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番外編 その後の二人
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「さて、前置きはこれくらいにして…」
顔見せが終わったからとモアラさんを先に帰してからニコラス先生がかつてないほど真剣な顔をして、持っていた鞄から書類を取り出した。
モアラさんが帰宅するにあたり侯爵家から馬車を出すとルイスレーンが言ったが、畏れ多いと本気で拒絶され、仕方なくせめてもとトムが使う荷車で送ることになった。
かつてその荷馬車でニコラス先生の所へ通ったことを懐かしく感じる。
今の生活に何の不満もなく、むしろ想像以上に幸せな日々を送っているが、あの頃の自由さも捨てがたいと思っている。
「それは?」
「カメイラからの報告書です」
ルイスレーンの問に対するニコラス先生の答えを聞き、私とルイスレーンの体に緊張が走った。
カメイラは少し前までこの国と戦争をしていたが、すでに戦はカメイラ側の事情により終結している。
そして私はその残党に捕らえられ、黒の魔石から精製される『黒い魔女』と呼ばれる薬のせいで一ヶ月近く昏睡状態になった。
今ではその影響は殆ど残っていないが、もしかしたら何か新しい発見があったのかも知れない。
「モアラにはまだ何も話していない。許可がもらえれば話すつもりだが、どうでしょうか」
「まずはその報告を聞いてからだ。今それを持ち出すと言うことは、妊娠と何か関係があるのだな」
「さすが…御理解が早い。まずは…」
報告書をニコラス先生が開く。
「『黒い魔女』に侵された者の生殖機能については情報が多くありません。多くが廃人になるなどして重症化し、一生幽閉されているからです」
それを聞いて身震いが走った。
自分もあと少し救出が遅ければ同じ末路を辿っていたかも知れないのだ。
「辛うじて難を逃れ通常の生活に戻った者で、その後の生活の動向を確認したところ、何人かは子を設け、無事にその子も育っております」
ひとまず安心して肩の力を抜いた。
隣を見ればルイスレーンが額に拳を当てて感謝の言葉を呟いている。
私の視線に気づき、微笑んで手を強く握り返して「良かった」と囁いた。
「それで、何か問題があるのか?」
ここまでの報告で恐ろしい結果は見受けられないが、何か落とし穴があるのかと用心しながらルイスレーンが訊ねた。
「問題と言うか…子を成した者の多くは…得に女性の側で顕著なのが、殆どの者が多胎。つまり一度の出産で二人もしくは三人の子を生んでいるという事実が判明しました」
二人で顔を見合わせてから同時にお腹を見下ろした。
「では、妊娠は薬のせいだと?」
「それはわかりません。クリスティアーヌ様の体は至って健康ですし、ルイスレーン様も子をつくる能力は十分にお持ちですから、普通に夫婦生活を営まれていれば妊娠は時間の問題だったかと思います」
夫婦だしお互いに思い合っているなら当たり前だが、ニコラス先生に言われると何だか親に言われたようで恥ずかしい。
けれど当然ながら妊娠がわかってからはご無沙汰なので、私はともかくルイスレーンは大丈夫なのかとふと思った。
ルイスレーンは忍耐の人だ。私と肌を重ねる前も随分ご無沙汰だったようなので、もしかしたら知らず識らずの内に我慢させているのだろうか。
「妊娠が自然なことだと言うなら、問題は多胎のほうか」
ルイスレーンの言葉に自分の物思いから我に返り、話に集中しなければと身を正した。
「そうだと思います」
「人の子がどうやって生まれるのかご存知ですか?」
「もちろんだ。男と女が体を繋げる。男が女の中に精を放つと妊娠する」
「ルイスレーン様がおっしゃったのは何をしたら子ができるのかです。私が言っているのはどうやって妊娠するのかです。クリスティアーヌ様はご存知ですよね」
ニコラス先生が私に訊ねた。
「はい」
