30 / 71
第五章 思いがけない贈り物
5
しおりを挟む
ベルテの手から少しはみ出す大きさの馬は、荒削りだがとても良く出来ている。
作者は馬が好きなのだろう。作品に愛着を感じる。
「良かったらまた今度、どんなものでも構わなければその学生の人に作ってくるとも言っていた」
「え、ええ、わ、私のために? ですか?」
思いがけない提案に、ベルテは驚きの声を上げた。ついでにほっぺをつねってみる。
「ゆ、夢みたい。夢じゃないですよね」
「なんだ。婚約の話より嬉しそうだな。普通はベルクトフと婚約したことを、そう思うものだろう」
「それとこれとは別です。だ、だって、いくらお金を積んでも手に入らないと思っていたから…」
「ベルクトフとの婚約も、望んだからと、おいそれと出来るものではないぞ。何しろこの世に一人しかいない相手のただ一人になるのだから」
「普通はそうでしょうけど、結婚相手にステータスを求めるつもりはありません。誰かの娘、誰かの姉、誰かの妻と呼ばれるより、ベルテ・シャボイエとして生きたいと思っていますから」
たとえ家族でも、自分ではない誰かの功績や栄光で語られるのは、ベルテの本意ではない。
「なるほどな。ベルテらしいと言えばらしいな。しかし、ベルクトフとて外皮ばかり取り沙汰されているが、なかなか実のある人間だぞ。私が保証する」
「それは、彼をもっとよく知り、仲良くしろと仰っているのですか?」
「人を欠点や周りの評価だけで判断し、その人を深く知ろうとしないのは、せっかくの縁を無駄にしていると言いたいのだよ」
「食わず嫌いはするな、ということでしょうか」
「今は周りが騒がしくて鬱陶しく思っているだろうが、これも縁だと思って毛嫌いせずにつきあってやってほしい」
「まさか、学園長も『白薔薇を愛でる会』の会員ですか?」
あまりにヴァレンタインのことを推してくるので、ベルテは半分冗談めかして言った。
「ベルクトフのことは、優秀な生徒だと思っているが、残念ながら私は違う。長年学園で多くの生徒を見てきた経験者の助言だ」
「学園長は人の良いところを見つけるのがお上手なのですね」
「だから君の大お祖父様ともずっと付き合えたんだ。人より物に執着するのは、君も良く似ている」
ベルテの曾祖父は政治家と言うより学者肌な人物だった。
国王は性に合わないと、早々に息子に位を譲り、錬金術の研究に没頭した。
学園長の言うように、人付き合いは最低限。骨董品集めも好きで、物にはとことん拘る人だった。
そんな彼が母親を失ったベルテを何故引き取ったのか。
それは隔世遺伝とでもいうのか、ベルテが彼に似ていたからだろう。
ベルテは物を見る目を、彼から教わった。
「木彫り、ありがとうございます。直接作家さんにも言いたいですが、会ってくれませんよね」
「そうだな。何しろ控えめな人間だからね。私から伝えておくよ」
「ありがとうございます。それから、もし、私に作品を作っていただけるなら、次は植物がいいですと、伝えてください」
「植物だな。わかった」
「あ、でも、無理なら本当になんでもいいです。その人の作るものなら、どれもきっと素敵だと思います
ベルテのために、作ってくれる。
名前も知らない、どんな人かもわからない。
しかし、作品を見ると繊細な人なんだろうなと、想像する。
作品はとても繊細で、今日ベルテがもらった馬も、まるで風を受けて今にも縦髪が揺れそうなくらいだ。
技術も優れているが、多分独学なのだろうとわかる。ベルテが引きつけられたのは、その作品から滲み出す作者の魂の温かさといったものを感じたからだ。
「何歳くらいの方なのですか? それも教えてくれませんか? 学園長の教え子なら、私より年上ですね」
「その熱意の一部でもベルクトフに向けるだけで、随分違うと思うがな」
「向けるだけ無駄だと思います。向こうも過度な好感は求めていないと思いますから」
「ベルクトフがそう言ったのか?」
「いえ…」
ベルテは学園を卒業し、国家錬金術師になるため専門の学校へ行き、最終的に国家錬金術師の資格を得る。
一方彼は群がる女性を追い払うために、婚約の間、ベルテに虫除けになってほしいと思っている。
「色恋もまだよくわからないベルテに、いきなり婚約者が出来たのだ。戸惑うのも無理はない」
「別に、戸惑っては…あ、それより、今日ヴァンさんは来ていますか?」
「なんだ藪から棒に。ああ、来ている。彼とは良く会っているのか?」
「見かけたら話をします。あ、でもご存知ですよね。彼は話せないので、彼は空中で文字を書いて会話しています。少し風魔法が使えるそうです」
「彼もここの卒業生だ」
「そうらしいですね」
そんなことを言っていたのを思い出す。
「彼も学園にいる頃、人間関係で少々苦労していてな」
「彼も?」
「詳しいことは話せないが、今のベルテと同じように、私の部屋によく来ていた」
「あのヴァンさんが…」
麦わら帽子を目深に被り、いつも黙々と草を引いたり、花を間引いたりしている彼の姿を思い出す。
意外な共通点に更に親しみがわいた。
作者は馬が好きなのだろう。作品に愛着を感じる。
「良かったらまた今度、どんなものでも構わなければその学生の人に作ってくるとも言っていた」
「え、ええ、わ、私のために? ですか?」
思いがけない提案に、ベルテは驚きの声を上げた。ついでにほっぺをつねってみる。
「ゆ、夢みたい。夢じゃないですよね」
「なんだ。婚約の話より嬉しそうだな。普通はベルクトフと婚約したことを、そう思うものだろう」
「それとこれとは別です。だ、だって、いくらお金を積んでも手に入らないと思っていたから…」
「ベルクトフとの婚約も、望んだからと、おいそれと出来るものではないぞ。何しろこの世に一人しかいない相手のただ一人になるのだから」
