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目の前には、私が見たことも食べたこともない食事が並んでいた。
グラスに入っている小さな黒いつぶつぶ……あれはもしかしてキャビア?
ピザやパスタ、大きな肉の塊はローストビーフ? 大きなエビはロブスター? あの茶色いのはフカヒレ? カニもあってお寿司もある。
「あの、月夜見さん」
「閨だ」
「……閨さん、これのために私を呼んだのですか?」
「もちろん。仲良くなるには、まず一緒に食事を摂るところからだから。それに、約束の電話がまだだ」
「あ、それはすみません」
アパートのことや、仕事の失敗続きで落ち込んでいて、すっかり忘れていた。
「ちょっと色々あって……」
「何をしている。せっかくの料理が冷めてしまう。早く食べよう。毒も入っていないぞ」
「あの、私はここに仕事に来た」
ぐううううう
その時、大きな音が響いた。
私のお腹の音だ。
月夜見閨は、目を大きく見開き私を見る。
く……イケメンはそんな顔も絵になる。
「あ、あのこれは……その……」
ぐううううう
またもや私のお腹が、目の前のご馳走を食べさせろと抗議する。
「お腹は正直だな」
「あの、夕飯……食べ損ねて……」
別に好かれたいわけでもない。でも国宝級なイケメンの前で、二度も大きなお腹の音を聞かせるはめになれば、誰だって恥ずかしい。
「生きているのだから、お腹が空くのは当たり前だ。ご馳走を目の前にすれば尚更」
至極当たり前だけど、吸血鬼の彼が言うと何だか自分が獲物になった気がする。
もしかして、食べて太らせるつもりなのだろうか。
「安心しろ。とって食べるつもりはない。君の血は極上で、飲みたい気持ちはあるが、俺にも自制心はある」
また私の思考を呼んだみたいで、心外だとばかりに拗ねる。
「君に喜んでほしくて用意した。世界の珍味もある。サメの卵や魚のヒレをありがたがって食べる感覚はわからないが、三つ星レストランのシェフが作ったものだ。味は保証する」
「三つ星シェフ」
聞いたことがある。覆面調査員が各店舗の料理を食べて、星をつけてそれを一覧にしているやつ。
星ひとつ付くのも大変らしいのに、それが三つ付いたシェフの料理が目の前に並んでいる。
「あなたは……食べないのですか?」
偏食だと言っていた。ここにあるものはどれもおいしそうだけど、彼が食べられるものがあるのだろうか。
「君が一緒に食べてくれるなら、俺も食べる」
「あの、食べたら仕事に戻ってもいいですか?」
さっきより小さいけど、またお腹が鳴った。これ以上放置したら、あと何回彼にお腹の音を聞かせることになるかわからない。
それにフードロスは私の中で許せないことのひとつ。彼が私のために用意してくれというなら、ありがたくいただいて、さっさと仕事に戻ろう。
「仕事? まさか掃除のことか?」
「そうです。それが私の仕事ですから。お給料を貰って働くからにはさぼったりできません」
「俺がしなくていいと言っても?」
「食事は、せっかくですから頂きますけど、何もしないでお金をもらうわけにはいきません。『労働』は、日本国憲法で定められた国民の義務のひとつですから」
別に普段から憲法なんて気にしたことはないけど、法律を盾にして言った。
「たぶんそれは『勤労の義務』」
「え、あ……ど、どっちでも働くという意味は同じですよね」
間違いを指摘され、私は動揺した。
「雪緒は、どうしても働きたいのか」
「働かないと、食べていけません」
本当は祖父の遺産も少しはある。田舎の家は離れて住んでいる叔父にも相続権があるから、私の自由にはできない。
それに、叔父も退職後はスローライフ生活をしたいと言っていたから、売るつもりはないみたいだ。
今私の手元にあるのは、ほんの百万円程度の預金だけ。それも敷金や礼金、家具や家電を揃えたことで、いくらか減った。万が一の時のためにそれは取っておきたいし、働けるうちは働いておかないと不安だ。
「俺の花嫁になれば、働かなくてすむ」
「それはお断りしたはずです。血を渡すことと、一日二回電話することで折り合いはついたかと思いますが」
「それはとりあえずの妥協案で、花嫁になれとおう提案は取り下げたつもりはない」
「え……」
「俺は諦めるつもりはない」
「そ、そんな……」
「だから、これからも俺はお前に会うことをやめない」
「それって、ストーカー」
思わずぽろりと呟いてしまった。
「ストーカー? それは違う。私は正々堂々と申し込んでいる。影でコソコソ後をつけたりはしない」
なんだか開き直っているけど、似たようなものじゃないかと思う。
グラスに入っている小さな黒いつぶつぶ……あれはもしかしてキャビア?
