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番外編 その後の二人
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朝目が覚めて一番に確認すること。
お腹に触れて感触を確かめる。あの日から時々胎動を感じるようになった。
ルイスレーンと彼の率いる部隊の安否は依然としてわからないが、悪い報告も聞かない。
私の動揺で皆を不安にさせてしまうことを恐れ、表立っては平気な振りをして日常を過ごした。
「奥様、あまり無理はなさらないでくださいね。少し休憩しませんか」
リンドバルク家の帳簿に没頭していた私にお茶を出しながら、マディソンに言われた。
「別に…無理をしているつもりはないのだけれど…今出来ることをしているだけよ。体は辛くないのよ」
「それでも…」
「何もしない方がかえって精神的に良くないから。心配しなくても子どものことを一番に考えているわ。そのために自分のことも気をつけているから大丈夫」
「そうですか…ならこれ以上は申しませんが」
「お、奥様、クリスティアーヌ様」
ちょうどそこにダレクが駆け込んできた。後ろからジョゼもついてきていた。
いつも冷静なダレクがこんなに慌てているところを初めて見た。
「ダレク、どうし…」
「お、王宮に詰めていたジョゼが…」
ルイスレーンたちとの連絡が途絶えてから毎日王宮に人をやって、いち早く情報が入るようにしていた。
「ジョゼがどうかしたの?」
「そうではなくて…ジョゼ」
ダレクがジョゼを振り返り、彼に説明を委ねた。
「今日、王宮にアルドフェルト殿下から手紙が届きました」
「殿下から!」
それを聞いてマディソンと顔を見合わせた。
「それで、殿下からは何て…」
ジョゼが勢い込んで戻ってきたということはルイスレーンのことに違いない。
「その…分断されていた道の土砂がもうすぐ撤去されるそうです」
「では…」
「はい、予定では後二日ほどで開通するかと。あ、でも連絡は今日着いたので現地ではもう作業はもう終わっていると思います」
「ああ、ルイスレーン…」
「良かったですね」
固く私の手を握ったマディソンと喜びあった。
「あ、マディソン…今お腹が…」
その時、お腹の赤ちゃんがグルグルとこれまでで一番激しく動いた。
「きっとクリスティアーヌ様の嬉しい気持ちが伝わって、赤ちゃんも喜んでいるのですよ」
マディソンがお腹に手をやると、彼女にもはっきりそれがわかったようだ。
「それから、麓の町の復興も平行して進んでいるということで、旦那様たちが無事に下山されたら、一度殿下たちもこちらへ帰ってこられるということです」
「ということは…」
「はい、おそらくは旦那様も一緒にお戻りになるかと思います」
「ルイスレーンが…帰ってくる」
話を聞いただけで胸が高鳴った。
「今日はなんて良い日なんでしょう、そう思いませんか」
「ええ、そうね。本当に」
あまりに嬉しくて涙が滲み出てくる。
「クリスティアーヌ様…」
「やだ…私ったら…何だか涙もろくて…」
ルイスレーンは後どれくらいで帰ってくるのだろうか。
今から待ち遠しくて堪らない。
軍での遠征で野営は慣れているかも知れないけど、きっと不自由な思いもしているに違いない。
「ジョゼ、知らせてくれてありがとう。ダレク、ジョゼに褒美を上げて。それからいつルイスレーンが帰ってきてもいいように、準備はしておいてね」
「かしこまりました」
「厨房にも伝えて。旦那様に栄養のあるものをたっぷり召し上がっていただかなくてはいけませんもの」
「承知いたしました」
ルイスレーンが近いうち帰ってくるということで、邸の中は俄に活気づいた。
ルイスレーンが戦のために長い間留守にしていた時、私は愛理としての記憶が蘇り、自分のことで精一杯で満足に彼を出迎えることができなかった。
そればかりか、出迎えた際に気を失い迷惑をかけた。
でも今度はきちんとルイスレーンの妻として、彼を出迎えたい。
「赤ちゃんたち、もうすぐあなたたちのお父様が帰ってくるのよ。その時は元気に動いてお父様をお迎えしましょうね」
