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ビッテルバーク辺境伯、ジーンクリフト様の魔獣討伐からの無事を祝う宴で、招待客の前でいきなり私との結婚話を彼が口にしたのは、しつこく私に結婚を迫るグラント叔父たちを諦めさせるための方便だと思った。
「婚約者が必要とは?」
「このことはここだけの話にして欲しいのだが、さっき、私は二度、結婚を申し込んだことがあると話したね」
「はい。魔獣討伐の前に一度。その後にもう一度」
「最初に申し込んだ相手からは、生きて帰れるかも、わからないのに待つ自信がないと言われた。彼女には今、陛下が決めた相手との結婚が控えているだが、どうやら私が無事に帰ったことで、その相手との婚姻を白紙に戻したいと言っているようなのだ。先ほどクリオが預かってきた陛下からの手紙に、そのことが書かれていた」
「まあ……」
嫌いになって別れたのではないなら分からないでもないが、随分勝手だと思った。でもジーン様が一緒になりたいと思った相手なのだから悪い人ではないと思いたい。
「相手にはまだ知られていないが、その相手は陛下に取っても大事な人物で、困っていらっしゃる。さらに悪いことに結婚前に最後に旅をしたいと、ここへ来ると言っている」
「私に、彼女を諦めさせるための偽の婚約者を演じろと仰るのですね。私でいいのですか?他にも適任者がいるのでは」
「君がいい。私は本当に婚約してもいいと思っている。君とは気心が知れているし、君の淹れるお茶も好きだ。何より君とは色々な話が出来て楽しい」
それは茶飲み友達ではないのか。好意はもってくれているのはわかるが、妻と望んでいるわけではないのだと言っているようなものだ。
「その方はいつ、ここへ?」
「陛下からの手紙だとひと月のうちには……」
「私は何をすればいいのですか?ご存じのとおり、わたしには仕事があります。ジーン様のご都合にできるだけ合わせますが、もう少ししたら色々と忙しくなるので、あまりおもてなしは出来ないかと思います」
これは取引だ。そう思えばいい。ジーン様は本当に結婚してもいいと考えているようだが、それも私の評判を気にしてのことだとわかる。
婚約までしておきながら破談になって、私が誰とも結婚できなくなることを危惧されているのだろう。
いずれ私は大丈夫だからと説得して白紙に戻せばいい。それまでに今年の茶摘みと出荷を無事に終わらせ、祖父の代わりを立派に勤められることを世間に知らしめればいい。
「大丈夫だ。結婚前なのだからいつも一緒にいる必要はない。できれば晩餐は毎日共にお願いしたい」
「わかりました。特に契約書などは必要でしょうか」
取引ならそれも必要かと思い訊ねたが、なぜかジーン様は眉をしかめた。
「必要ない。君の出す条件はできるだけ考慮する。我々は対等だ。はっきりする必要があることは二人で話し合って合意できるまで話し合おう。私の両親もそうしてうまくやっていた。二人の間に確固たる信頼と相手を尊重する気持ちがあるなら、大抵のことはうまく行く」
そこに愛情はなくても……恐らくジーン様には家族としての愛情は、私に持ってくれていることはわかる。
「それでは、戻って皆に君が承諾してくれたと発表して構わないか?」
「はい。でも、結婚はいつかと訊ねられたら、祖父の喪中を口実に一年はしないと言ってください。王族の方でも婚約からそれくらいは結婚まで空けますよね。それに、その方もその頃には嫁がれているでしょうから」
「確かに、準備や何やらでそれ位の猶予は当たり前だが、君はそれでいいのか?」
「はい」
あくまでもこれは互いにとって必要な仮の婚約だ。一年でも1ヶ月でも結婚しないのだから、どちらでも同じだ。
「では、広場に戻るか」
「はい」
ジーン様が私に腕を差し出し、エスコートしてくれる。仮初めでも彼の婚約者として一時の夢を見られるなら、それで一生の思い出にできる。
皆が待つ広場へ向かいながら、この時私はこの取り決めをそんな風に考えていた。
