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その夜はよく眠れなかった。
渡された鍵を鏡台の引き出しに放り込み、私にそれを託された意味について気になったからだ。
馬を歩かせながら、そっと半馬前を行くジーン様に視線を向ける。
ゆったりと手綱を握り馬が歩く揺れに身を任せて景色を楽しんでいる。
日増しに気温は暖かくなり、少し前は身を縮こまらるほどに冷たかった風も、今日は気持ちよく感じる。
「乗馬はいつぶりなんだ?」
不意にジーン様がこちらを振り返った。
「祖父が亡くなる少し前から……風邪を引いて体力が落ちて、年齢のこともあってお医者様から気を付けろと言われたので、出来るだけ傍にいたいと思ってあまり出歩かなくなっておりました」
三年前に祖母が亡くなり、二人で肩を寄せあって頑張ってきた。このまま祖父もいなくなったらと思った寂しさが甦った。
「その時、傍に居てやれなくてすまなかった」
いつの間にか隣に並んだジーン様が手綱を握る私の手に添えられ、物思いから解放された。
「すいません……ジーン様に……あ、えっと……ジ…ジーンに気を遣わせてしまって。急なことでしたし、その時首都にいらっしゃったのですから、気にならさないでください。前にも言いましたが、ヘドリックさんに色々お心遣いをいただきました」
「それはあくまでも辺境伯としての表向きの取り計らいだ。私が言いたいのは、君の傍にいて支えになってあげられなかったことだ。あれほど仲のよかった家族を亡くしたのだから、誰かが傍にいてやるべきだった」
「もう過ぎたことです。今、こうして祖父の話が出来ることが私の慰めです。ありがとうございます」
お礼を言って微笑むと、ジーン様が瞬きして複雑な顔をした。
「私が慰めようとしているのに、君が私を喜ばせてどうする」
「え?何かおかしいですか?」
「いや、乗馬が久し振りなら、あまり遠くには行かずにどこかで休憩しよう。後で体がきつくなる」
「はい」
そこから少し行くと、開けた場所にたどり着いた。朝陽が差し込み、ポカポカと暖かく、木立がちょうど風を遮ってくれているので寒くもない。
「先に飲みなさい」
持っていた水の入った袋を私に差し出す。
「ありがとうございます」
二口飲んで袋を返すと、そのままジーン様が同じ袋の水を飲んだ。
戦場では良くあるのかも知れないが、私が口を付けた後のものを口に含むジーン様の行動に驚いた。
「どうした?」
「いえ」
無意識なのかジーン様は袋の口を縛り、鞍の横に取り付けた鞄に戻す。
「体は辛くないか?」
「はい、今はまだ……明日になるとどうなるかわかりませんけど」
きっと内腿のあたりや背中が痛むだろうが、不摂生のせいだし、運動した結果なのだから仕方ない。
茶畑を見回って昼前に戻ると、ビッテルバーク家の前が騒がしかった。
邸の前には二台の馬車が止まり、武装した護衛や使用人が荷物を下ろしていた。
「ジーン!」
数人が固まって立っている所から、私たちに気づいた人物がジーン様の名を呼んで駆け寄ってきた。
「ティアナ……もう着いたのか」
ジーン様が馬から降りる。続いて馬から私が降りると同時にその人物がジーン様の胸に飛び込んだ。
「着くのは夕方だと思っていたが」
「早くジーンに会いたくて、朝早く宿を出てきたのよ」
「早起き…君にしては珍しいな。大嫌いだったろう?」
ティアナさんはジーン様の胸に体を預けて上を見上げながら微笑んだ。
ジーン様の顎下に彼女の頭頂部がくる位の背丈。猫の毛を思わせるフワフワとした金茶の巻き毛を綺麗に編み込みし、その無邪気な翠の瞳がジーン様を見て輝いている。
手入れの行き届いた綺麗な白い肌が眩しい。
美人と言うよりは愛らしく、その笑顔を向けられれば誰でもうっとりするだろう。
ほっそりとしているが、女性としての丸みがあり、顔の幼さとは反対に成熟した女性らしさがある。
「いやだわ、いつの話をしているの、私だって早起きくらいできるわ」
「ティアナ……婚約者がいる身でたとえ従兄弟と言えども軽々しく抱きついてはいけない」
「ごめんなさい。つい、昔の癖で」
彼女の肩をやんわりと押してジーン様が嗜めると、彼女は悪びれもなく答えた。
「ここにも婚約者に黙って来たのではないか?」
「ロドリオにはきちんと言ったわ。あの人は私のすることに反対なんてしないもの」
「だとしても、来るなら二人で来るべきだ。途中で何かあったらどうする」
「大丈夫よ。護衛もいるし本当に一人じゃないもの」
ジーン様に引き離されて少し不満げに口を尖らせた彼女がその時、彼女が初めて私に目を向けた。