ピザやパスタ、大きな肉の塊はローストビーフ? 大きなエビはロブスター? あの茶色いのはフカヒレ? カニもあってお寿司もある。
「あの、月夜見さん」
「閨だ」
「……閨さん、これのために私を呼んだのですか?」
「もちろん。仲良くなるには、まず一緒に食事を摂るところからだから。それに、約束の電話がまだだ」
「あ、それはすみません」
アパートのことや、仕事の失敗続きで落ち込んでいて、すっかり忘れていた。
「ちょっと色々あって……」
「何をしている。せっかくの料理が冷めてしまう。早く食べよう。毒も入っていないぞ」
「あの、私はここに仕事に来た」
ぐううううう
その時、大きな音が響いた。
私のお腹の音だ。
月夜見閨は、目を大きく見開き私を見る。
く……イケメンはそんな顔も絵になる。
「あ、あのこれは……その……」
ぐううううう
またもや私のお腹が、目の前のご馳走を食べさせろと抗議する。
「お腹は正直だな」
「あの、夕飯……食べ損ねて……」
別に好かれたいわけでもない。でも国宝級なイケメンの前で、二度も大きなお腹の音を聞かせるはめになれば、誰だって恥ずかしい。
「生きているのだから、お腹が空くのは当たり前だ。ご馳走を目の前にすれば尚更」
至極当たり前だけど、吸血鬼の彼が言うと何だか自分が獲物になった気がする。
もしかして、食べて太らせるつもりなのだろうか。
「安心しろ。とって食べるつもりはない。君の血は極上で、飲みたい気持ちはあるが、俺にも自制心はある」
また私の思考を呼んだみたいで、心外だとばかりに拗ねる。
「君に喜んでほしくて用意した。世界の珍味もある。サメの卵や魚のヒレをありがたがって食べる感覚はわからないが、三つ星レストランのシェフが作ったものだ。味は保証する」
「三つ星シェフ」
聞いたことがある。覆面調査員が各店舗の料理を食べて、星をつけてそれを一覧にしているやつ。
星ひとつ付くのも大変らしいのに、それが三つ付いたシェフの料理が目の前に並んでいる。
「あなたは……食べないのですか?」
偏食だと言っていた。ここにあるものはどれもおいしそうだけど、彼が食べられるものがあるのだろうか。
「君が一緒に食べてくれるなら、俺も食べる」
「あの、食べたら仕事に戻ってもいいですか?」
さっきより小さいけど、またお腹が鳴った。これ以上放置したら、あと何回彼にお腹の音を聞かせることになるかわからない。
それにフードロスは私の中で許せないことのひとつ。彼が私のために用意してくれというなら、ありがたくいただいて、さっさと仕事に戻ろう。
「仕事? まさか掃除のことか?」
「そうです。それが私の仕事ですから。お給料を貰って働くからにはさぼったりできません」
「俺がしなくていいと言っても?」
「食事は、せっかくですから頂きますけど、何もしないでお金をもらうわけにはいきません。『労働』は、日本国憲法で定められた国民の義務のひとつですから」
別に普段から憲法なんて気にしたことはないけど、法律を盾にして言った。
「たぶんそれは『勤労の義務』」
「え、あ……ど、どっちでも働くという意味は同じですよね」
間違いを指摘され、私は動揺した。
「雪緒は、どうしても働きたいのか」
「働かないと、食べていけません」
本当は祖父の遺産も少しはある。田舎の家は離れて住んでいる叔父にも相続権があるから、私の自由にはできない。
それに、叔父も退職後はスローライフ生活をしたいと言っていたから、売るつもりはないみたいだ。
今私の手元にあるのは、ほんの百万円程度の預金だけ。それも敷金や礼金、家具や家電を揃えたことで、いくらか減った。万が一の時のためにそれは取っておきたいし、働けるうちは働いておかないと不安だ。
「俺の花嫁になれば、働かなくてすむ」
「それはお断りしたはずです。血を渡すことと、一日二回電話することで折り合いはついたかと思いますが」
「それはとりあえずの妥協案で、花嫁になれとおう提案は取り下げたつもりはない」
「え……」
「俺は諦めるつもりはない」
「そ、そんな……」
「だから、これからも俺はお前に会うことをやめない」
「それって、ストーカー」
思わずぽろりと呟いてしまった。
「ストーカー? それは違う。私は正々堂々と申し込んでいる。影でコソコソ後をつけたりはしない」
なんだか開き直っているけど、似たようなものじゃないかと思う。
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