波打つお腹に手を当ててそう語りかけた。
お腹に触れて感触を確かめる。あの日から時々胎動を感じるようになった。
ルイスレーンと彼の率いる部隊の安否は依然としてわからないが、悪い報告も聞かない。
私の動揺で皆を不安にさせてしまうことを恐れ、表立っては平気な振りをして日常を過ごした。
「奥様、あまり無理はなさらないでくださいね。少し休憩しませんか」
リンドバルク家の帳簿に没頭していた私にお茶を出しながら、マディソンに言われた。
「別に…無理をしているつもりはないのだけれど…今出来ることをしているだけよ。体は辛くないのよ」
「それでも…」
「何もしない方がかえって精神的に良くないから。心配しなくても子どものことを一番に考えているわ。そのために自分のことも気をつけているから大丈夫」
「そうですか…ならこれ以上は申しませんが」
「お、奥様、クリスティアーヌ様」
ちょうどそこにダレクが駆け込んできた。後ろからジョゼもついてきていた。
いつも冷静なダレクがこんなに慌てているところを初めて見た。
「ダレク、どうし…」
「お、王宮に詰めていたジョゼが…」
ルイスレーンたちとの連絡が途絶えてから毎日王宮に人をやって、いち早く情報が入るようにしていた。
「ジョゼがどうかしたの?」
「そうではなくて…ジョゼ」
ダレクがジョゼを振り返り、彼に説明を委ねた。
「今日、王宮にアルドフェルト殿下から手紙が届きました」
「殿下から!」
それを聞いてマディソンと顔を見合わせた。
「それで、殿下からは何て…」
ジョゼが勢い込んで戻ってきたということはルイスレーンのことに違いない。
「その…分断されていた道の土砂がもうすぐ撤去されるそうです」
「では…」
「はい、予定では後二日ほどで開通するかと。あ、でも連絡は今日着いたので現地ではもう作業はもう終わっていると思います」
「ああ、ルイスレーン…」
「良かったですね」
固く私の手を握ったマディソンと喜びあった。
「あ、マディソン…今お腹が…」
その時、お腹の赤ちゃんがグルグルとこれまでで一番激しく動いた。
「きっとクリスティアーヌ様の嬉しい気持ちが伝わって、赤ちゃんも喜んでいるのですよ」
マディソンがお腹に手をやると、彼女にもはっきりそれがわかったようだ。
「それから、麓の町の復興も平行して進んでいるということで、旦那様たちが無事に下山されたら、一度殿下たちもこちらへ帰ってこられるということです」
「ということは…」
「はい、おそらくは旦那様も一緒にお戻りになるかと思います」
「ルイスレーンが…帰ってくる」
話を聞いただけで胸が高鳴った。
「今日はなんて良い日なんでしょう、そう思いませんか」
「ええ、そうね。本当に」
あまりに嬉しくて涙が滲み出てくる。
「クリスティアーヌ様…」
「やだ…私ったら…何だか涙もろくて…」
ルイスレーンは後どれくらいで帰ってくるのだろうか。
今から待ち遠しくて堪らない。
軍での遠征で野営は慣れているかも知れないけど、きっと不自由な思いもしているに違いない。
「ジョゼ、知らせてくれてありがとう。ダレク、ジョゼに褒美を上げて。それからいつルイスレーンが帰ってきてもいいように、準備はしておいてね」
「かしこまりました」
「厨房にも伝えて。旦那様に栄養のあるものをたっぷり召し上がっていただかなくてはいけませんもの」
「承知いたしました」
ルイスレーンが近いうち帰ってくるということで、邸の中は俄に活気づいた。
ルイスレーンが戦のために長い間留守にしていた時、私は愛理としての記憶が蘇り、自分のことで精一杯で満足に彼を出迎えることができなかった。
そればかりか、出迎えた際に気を失い迷惑をかけた。
でも今度はきちんとルイスレーンの妻として、彼を出迎えたい。
「赤ちゃんたち、もうすぐあなたたちのお父様が帰ってくるのよ。その時は元気に動いてお父様をお迎えしましょうね」
波打つお腹に手を当ててそう語りかけた。
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