【完結】偏食ヴァンパイアはド田舎娘を所望する

七夜かなた

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「もし断ったら……あなたは私をどうするのですか?」
「断る? 今、断ると言ったのか?」
「そうです」

 彼の瞳がまた怪しく光った。頭の芯が痺れて思考が定まらない。きっとまた何か変な術をかけようとしているのだろう。でもギリギリのところで持ちこたえた。

「なぜだ?」

 彼は目を細めて尋ねた。
 その表情から、断られることを想定していなかったのだろう。

「なぜ? そんなの決まっています。私はあなたのことが好きじゃない。け、結婚は好きな人とするものでしょ」

 当然のことを私は言った。

「この月夜見閨の花嫁になれるのだぞ」
「それは、あなたの花嫁になりたがっている人におっしゃってください。私は辞退します」
「辞退、あり得ない」

 私を見るその表情には、信じられないという感情がありありと見て取れる。

「すみません、仕事に遅れてしまいます。降ろしてもらっていいですか? この、変な術を解いてください」

 意思は何とか保てているが、体の自由はまだ利かない。
 しかし、彼は「あり得ない、そんな……あり得ない」とひたすらブツブツ呟いて、私の言葉を無視している。

「あの、月夜見さん、聞いていますか、月夜見閨さん?」

 ちょっと大きめの声で彼の名前を呼ぶ。すると彼はビクリとしてこちらを見た。

「良かった、あの……」
「もう一度」
「え?」
「もう一度、名前を」
「な、名前? えっと……月夜見……け、閨さん?」

 一応敬称を付けて呼ぶ。

「ああ、い、いい」

 彼がその大きな手を自由の額に宛てて、仰け反った。

「な、なななな、なに?」

 予想外の彼の行動に、私はビビりまくった。
 体が動けばすぐにも逃げ出したい。
 彼は頭を戻すとハァハァと荒い息遣いで、頬を紅潮させとろんとした目で私を見つめる。


「もう一度」
「……は?」
「もう一度、呼んで」

 瞳がまた怪しく輝く。

「つ、月夜見……さん?」
「下の名前を」
「け、閨……さん」
「ああ、最高だ」


 自分で自分を抱きしめて、彼は興奮しまくっている。名前を呼んだだけで、何が最高なのかわからない。

 「変態」

 そんな言葉が脳裏に浮かぶ。口に出さなかったのは、最低限の心遣いだ。

「……わかった」
「……?」

 暫く余韻に浸ったあと、彼は興奮を何とか収め元の俺様風に戻った。

「君が花嫁になりたくないというなら、諦める」
「よか」

 理解してくれたようで、私はほっとした。しかし、ほっとしたのも束の間、次の言葉に凍りつく


「え、い、は?」
「そうだ。今は君の意見を尊重し、すぐに花嫁にするのは諦める」
「えっと、その、え、永遠に諦めるという考えは……」
「私の意思は変わらない。これは最大限の譲歩だ。花嫁にするのは諦める」

(今すぐって、まさかこのまま花嫁にするつもりだったの?)

「そうだ」

 私は考えをそのまま口にしていたみたいで、彼がその質問に答えた。

「私にとってはようやく巡り会えた、私がようやく飲める血を持つ花嫁だが、君にも考える時間は必要だろう」
「あ、あの……」
「それに、世の男女はデートなるものをしながら、親交を深めるというし、そういうのも悪くない」

 ニヤリと笑う月夜見閨は、目が潰れそうになるくらい神々しい。さっきの変態仕様から一転して、孤高の王子に様変わりしている。

「今諦める代わりに、条件が二つある。これを呑むなら、取り敢えず今日は解き放ってもいい」

 何だか死刑宣告が延びただけの気もする。
 でもこれでスーパーの仕事に遅刻せずに済みそうだ。もともと早めに家を出たから、急げば間に合いそうだ。

「じょ、条件……?」

 どんなことを要求されるのか。

「ひとつ、私のために、月に一度、コップ一杯の血を提供すること」

 長い人差し指を一本私の目の前に立てて、彼は言った。献血一回は四〇〇ミリリットル。コップ一杯はだいたい二百ミリリットル程度だから、血……献血と思えば出来ないことはない。

「そして二つ目」

 中指を立てる。

「日に二度、私の名前を呼ぶ」
「……? 名前?」

 最初の条件は、彼が本当に吸血鬼ならわかるものだが、二つ目の条件の意味がわからない。

「そうだ。電話でも構わないから、私の名前を呼んでほしい」

 彼はすっと私の鞄を取り上げると、中から携帯を飛び出した。

「あ……」
「顔認証か」

 携帯の画面は顔認証、指紋認証、暗証番号の設定をしてある。
 携帯の画面を私に向けて顔認証を外すと、彼は何やら打ち込んでいる。

「私の番号を登録しておいた。これで朝と晩、私に電話をしろ」

 携帯の電話帳に、新たに「月夜見閨」という名が登録されている。ご丁寧に彼の顔写真がアイコンになっている。

「これは君だけの特別仕様だ。他の人間が私の顔写真を登録することはできない」
「……きゅ、吸血鬼って、鏡や写真に映るの?」

 何かで吸血鬼は鏡や写真に映らないと聞いたことがあった。
 太陽も弱点じゃない。ニンニクも十字架も脅威じゃない。
 そして写真にも写る吸血鬼なんて、この世にいるだろうか。
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