愛理の時に保健体育で習った知識はある。卵子が精子と結びついて受精卵となる。
「双児は、最初に受精卵が二つある二卵性と一つだった受精卵が途中で二つに分裂してしまう一卵性があります。二卵性の場合男の子と女の子が生まれる場合もあり、双児でもそっくりとは限りません。一卵性は容姿が似通い性別も同じです」
「その理屈で言えば、クリスティアーヌの場合はどちらの可能性が高いのだ?」
子どもができる仕組みを初めて知ったルイスレーンは何億とも言える精子が激しい競争を勝ち抜き卵子と結びつく、その奇跡のような生命の神秘に感動していた。
自分の身で造り出されたものが、私の身の内で生まれた卵子と結合する。
私の体の中で自分の一部だったものがこうして育まれていることが信じられずに、ずっと私のお腹に手を触れ確認している。
二人の先生はそんなルイスレーンの行動を見て見ぬ振りをしてくれている。
口元がピクピクしているのは笑いを必死に堪えているのだろう。
「確率で言えば二卵性かと。ですが、三人同時に生んだ例もあります。これはかなり稀ですが。三人もお腹にいれば出産まで漕ぎ着けるのはなかなか難しいことです。女性にそれだけの子を育てる力がないと…多くは途中で流れておりますから」
お腹にいる間は母親から栄養をもらう。母親にもそれなりに体力が必要だ。貧しければそれも難しい。
「それで、ここからがカメイラからの提案なのですが…」
ニコラス先生が次の言葉を躊躇う。ちらりとスベン先生を横目で見て二人で頷きあう。
「言い難いのですが…クリスティアーヌ様の妊娠の経過と出産後の体調について、それとお子様の成長過程の記録を研究のために情報提供してほしいそうなのです」
「もちろん、あちらが持っている過去の出産についての記録で、クリスティアーヌ様の出産に役立つものは使っていいと…」
ニコラス先生の後を継いでスベン先生がこちらにとっても有利な話だと付け加える。
「つまり、彼女の妊娠と出産、生まれてくる私の子どもたちを研究の材料にするということか?」
ルイスレーンの顔つきが一気に険しくなった。
顔見せが終わったからとモアラさんを先に帰してからニコラス先生がかつてないほど真剣な顔をして、持っていた鞄から書類を取り出した。
モアラさんが帰宅するにあたり侯爵家から馬車を出すとルイスレーンが言ったが、畏れ多いと本気で拒絶され、仕方なくせめてもとトムが使う荷車で送ることになった。
かつてその荷馬車でニコラス先生の所へ通ったことを懐かしく感じる。
今の生活に何の不満もなく、むしろ想像以上に幸せな日々を送っているが、あの頃の自由さも捨てがたいと思っている。
「それは?」
「カメイラからの報告書です」
ルイスレーンの問に対するニコラス先生の答えを聞き、私とルイスレーンの体に緊張が走った。
カメイラは少し前までこの国と戦争をしていたが、すでに戦はカメイラ側の事情により終結している。
そして私はその残党に捕らえられ、黒の魔石から精製される『黒い魔女』と呼ばれる薬のせいで一ヶ月近く昏睡状態になった。
今ではその影響は殆ど残っていないが、もしかしたら何か新しい発見があったのかも知れない。
「モアラにはまだ何も話していない。許可がもらえれば話すつもりだが、どうでしょうか」
「まずはその報告を聞いてからだ。今それを持ち出すと言うことは、妊娠と何か関係があるのだな」
「さすが…御理解が早い。まずは…」
報告書をニコラス先生が開く。
「『黒い魔女』に侵された者の生殖機能については情報が多くありません。多くが廃人になるなどして重症化し、一生幽閉されているからです」
それを聞いて身震いが走った。
自分もあと少し救出が遅ければ同じ末路を辿っていたかも知れないのだ。
「辛うじて難を逃れ通常の生活に戻った者で、その後の生活の動向を確認したところ、何人かは子を設け、無事にその子も育っております」
ひとまず安心して肩の力を抜いた。
隣を見ればルイスレーンが額に拳を当てて感謝の言葉を呟いている。
