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第五章 思いがけない贈り物
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「婚約おめでとうございます、ベルテ様」
学園長のオルレアン・ドーサが言った。
「学園長、二人きりなのですから、どうかベルテと呼んでください」
学園長とベルテはベルテの亡くなった曽祖父を通じて、昔から知った仲だ。
二人だけの時は、彼は曽祖父が彼女を呼んでいたように、ベルテと呼ぶ。
「それに、めでたいのかどうか、この状況ではいささか疑問です」
ベルテは今、学園長の部屋にいる。
ベルテがヴァレンタインと婚約したことを知らない人間は、学園内では一人もいないくらいになっていた。
初めて「白薔薇を愛でる会」のことを知った時、会員は老若男女大勢いるとは聞いていたが、どうやら会員はルイーズたち生徒だけではないようだった。
ヴァレンタインは学園にいるときも優秀だったから、今でも彼は教授陣の間でも伝説になっている。
当時からいる人で、彼のことを覚えていない人間など、皆無だった。
教師陣や職員の中にも彼のことを信奉する人がいて、ベルテは彼らにことあるごとに注目されている。
シャンティエとはあれから毎日食堂で、顔を合わせ一緒に食事を取っているが、それもまた皆の注目を集めている。
仮にも王女のベルテに対し、直接何か言ってくる人間は少なく、いたずらをされるとかはないが、これまであまり目立ってこなかったベルテは、とにかく食堂でもトイレでも、教室でも気の休まるところがなくなった。
「あ~美味しい」
ベルテは学園長の部屋で、彼が淹れてくれたお茶を飲んで、しみじみ呟いた。
この数日で一気に老け込んだ気がする。
学園長はこのところずっと忙しく不在だったが、今日はこうやってベルテを部屋に招き入れてくれ、ベルテは束の間のゆったりした時をすごしていた。
「おめでたいですよ。あの小さかったベルテが、そんな年頃になったと、感慨深いことです」
「学園長に言われると、大じいさまに言われているみたいな気になります」
「これは私からの細やかなお祝いです」
学園長は、コトリと目の前に両手で抱えるくらいの箱を置く。
「え、そ、そんな、お祝いって……」
そう言えば、誰からも「婚約おめでとう」ときちんと言われていないことに、ベルテは気づいた。
皆、ベルテが婚約したということより、ヴァレンタイン・ベルクトフが婚約したことに騒然とし、その相手がベルテだと知り、意外な組み合わせに驚いている。
家族はどうだったかと思い出そうとするが、彼との婚約をベルテが納得した際に、一応は良かった、おめでとうと言われたような気がするが、本当にいいのかとディランに言われたことのほうが印象的だった。
恋を夢見るような性格ではないし、婚約したかったわけではないが、相手が彼でなければもっと周りの反応も違っただろうと、思わざるを得ない。
彼個人に恨みはないが、ヴァレンタイン・ベルクトフへの注目度が半端ないだけに、それに巻き込まれたベルテは彼に恨み言のひとつでも言ってやりたくなる。
「あの、開けてみていいですか?」
「どうぞ」
贈り物をもらって嬉しくないわけはない。
それがたとえ意に染まない婚約祝いだったとしても、祝ってくれるその気持ちがベルテは嬉しかった。
丁寧に包装紙を外すと、そこに小さな木箱が現れた。
「え、これって……まさか」
蓋を開けると、そこには綺麗な布に包まれた物が入っていて、それを広げると馬の木彫りが現れた。
「ええ、例の作家の作品です」
恐る恐るそれを手に取り、それを目の前に掲げたベルテに、学園長が言った。
「え、これ……私がもらっていいのですか?」
「ああ。ここに来たらいつも見ていただろう?」
「はい」
「例の作家」とは、学園長の部屋に以前から飾られていたいくつかの木彫りの作品を作った人物のことであり、素人だから名前はないと、学園長は言っていたので、彼女も名前を知らない。
学園長の部屋には同じ作家が作った作品がいくつかあって、ベルテはここへ来るたびにそれを眺めていた。
学園長が言うには、ここの卒業生が学生時代から趣味で作っているものらしい。そのため、もちろん店には出回っておらず、買うことはできない。
「どうぞ。作者の許可は貰っています」
「え、ほ、本当に?」
馬をモチーフにしたいくつかある作品の中で、ベルテが特に気に入っているのが、今手にしているものだった。
ずっとほしかった木彫りを貰えるとあって、ベルテは初めてこの婚約が良かったと思えた。
「気まぐれな作家だから、いつ新作を作るかわらないし、受注はしていないから手に入れるのも難しいって……」
学園長にほしいと強請れば、譲ってもらえたかも知れないが、それは学園長にと渡されたもので、それを奪う形で手に入れたくはなかった。
もし作者がここを訪れて、勝手に学園長が他人に譲ったと知ったら、面白くないと思うかも知れない。
「誰とは言わずに、あなたの作品をとても気に入っている生徒がいると言ったら、こんな素人の作品をそんなふうに評価してもらえて嬉しいと、照れていました」
