。
そのまま男に抱き抱えられながら廊下を通り、用意された部屋に向かった。
「あの……どうしてそんな大金を私なんかに……」
廊下で二人きりになると彼に訊ねる。灰色混じりの黒髪に黒い顎ひげ。自分が知っている人に似ている。でもなぜ?それにこうやって近くで見ると、自分が思っている人物は背格好も声もあの人を思い出させる。
「ま、待て!」
渡された鍵と同じゴールドのリボンが取っ手に付いている扉を開け、寝台に下ろされたところで、小太りの男が駆け込んできた。
「まだ何か?」
不機嫌も顕に私を競り落とした男が振り返る。
目の前に大きなダイヤの指輪を彼が突きつけた。
「こ、これをやる。三万ダルにはなる。それでその女を譲れ、その女は最初から私が落札するはずだった。既に手付けも払ってある。最初から私に宛がわれるようになっていたんだ」
最初から決まっていたと言う話を聞いて、モーシャスが私に言ったお得意様とは、この男のことだったのかと悟った。最初に狐面の男性が落札方法の変更を申し出なければ、もし競りでなく入札だったら、この男に決まっていたかも知れないと思うと背筋が冷たくなった。
「悪いが、もう結果は決まった。変更はあり得ない」
凍てつくような冷たい空気が狐面の男から発せられた。もう一人の男は必死すぎて彼から怒りの空気が発せられているのに気がつかない。
「わ、私がこれだけ頼んでいるのに、私を誰だと思っている!」
「どこの誰だろうと関係ない。もう決まったことだ。大人しく結果を受け止めて諦めろ。彼女はお前みたいなやつが相手にできる女ではない」
「な、何だと!言わせておけばいい気になりやがって何様のつもりだ。娼婦に情けなど不要だ」
男が自分の頭二つ分背が高い狐面の男に殴りかかろうとしたが、狐面の男は大して動くこともなく、振りかぶった男の腕を掴んで長い足で太い男の足を引っかけ、柔道の大外刈りのようにして床に倒した。
「ぐえっ」
蛙がひっくり返るように仰向けに股を開いて倒れた男は、みっともない声をあげた。
狐面の男は更に倒れた男の股間を靴で踏みつけ、ぐりぐりと左右に動かす。
「ひいいい、や、やめろ」
「ずいぶん下卑たことをしたな、汚らわしい。このみっともないものを彼女の視界に入れるな。二度と変な気が起こらないようここで潰してやろうか」
「ぎゃあ!や、やめ、い、痛い痛い痛い!ぎゃああああっ」
男が踏みつけている足に体重をかけるように前屈みになった。
急所を踏みつけられ潰されそうになった痛みで男は泡を吹き、目を向いて気絶した。
「口ほどにもない……」
最後に爪先で気絶した男を蹴った頃にモーシャスの部下が走り込んで来て、床で仰向けに気絶する男を見て驚いた。
「何があったのですか」
「競りに負けた腹いせに言いがかりをつけにきた。片付けてくれ」
もう一度爪先で男をつつく。
「失禁したようだ。ついでに床も掃除してくれ」
微かにアンモニアの匂いが漂う。
「す、すいません。おい、掃除の者を呼んでこい」
「うへ、くっせぇ」
二人がかりで男を運びだし、バケツと雑巾を持った女性が掃除をする間、狐面の男は腰幅に足を広げて立ち、腕を組んで彼らの動向を見張っていた。
その間、私はベッドの上でそんな彼らの様子を怯えとともに見つめていた。
時折、狐面の男がこちらを見ているのを感じて、その視線だけで裸にされているような不思議な感覚を覚えた。何度見ても彼の容姿には見覚えがある気がする。まさか……
「申し訳ありませんでした」
「それで?この不始末に対してそちらの誠意は?」
狐面の男が威圧的に訊ねた。
「まさか、正当な対価を払った客の邪魔をして、このままというわけではないだろう?」
「せ、誠意と申しますと……」
「無駄な時間を労した分、大目に見てもらおう」
つまり私を独占する時間を伸ばせと、彼は言っている。あの男の乱入がなければ、とっくに私はこの男に組み敷かれいいようにされている。
私には同じことだ。どちらにしろルイスレーン以外の男に体を奪われるのだから。
モーシャスの声が興奮で上ずったのがわかった。
自分に決まったと思った男が忌々しげに舌打ちする。
「い、一万五百」
「一万五千」
狐面の男が更に上を言う。
「一万五千……よろしいですか?」
既に他の者は両手を挙げて降参の意を示した。残りは二人。
「一万……五千五百」
絞り出すように男が言う。既に予算オーバーなのだろう。
「二万」
つまりは二百万円。ひと晩の金額にしては破格だ。
小太りの男も青ざめているが、狐面の男は余裕があるのか腕を軽く組んで長い足も交差させて優雅に腰かけている。
「に、二万……五」
「三万」
必死で絞り出した金額を更に高額で上書きされ、そこで男は力尽きてその場にへたりこんだ。
「では三万ダルでそちらの旦那に決まりだ」
周りから拍手が送られる。狐面の男が袋に入った金貨を赤仮面の男に渡し、代わりに部屋の鍵を受け取り私に近づいた。
「行こうか」
呆然とする私を男は軽々と抱き上げて、力尽きて座り込む男の前を通る。
「悪いが、こちらは五万でも十万でも出すつもりだった」
男と私にだけ聞こえる声だった。
十万?たったひと晩の相手に?
