忘れられた公主と幽霊宮女

七夜かなた

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第一章 

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「陛下」
「ああ、起きなくていい」

 宮を訪れた劉帆を出迎えようと起き上がりかけた紅花を気遣い、彼はそう言った。
 分娩が長くかかったため、彼女はすっかり体力が落ちていた。

「陛下、ご覧ください。皇太子様です」

 紅花付きの宮女が腕に抱いた赤子の顔を、劉帆に見せた。

 紅花が生んだ皇太子の生まれた時の産声は、とてもか細いものだったらしい。今も弱々しく泣き、手足を元気に動かしてはいたが、他の赤子よりもひと回り小さいように思えた。
 
「でかしたぞ、紅花」

 しかし、皇太子は皇太子だ。長く高氏により皇帝は肩書きだけで、威厳も権力も奪われてきたが、これからはそうではない。
 この子は自分の後を継ぐ、立派な皇帝になるのだ。
 新しい門出を迎えた桜陽国の次ぎの皇帝となる我が子の顔を見て、劉帆はひときわ感動していた。

「ありがとうございます」

 劉帆の言葉を聞いて、紅花は嬉しそうに笑った。
 美人ではあるが、冷たい印象しか与えなかった華蘭と違い、紅花は何もかも愛らしい。
 劉帆は生まれたばかりの我が子と最愛の妻を目を細めて眺めた。

「名を決めねばな」
「はい、是非お願いします」
「立派な乳母も探そう」

 劉帆は皇太子が健やかに育つために、国中に布れを出して乳母の候補を探した。
 子を逞しく育てる可能性があれば、平民であろうと構わないという言葉に、騎馬民族出身で五人の息子を産んで育てた経験のある女性を選んだ。
 やってきた乳母の女性は笠鈴しょうりんという名で、粗野で田舎者丸出しの牛のような女性だったが、彼女の母乳のお陰で、皇太子は生まれて半年程で丸々とした赤ん坊になった。

 そんな紅花が生んだ皇太子に、劉帆は泰然たいらんという名を付けた。


 そして劉帆に取って、柳 浩宇となるよう、一歳になったばかりの浩宇の息子、柳 愁宇しゅうゆーを側近とするよう命令した。

 その二年後には、公主凜花りんふぁも生まれた。

 凜花が生まれた時、劉帆は娘とは息子とはまた違う可愛らしさを覚えた。

 初めて娘を抱いた時、ふわふわと柔らかく少し力を入れると壊れてしまうのではないかと思った。

「娘とは、かくもこのように愛らしいものとは……」
「ふふ、陛下ったらすっかり凜花に骨抜きですね」
「この父がそなたをこの国で誰よりも幸せな娘にしてやろう」

 皇太子はいずれこの国を治める立派な皇帝となるため、時には厳しく接したが、凜花はいずれ降嫁し自分の手の届かないところに行ってしまうことが分かっていたため、これでもかと甘やかせて育てた。
 
 最愛の皇后と息子と娘。柳 浩宇をはじめとした頼もしく頼れる臣下を得た皇帝劉帆の治世は、桜陽の歴史の中で新たな一歩を踏み出した。

 高氏による圧政に耐えてきた桜陽国の民は、皇帝により自分たちの暮らしが少しずつ良くなることを期待し、沸き立った。


 しかしその陰で、一人父から顧みられることもなく、ひっそりと暮らす一人の公主がいることを、桜陽の民の殆どが知る由もなかった。
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