学園長の話を聞きながら、ベルテは木彫りの馬を細部まで眺め回した。
学園長のオルレアン・ドーサが言った。
「学園長、二人きりなのですから、どうかベルテと呼んでください」
学園長とベルテはベルテの亡くなった曽祖父を通じて、昔から知った仲だ。
二人だけの時は、彼は曽祖父が彼女を呼んでいたように、ベルテと呼ぶ。
「それに、めでたいのかどうか、この状況ではいささか疑問です」
ベルテは今、学園長の部屋にいる。
ベルテがヴァレンタインと婚約したことを知らない人間は、学園内では一人もいないくらいになっていた。
初めて「白薔薇を愛でる会」のことを知った時、会員は老若男女大勢いるとは聞いていたが、どうやら会員はルイーズたち生徒だけではないようだった。
ヴァレンタインは学園にいるときも優秀だったから、今でも彼は教授陣の間でも伝説になっている。
当時からいる人で、彼のことを覚えていない人間など、皆無だった。
教師陣や職員の中にも彼のことを信奉する人がいて、ベルテは彼らにことあるごとに注目されている。
シャンティエとはあれから毎日食堂で、顔を合わせ一緒に食事を取っているが、それもまた皆の注目を集めている。
仮にも王女のベルテに対し、直接何か言ってくる人間は少なく、いたずらをされるとかはないが、これまであまり目立ってこなかったベルテは、とにかく食堂でもトイレでも、教室でも気の休まるところがなくなった。
「あ~美味しい」
ベルテは学園長の部屋で、彼が淹れてくれたお茶を飲んで、しみじみ呟いた。
この数日で一気に老け込んだ気がする。
学園長はこのところずっと忙しく不在だったが、今日はこうやってベルテを部屋に招き入れてくれ、ベルテは束の間のゆったりした時をすごしていた。
「おめでたいですよ。あの小さかったベルテが、そんな年頃になったと、感慨深いことです」
「学園長に言われると、大じいさまに言われているみたいな気になります」
「これは私からの細やかなお祝いです」
学園長は、コトリと目の前に両手で抱えるくらいの箱を置く。
「え、そ、そんな、お祝いって……」
そう言えば、誰からも「婚約おめでとう」ときちんと言われていないことに、ベルテは気づいた。
皆、ベルテが婚約したということより、ヴァレンタイン・ベルクトフが婚約したことに騒然とし、その相手がベルテだと知り、意外な組み合わせに驚いている。
家族はどうだったかと思い出そうとするが、彼との婚約をベルテが納得した際に、一応は良かった、おめでとうと言われたような気がするが、本当にいいのかとディランに言われたことのほうが印象的だった。
恋を夢見るような性格ではないし、婚約したかったわけではないが、相手が彼でなければもっと周りの反応も違っただろうと、思わざるを得ない。
彼個人に恨みはないが、ヴァレンタイン・ベルクトフへの注目度が半端ないだけに、それに巻き込まれたベルテは彼に恨み言のひとつでも言ってやりたくなる。
「あの、開けてみていいですか?」
「どうぞ」
贈り物をもらって嬉しくないわけはない。
それがたとえ意に染まない婚約祝いだったとしても、祝ってくれるその気持ちがベルテは嬉しかった。
丁寧に包装紙を外すと、そこに小さな木箱が現れた。
「え、これって……まさか」
蓋を開けると、そこには綺麗な布に包まれた物が入っていて、それを広げると馬の木彫りが現れた。
「ええ、例の作家の作品です」
恐る恐るそれを手に取り、それを目の前に掲げたベルテに、学園長が言った。
「え、これ……私がもらっていいのですか?」
「ああ。ここに来たらいつも見ていただろう?」
「はい」
「例の作家」とは、学園長の部屋に以前から飾られていたいくつかの木彫りの作品を作った人物のことであり、素人だから名前はないと、学園長は言っていたので、彼女も名前を知らない。
学園長の部屋には同じ作家が作った作品がいくつかあって、ベルテはここへ来るたびにそれを眺めていた。
学園長が言うには、ここの卒業生が学生時代から趣味で作っているものらしい。そのため、もちろん店には出回っておらず、買うことはできない。
「どうぞ。作者の許可は貰っています」
「え、ほ、本当に?」
馬をモチーフにしたいくつかある作品の中で、ベルテが特に気に入っているのが、今手にしているものだった。
ずっとほしかった木彫りを貰えるとあって、ベルテは初めてこの婚約が良かったと思えた。
「気まぐれな作家だから、いつ新作を作るかわらないし、受注はしていないから手に入れるのも難しいって……」
学園長にほしいと強請れば、譲ってもらえたかも知れないが、それは学園長にと渡されたもので、それを奪う形で手に入れたくはなかった。
もし作者がここを訪れて、勝手に学園長が他人に譲ったと知ったら、面白くないと思うかも知れない。
「誰とは言わずに、あなたの作品をとても気に入っている生徒がいると言ったら、こんな素人の作品をそんなふうに評価してもらえて嬉しいと、照れていました」
学園長の話を聞きながら、ベルテは木彫りの馬を細部まで眺め回した。
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