驚いて男の仮面の奥を覗こうとすると、なぜか男は目を反らした。
そのまま男に抱き抱えられながら廊下を通り、用意された部屋に向かった。
「あの……どうしてそんな大金を私なんかに……」
廊下で二人きりになると彼に訊ねる。灰色混じりの黒髪に黒い顎ひげ。自分が知っている人に似ている。でもなぜ?それにこうやって近くで見ると、自分が思っている人物は背格好も声もあの人を思い出させる。
「ま、待て!」
渡された鍵と同じゴールドのリボンが取っ手に付いている扉を開け、寝台に下ろされたところで、小太りの男が駆け込んできた。
「まだ何か?」
不機嫌も顕に私を競り落とした男が振り返る。
目の前に大きなダイヤの指輪を彼が突きつけた。
「こ、これをやる。三万ダルにはなる。それでその女を譲れ、その女は最初から私が落札するはずだった。既に手付けも払ってある。最初から私に宛がわれるようになっていたんだ」
最初から決まっていたと言う話を聞いて、モーシャスが私に言ったお得意様とは、この男のことだったのかと悟った。最初に狐面の男性が落札方法の変更を申し出なければ、もし競りでなく入札だったら、この男に決まっていたかも知れないと思うと背筋が冷たくなった。
「悪いが、もう結果は決まった。変更はあり得ない」
凍てつくような冷たい空気が狐面の男から発せられた。もう一人の男は必死すぎて彼から怒りの空気が発せられているのに気がつかない。
「わ、私がこれだけ頼んでいるのに、私を誰だと思っている!」
「どこの誰だろうと関係ない。もう決まったことだ。大人しく結果を受け止めて諦めろ。彼女はお前みたいなやつが相手にできる女ではない」
「な、何だと!言わせておけばいい気になりやがって何様のつもりだ。娼婦に情けなど不要だ」
男が自分の頭二つ分背が高い狐面の男に殴りかかろうとしたが、狐面の男は大して動くこともなく、振りかぶった男の腕を掴んで長い足で太い男の足を引っかけ、柔道の大外刈りのようにして床に倒した。
「ぐえっ」
蛙がひっくり返るように仰向けに股を開いて倒れた男は、みっともない声をあげた。
狐面の男は更に倒れた男の股間を靴で踏みつけ、ぐりぐりと左右に動かす。
「ひいいい、や、やめろ」
「ずいぶん下卑たことをしたな、汚らわしい。このみっともないものを彼女の視界に入れるな。二度と変な気が起こらないようここで潰してやろうか」
「ぎゃあ!や、やめ、い、痛い痛い痛い!ぎゃああああっ」
男が踏みつけている足に体重をかけるように前屈みになった。
急所を踏みつけられ潰されそうになった痛みで男は泡を吹き、目を向いて気絶した。
「口ほどにもない……」
最後に爪先で気絶した男を蹴った頃にモーシャスの部下が走り込んで来て、床で仰向けに気絶する男を見て驚いた。
「何があったのですか」
「競りに負けた腹いせに言いがかりをつけにきた。片付けてくれ」
もう一度爪先で男をつつく。
「失禁したようだ。ついでに床も掃除してくれ」
微かにアンモニアの匂いが漂う。
「す、すいません。おい、掃除の者を呼んでこい」
「うへ、くっせぇ」
二人がかりで男を運びだし、バケツと雑巾を持った女性が掃除をする間、狐面の男は腰幅に足を広げて立ち、腕を組んで彼らの動向を見張っていた。
その間、私はベッドの上でそんな彼らの様子を怯えとともに見つめていた。
時折、狐面の男がこちらを見ているのを感じて、その視線だけで裸にされているような不思議な感覚を覚えた。何度見ても彼の容姿には見覚えがある気がする。まさか……
「申し訳ありませんでした」
「それで?この不始末に対してそちらの誠意は?」
狐面の男が威圧的に訊ねた。
「まさか、正当な対価を払った客の邪魔をして、このままというわけではないだろう?」
「せ、誠意と申しますと……」
「無駄な時間を労した分、大目に見てもらおう」
つまり私を独占する時間を伸ばせと、彼は言っている。あの男の乱入がなければ、とっくに私はこの男に組み敷かれいいようにされている。
私には同じことだ。どちらにしろルイスレーン以外の男に体を奪われるのだから。
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