上 下
201 / 264
第十三章

22

しおりを挟む
私が……愛理が死んでから、あの人たちに襲った不幸を聞いて、私は小躍りするべきだろうか。
あまりに悲惨で言葉を失う。

怨みの籠った灰色の目が私を射る。その瞳から流れ出る涙が血の涙にも見える。

「それこそ逆怨みだ。わからない言葉もあるが、要するに君らはアイリを絶望に追いやり失意の上に死なせた。その酬いがその顛末だ。それを今も彼女にぶつけるのは筋違いだ」

「うるさい!うるさい!うるさい!」

ルイスレーンの主張は正論だ。全ては因果応報とも言える。私があの人に裏切られ、事故にあったのも私の記憶に無い過去の自分の犯した罪のせいだったかも知れない。
それを今の生で償うのも、引き摺られて更に泥沼に嵌まって行くのも全ては今の気持ち、心掛け次第だ。

「キレイごとを言わないで!私が何をしたと?ただ幸せになりたかった。好きな人と一緒になって子どもを生み育て、誰もが羨む生活をしたかった。それの何が悪いの?全ての人が幸せになる世界なんてないんだから、自分の幸せを望んで何が悪い。どうせ人の幸せなんて誰かの犠牲の上に成り立っているんだから、お前がその踏み台になればいいんだ」

呪詛にも似た悪意が彼女から押し寄せ、私は添えられたルイスレーンの手をきつく握りしめた。
これだけが自分の命綱であるかのように。
きっと痛かっただろうと後から思ったが、この時は無我夢中だった。

「勝手なことを言うな!その心根が自らの不幸を招いたことに気づけ!」

ルイスレーンの声が狭い部屋に響き渡る。天井近くにある窓ガラスがガタリと震えた。

「いかがいたしましたか?」

扉の向こうからルイスレーンの声を聞き付けた兵士が窺う。

「大事ない。そのまま警護にあたってくれ」

「畏まりました」

再びルイスレーンがケイトリンの方に向き直る。

「なんで?誰だって望むことでしょ?そのために他人が不幸になってもそれも運命じゃない」
「その運命がそなたのそもそもの心根が招いたものだと何故わからない。他人のものを欲しがり、あまつさえ奪い、その座から追いやる。そうして手に入れたものがそなたにとってどれ程大事かわからぬが、所詮は夢幻。何も手にしてはおらぬではないか」
「そう仕向けたのはこの女よ。私は悪くない。あの人が消えて、子どもと二人残され、生活もままらなくなり生きていくために何でもやったわ。なのに、病気?手遅れ?私がどうしてこんなめに合うのよ」
「考え方ひとつだ。そなたには無駄な説教だったようだ」

ルイスレーンの心からの言葉がケイトリン…有紗の頭の上を滑っていくのがわかる。
それ以上何かを言うことをルイスレーンは諦めたのか、ため息を吐く。

「子どもは……?」

あの人がどこかの裏組織に拉致され臓器売買の犠牲になり、母親も病気になった。残され時、あの子はいくつだったのだろう。

「知らないわ。誰かが来て連れていった。私はもう育てられないだろうって」

きっと養護施設かどこかに入ったのだろう。自分の子どもなのに、その行く末を憂うどころか、自分の身に振りかかった不幸しか彼女には見えていない。

「殺された子どもって?」

有紗の子は行政の手に委ねられたのなら、さっき彼女が言ったもう一人の子どもは、ケイトリンの子どものことだろうか。

「もちろん、アレックス様と私の子よ。妊娠したのがわかってすぐに言われたわ。この子は呪われた子だって。『黒い魔女』の影響を受けてきっとうまく育たないだろうって。好きな人との子どもを、私は諦めるしかなかった。でも……アレックス様は渡さない。あの方の最後の女は私……あんたになんか触らせない」

私と同じ。ケイトリンと有紗が混じり合い、話が交錯する。

「あの人は諦めた。あんな弱い男、こっちから願い下げよ。ようやくアレックス様という人に巡り合えたのに、全てを手に入れる筈だった。アレックス様が王になり、私が王妃。エリンバウアが大公たちと手を組まなければ、それが叶ったのに。あんたが関わらなければアレックス様は死ななかった」
「バーレーンを殺ったのは私だ。クリスティアーヌに恨みを向けるのはお門違いだ。そもそも自分たちがやろうとしていたこと、やったことを棚に上げて、思いどおりにならないからと八つ当たりすることが間違いだ。吐いた唾が自分に降ってきただけのこと。自業自得だ」

「偉そうなことばっかり言わないで、あんただって、この女が他の男に陵辱されたと思い込んで見るのもいやになったでしょ。穢らわしいってね!一瞬でも思ったならそのまま捨てればよかったのに。アレックス様の毒に犯されどっちにしろ、ケチがついたこんな女の代わりなんていくらでもいるでしょ」

「彼女の代わりなどいない。それが私の答えだ。だが、礼を言わねばならないな。そなたの話を聞いて、彼女がバーレーンに汚されていないとわかった。これで彼女も二度と苦しまなくて済む」

「なんで、なんであんたばっかり!こんな女のどこがいいのよ、いっつも他人任せ。自分がどんなに恵まれているかわからず、のうのうと生きて、私とあんたの何が違うって言うのよ」
「有紗さん……あなたが私を好きになれないのはわかります。でも、これだけはわかって。あなたが思うほど私は幸せじゃなかったわ。私だって悩みはあった。ただ、それはあなたと違う悩みで、それは私だけのもので、あなたから見たら贅沢な悩みかも知れない。父のことも、あの人が私と父の間に築いた見えない壁のせいで、父の真意に気づかないまま失った。あなたとのことも、知っていたら何とか出来たかもしれない。都合の悪いことに目を瞑り耳を塞ぎ、何もしなかったのは私の過ち。だから私は今度は悔いのないように生きたい」

ルイスレーンを見上げ、互いに見詰め合う。

「私も過去に捕らわれすぎて今の自分の境遇を手放そうとした。なぜ前世の記憶があるのかわからない。でも、一からやり直すことが出来て、取り返しのつかない所まで落ちなかったのは、そのお陰だと思っているわ。新しい環境、新しい人間関係、何もかも違う。あなたが私を恨んで生きていくというなら、それをあなたが選択するなら、それもあなたの生き方。私が口を挟むことではないわ」
「大っ嫌い、あんたも、この男も!私は何にも間違っていないわ!みんな不幸になればいい」

吐き捨てるように言った言葉が彼女と交わした最後の会話だった。

彼女は毒を吐き続け、これ以上の会話に意味がないとルイスレーンが打ち切った。

この先も彼女はそうやって生きていくのだろう。
それは私が選ばなかった道だ。
ケイトリン……有紗さんのように恨みを募らせ、生きていくのも、過去を過去として新しく生きるのも、自分の考えひとつだ。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

さようなら竜生、こんにちは人生

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:582pt お気に入り:10,704

断罪された悪役側婿ですが、氷狼の騎士様に溺愛されています

BL / 完結 24h.ポイント:688pt お気に入り:2,331

奴隷医の奴隷。

BL / 連載中 24h.ポイント:817pt お気に入り:1

悪徳貴族になろうとしたが

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:71pt お気に入り:230

10年もあなたに尽くしたのに婚約破棄ですか?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:674pt お気に入り:2,850

【完結】え?王太子妃になりたい?どうぞどうぞ。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:120pt お気に入り:510

殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします

恋愛 / 完結 24h.ポイント:667pt お気に入り:5,843

男装騎士はエリート騎士団長から離れられません!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:355pt お気に入り:104

処理中です...