「普通はそうでしょうけど、結婚相手にステータスを求めるつもりはありません。誰かの娘、誰かの姉、誰かの妻と呼ばれるより、ベルテ・シャボイエとして生きたいと思っていますから」
たとえ家族でも、自分ではない誰かの功績や栄光で語られるのは、ベルテの本意ではない。
「なるほどな。ベルテらしいと言えばらしいな。しかし、ベルクトフとて外皮ばかり取り沙汰されているが、なかなか実のある人間だぞ。私が保証する」
「それは、彼をもっとよく知り、仲良くしろと仰っているのですか?」
「人を欠点や周りの評価だけで判断し、その人を深く知ろうとしないのは、せっかくの縁を無駄にしていると言いたいのだよ」
「食わず嫌いはするな、ということでしょうか」
「今は周りが騒がしくて鬱陶しく思っているだろうが、これも縁だと思って毛嫌いせずにつきあってやってほしい」
「まさか、学園長も『白薔薇を愛でる会』の会員ですか?」
あまりにヴァレンタインのことを推してくるので、ベルテは半分冗談めかして言った。
「ベルクトフのことは、優秀な生徒だと思っているが、残念ながら私は違う。長年学園で多くの生徒を見てきた経験者の助言だ」
「学園長は人の良いところを見つけるのがお上手なのですね」
「だから君の大お祖父様ともずっと付き合えたんだ。人より物に執着するのは、君も良く似ている」
ベルテの曾祖父は政治家と言うより学者肌な人物だった。
国王は性に合わないと、早々に息子に位を譲り、錬金術の研究に没頭した。
学園長の言うように、人付き合いは最低限。骨董品集めも好きで、物にはとことん拘る人だった。
そんな彼が母親を失ったベルテを何故引き取ったのか。
それは隔世遺伝とでもいうのか、ベルテが彼に似ていたからだろう。
ベルテは物を見る目を、彼から教わった。
「木彫り、ありがとうございます。直接作家さんにも言いたいですが、会ってくれませんよね」
「そうだな。何しろ控えめな人間だからね。私から伝えておくよ」
「ありがとうございます。それから、もし、私に作品を作っていただけるなら、次は植物がいいですと、伝えてください」
「植物だな。わかった」
「あ、でも、無理なら本当になんでもいいです。その人の作るものなら、どれもきっと素敵だと思います
ベルテのために、作ってくれる。
名前も知らない、どんな人かもわからない。
しかし、作品を見ると繊細な人なんだろうなと、想像する。
作品はとても繊細で、今日ベルテがもらった馬も、まるで風を受けて今にも縦髪が揺れそうなくらいだ。
技術も優れているが、多分独学なのだろうとわかる。ベルテが引きつけられたのは、その作品から滲み出す作者の魂の温かさといったものを感じたからだ。
「何歳くらいの方なのですか? それも教えてくれませんか? 学園長の教え子なら、私より年上ですね」
「その熱意の一部でもベルクトフに向けるだけで、随分違うと思うがな」
「向けるだけ無駄だと思います。向こうも過度な好感は求めていないと思いますから」
「ベルクトフがそう言ったのか?」
「いえ…」
ベルテは学園を卒業し、国家錬金術師になるため専門の学校へ行き、最終的に国家錬金術師の資格を得る。
一方彼は群がる女性を追い払うために、婚約の間、ベルテに虫除けになってほしいと思っている。
「色恋もまだよくわからないベルテに、いきなり婚約者が出来たのだ。戸惑うのも無理はない」
「別に、戸惑っては…あ、それより、今日ヴァンさんは来ていますか?」
「なんだ藪から棒に。ああ、来ている。彼とは良く会っているのか?」
「見かけたら話をします。あ、でもご存知ですよね。彼は話せないので、彼は空中で文字を書いて会話しています。少し風魔法が使えるそうです」
「彼もここの卒業生だ」
「そうらしいですね」
そんなことを言っていたのを思い出す。
「彼も学園にいる頃、人間関係で少々苦労していてな」
「彼も?」
「詳しいことは話せないが、今のベルテと同じように、私の部屋によく来ていた」
「あのヴァンさんが…」
麦わら帽子を目深に被り、いつも黙々と草を引いたり、花を間引いたりしている彼の姿を思い出す。
意外な共通点に更に親しみがわいた。
27
あなたにおすすめの小説
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います
りまり
恋愛
私の名前はアリスと言います。
伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。
母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。
その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。
でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。
毎日見る夢に出てくる方だったのです。
「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。
パリパリかぷちーの
恋愛
王太子から婚約破棄を告げられたその日、
クラリーチェ=ヴァレンティナは微笑んでこう言った。
「どうか、お幸せに」──そして姿を消した。
完璧すぎる令嬢。誰にも本心を明かさなかった彼女が、
“何も持たずに”去ったその先にあったものとは。
これは誰かのために生きることをやめ、
「私自身の幸せ」を選びなおした、
ひとりの元・悪役令嬢の再生と静かな愛の物語。
【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる