【本編完結】政略結婚から逃げたいのに旦那様から逃げられません

七夜かなた

文字の大きさ
175 / 266
第十二章

16★

しおりを挟む
昨夜ここに来ることを公言したお陰で、目当ての人物がやって来た。

ゲイエノートン伯爵の夜会は彼自身がそうであるように華やかで有名だった。

ルイスレーンも昨夜と売って変わり、銀糸の刺繍が入った明るい青のジャケットに黒のスラックスを合わせている。

「ごきげんよう……リンドバルク卿」

目を輝かせ上目使いにそう挨拶するのはヴァネッサ・ルクレンティオ。ルイスレーンは獲物を見つけた捕捉者の如く目を光らせ、かかった獲物を見定めた。

「ごきげんよう、ヴァネッサ嬢。相変わらず……美しいですね」

それを成し遂げるための使用人の苦労が伺える程に複雑な髪型をして、細かい細工の櫛を差している。
相変わらず露出の激しい肩見せの明るい黄色のドレスにこれでもかと真珠が散りばめられている。

「美しいだなんて……ルイスレーン様にそのように言って頂けるなんて……」

名前呼びを許可した覚えもないのにすり寄ってくるのを逃げないように必死で耐える。
一緒に来た筈のエスコート役の青年のことなどすでに彼女の頭にはいないようだ。

彼はこちらを厳しい目で睨んでいるが、こちらが侯爵家当主であると分かっているので何も言ってこない。それこそが礼儀であり明らかに彼女の行動は礼儀を欠いていると言える。

叱責したいのを堪え、何度も鏡の前で練習した笑顔を見せた。クリスティアーヌになら自然に見せられる笑顔がこんなにも難しいとは思わなかった。

「今日こそは私と踊ってくださいね」

必死で自分の側に張り付き、他の女性が近づくのを牽制する。すがり付く腕に胸を押し付けてこられ、これが妻ならと無理やり脳内で変換する。

「私……ルイスレーン様の妻になるのが運命だと思っておりました。なのに、いくら陛下のご命令とは言え、あんな貧乏臭い子を花嫁になさるんだもの……ルイスレーン様がお気の毒だわ」

「貧乏臭い……確かに宝石やドレスの価値もわかっていないようです」

彼女はそんなことを知る必要などない。自分や周りの人間がいればそれで事足りる。
彼女を輝かせるのは彼女自身だ。目の前のからっぽの令嬢とは違う。

「本当の貴族というのはどれほど贅を尽くしても価値あるものを身につけるべきなのです。それが貴族として生まれた者の特権ですもの」

貴族が何のためにあるのか、貴族がその地位に胡座をかいて贅沢三昧することが良いとは思っていない。そこには義務も発生する。

彼女が今夜身に纏っているもの全てにかかった費用はいかほどか。そのドレス一着の値段で何人の平民がどれだけ働かずに生きていけるだろう。

「なるほど……だからあなたは美しいのですね。ご自分をよくわかっていらっしゃる」
「まあ、美しいだなんて……後は完璧な夫がいれば最高なんですけど」

ちらりとこちらを見て明らかに媚を売る仕草に込み上げる吐き気と戦いながら、この時のために用意したとっておきの笑みを向ける。

どんなに恥ずかしくとも成さねばならない。

クリスティアーヌを……アイリを見つけるために。

「そのことについて、二人きりでお話したいのですが、あなたのお時間をいただけますか?」
「え…ええ……もちろんよ」
「とは言っても私はまだ妻がいる身。二人一緒に抜け出しては変に思われてしまいます。先に出て待っていますので、様子を見て裏口から出て来ていただけますか?」

彼女の手を取り甲に軽く口づけると、頬を染めて目を潤ませる。

「待っていますよ、美しい人」

彼女と離れて伯爵に暇を告げ、馬車に乗り込む。
そこにはナタリーが項垂れて座っていた。

「餌に食いついたぞ。上手くいけば私から処分はしない。無事にクリスティアーヌが戻るまで死に物狂いでことに当たれ」
「はい閣下」
「ギオーヴ、馬車を裏に廻してくれ」

御者台にいるギオーヴに声をかけると馬車が動き出した。

裏口に着いて程なくすると馬車の扉を叩く音がしてカーテンを開けると顔を紅潮させたルクレンティオ侯爵令嬢が立っていた。

「早かったですね。誰にも悟られませんでしたか?」
「ええ、私、抜け出すのは得意ですの」

手を差しのべて中へ招き入れると彼女は私以外の人物がいることに驚いた。

「だ、誰?」

「心配しないで、護衛ですよ」

「護衛?そうなの……珍しいですわね。女性の護衛なんて」

彼女を自分の隣に座らせると外からギオーヴが扉を閉めて鍵をかけた。

「ルイスレーン様……なぜ鍵を?」

彼女が不思議がって訊ねる。

「もちろん、あなたを逃がさないためですよ。ヴァネッサ」

もう愛想を振り撒く必要もないため、甘い声音はかなぐり捨てる。明らかに声の調子が変わったことに、頭の中身が自分に都合よく出来ている彼女も警戒する。

「ル、ルイスレーン様?」
「彼女はナタリー。護衛だ」
「ええ、それは先ほど……」
「私ではなく、私の妻の護衛だ。あなたが買収し、私の妻を拐う手引きをさせた、護衛のナタリーだ」

そこで改めて彼女はナタリーを見る。魔石の灯りを点して浮かび上がったナタリーの顔を彼女は青ざめた顔で見詰めた。


しおりを挟む
感想 139

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

処理中です...