でも、私は大事なことを失念していた。
ジーン様はその人のことを今はどう思っているかということを。
「婚約者が必要とは?」
「このことはここだけの話にして欲しいのだが、さっき、私は二度、結婚を申し込んだことがあると話したね」
「はい。魔獣討伐の前に一度。その後にもう一度」
「最初に申し込んだ相手からは、生きて帰れるかも、わからないのに待つ自信がないと言われた。彼女には今、陛下が決めた相手との結婚が控えているだが、どうやら私が無事に帰ったことで、その相手との婚姻を白紙に戻したいと言っているようなのだ。先ほどクリオが預かってきた陛下からの手紙に、そのことが書かれていた」
「まあ……」
嫌いになって別れたのではないなら分からないでもないが、随分勝手だと思った。でもジーン様が一緒になりたいと思った相手なのだから悪い人ではないと思いたい。
「相手にはまだ知られていないが、その相手は陛下に取っても大事な人物で、困っていらっしゃる。さらに悪いことに結婚前に最後に旅をしたいと、ここへ来ると言っている」
「私に、彼女を諦めさせるための偽の婚約者を演じろと仰るのですね。私でいいのですか?他にも適任者がいるのでは」
「君がいい。私は本当に婚約してもいいと思っている。君とは気心が知れているし、君の淹れるお茶も好きだ。何より君とは色々な話が出来て楽しい」
それは茶飲み友達ではないのか。好意はもってくれているのはわかるが、妻と望んでいるわけではないのだと言っているようなものだ。
「その方はいつ、ここへ?」
「陛下からの手紙だとひと月のうちには……」
「私は何をすればいいのですか?ご存じのとおり、わたしには仕事があります。ジーン様のご都合にできるだけ合わせますが、もう少ししたら色々と忙しくなるので、あまりおもてなしは出来ないかと思います」
これは取引だ。そう思えばいい。ジーン様は本当に結婚してもいいと考えているようだが、それも私の評判を気にしてのことだとわかる。
婚約までしておきながら破談になって、私が誰とも結婚できなくなることを危惧されているのだろう。
いずれ私は大丈夫だからと説得して白紙に戻せばいい。それまでに今年の茶摘みと出荷を無事に終わらせ、祖父の代わりを立派に勤められることを世間に知らしめればいい。
「大丈夫だ。結婚前なのだからいつも一緒にいる必要はない。できれば晩餐は毎日共にお願いしたい」
「わかりました。特に契約書などは必要でしょうか」
取引ならそれも必要かと思い訊ねたが、なぜかジーン様は眉をしかめた。
「必要ない。君の出す条件はできるだけ考慮する。我々は対等だ。はっきりする必要があることは二人で話し合って合意できるまで話し合おう。私の両親もそうしてうまくやっていた。二人の間に確固たる信頼と相手を尊重する気持ちがあるなら、大抵のことはうまく行く」
そこに愛情はなくても……恐らくジーン様には家族としての愛情は、私に持ってくれていることはわかる。
「それでは、戻って皆に君が承諾してくれたと発表して構わないか?」
「はい。でも、結婚はいつかと訊ねられたら、祖父の喪中を口実に一年はしないと言ってください。王族の方でも婚約からそれくらいは結婚まで空けますよね。それに、その方もその頃には嫁がれているでしょうから」
「確かに、準備や何やらでそれ位の猶予は当たり前だが、君はそれでいいのか?」
「はい」
あくまでもこれは互いにとって必要な仮の婚約だ。一年でも1ヶ月でも結婚しないのだから、どちらでも同じだ。
「では、広場に戻るか」
「はい」
ジーン様が私に腕を差し出し、エスコートしてくれる。仮初めでも彼の婚約者として一時の夢を見られるなら、それで一生の思い出にできる。
皆が待つ広場へ向かいながら、この時私はこの取り決めをそんな風に考えていた。
でも、私は大事なことを失念していた。
ジーン様はその人のことを今はどう思っているかということを。
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