忘れられた公主と幽霊宮女

七夜かなた

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第一章 

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 劉帆が皇帝となってから十五年。高氏を討ってから八年の歳月が流れた。

 皇太子泰然は八歳となり、公主凜花は六歳になった。
 そして、廃妃の子も、父である皇帝に名を与えられないまま、冷宮でひっそりと育った。

 誰も彼女の姿を見たことがなく、宮の奥にひきこもって、側仕えの夕鈴のみが彼女と直接顔を合わせるのみで、生きているのか死んでいるのかさえも定かでなかった。
 噂によれば酷く醜く、とても人前に顔を出せるものではないとのことだった。
 宮女達の間では、冷宮に遣わされることは、後宮の下働きと同じか、それより酷いとされ、誰もがいきたがらなかった。
 それゆえ、冷宮は常に人手が足らず、管理も行き届かないことから、どんどん荒れ果てて行った。そのため、ますます宮は寂れ、幽霊が出るとまで噂されていた。

「ああ、本当にやってもやっても終わらないわね」

 洗濯係の宮女の一人が、洗濯場で山積みになった洗濯物を見てぼやく。

「そうね…」

 と、隣で洗濯する仲間が頷く。

「水は冷たいし人手は足らないし…他のところから人を回してもらえないかしら」

 冷たい風が吹き、彼女は身を縮こまらせる。
 冬の洗濯係の仕事は過酷だ。
 桜陽の冬は滅多に雪は降らないとは言え、冬はやはり寒い。
 水がなくては洗濯は出来ないが、冷たい水にさらされながらの洗濯は辛い。
 おまけにここ暫く風邪が流行っており、寝込む者が多く、人手が足りないのだ。

「ああ、どうせなら厨房が良かったなぁ、あそこは火を使うからきっと温かいわ」
「おまけにきっといい匂いがするだろうし、つまみ食いとか出来ないかな」

 彼女たちの食事は、朝と夜の一日二回だ。
 主食はおかゆで、そこにおかずと汁、そして漬物がつく。
 全体の量は決まっていて、おかわりはなし。配膳係のところで食器を持って並び、それぞれの椀に入れもらうのだが、下っ端になればなるほど順番は後になり、先輩達が多く盛り付けると、その分残りが少くなっていく。そのせいでお腹いっぱい食べたことがない。
 それでも貧しい家出身の者からすれば、一日二食口にするものがあるだけましと言えよう。
 なにしろ木の根や皮を剥いで飢えを凌いでいると聞く。

「ほらほらあんた達、しゃべってばかりいないで、さっさと手を動かしなさい」

 この中で一番長くいる宮女が、話し込んでいる二人に近づき注意を促す。

「はあ~い」
「わかりました」
「まったく、少しはあの子を見習ったらどうなの」

 二人の間の抜けた返事に対し、先輩宮女が呆れて言う。

「あの子?」

 おしゃべりを注意された二人が向けた視線の先にあるのは、洗い終えた洗濯物の山だ。

「わ、すご…もうあれだけやったの?」

 そこには一心不乱に洗濯を続ける幼い少女がいた。

「しかも速いわね」

 次々と洗い終えた衣服が積み重ねられていくのをみて、声が漏れる。

「小さい子ね。入ったばかりの子かしら」

 宮女は基本八歳からなることができる。殆どが貧しい農村や漁村の子で、幼い頃から親を助けるため、家事にも慣れている。

「さあ、あなた達もあの子に負けないよう頑張って」
「はあい」
 
 他の宮女達もその子に負けじと、洗濯物を片づけていった。
 昼までに洗い終えた洗濯物は、綱を張った物干しに吊るして干していく。
 
「ふう、ようやく終わったわね」

 干し終わった洗濯物が、ハタハタと風に靡く様を眺め、宮女達はほっと息を吐いた。

「そういえば、さっきの子、名前はなんて言ったかしら」

 ふと誰かが声に出して周りに問いかけた。

 あの子とは、もちろん一心不乱に洗濯をしていた後宮に入りたてと思しき少女のことである。

芽依ヤーイー先輩、あの子の名前は?」

 だが、皆一様に小首を傾げるので、責任者の宮女なら知っているだろうかと尋ねた。

「えっと…なんだったかしら…確か小蘭しゃおらんって言ってたわ」
「小蘭。その子は今どこに?」
「あら、さっきまでいたのだけど……」

 洗濯物がバタバタとはためく区域を皆で探したが、小蘭は見当たらなかった。

「どこに行ったのかしらね」
「部屋にでも戻ったのかしら」
「部屋は誰と一緒なの?」

 同年代と思しき子たちに確認するが、皆「自分は違う」と首を振った。

「変ね。小さい子たちは皆一緒の部屋なのに、誰も知らないなんて」
「芽依先輩は御存知ないのですか?」
「知らないわ。今日からよろしくお願いしますって、あちらから声をかけて来たから」
「部屋がわからないと、呼びにも行けないわ」
「そのうち戻って来るでしょう」
「サボリ癖がついたら大変だから、後で探しに行ってくるわ」

 子供と言えども俸禄をもらって働いているのだから、さぼったり、手を抜いたりすることは許されない。
 責任者の芽依は、そう言って小蘭を探しに行った。
 だが、彼女はどの部屋を探しても見つからなかった。
 
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