翠の瞳が私を射ぬいた。
渡された鍵を鏡台の引き出しに放り込み、私にそれを託された意味について気になったからだ。
馬を歩かせながら、そっと半馬前を行くジーン様に視線を向ける。
ゆったりと手綱を握り馬が歩く揺れに身を任せて景色を楽しんでいる。
日増しに気温は暖かくなり、少し前は身を縮こまらるほどに冷たかった風も、今日は気持ちよく感じる。
「乗馬はいつぶりなんだ?」
不意にジーン様がこちらを振り返った。
「祖父が亡くなる少し前から……風邪を引いて体力が落ちて、年齢のこともあってお医者様から気を付けろと言われたので、出来るだけ傍にいたいと思ってあまり出歩かなくなっておりました」
三年前に祖母が亡くなり、二人で肩を寄せあって頑張ってきた。このまま祖父もいなくなったらと思った寂しさが甦った。
「その時、傍に居てやれなくてすまなかった」
いつの間にか隣に並んだジーン様が手綱を握る私の手に添えられ、物思いから解放された。
「すいません……ジーン様に……あ、えっと……ジ…ジーンに気を遣わせてしまって。急なことでしたし、その時首都にいらっしゃったのですから、気にならさないでください。前にも言いましたが、ヘドリックさんに色々お心遣いをいただきました」
「それはあくまでも辺境伯としての表向きの取り計らいだ。私が言いたいのは、君の傍にいて支えになってあげられなかったことだ。あれほど仲のよかった家族を亡くしたのだから、誰かが傍にいてやるべきだった」
「もう過ぎたことです。今、こうして祖父の話が出来ることが私の慰めです。ありがとうございます」
お礼を言って微笑むと、ジーン様が瞬きして複雑な顔をした。
「私が慰めようとしているのに、君が私を喜ばせてどうする」
「え?何かおかしいですか?」
「いや、乗馬が久し振りなら、あまり遠くには行かずにどこかで休憩しよう。後で体がきつくなる」
「はい」
そこから少し行くと、開けた場所にたどり着いた。朝陽が差し込み、ポカポカと暖かく、木立がちょうど風を遮ってくれているので寒くもない。
「先に飲みなさい」
持っていた水の入った袋を私に差し出す。
「ありがとうございます」
二口飲んで袋を返すと、そのままジーン様が同じ袋の水を飲んだ。
戦場では良くあるのかも知れないが、私が口を付けた後のものを口に含むジーン様の行動に驚いた。
「どうした?」
「いえ」
無意識なのかジーン様は袋の口を縛り、鞍の横に取り付けた鞄に戻す。
「体は辛くないか?」
「はい、今はまだ……明日になるとどうなるかわかりませんけど」
きっと内腿のあたりや背中が痛むだろうが、不摂生のせいだし、運動した結果なのだから仕方ない。
茶畑を見回って昼前に戻ると、ビッテルバーク家の前が騒がしかった。
邸の前には二台の馬車が止まり、武装した護衛や使用人が荷物を下ろしていた。
「ジーン!」
数人が固まって立っている所から、私たちに気づいた人物がジーン様の名を呼んで駆け寄ってきた。
「ティアナ……もう着いたのか」
ジーン様が馬から降りる。続いて馬から私が降りると同時にその人物がジーン様の胸に飛び込んだ。
「着くのは夕方だと思っていたが」
「早くジーンに会いたくて、朝早く宿を出てきたのよ」
「早起き…君にしては珍しいな。大嫌いだったろう?」
ティアナさんはジーン様の胸に体を預けて上を見上げながら微笑んだ。
ジーン様の顎下に彼女の頭頂部がくる位の背丈。猫の毛を思わせるフワフワとした金茶の巻き毛を綺麗に編み込みし、その無邪気な翠の瞳がジーン様を見て輝いている。
手入れの行き届いた綺麗な白い肌が眩しい。
美人と言うよりは愛らしく、その笑顔を向けられれば誰でもうっとりするだろう。
ほっそりとしているが、女性としての丸みがあり、顔の幼さとは反対に成熟した女性らしさがある。
「いやだわ、いつの話をしているの、私だって早起きくらいできるわ」
「ティアナ……婚約者がいる身でたとえ従兄弟と言えども軽々しく抱きついてはいけない」
「ごめんなさい。つい、昔の癖で」
彼女の肩をやんわりと押してジーン様が嗜めると、彼女は悪びれもなく答えた。
「ここにも婚約者に黙って来たのではないか?」
「ロドリオにはきちんと言ったわ。あの人は私のすることに反対なんてしないもの」
「だとしても、来るなら二人で来るべきだ。途中で何かあったらどうする」
「大丈夫よ。護衛もいるし本当に一人じゃないもの」
ジーン様に引き離されて少し不満げに口を尖らせた彼女がその時、彼女が初めて私に目を向けた。
翠の瞳が私を射ぬいた。
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