忘れられた公主と幽霊宮女

七夜かなた

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第一章 

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「後宮からの連絡はまだか!」

 彩湧さいゆう国皇帝劉帆りゅうほは、苛立ちながら側に控える宰相に問い質した。

「はい」

 劉帆はほんの少し前にも同じ質問をしたのだが、宰相はそのことは言わず、冷静に答えた。

「産気づいたと報告があったのは昼過ぎだろう?   もう日もとっぷり暮れている。何かあったのではないか?」

 劉帆の寵妃で皇后の紅花ほんふぁが破水したと連絡を受けてから、皇帝と重臣たちは謁見の間にずっと待機していた。
 しかし、日が傾いても、一向に出産の報告がなく、皆そわそわとしている。
 一番落ち着かないのは父親でもある皇帝だ。
 なにしろ彼にとっては初めての子でもある。
 皇帝は今年二十五歳になる。歴代の皇帝の中では十代で子を持った者もいたので、その中では遅い方だ。
 それには事情があるのだが、ようやく我が子を持つことが出来、それが寵妃との間に出来るとあり、殊更にその誕生を心待ちにしていた。
 その気持ちもわかるだけに、誰も皇帝が同じ質問を投げかけても何も言わない。

「ご報告申し上げます」

 その時、正面の扉から息せき切って後宮付きの宦官が走り込んできた。

「たったいま後宮から連絡がまいりました。皇后様、無事出産されたということです」
「そうか、して、どっちだ?」

 寵妃との間の子であるなら、記念すべき第一子の性別はどちらでも構わないという思いもあるが、やはり皇帝としては気になるのはその性別である。
 劉帆は、報せを告げに来た宦官に尋ねた。
 他の者たちも次の答えを、固唾を呑んで待ち受ける。

「おめでとうございます。珠のような皇子様だということです」
「なんと…」

 それを聞いて、劉帆は我知らず涙が浮かぶのを止められなかった。
 皇帝となって十五年。先帝の父が病に倒れて皇位を継いでからの道のりは、決して平坦ではなかった。
 彩湧国は、長く特定の貴族が国を牛耳っており、皇帝は傀儡帝と揶揄され、その者たちの言いなりだった。
 発端は百五十年前、まだ生まれたばかりの皇太子を残し、皇帝が命を落とした。
 そのため皇后であった翠蘭が後見人となり、皇帝となった幼い我が子を補佐し、睡蓮の政務を行った。
 皇后は頭が切れ女性ながらに政務に長けていたこともあり、突然の皇帝崩御にも、国は大きく乱れることもなかった。
 後は幼い皇帝が成人を迎えれば、皇后は身を引いて、政務を本来の皇帝に任せれば良かった。
 だが、皇帝は気が弱く母親である皇后の言いなりとなり、皇帝の成人後も皇后はその座に居座った。
 皇帝が皇后を迎え、皇太后となっても彼女は実権を握り続けた。皇帝はこの国最高の権利者でありながら、実態は皇太后と彼女の生家こう一族に実権を握られ続けることになった。
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