忘れられた公主と幽霊宮女

七夜かなた

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第一章 

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 タタタタタタと、宮女の服を来た少女は人目を避けながら小走りに走っていた。
 走っているせいで頬は紅潮し、じんわり汗をかいている。ばさりと顔を隠すような長い前髪が、今は向かい風にあおられておでこが丸出しだ。
 全体的にやせ細ってはいるが、それ以外はめがくりっとしていて鼻も口も小さい、愛らしい少女である。
 彼女は途中の曲がり角でコソコソと周囲を窺いながら、どんどん人気のない方へと走っていく。
 やがて彼女が訪れたのは、うら寂しい朽ちかけた建物だった。
 「冷宮」という看板にはクモの巣が張り、風にゆらゆら揺れている。
 少女は周囲を見回して誰もいないことを確認すると、壊れた壁の隙間から忍び込み、中へと入って行った。

蘭娘らんにゃん、お帰り」

 背後から声をかけられ、少女はびっくりしてその場に飛び上がった。

月鈴ゆーりん

 少女は恐る恐る振り返り、自分の名前を呼んだ人物を見あげた。

「急に声をかけないで、びっくりするわ。それに、蘭娘じゃない。私の名前は小蘭よ」

 少女はプクリと頬を膨らませて口答えした。

「はいはい。わかりました。小蘭ね」

 月鈴は仕方がないという感じで、そう言って踵を返した。

「もうすぐご飯だから、井戸で手を洗ってきなさい」
「はぁ~い」
「なんですか、その気の抜けた返事は」
「はいはい」
「『はい』は一回ですよ」

 まったく何度も言っているのに…とブツブツ言う月鈴の小言を背後に聞きながら、少女は裏戸こら外に出た。
 彼女と月鈴が住む宮の裏庭は、花一つ生えていない殺風景な場所だった。欠けたかめが並び、端には小さな畑が作られている。
 食事が満足にもらえないため、こっそりと入手した種や苗を植え、自分達の食料にしている。

「ようやく食べられる」

 この宮の土で耕作しても、なかなか作物が育たなかった。しかも素人同然の夕鈴と彼女では、すぐに枯らしたりして、思うように収穫までいかなかった。
 試行錯誤し、ようやく芋類は成功し、今は葉野菜を育てている。 

 今夜の食事は野菜を具にした饅頭と、葉野菜を浮かせた汁物だ。
 ここには週に一度野菜以外に小麦粉や米、卵などが届けられる。しかし、それも天気が悪いと配達が遅れる。そのため小麦粉や米など少し保存がきくものは、いざという時のために使用を控えている。
 代わりに足が早い野菜や卵などは、なるべく早く消費するようにしている。

「いただきま~す」

 蒸し立ての饅頭を、小蘭は大きな口を空けて、パクリと頬張った。

「それで、どうだった?」
「ひゃいひょうふひゃったよ」

 夕鈴に尋ねられ、口をモグモグしながら答える。

「飲み込んでから答えなさい」

 夕鈴が顔を顰める。
 ゴクリと口の中のものを飲み込んでから、指に付いたタレを舐める。

「大丈夫だったよ」
「そう。でも、本当にいいの?」
「八歳になったら、宮女になるって、前から話していたでしょ。わたしが外に出るためには、こうして宮女になるしかないって、夕鈴も言っていたじゃない」

 八歳にはとても思えないしっかりした口調で、小蘭は言った。

「あなた、変わったわね。昔はピーピー泣いてばかりいたのに」
「もう、いくつの頃の話よ。もうそんな子供じゃないわ」

 八歳は十分まだ子供だとは思うが、八歳から宮女になれるなら、他の子供達もそれなりにしっかりしていると言えるだろう。
 
「確か五歳だったかしら、あなたがそんな風に大人びた考えや言葉遣いをするようになったのは。あの時、熱を出して生死の境を彷徨ってからよね。目が覚めたら急に言葉もはきはきして」

 夕鈴が考え込みながら、そう言う。

「まるで別人みたいで驚いたわ」

 夕鈴の言葉に、小蘭は内心ドキリとした。 
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