【完結:R18】女相続人と辺境伯

七夜かなた

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執務室に行くとジーン様の仰ったように既に机と椅子が運ばれていた。

ジーン様用のどっしりとした重厚な机と椅子は歴代の辺境伯が使ってきた年代物で、私用に置かれた机と椅子もそれなりに年季が入っている。

「ジーン様…これは?」

なぜかジーン様のと直角にぴたりと繋げて置かれた机と椅子に近づく。

「母上が使っていたものだ。それ以前は祖母が……物置に置いてあったのを出させたのだが、気に入らなければ……」
「いえ、そうでは……そんな……辺境伯夫人が使っていたものを気に入らないのではなくて…私には……」
「セレニア」

ジーン様が少し大きな声で話を遮り、真横に立った。

何か……少し怒っているように見える。

「は、はい……」

「少し話そう。そこに座って」

部屋の中央に置かれた長椅子に誘導され、言われるままに腰を下ろすと、すぐ隣にジーン様が座った。何か怒らせてしまったようだ。

「メリッサに聞いた。衣裳作りに難色を示しているようだな。花嫁衣裳も」
「はい……もったいないです……」
「もったいない?どうしてだ。我が家の財政事情は君の衣裳の百や二百作れないわけではない」
「お金のことを言っているのでは……」
「ではなんだ?」
「だって……私たちの婚約は一年以内に解消されるものです……私がカーターとの結婚から逃げるためと、ジーン様が例の女性を退けるための。カーターが死んで私の方の問題は無くなりました。後はジーン様の問題が片付けば……」
「きっかけはそうだったかも知れないが、状況は変わった。私は君の純潔を奪った。既に便宜状の婚約という段階では無くなっていると私は認識していたが、君は違うのか?あの日私はそう言った筈だが。結婚することを前提に考えていくと。君はそのための心構えと覚悟をしてくれていると思っていた」

ジーン様の妻になる心構えと覚悟…ビッテルバーク辺境伯夫人にはなれても、ジーン様の妻になることは微妙に違うような気持ちだった。
ビッテルバーク辺境伯夫人というのは、言わばひとつの職業のようなものだ。辺境伯家を切り盛りし、当主を補佐する。後継ぎを設けることも、どちらかと言えば義務だ。

でもジーン様の妻になると言うことは、異性として求められ愛され、彼にとっての安らぎとならなければいけない。彼は私を抱いたことに責任を感じているが、薬のせいで命が危ぶまれたのを見捨てることができなかっただけで、私を求めてでないことはわかっている。

私に魅力を感じていると言ってくれたが、それは私の罪悪感を軽くするための方便に違いない。

「すいません……色々なことが急に起こって…まだ心に余裕がありません……ジーン様の妻になることがどうしても信じられなくて……怒らせてしまったのなら謝ります」
「怒っているわけでは……私の言い方がきつかったなら謝る。だが、陛下にお許しを頂いたからには、この婚約を本物にし、予定どおり結婚を考えている。君もそのつもりでいてくれると思っていたが……私だけがそう思い込んでいたのか」

軽くため息を吐くジーン様を見て、私の考えが間違っていたようだと気づく。

「誤解しないでください。ジーン様が嫌とかそういうことではないのです。私が……現実に気持ちが追い付かなくて……結婚なんてまだまだ……もうないもとの思っていたのに、いきなり……それもジーン様となんて……」

必死で誤解を解こうと焦って支離滅裂になってしまった。そんな私の様子をジーン様の琥珀色の瞳がじっと見つめる。

「そんなに焦らなくて大丈夫だ。一年の間に気持ちも追い付くだろう。だが、物理的な準備は早くに取り掛かるに越したことはない。それに、既に色々な準備が整っていくのを見れば、実感も湧いてくるだろう」

そう言ってジーン様は手を握りしめてくれる。
私だけが必死で、ジーン様は全てに余裕がある様子なのが羨ましく思える。

「それはそうと、そろそろ名前の方も呼び方を変えてくれると嬉しい」
「名前?」
「ジーン……様はいらない」
「それは……」
「ティアナは私をそう呼ぶだろう。婚約者の君が『様』を付けて、彼女がそう呼んだらおかしいだろう?」
「ティアナさんは……そうあなたをお呼びになるんですね」

何だか一気に気持ちが冷めてしまった。そこまで親しい間柄の彼女に信じ込ませるほど、私は婚約者として振る舞えるだろうか。

「言ったかな……彼女の母は私の母の姉で、彼女とは従姉妹になる。つまり親戚なので、もともと親しい間柄だ。もっとも領地はかなり離れているので、それほど何回も会っていたわけではないが」
「従姉妹……」

なら、ジーンと呼ぶのも抵抗がなかったのだろう。
でも従姉妹と言うことは、結婚しようがしまいがジーン様とはずっと一定の関係を保っていられるということだ。

私が小さい頃に亡くなったジーン様のお母様のことはあまり覚えていないが、この邸にある先代辺境伯様、ジーン様のお父上と共に描かれた肖像画を見る限り、ジーン様に面差しの良く似た美しい人だ。

きっとその姉上も美しい筈。そしてその娘であるティアナ様も美しい人に違いない。

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