私の視線に気づき、微笑んで手を強く握り返して「良かった」と囁いた。
「それで、何か問題があるのか?」
ここまでの報告で恐ろしい結果は見受けられないが、何か落とし穴があるのかと用心しながらルイスレーンが訊ねた。
「問題と言うか…子を成した者の多くは…得に女性の側で顕著なのが、殆どの者が多胎。つまり一度の出産で二人もしくは三人の子を生んでいるという事実が判明しました」
二人で顔を見合わせてから同時にお腹を見下ろした。
「では、妊娠は薬のせいだと?」
「それはわかりません。クリスティアーヌ様の体は至って健康ですし、ルイスレーン様も子をつくる能力は十分にお持ちですから、普通に夫婦生活を営まれていれば妊娠は時間の問題だったかと思います」
夫婦だしお互いに思い合っているなら当たり前だが、ニコラス先生に言われると何だか親に言われたようで恥ずかしい。
けれど当然ながら妊娠がわかってからはご無沙汰なので、私はともかくルイスレーンは大丈夫なのかとふと思った。
ルイスレーンは忍耐の人だ。私と肌を重ねる前も随分ご無沙汰だったようなので、もしかしたら知らず識らずの内に我慢させているのだろうか。
「妊娠が自然なことだと言うなら、問題は多胎のほうか」
ルイスレーンの言葉に自分の物思いから我に返り、話に集中しなければと身を正した。
「そうだと思います」
「人の子がどうやって生まれるのかご存知ですか?」
「もちろんだ。男と女が体を繋げる。男が女の中に精を放つと妊娠する」
「ルイスレーン様がおっしゃったのは何をしたら子ができるのかです。私が言っているのはどうやって妊娠するのかです。クリスティアーヌ様はご存知ですよね」
ニコラス先生が私に訊ねた。
「はい」
愛理の時に保健体育で習った知識はある。卵子が精子と結びついて受精卵となる。
「双児は、最初に受精卵が二つある二卵性と一つだった受精卵が途中で二つに分裂してしまう一卵性があります。二卵性の場合男の子と女の子が生まれる場合もあり、双児でもそっくりとは限りません。一卵性は容姿が似通い性別も同じです」
「その理屈で言えば、クリスティアーヌの場合はどちらの可能性が高いのだ?」
子どもができる仕組みを初めて知ったルイスレーンは何億とも言える精子が激しい競争を勝ち抜き卵子と結びつく、その奇跡のような生命の神秘に感動していた。
自分の身で造り出されたものが、私の身の内で生まれた卵子と結合する。
私の体の中で自分の一部だったものがこうして育まれていることが信じられずに、ずっと私のお腹に手を触れ確認している。
二人の先生はそんなルイスレーンの行動を見て見ぬ振りをしてくれている。
口元がピクピクしているのは笑いを必死に堪えているのだろう。
「確率で言えば二卵性かと。ですが、三人同時に生んだ例もあります。これはかなり稀ですが。三人もお腹にいれば出産まで漕ぎ着けるのはなかなか難しいことです。女性にそれだけの子を育てる力がないと…多くは途中で流れておりますから」
お腹にいる間は母親から栄養をもらう。母親にもそれなりに体力が必要だ。貧しければそれも難しい。
「それで、ここからがカメイラからの提案なのですが…」
ニコラス先生が次の言葉を躊躇う。ちらりとスベン先生を横目で見て二人で頷きあう。
「言い難いのですが…クリスティアーヌ様の妊娠の経過と出産後の体調について、それとお子様の成長過程の記録を研究のために情報提供してほしいそうなのです」
「もちろん、あちらが持っている過去の出産についての記録で、クリスティアーヌ様の出産に役立つものは使っていいと…」
ニコラス先生の後を継いでスベン先生がこちらにとっても有利な話だと付け加える。
「つまり、彼女の妊娠と出産、生まれてくる私の子どもたちを研究の材料にするということか?」
ルイスレーンの顔つきが一気に険しくなった。
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