忘れられた公主と幽霊宮女

七夜かなた

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第一章 

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「赤子だと?」

 劉帆は今耳にした言葉が信じられず、オウム返しに尋ねた。

「まさか、子を身籠って…そんな…」

 自分の子かという疑問が湧いたが、覚えはある。
 皇后として華蘭を迎えてから、劉帆はできる限り彼女との閨を拒否してきた。
 しかし、ちょうど十月程前、華蘭の父から皇后の寝所に訪れる回数が少ないとの苦情を受けた。
 高氏捕縛まで後一歩という時期だったため、高氏一族を油断させるためにも、劉帆は指示に従った。
 
「三カ月ぶりね。もっと頻繁に来ていただけると嬉しいのだけれど」

 悠然と華蘭は微笑み、劉帆に嫌味を言った。

「貴妃の所には二日と空けず通われていると聞き及んでいますのに」
「余の行動を見張っているのか」

 劉帆は不快感を隠そうともせず答えた。

「気になっている方の行動を知りたいと思うのは、当然ですわよね」
「そなたが気になるのは皇后という地位であって、余のことなどどうでもいいのだろう」
「小さい頃からお慕いしておりますのに、そのようにつれないお言葉しかいただけないのは残念ですわ」

 華蘭を毛嫌いしていることを隠そうともしない劉帆に対し、彼女は笑顔の裏に本心を隠しているのがわかり、心の底がまったく読めない。
 だから劉帆は彼女の言葉をまったく信用していない。

「今夜もお酒を召されてからお越しに?」

 華蘭を抱くのに、酒の力を借りなければとてもその気になれないと、いつも劉帆は一杯酒をあおる。

「素面ではお前を抱きたいとも思わないからな」

 そう言うと、華蘭は曖昧に微笑んだ。
 しかし、その日の酒は酔いの回りが早く、気がつけば朝を迎えていた。
 酒が過ぎて寝てしまったかと思ったが、目覚めた時の状態や、微かに脳裏に残る記憶から華蘭を抱いたのは間違いなかった。

 
「あの時の子か」

 華蘭のことは高氏一族を討つ前からもずっと目を光らせていた。自分以外に他に密通する男などいないのはわかっている。

「まさか、ずっと隠していたのか」

 妊娠の報告は劉帆の耳には入っていなかった。冷宮に押し込められ、人目につかないのをいいことに、ずっと隠していたようだ。

「それで、どっちだ。いつ生まれた」

 既に廃妃となった女の生んだ子だが、それが男子で生まれが紅花の出産より早かった場合、その子を皇太子としなければならなくなる。

「女児…公主様でございます」
「女…」

 それを聞いて劉帆はほっと安堵した。
 これで皇帝の後継ぎ問題の脅威はなくなった。
 しかし、そうは言っても自分の子で有る限りは、いずれ誰かに利用される恐れはある。

「それから…」

 医官は更に言葉を続ける。

「なんだ、まだ何かあるのか。まさか私に赤子の顔を見に来いとでも言っているのか」

 気持ちは一刻でも早く紅花と息子の顔を見に行きたい。

「いえ、そうではなく…その…」
「なんだ、さっさと言え」

 劉帆は苛立ちを隠そうともせず、医官に詰め寄った。

「廃妃華蘭様は、赤子をお産みになられてから血が止まらず、そのまま身罷られました」
「…死んだ? 華蘭が?」

 劉帆は目を瞠り、医官を凝視した。

「はい。手を尽くしましたが…元から痩せてはおられ、お子を宿してから悪阻がひどく、食が進まなかったこともあり、体力がもたなかったものと…」

 確かに華蘭は、昔から線が細かったことを思い出す。妊娠すると起こる悪阻も、紅花は軽く済んだが、華蘭はどうやらかなり重かったようだ。
 同じ日に同じ劉帆の子を、二人の女が生んだ。
 片方は皇子を生み、後一人は女子を生んだ。そして一人は命を落とした。

「いかがいたしましょう?」

 劉帆は決断を迫られる。しかし、すでに廃妃となった者を皇室の墓所に埋葬もできない。高氏の墓所に入れたとて、祀る者はいないだろう。
 彼女の弔いをするはずだった一族を根絶やしにしたのは、他でもない自分だ。

「無縁仏として、皇室の菩提寺で処理しろ」

 劉帆の精一杯の譲歩だった。

「畏まりました。それでお子は…公主様は」
「乳兄妹がいただろう。その者に世話をさせるように。乳母も手配し必要なものがあれば、用意させろ」
「畏まりました」
「下がって良い」

 劉帆は、話は以上だとばかりに紅花のいる宮へと向かおうとした。

「あ、あの…」

 医官が劉帆を呼び止める。

「なんだ、まだ何かあるのか? 悪いが冷宮に行くつもりはない。後は勝手にするがいい」
「いえ、その…公主様は…公主様の名前」
「名前?」
「はい。何とお呼びすれば、よろしいでしょうか」

 医官が生まれた公主の名前を尋ねる。

「あれはどう言っていた?」

 とは、亡くなった廃妃華蘭のことだ。

「その件については、何も…」
「まったく死ぬなら名前くらい言い残してから死ねばいいものを…」

 亡くなった華蘭への追悼の気持ちもなく、劉帆は面倒事を押し付けられたという風には顔を顰めた。

「私が名を与えれば、私がその子を気にかけていると思われる。その子は罪人の子。皇帝が名付ける必要などない」

 恩情をかければ、後々面倒なことになる。憎き高一族の血を引く公主の未来はない。このまま冷宮で、息を潜めて生きることになるだろう。
 
「皇族の系譜にも載せない子を、名付けてどうするというのだ」
「し、しかし…」
「名前がなくて呼び辛いなら、適当な呼び名で呼べばいい」
「失礼いたします。陛下、皇后様が陛下のお越しをお待ちしています」

 皇后宮に仕える女官が、紅花の意向を伝えにやってきた。

「わかった。すぐ参ると伝えろ」

 笑顔で女官にそう伝えてから、劉帆は渋い顔で医官を振り返った。

「名付けも華蘭の乳兄妹に一任する。明日の朝、祭祀を赴かせるゆえ、よしなに計らえ」
「畏まり…ました」

 皇帝の言葉に医官は項垂れ、そう答えた。
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